彼女との距離
あれから3週間経ったが、私と彼女の関係は特に何の進展もないまま時は流れていた。それでも少しは変わっていることもあった。いつの日からか、絵を描いている彼女は公園にやって来る私を見つけると、描くのを一時中断し、いち早くベンチに座った。そして彼女は、自宅で挽いてきたコーヒーの入った水筒を鞄の中から取り出すと、それをコップに注いで私に手渡してくれた。昼食が始まると、彼女は話に夢中になり、私に指摘されるまで食事に手をつけずに喋り続けた。また、彼女は色んなことを私に話してくれた。彼女の趣味、特技は勿論のこと、家族のことや昨日あった出来事、不安や悩みなどを私に打ち明けてくれた。
「真一って聞き上手だし、嫌な顔一つしないで私の話を聞いてくれるから何でも話したくなっちゃうんだよ。まるでカウンセリングでもしてもらっているみたい」
彼女はそんな風に言っていた。彼女がそう思うのも無理はない。だってそれは、私の仕事なのだから。そのことを彼女には話していないが、多分薄々感づいているだろう。
そして今日もいつものようにコンビニで買い物をしてから公園に行くと、彼女はコーヒーを注いだカップを手に持って私を待っていてくれた。
「今日は10分も遅かったんだけど――」
「そんなりですか? すいません」
「こんなに可愛い女の子を待たせるなんて最低だよね?」
「そうですね。こんなに可愛くて素敵で美しい女性を待たせるなんて私は最低です。それより私を心待ちにしてくれていたんですか?」
「誰を?」
「私を」
「何で?」
「先程〝可愛い女の子を待たせるなんて最低〟とか言っていませんでしたっけ?」
「そっ、そんなこと言う訳ないじゃん。何で私が真一を心待ちにするの?」
「違うんですか?」
「違うに決まってんじゃん」
「そうですか――私の勘違いだったようです。それより早くお昼にしましょう」
彼女が素直じゃないのはわかっていたし、何かキッカケがなければお互いに気持ちを伝えるようなことはないだろう。
「こっ、これって――。この前私が食べたいって言ってたファミマの揚げ物とスイーツ――。買いに行ってくれたの?」
そう聞いてきた彼女の目は涙で潤んでいた。
「ここからは急いでも5分以上かかるので、戻って来るまでに多少時間がかかってしまいました。お待たせしたことは謝ります」
「だから、待ってないって言ってるじゃん!」
彼女は頬に流れる涙を指で拭っていた。
「そうでしたね、失礼しました。それより久しぶりに走ったので足がパンパンです」
私は太ももの辺りをトントン叩きながら言った。
「真一、ありがとう」
彼女は消え入りそうな、か細い声で照れながらそう言った。
「えっ、何ですか? よく聞こえませんでした。もう1度いいですか?」
「ヤダよ~だ」
彼女は私に向かってアカンベをしたあと、揚げ物をひとかじりした。
それから昼食を食べ終えた私たちは、いつものように時間になるまでお喋りに夢中になった。
プルルルル――プルルルル――
まもなく昼休憩が終わりを迎えようとしていた頃、突然電話が鳴った。
『もしもし、上城です』
『私だけど、病院に戻ったら私の部屋に来て!』
『わかりました』
彼女は私が槇村先生と話している間、ずっと私のことを凝視していた。
「女でしょ?」
「女性ですけっ――」
「真一ってさぁ、結構女性関係広いよね?」
「そんなんじゃありませんよ。話をちゃんときいっ――」
「別にいいんだけど! 真一が誰と付き合おうが私には関係ないし」
彼女はそう言うと、私の飲みかけのコーヒーを持って画材道具が置かれている場所に向かって歩き出した。
「ちょっ、ちょっと――。さえきさ――結衣!」
1度は呼びかけた彼女の名字を、直ぐに名前で呼びなおした。初めて彼女を名前で呼んだ瞬間だった。すると、彼女は一瞬歩くのを止めて立ち止まった。でも、数秒後には再び歩き出してしまった。追いかけようかと思ったが、午後の診察時間が迫っていたので仕方なく職場に戻ることにした。




