彼女との距離
――翌日職場に出勤すると尾崎さんは既に机に向かって仕事をしていた。
「尾崎さん、おはようございます」
「おはようございます」
尾崎さんにしては珍しく元気がなかった。きっと先生と朝まで飲んでいて寝ていないのだろう。
「昨日はありがとうございました」
「いいえ」
「大丈夫ですか? 元気がないようですけど。朝まで飲んでいたんですか?」
「先輩――」
「何ですか? どこか具合でも悪いんですか?」
「仕事に集中出来ないんで向こうに行ってもらってもいいですか?」
「すっ、すいません」
具合が悪いというより機嫌が悪いようだ。席に着いてしばらくすると、槇村先生がやって来て朝の打ち合わせが開始された。尾崎さんとは対象的に、先生は朝からハイテンションで昨日の疲れをまるで感じさせなかった。それに比べて尾崎さんは〝ボォー〟と遠くを眺めていた。
はっ!?
尾崎さんと目が合った。彼女は私をひと睨みすると、ソッポを向いてしまった。こうなってしまうと、機嫌が良くなるには時間がかかるので、ひと苦労だ。
「上城くん――環奈、ご機嫌ななめね。何か怒らせるようなことでもした?」
打ち合わせが終わると、槇村先生は椅子に座っている私の肩に手をのせ、背後から話しかけてきた。
「そんなつもりはないんですけど、怒らせるような発言を何かしたのでしょう」
「上城くん、鈍感だから仕方ないかなぁ。それより彼女でもないのに大変ね?」
心配してくれているような先生の言葉だけど、一方で楽しんでいるようにも感じられた。
「いぇ、私が悪いので仕方ありません。それより前から先生に尾崎さんのことでお尋ねしたかったんです」
「何? 環奈に好意でもあるの?」
「いぇ、そういうことではないんです。私が知りたいのは、尾崎さんには好きな男性や恋人がいないのかってことです」
「―――。上城くん、今の発言は環奈の前では絶対にしてはダメだからね! 取り返しのつかないことになりかねないから!」
「はい。でも、どうして尾崎さんは私にばかり食事や遊びに誘うのでしょうか?」
「そっ、それは――。私にはわからないわ」
「そうですか――」
先生は明らかに何かを知っていそうな表情、話し口調をしていた。
「じゃあ、今日も1日頑張って! 環奈のことも早めにどうかしてね!」
確かに早めに手を打っておかないと、職場の雰囲気が悪くなるし、他の医師やスタッフの方に迷惑がかかってしまう。前にも何度か、このようなことになり大変だった。
「尾崎さん、ちょっといいですか?」
席に戻って来たばかりの尾崎さんに声をかけた。
「はい? 何か用ですか?」
怪訝そうな顔で私を見ていた。
「今度、飲みに行きませんか?」
「どうしようかなぁ?」
「美味しいお店があるんですけど」
「急にどうしたんですか? 昨日は私が誘っても関心なさそうだったのに――」
「昨日は本当にすいませんでした。電話を切られてしまったあと、私なりに反省をしました。だからそのお詫びとは言ってはなんですが、お誘いをしました」
「そうなんだ。一応反省はしたんだ。だったら行ってもいいですけど」
「良かった、ありがとうございます」
「それより、おごりですか?」
「もちろんです」
「それなら行きます」
そう言った尾崎さんの顔には、ようやく笑顔が戻っていた。




