彼女との距離
病院に着くと洗面所で洗顔と歯磨きを済ませてから、医院長室に向かった。
トントンッ――
「上城です」
「どうぞぉ」
心が癒されるような先生の優しい声で部屋の中に通された。
「失礼します」
「忙しいのにゴメンなさいね。実は話って言うのは、私、明日から大阪で講演会があるのよ」
「知っています」
「それでね、一緒に付き添いで来るはずだった助手の真希ちゃんが、都合が悪くて行けなくなっちゃったの。そこでお願いなんだけど、上城くん一緒に来てくれない?」
「私は大丈夫ですけど、男性の私より女性の尾崎さんの方が何かと都合がよろしいんじゃないですか?」
「私は環奈よりも経験が豊富で、知識や教養が深い上城くんの方がいいのよ。ダメかしら?」
「ダメな訳がありません。しっかり真希さんの代わりを務めさせて頂きます」
「そう言ってくれると思ってた。それでスケジュールだけど明日の8時40分の新幹線に乗って11時26分に大阪に到着する予定よ。13時から市民ホールで講演が開始、15時30分には終了の予定。それから再び電車と新幹線を乗り継いで名古屋に17時52分に到着するわ。そして19時前には宿泊予定のホテルに着く予定だから、そのあとは酒を飲もうが風俗に行こうが好きにしてもらって構わないわ」
「わかりました」
「いっ、今の笑うところなんだけど――」
「はぁ?」
「まぁ、いいわ。これから帰って支度するんじゃ大変だけどヨロシクね」
「はい、了解しました。それでは失礼します」
「―――」
「どうしたの?」
ドアノブを握ったまま立ち止まっていると、うしろから先生に声をかけられた。
「先生――お恥ずかしい話ですが、私は風俗というところには1度も行ったことがありません」
「プッ――フフフフフ――」
先生は私の言葉を聞くと吹き出して笑っていた。
「おかしいですよね?」
「ゴメン、ゴメン! そうじゃないの。冗談で言ったのに、真剣に答えるからおかしくて。大丈夫よ。上城くんが、そういうところに行ったことがないのはわかってるから」
先生は口を押さえて笑いを堪えていた。
「他の人に私はどんな風に見えてるのですか?」
「私が言うのもなんだけど、見るからに真面目そうよね。それに話し方からして堅そうよね」
「つまらない男ですね」
「悪い方で捉えないで。良い意味で真面目で誠実ということよ」
「そうですか、ありがとうございます」
そして私は、医院長室を出て行った。彼女の目にも私は、そんな風に写っているのだろうか?もしそうだとしたら、そんなつまらない男のどこを好きになるというのだろう――。




