テイク・ステップス Ⅲ
足をぶらつかせて、手を泳がせて、日の差す図書室の椅子の上。
「様になるね」
私はかけられた声に、しぶしぶ本から顔を上げた。声色と口調だけですぐに分かる。よく知った顔、同僚。
「なにが?ベッカー」
「いいや別に?・・・お、ユージュの資料だ。この間の事件関係?」
「ううん。別の、スベジク騎士の手伝いだけど・・・。さっき葡萄薬のことについても調べた」
海を挟んだ隣国、大陸の西の端。ユージェニック・クイントス王国からユージュ王国へ完全に名を変えまだ日の浅いその国の、レグロ地方で盛んに栽培されている品種の葡萄がある。単純にレグロ地方の葡萄と呼ばれるが、その独自の葡萄の葉には、特定の調理をすると出来る特殊な成分がある。
簡単に言えば無理やり元気になれる、そんなところだろうか。ただし、一度摂取すると依存性が高く、止められないうえに、その成分は激しく体を蝕む。なのにそれを薬にし、依存性を利用して何度も何度も高く売りつける人間がいるのだ。ユージュでもアルギシアでも、古くからその薬を使えば警察に捕まる。所持だけでも捕まる。
私があの時飲んでいた葡萄の炭酸ジュースのように、レグロ地方の葡萄は凄く美味しい。そしてかなり貴重だ。それは、その成分のある葉を処理する資格を手に入れた物しか栽培できないから。
今回のあのカー・・・なんちゃらミドクさんから、レグロの葡萄薬の密貿易を仕掛けていた人間が芋づる式に、大量に出て来た。不法栽培をしていた人間すら捕まったらしく、私達は大手柄だったわけだ。
自分が人見知りなせいで当初あたっていくはずだったご令嬢たちとは一言も交わさず、偶然話しかけて来た人間が犯人だった――――――なんて運のいいことだ。
殆ど読み切った、厚手の本を書棚に戻す。ちらりと周囲を見回して司書がいないのを確認すると、高い脚立を敢えてアクロバティックに上った。三回足をついたら頂点、そんな感じに。
「・・・セイラ、流石に呆れる」
「いいじゃん。騎士館の図書室は広くてやりやすい」
飛び降りて1前転、完璧だ。
「セイラって運動神経もいいよね」
「そりゃ、まあ。子供の時から鍛えてるし」
「流石です」
「ベッカーもどちらかというと、運動神経で正確さをカバーしてるところあるよね。打ち合いの数が少ないからよくわかんないけど、それの所為で打ち損じてるように見えて渾身の一撃だから怖い」
「それは長所と取っていいの?」
「人による」
「セイラ的には?」
「それをベッカーに言ったら、私ただの馬鹿でしょ」
「あはは、そうだ」
このベッカーと言う奴は、なかなかに食えないところがある。裏はなさそうだが、人から情報を奪うのが上手い。私も気を張って喋らないと何かあったもんじゃないのだ。
「セイラの分析はなかなか的を得てるから怖いんだよね。基本相手を見て即時対応するでしょ」
「ベッカーの分析もなかなかだと思うよ。でも分析してるって分かってるだけ楽ではある」
「分かんない奴もいるの?」
「ラルヴァスとリクス。リクスは多少してるけど、反射神経に頼ってるところがあるし、読みにくいんだ。速度タイプにもついてくるから嫌い。ラルヴァスは戦闘外では色々論議かましてるけど、戦闘中はもはや解んない」
「前に言ってたよね、ラルは好敵手、リクスは嫌敵手って。僕からすると逆なんだけど」
「それはリクスと仕事する方が多いから、リクスの手が大体読めるようになってきてるんでしょ。私はやっぱり、精神削られるリクスより、ラルヴァスの方が倒せなくても剣合わせてて楽しいかな」
・・・そこまで言って気づく。私、またぺらぺらと余計なことをしゃべってしまっている。
「それより!ベッカーはどうしてここに?」
「ああ、ベキリ教官騎士から資料持ってくるように頼まれたのと、」
ベッカーがちらりと振り返る。視線の先では、白衣を着た黒髪の少女が書棚を漁っている。
「あのあたりは医学の浅いところでしょ、問題解決のために必要かもね程度の。なんで医者?」
「まだ見習いなんだって。僕らと一緒。それでも王城軍医だから腕は確かなんだろうけど。騎士館の書庫初めてらしくて迷子になってたから案内した」
「へぇ」
複雑な騎士館で迷子というのは、ない話ではない。でもここに医者とは、なかなか珍しいんじゃないか。
王城軍医は名の通り、王城の兵士たちを診る医者のことだ。宮廷医師なら王家を見る医者、王城医師なら王城で働く、そして私たち兵士のように怪我をする機会の少ない執務系や使用人の、主に病気を専門とする医者のこと。そのほかに独立して調剤治療室というのがあり、調剤や、新しい医学、薬学の研究をする場所もある。城というのは軍力の最大倉庫でもあり、ありとあらゆる知識の宝庫でもあるのだ。
「にしても、王城軍医で女性って珍しいね」
「それ、セイラが言う?元副騎士長とかフィル司令官とか、女性の兵士がいるからって採用されたんだよ。見習いだけどセイラは彼女が担当になるんじゃない?」
「・・・そう。じゃあ挨拶でもしとかなきゃね」
「そうそう。変人同士気が合うんじゃない」
「変人?」
しれっと自分が変人呼ばわりされたのは後で叩いておくとして、私は書棚に夢中な彼女の元へ向かう。一つに縛られた黒髪の隙間から、目鼻立ちがはっきりした顔が覗いている。
「こんにちは」
まずは普通に挨拶だろう。彼女は気づいて、こちらを見――――――ることは無かった。
「あの、」
「すみませーん」
「へいかのじょー?」
この人・・・・・・、本に夢中で全然気づかねぇ!!
「あの、すみません!」
驚かせるのは悪いが、肩に手を置いて話しかけた。ようやく彼女は振り向く。
「あっ、はい。・・・あ、すみません。私また気づいてませんでした?」
「控えめに言って、うん」
「あちゃー・・・、さっきもやらかしたんですよねぇ。折角騎士さんが声を掛けてくださったのに迷子になっててテンパって、気づいてなかったんです。それなのに案内してくださって、騎士さんって本当にかっこいいですよね!あなたも軍医ですか?よかった、ちょっと気になることがあったんですけどなかなか本が見つからなくて、葡萄薬のことなんですけど、それが」
・・・・・・ああ、変人ってこういう事か。
私が聞いていないことにも気づかずひとり芝居のように話す彼女に、ちょっと呆れる。天然なのかな。
「あ、自己紹介が遅れました!王城軍医見習いのミシェルヴェール・アルフェドーラです!今後ともどうぞよろしくお願いします!」
人に対して失礼だけど、なんかアホっぽいリズムの名前だなぁと思いつつ、この機を逃さない。
「こちらこそ。私は見習い剣士のセイラ・セルです」
ようやく言えた。ちゃんと言ったしこれで気づくだろう、私が医者ではないことに、
「しかし女性の軍医がまさか他にもいらっしゃったとは!」
気づいてねぇ――――――!
「違うから!軍医どころか医者でもないから!」
「あれ?そうなんですか?」
「さっき言ったよ見習い剣士って・・・」
思わずため息が漏れて、苦笑いになる。天然なの、話を聞かないの?この子は!
「シェルヴェ、彼女がさっき言ってた今年の新しい女性剣士のセイラだよ」
後ろでけらけら笑っていたベッカーが、ようやく加勢してくれる。
「ああ!先程はどうも、騎士さん!」
「うん、僕も騎士じゃないから。見習い剣士、修剣士級だから」
「え?騎士じゃないんですか?」
彼女が疑問に思うわけを、私はちらりと考えて、ああ、と思い当たる。
「王城の兵士にはかなり細かい階級があって、その一番下が見習いで、修剣士とか修弓士とか修闘士とか呼ばれてるんだ。そこで頑張ってようやく騎士になって、その上の位になれるわけ。騎士っていうのは剣が専門の修剣士も、弓が専門の修弓士も、修闘士・・・これはいわゆる護衛のための、武器をほぼ持たない人が専門のところも、みーんな騎士って言うんだ」
「へぇ・・・!参考になります!私はどのあたりの人を診るんでしょうかね。楽しみです」
「だからさっきシェルヴェにもセイラにも言ったでしょ、女性の軍医が必要なのは女性の兵士がいるからなんだって。今まではシトロワ殿下が診られてたらしいけど、流石にそうはいかなくなったし」
「で、殿下!?」
流石の彼女も殿下という言葉には驚いたようで、足が縺れたのを慌てて支える。そりゃそうだ、私もびっくりしたよ。
「フィル司令官とガレス元副騎士長だよ。不逞な輩が何処にいるか分からないから医者は同姓って王城では決まってて、兵士は健康診断を受けなきゃいけないのに、対応しきれなかったんだ。それで医師免許と調剤免許の両方を持ってたシトロワ殿下・・・当時は治療士だった殿下が診ていたってご本人が言ってた」
「ごっ、御本人と会話されたことあるんですか!?」
「うん、平たく言えば叔母だし」
「王家の方だったんですか!?」
「皇子妃の家族は王家と呼びません」
なんか、いつもよりベッカーが真面目にというか、振り回され気味に答えている。ちょっと彼女とベッカーのやりとり、面白いな。
「とにかく!どうせセイラは確実に診ることになるでしょって話!」
「そうですね!・・・よろしくお願いします!」
勢いよく90度以上に頭を下げられて、困惑しながらもよろしくと返しておく。
「さてと、じゃあ僕用事済んでるし先に行くね。セイラが道案内してくれるでしょ」
「ちょっ、・・・・ああまあ、いいけど」
今の反応で分かった。ベッカー、ちょっとこの子苦手だな?
それは分かる。私もこの手の子は、あんまり得意じゃ無い。
「セイラさん15歳なんですか!?若っか・・・」
「いや、ミシェルヴェールさんも若いですよ、18って」
「それが医師免の下限年齢で、こればかりは仕方ないんですよねぇ」
騎士館の廊下は広いので、2人で歩いても十分な幅があった。3つ、誕生日の違いを含めれば2つ違う彼女は、手にどっさり本を持って隣を歩いている。元々小柄なのか身長は私よりちょっと低く、天然もあいまってなんか年上に見えない。
「アルフェリア高等校の医学専攻だったので、資格の勉強はかなり前からしてたんですよ、これでも!それでも卒業までには4年かかりました」
「医学専攻って通常6年ですよね?それってかなり短いんじゃ・・・」
「そうでもありませんよ?同じく6年が通常の軍事・外交分野両方、2年で卒業した伝説の生徒がいる高等校ですからね。私も同時卒業になったんですけど、悔しくて悔しくて」
・・・うーん、言っていいかな。それ私です、って。
「一度お目見えしてその頭解剖させて頂きたいんです!」
言えねぇ。ぜってー言えねぇ。
「私、でもそういうの自慢する・・・おっと、すみません!」
自分で持って行くと聞かなかった本達を持ってよろけながら、彼女は前から来る騎士を避ける。躱しきれなかったのか少し肩がぶつかって、彼女は頭を下げて謝った。
「・・・君は、医者か?」
「はっ、はい!軍医見習いの」
「医者が人に怪我をさせるような行動をしてどうするんだ?」
私はなんとなく察知していたことが正しかったか、騎士の目を見て確かめる。目どころか顔が少し笑っていて、笑い方が嫌味ったらしい。
「怪我・・・?」
「肩をぶつけられて柱にぶつかったり、剣が振れなくなったらどうする?」
ミシェルヴェールはポカンとしていた。当然だ。私だって滅茶苦茶呆れている。
ぶつかって折れるくらいの肩の持ち主が騎士?そりゃ病人だよ病人。むしろ本当に折れる人に失礼だ!
「君も、友人ならそこは気がけるべきだろう?・・・おっと、君はセイラ修剣士だったか」
視線がこちらに向いたので、その目をまっすぐ見返してやった。
私の嫌いな目だ。自分より下の人間を、”下の人間”としか考えていない人間。貴族だけじゃない、ひとつ自信があるだけで誰にでも起こりうる悲しい目だけど、でも・・・。
イラつくもんはイラつくんだ。
「修剣士が騎士館で何をしている。黙って剣の修練に時間を費やすのんがアルフェリアの為だと思わないか?これだから女性はいけない。もてはやされていい気になって、実力を顧みない人間が多すぎる。のんびり読書か、友人とお喋りか、そんなことをしている時間があったらさっさと自分の持ち場で盾を洗ってろ!」
ミシェルヴェールが心配そうに私を見たので、そっと微笑み返した。
フィルさんの教え、剣には剣を、嫌味には、嫌味を!
「盾、へぇ~・・・。騎士様は盾をお使いになるんですね、成程。私、剣の師に「盾を使うのは学が無いやつかただの腰抜けだ!」っていう極論を叩き込まれてるので、盾は籠手くらいしか使わないんですよね。そうじゃなくても他人の整備した防具なんて使いたくなくて。私よりももっと実力がある素晴らしい騎士様たちもきっとそうだろうと、修剣士は気を遣って殆ど他人の防具を洗ったりしないので、そんな仕事があるなんて知りませんでした」
「あるに決まっているだろう。しかし、女性だから君は免除されたなんてことがあったのなら問題だな」
「そうですね、それもあるかもしれませんね。私の同期はきっと誰もしたことないでしょうけど。それより、肩は大丈夫ですか?怒られるくらいですから相当痛められたのでは。明日の稽古等で支障があるかもしれないと騎士長に報告に行かなければ!即刻私が行って参ります、」
「いっ、いやそれはいい!とととにかく、すぐに仕事に戻りなさい!そっちの医者も、今後気をつけるように」
ちょっとそそくさと通り過ぎていく騎士の背中に、私は満面の笑みで言う。
背中ががら空きなんだよ、おら。
「はい。それでは騎士様は気をつけてくださいね。こんな広い廊下でわざわざ女性にぶつかるなんて愚行の噂は今日中に広まると思うので、ビーイズ騎士」
あ、歩く足が早まった。
「す、すごいですね、セイラさん・・・」
「まだ甘い方だよ、これでも。本当は反論漬けの方が楽しいんだけど」
「楽し・・・あ、ありがとうございます」
「あっ、今ちょっと引いたでしょ」
「ひひひひ、引いてませんよ!凄いなぁって思っただけで」
「別に凄くは無いよ。ああいう言い方されるとイラッときて言い返しちゃうだけだし。・・・ま、明日あの騎士が一体どんな扱いになってるか、でも腹いせにはなるしね。ああいうことがあったらまずはベッカーに言っておくといいよ。さっきミシェルヴェールさんを案内した修剣士」
「どうしてですか?お強いのですか?」
「人脈と話術が計り知れないからね、ベッカーは。こういう場合はまず担当のベキリ騎士に伝わって、ベキリ騎士って結構お喋りだから騎士の間に広がって、それによって修剣士と、騎士一の情報通である騎士長に伝わるんだ」
「へぇ・・・ちょっとかわいそうな気はしますけど、流石にさっきのには私も腹が立ちました!高等校で男社会に離れていると自負していましたが、私もまだまだですね」
「私も。高等校とはまた違うしね、私は軍事専修だったから差異が少ないけど」
「え?そうなんですか?」
「あー、いや、なんでもない。あっ、それよりすみません、敬語が外れて」
「いいですよ!結局歳の差なんて塵に等しいですって。普通に話してください」
「それじゃあ、ミシェルヴェールさんも」
「私は敬語が染みついちゃってて、もう外れないんですよ。医者は敬語で患者に話さなければいけませんし、何より幼少期から家でも敬語が基本だったんです。よく喋れば皆さんのタメ口と同じだと思っていただければ。それから名前も長いでしょう?シェルヴェでいいですよ!」
「じゃあ、シェルヴェさん」
「さん、はなしです!」
「シェ、シェルヴェ」
「はい、セイラ!私がシェルヴェです!」
思わずたじろいで答えたら、満面の笑みで返された。・・・失礼だけど、いま初めて年上に見えた気が。
可愛いお姉さん軍医シェルヴェは、キッと敬礼をしてから、間違えた道を自信満々に歩いていく。
「ミシェルヴェール・アルフェドーラ。アルフェ・・・リア。ライラック家と対立してる家、か」
外は日が暮れて、既に夜空になっていた。業務終了、夜間の見回り担当日は明後日。
「ま、なんかあったら、そのときはそのときか。よーうし!」
私は突然前触れもなく走り出して、修剣士の官舎の裏手にまわる。街灯がなくなって、城壁で外にある名家の屋敷の灯りも届かない、真っ暗な場所。
そして空の開けた場所。
私は空を見る。ひとかけもない月、光る星の数々。―――覚悟をした空。
「・・・戻ろう。そろそろラルヴァスも戻ってくるはず、っ!?」
突如、背後に気配を感じて、構えながら振り返る。真正面じゃない、左か、右!?―――っいいや!
「誰!?」
高い城壁の上だ。
座っている。城壁上にある廊下の手すりから外れた、ただの床の余りに座る人間がいる。
「「誰!?」・・・だって。さて、誰でしょう?」
高めだけど、声からして男。体格はラルヴァス・・・それよりも細いベッカーやがたいの良いリクスとも似ていてよく分からない。顔は深く被られた帽子で見えないし、武器を隠し持ってるかも謎だ。
「警戒に分析を同時並行でしてるね。さすがセル流道場の子だ」
それを知られているのには驚かない。フィル司令官も輩出した道場として、連日人が詰めかけた頃もあった。ただし入門試験でその全てが打ちのめされたが。その時期に入門を認められたのがひとりいるが、その人は初の王城付き女性剣士であるフィル司令官や、かなり名門道場と言われていたことも知らずにのこのこやって来たので入ってから死ぬほど驚いていた・・・今はそんな話どうでもいいけれど。
「・・・何する気だ、とか訊かないんだね」
「私が喋ればなにか墓穴を掘りかねない。何かしようとしたらまず斬る」
「それは賢明なお嬢さんだ。なにもしやしないよ、ただここに座って、ちょっと人を待ってただけで」
人・・・。ここに、この時間来る人なんてまずいない筈だ。
巡回の場所には入っていない。なぜならここは、3階の角部屋である、私の部屋から丸見えの場所だから。この時間はまだ起きている。灯りをつけているだけでも十分牽制になるのだ。
ここにこの時間、今日、来る人間。そんなものは、
「君のことだよ」
私しかいない・・・ですね、はい。
「要件なら3秒以内に」
「あっはは、怖いなぁ。じゃあさっさと言うよ。
君が一番信じられると思った人を、一番に疑って。忘れないで、自分が誰なのか」
「私の―――、はい?」
「じきに気付くよ、なにが言いたいのかは。君は聡明だからね。じゃっ!」
「あっ」
彼は身軽な動きで城壁の手すりの上にのぼり、手を振って姿を消した。
思いっきり息をはいて、ようやく自分が息をし忘れていたことに気付いた。ゆっくりと構えを解いて、
「あ、」
足が縺れて、尻餅をつく。なんか手に力が入らない。
駄目だ、いついかなる時も動けなきゃ、剣士、私は、
『君が一番信じられると思った人を、一番に疑って。忘れないで、自分が誰なのか』
嫌という程言葉がリフレインして、私は呆然と、そこに座り込んでしまっていた。




