ディジー・エンプティー・ディジー Ⅱ
「そこまで!勝者、ラルヴァス・ハイド修剣士!」
周囲の歓声が上がり、意気揚々と剣を収めたラルヴァス。見習いが、上位階級である騎士を倒したことで、騎士達の反応もただものではなかった。
アルギシア王国建国祭、アルフェリア城のイベントのひとつ、剣術パフォーマンス。城の剣士がこぞって出場して、自分の腕を試すこの試合。一般の観客もいるので、うまくいけば有名人にもなれるというこれ。
「・・・どうしたのセイラ、なんかすごい不満そうだけど」
出場者観戦席で、一緒に今の試合を見ていたベッカーが首をかしげて尋ねて来たので、容赦なく言い放つことにする。
「別に、あれぐらいで手こずるなよとかもっと確実に躱せよとか、タイミング考えろとか蹴りが甘いとか勢いが足りないとか重さが無いとか、そんなこと思ってないよ」
「不満ダダ漏れじゃねえかよ」
逆側からリクスがツッコんできた。
「まあでも、分からなくはないよね。リクスも若干思わなかった?」
「ああ。流石にセイラみたいに細かくは言えないけど、まあまあ手を抜いてた気はするな。でも全力出すわけにもいかないだろ、まだ試合残ってるのに。セイラはあと何回か試合を残してるのに、全力出すのか?」
リクスの言葉に、うっ、となる。とても正論だ。
「そりゃ・・・まあ、出さないけど」
「そういうことだろ、単純に」
私が見事に言いくるめられてしゅんとなってるのに、ベッカーがさらに追い打ちをかけてくる。
「朝っぱらから全力で試合してぶっ倒れてる時とかあるもんね、2人は」
「あれは違う!あれはただ、目玉焼きが塩か醤油かで意見が分かれただけで」
「好きな方かければ終わりじゃないの、それ」
「そういうことじゃないんだよ!」
とにかくとにかく、ラルヴァスは気にくわない性格をしているのだ。絶対醤油だと言い張られたら、こっちも絶対塩って対抗したくなるし、試合に発展したらそれはそれで負けたくない。
「セイラにとってはそれだけ全力で当たれる相手、ってことなんだろ。相棒なんだし」
「だから相棒じゃないって」
「あんだけ息が合ってて、あんだけ周りに言われてて、まだ否定するんだ?」
笑いながら言われて、リクスに頷かれても、
「そりゃあするよ」
そうとしか返せない。
「なんで?」
「なんでって・・・あんな奴が相棒とか、嫌でしょ」
「嫌なんだ」
「嫌だよ」
「まあ、なんでお前らがそんなにお互いに相棒相棒言われるのを嫌がるのか、気になるは気になるな」
「リクスもそう思うでしょ?だから嫌だからとかいう理由じゃ納得できない」
「納得させるようなことでもないんだけど・・・」
壇上ではラルヴァスが、次の試合の相手を待っている。周りに手を振るでもなく、ただ突っ立って、・・・ふとこちらを振り向いた。
偶然、かちっと目が合って、私は不自然にもがっつり逸らした。
「あ、ラルがこっち見た。手ぇ振っとこ」
ベッカーがさっと手を振って、リクスも倣う。私は何をするでもなく、逸らした視線をそーっと元に戻す。リクスとベッカーに向いているのか、もう目が合うことは無かった。
ああ、びっくりした。
次の試合相手の名前が呼ばれて、ラルヴァスは顔をそちらに戻した。・・・なぜに笑ってるんだろう。
「それで?なんでラルと相棒が嫌なんだっけ」
「あ、その話に戻る?」
「戻るよそりゃあ」
「・・・・・・、まあ、いいけど」
相棒相棒と、言われる度に思い出す光景がある。眩しすぎる陽の下。泣きわめく声と、怒鳴る声と、目を見開くのが逆光に隠れて。
――――――あの時もっと強ければ、自分が無力でなければと、渦巻いて消えない後悔の情景。
「・・・私にはもういるから、相棒」
「え、いるの?」
意外な理由だったのか、驚いたようにベッカーが訊く。
「誰?」
「ベッカーってすぐ「誰?」って言うよな」
「リクスも気になるでしょ」
「・・・」
気遣って言葉にはしないけど、リクスの顔にも気になると書いてある。・・・全くこいつらは。
「別にいいよ。言っても分からないから」
「お、お許しが出た」
「―――剣士。それ以外は何にもわかんない」
「・・・、は?」
これには流石に、リクスが普段出さないような変な声を出した。
「それだけ?え、それだけなの?名前とかは?」
「知らない。今どこにいるかもわからない。生きてないかもね」
「それ相棒って言うの?」
「言うんじゃない。相棒になりたいってお互いに思ったなら、相棒でしょ」
ベッカーとリクスは顔を見合わせて、首を傾げた。私の視線の先ではラルヴァスが勝ち抜いて、一旦引いている。勝ち抜きだから、ある程度進むと別の試合があるのだ。入れ代わり立ち代わり、沢山の戦闘が見れるため、結構勉強になるのはいいところだな、この試合。
「・・・約束したんだ。強くなるって、いつか剣を合わせようって。私はそのために剣士になった」
お父さんやフィルさんに憧れたからじゃない。私には私なりの、剣士でいる理由がある。
2人が神妙な面持ちになって、私は呆れながらに笑った。
「それは剣を握った理由であって、剣を続けてる理由じゃないけどね。続けてるのは剣が好きだから、だから」
「いや・・・とても意外だったから、なんか・・・・・・うん、びっくりした」
いつも会話のお上手なベッカーがどもる。リクスも首をかしげながら頷いて、
「あんなに剣を合わせてるラルを差し引いて、”剣士”って情報しか無い人は相棒だと思う・・・。ちょっと理解が難しい、な」
・・・まあ、そりゃそうだろう。肝心なところを話していないのだから、当然だ。
でもあの出来事は、私の道を歪めた事件は、まだ心の底に仕舞っておきたい。
・・・・・・生きて、いますか。
「・・・よっ。次ベッカー、順番来てるぞ」
丁度ラルヴァスが帰ってきて、時計を見て、ベッカーが慌てて立ち上がる。
「あっ、本当だ。じゃあまた後で」
「健闘を祈る」
「うん、ありがと」
小走りで去っていくベッカーを見送って、その代わりに座ったラルヴァスに一撃かます。
「ってぇ、なんだよ突然」
「全力出さないにしても、躱すタイミングくらいは考えなよ。遊んでるように見えたんだけど」
「それはマズいなー。上司舐めてるみたいに見られちまう」
「逆に舐めてないのかよ、お前ら」
リクスが呆れ顔で言う。
「そんな全員舐めてるわけじゃないって」
「そこそこは舐めてるんじゃないかよ」
「舐められる方が悪い」
「お前な、もうちょっと敬うってことを覚えろよ」
「ウヤマウ?年や階級が上だからって、尊敬したくもない相手を敬う義理は無い!」
「断言するな、そして叫ぶなよ。スベジク騎士は?」
「結構尊敬してるぞ」
「どーだか。俺はそうでもないに食堂の牛乳ひとつ」
「お?賭けるほど自信があるようだが、果たしてどうかな?」
「そう言ってる時点でだいぶ俺の分が大きいな」
「ひっでぇなー。確かに間違ってねぇけど。リクスも同じくに牛乳ひとつ!」
「俺は尊敬してるし」
「・・・ふっ」
その、ラルヴァスとリクスが繰り広げるどーでもいいやりとりに、なんとなく吹きだした。突然笑い出した私を不思議そうな目で見る2人。
「なに、笑っちゃ悪いの」
「いや・・・珍しいなと思って」
リクスが慌てて取り繕ってくれる。別に気分を害したわけじゃないけれど。
「そうかな?」
「普段は戦闘中のニタリ顔しか見ねぇからなー。これだよこれ、男をコロッと落とす、ルックスいい奴の秘奥義!ひゃー騙される、怖ぇ怖ぇって痛い!」
逆に気分を害したので鳩尾に一撃。
「ラルヴァスには手厳しいな、セイラ」
「ラルヴァスがバカなだけ」
「バカって言うなよ、ひでぇなぁ」
「酷いのはどっちさ」
他愛もない言い合いをしながら、ベッカーの出番がやってくる壇上を見た。
・・・相棒。
同い年で、笑顔がただ屈託なくて、ちょっと馬鹿で、みんなの兄貴分で、名前も知らない―――相棒。
生きていますか、死んでいませんか。剣は握れていますか。幸せ、ですか。・・・なんて。
自己満足だ。自分は守れなかったのに。だから、どうしても約束だけは守りたい。
今度は全てを守れるように。
ベッカーの試合がそこそこで途切れてしまう頃、出番のために私も控室に移動する。控室と言っても、どうせ制服だから着替えることも無いし、適当に並んだベンチと、無数に立て並べられた木剣だけがある部屋。
その大量の木剣の、軽い方を何本か抜いて、振ってみる。自分の真剣と同じような重さのやつが・・・うん、これがいい感じだ。
そろそろ呼ばれるだろうと、扉の方を振り返って―――
「なぁ、嬢ちゃん」
背後から、とても小さい声が聞こえた。
声の主はわかる。さっき私の横で剣を選んでいた騎士だ。制服で修剣士とは簡単に見分けがつく彼は、剣の方を向いたまま、”嬢ちゃん”と私を指名して言う。
「幾ら欲しいか?」
「・・・どういう意味ですか」
一言目で分かるけれど、一応返しておく。外の歓声とあいまって静かではない控室で、私にしか聞こえないようにだなんて、何がしたいのか一目瞭然だ。
「私と当たる試合、わざと負けてくれないか。10万リルでどうだろう」
「・・・・・・」
曰く、修剣士に人前で負けると恥さらしになるからと、不正を持ちかけている。
・・・・・・アルフェリアの騎士とあろうものが。
さっき尊敬しているしていないの話でラルヴァスとリクスが会話していたが、多分2人も、ほとんどの騎士を尊敬まではいかないにせよ、見下してはいないと思う。何故なら、騎士としての背中を何度も見ているから。
スベジク騎士やカッゼ騎士長をはじめ、ベッカーとリクスの担当騎士であるベキリ騎士とクレーク騎士、騎士館にいる様々な騎士達。庶民の私から見たら、殆どが貴族である騎士達の場はやっぱり肩身が狭い部分もあるのだ。
だけどそうじゃないのは、姿勢が同じだから。
どんな身分だろうと関係なく、城のために尽くそうと、時に協力し時にぶつかる。そんな場面を何度見ただろう。だからこそ余計気にくわない。シェルヴェにいちゃもんつけたあの騎士も、自分しか考えていないこの騎士も。
「次、Dブロックの方お願いしますー」
結局、騎士に返事も何もせず、私は案内の元へ向かった。
「勝者!セイラ・セル修剣士!」
前のような歓声よりも、黄色い声が上がる一般応援席の向かい、出場者席。
「あいつも人気だな」
ラルヴァスが呆れたように呟いて、その隣のベッカーが苦笑いを浮かべた。
セイラに対して声を上げているのは、そのほとんどが女性だ。どうしてかっこいい女性とは女性から人気を得るもので、かっこいい男性騎士を見に来たはずが、セイラにとりこになっている女性もいる程だ。
「まあ、女性剣士ってとても珍しいから。制度的に差別待遇を受けてるわけじゃないけど、優遇されてるわけでもなくて、志願しても早々なれるものじゃないみたいなんだよね。男女関係無く、腕のあるものを取る。城だろうが地方だろうがそれは一緒で、結果試験を受けても落ちちゃうんだよ」
「フィル司令官もあの見習い試験から城に入ってるんだろう?・・・恐ろしいな」
リクスがぼやいて、ラルヴァスが首を捻る。
「なんで?恐ろしさなんてあるか?」
「つまりそこまでの執念があるんだろ、司令官にもセイラにも。そりゃ簡単に勝てるわけがないなと」
同期4人でお互いに打ち合いをすることはとても多い。セイラとの試合では、リクスは負けた回数の方が上回っている。速攻撃が弱点なのもあるが、何より、
「かなり特殊な、というか、今まであまり相手にしたことが無いタイプだから、慣れないと辛い」
「たしかに、アレを初見でやり合えって言われたら厳しいよねぇ」
ふたりの会話を耳にしつつ、ラルヴァスは、呆然と去っていく新米騎士の背中を見送る。女性の、しかも今年入ったばかりの見習いが、とうとう騎士級を破った。ラルヴァスがさっき、先に破っているけれど。
リクスやベッカーの言うように、セイラの戦い方は難しい。男性と比べれば小柄な体躯を活かしたスピード技や捻りの数々。軽いばかりだと侮っていると突然訪れる、身体全体の負荷を掛けた重い一撃。そして何より、精度が桁違いの剣捌き。予期せぬことばかり飛来して、対応するのに精一杯になってしまうのだ。
「ビビったよ、見習いになるための試験の決勝。ラルよく相打ちまで持ち込んだよね」
「んあ?あー・・・・・・、うん・・・」
ラルヴァスはなんだか煮え切らない返事をして、困ったように笑った。
「似たような奴に昔、こっぴどく負けたことがあるんだよな」
「セイラみたいなのが他にもいたの!?」
「まぁ・・・、いた、な」
「へぇ・・・」
興味津々という顔を隠さないベッカーに若干引き気味なラルヴァスを、リクスが見て、
・・・やがて何かを否定するように、そっと首を振った。
たん、たん、・・・たん。
「っく!」
かなり正確な重攻撃を、3回連続バックステップで躱すと、遊ぶ様に私は突撃、攻撃することなく前転回避で背中側にまわり、騎士が振り返るのを待った。先程まで一生懸命、攻めの姿勢で戦っていた私が、突然こんなことをしだしたのだから、周りの観客も困惑して、ざわつく。
当然のことだ。相手はさっきの馬鹿騎士なのだから。
金で不正に勝とうなんてする騎士に、どうして労力なんて使うか。全力で向かう修剣士の先輩たちの方がもっと手ごたえがあった。負けるかと思った。
馬鹿にするなら仕返してやる。何が正しいかなんてどうでもいい、私がしたいからそうするのだ。
「・・・お前、どうやら乗る気が無いようだな。ならばいい、お前ごとき敵ではない」
なぁんてセリフを吐いているが、詰めが甘い。
この試合は、勝ち抜型。最初に新入りとその次に新入り、つまり私たちと私たちの一年先輩が戦う。勝った方がさらに先輩と戦い、勝った方が・・・とどんどん進めていく。
対修剣士との試合、まだ弱い私たちは見るまでもないと、さっきまでの試合を一切見ていなかったようだ。
繰り出してきたのは、さっき躱された3連撃。今度は確かに重いし、スピードが違うし、私も避けに徹底する。何度も何度も来る斬撃をひたすら躱して、躱して、・・・今。
「―――っ!」
私は敢えて”突き”で、相手の首横に突き出した。
「そこまで!勝者、セイラ・セル修剣士!」
審判の声を聴く間もなく、私は木剣を降ろした。
さすが一応騎士とでも言うか、相手はちゃんと既定の位置に立って、礼をした。しかしその前髪の隙間から見えるのは、恨みの籠った目。
仕返しされたって結構だ。どうせ彼の権限では私を首には出来ない。騎士も破る技術力に”セリア”として使える手駒、そう簡単に捨てる奴は目が狂っているだろう。随分自負しているとは思うけど。
「・・・立ち上がり方を間違えないでくださいよ、先輩」
その呟きは届いたのか届かなかったのか、騎士は静かに壇上を降りた。
結局私もラルヴァスも、騎士の半分辺りで流石に負けた。勝ち抜きはスタミナ戦でもあるのに、だんだん強くなっていくなんて元からチートなのだ。まあ一番上の牙城がスベジク騎士な時点で全員抜きは不可なのだけれど。
―――そして。
「それでは、エキシビジョンマッチを行う」
どっ、と、とくに騎士や修剣士の間から歓声が上がった。何せ普段は見られないハイレベルな試合が見られるのだから。・・・・・・特に毎年、注目を集めている理由は、
「東手は―――我らがアルギシアの皇子、カイ殿下です!」
わぁぁぁぁ!!と、黄色い歓声が上がり、段上に現れた殿下に誰もが釘付けになる。
エキシビジョンマッチで、まさかの軍事最高指揮司令官指令長。しかも王族。何を考えているんだアルギシアは・・・と思いたくなる。
けれども国民周知の事実として、カイ殿下の卓越した剣技は知られている。あまり見られるものではないが、このエキシビジョンマッチにも毎年出ている(と聞いた)し、ちょくちょく見られる(らしい)。スベジク騎士も勝てはするが手こずる強さで、しかもルックスもそれなりに良い。女性は憧れの軍事担当皇子、まあ癖のある奥さん・・・冗談、皇子妃を持つ、最早劣っている場所が考え付かないとか。
「そして今年の西手は―――、人気の女性司令官、フィル・セ」
「あ、ごめんちょとまって」
盛り上がった司会者兼審判が、突然かけられた声にストップした。呼ぼうとした名ではなく、また女性司令官でもない剣士が、壇上に上がってくる。
「・・・げ、お前かよ」
カイ殿下の口がそう動いた気がした、その視線の先で、
「フィルがドタキャンしたので代わりに来ました。よろしく」
オーヴァ・セル司令官――――――私のお父さんが、ニヤリと笑った。




