テイク・ステップス Ⅱ
「・・・あー、お嬢様?飲酒だけは駄目ですからね、飲酒だけは」
「分かってる・・・わよ。未成年だもの、飲むわけないじゃない」
到着して10分が過ぎた。
「どこもかしこもご令嬢を連れているのね・・・。そうじゃない人が逆に哀れだわ」
「そレは言っちゃ駄目ですお嬢様」
ラルヴァスが笑いをこらえているのを見て、私も自分が言ったことにジワリときた。
そこかしこにテーブルがあり、ワインや軽食や、小さなお菓子が並べられている。私は葡萄のスパークリングジュースをお願いして、今はそれを片手に持って、とりあえずじっとしている。
「・・・声、かけるの苦手か?」
「若干・・・。今気づいたけど」
ラルヴァスに尋ねられ、私は悔しいが肯定した。
だって5分あれば会全体の状況は見える。まず、アンビエ・エネトル―――私が試験試合一戦目に一打撃で打ち負かした相手は、どうやらいないようだった。これはラルヴァスにも確認を貰っている。
あとは、ベッカーとリクスが談笑している相手。ここにいる中でも位が高い方で、アルギシア主導の裏取引には欠かせない「権力」を持った人間たちは、2人が当たってくれている。
残り、あまり権力のない人達、と言ってはなんか申し訳ないけれどそういう人たちを私が当たるべきなんだけれど・・・。
・・・予想以上に、私は人見知りな人間だったことに、正直驚いている。
「争奪戦始まってんのに気づいてねーのかよ、鈍感」
自分の初めて知ったことに動揺していて、ラルヴァスの声が聞き取れなかった。
「え、何?ごめん、聞こえなかった」
「ああいえ、何でもありません。あちらの方はいかがですか?」
「・・・・・・無理」
もし貴族になれたとしても、私はきっと社交界でズタボロにされて泣き落ちるタイプじゃないだろうか。
だって剣士なら剣を打ち合えば分かる人の芯が、話すだけじゃわからない。
「おま、・・・お嬢様。そんな、男の拳コミュニケーションじゃないんですから」
「だって、だって・・・」
もうラルヴァスにあたるしかなくなり始めたころ、
カツン、と音がした。
「お嬢さん、どうかされましたか?」
背後1メートル、これは革靴の音。金属の擦れる音はしていないから、兵士系の人間じゃない。―――って音で人分析するの止めよう。私は今剣士じゃない。
「ああ、いえ、その・・・ええと」
振り返ると、私の予想その通り、革靴を履いて、綺麗な装飾の服を着た、帯剣をしていない・・・お貴族様。私より少し年齢は高く見えて、その顔は結構、いやかなり整っている・・・と思う。基準が分からない。
「争奪戦の覇者か」
ラルヴァスが背後でぼそりと呟いた意味も解らず、どう返していいかもわからず、
「べつに、なにも・・・」
セイラ感満載の返し方をしてしまった。こりゃ貴族にゃ見えねぇよ・・・。
「よければお話しませんか?」
「はっ、はい」
「ははは、緊張しなくていいですよ」
挙動不審なのを、そうとってくれたらしい。ありがたや。
「そうでした、自己紹介がまだでしたね。私、カージテイジ・ミドクと申します。あなたのお名前は?」
「セ、セリア・・・です」
「セリアさん。お似合いの名前ですね」
なんか偽名をお似合いと言われると、・・・・・・複雑。
「セリアさんは、音楽とか聞かれますか?」
「お、んがく、ですか・・・?」
音楽は・・・ペンネさんの店に流れてる音楽と、国歌くらいしか知らないよ!?
「お嬢様は、様々聞かれますよね。最近はユージュの方の音楽が入ってくると、お喜びになっていたじゃないですか」
「あ、そ、そうなんです」
ラルヴァス、ナイス!アンド、ムカツク!おまえ、そんな切り返しとか上手いやつだったのか。
「ユージュの方の音楽ですか・・・。音楽はあまり分かりませんが、最近はユージュ関係のものも多く入ってきて面白いですよね。その葡萄酒も、ユージュから入ってきた品では?レグロの地方の酒だと思うんですが」
酒じゃねぇよ、見る目ねぇなこいつ。私でも酒とジュースの違いは分かるのに。
「レグロ地方では葡萄が有名なんですか?」
「ええ。私の家は貿易の、とくに食品系の仕事をしているので、行ったこともありますよ。葡萄畑が視界一杯に広がる光景は素晴らしくて、是非セリアさんもお連れしたいです」
「それは、すごいですね」
貿易系、か。
密貿易をする目的としては、例えば許可されていないものの輸出入がある。今回はおそらくそれだろうという上の見立てだ。
だから、確実に白である大商家エネトル家の夜会に潜入したのだ。当然商家が集まる。貿易にかかわる人間を当たれと、そういうこと。
食品・・・、食品か。食品でやり取りが規制されているもといえば、国の許可しない薬とかそういうやつか・・・あれ?
レグロ地方の、酒?
『兵士にレグロの葡萄薬が出回らないようにする対策とか、』
カッゼ騎士長が言っていたことを思い出す。もっと、確か高等校の授業で、レグロの葡萄薬・・・
「セリアさん?」
「・・・あっ、すみません」
「綺麗な景色を想像していらしたのですか?お好きそうですね」
「ま、まあ」
嫌いじゃないけど、どんなに綺麗な畑の景色よりも、私は、
――――――いや、今は仕事に集中しなければ。
触れすぎるのはマズい。ここから先は、この人の家を調べればわかること。
「あの、カー・・・。いや、間違えました。私、こういう会に出るのは初めてでして。沢山の方とお話してみたいと思っているんです。もしよろしければ、誰かご紹介いただけませんか?」
こういう時は芋づるだ。美味しいだろう、ジャガイモ。いやサツマイモが甘くて好きなんだけど。
「そ・・・そうですね。それは良いことだと思います」
何故か微妙に嫌そうな、困惑した顔をされたけれど、どんとこい。
私は好感を買うためにここにいるわけではないのだから。
名前が「カー」までしか出てこないこの人について行って、何人かの、いくつかの話を聞き、良い感じのところでラルヴァスが止めてくれたので、私はリクスとベッカーの近くに戻ってきた。
「どう?セリア。慣れて来た?」
「ええ。ワインのお話など、とても興味深かったです。レグロ地方の葡萄のお酒が美味しいんだと、・・・えーと、」
「ミドク家の方でしたね」
「そ、そうです。ミドク家の方に勧められて」
ラルヴァスがもはやメモみたいに機能している。助かる、自動メモ。でもそれが悔しい。
「レグロ地方というと、ユージュか。帰ってから少し調べてみるかな」
リクスの返しで、伝わったことが分かる。2人は騎士長の話は聞いていないが、わざわざ私が話した内容を言っているんだから、関係があると踏んだのだろう。同期1ヶ月にして、頼もしい人達ばかり。
「私、新しい飲み物を取ってきますわ。ラルはここに」
「はい」
私が離れている間に、ラルヴァスが詳しいことを耳打ちするはずだ。そのために、もしくはジュースがあるテーブルが遠いために、私は少し彼らと離れ、
その首を掴まれた。
「全員動くな!」
その声は広い広い部屋中に響いて、こだました。周りには驚きの声と、悲鳴と、沈黙がざっと広がる。
部屋の中央、そう、ジュースのあるテーブルのちょっと前。
そこで私は、何か知らない男に首を掴まれて、刃物を向けられていた。
―――つまり、人質、ってやつか?
「出て来い、アリトリア・エネトル!」
私を捉えた人に指名されたアリトリアさんは、険しい面持ちで前に出て来た。
「私に、何の用ですか。客より私に刃物を向けられてはいかがでしょう」
「ふん。そんな口をきいて、こいつがどうなってもいいのか?」
更に首に近づく刃物。けれどそれ、見えないけどあんまり光ってないし、尖ってないし、安物にしか見えないんだけど・・・。
「俺は今からこいつを攫って身を隠す。名家のお嬢様が1人行方不明になって、それがお前の夜会と知れれば、エネトル家の悪い噂も瞬く間に広まっちまうなぁ」
アリトリアさんが、顔を顰めた。その後ろで、ベッカーとリクスが状況を探り、ラルヴァスが・・・
ラルヴァスこっち見てねぇ。ちょ、何で暇そうにしてるんだ、お前。
「もう俺の仲間が到着するころだ。誰も動くなよ、死人を出したくなければな」
余裕の笑みを浮かべながら、犯人は言い放った。
まあ、確かに。この中央は、護衛の少なかった扉に一番近いし、そこを出れば廊下を伝ってすぐ外だし、頭がいいなぁとは思うけど。
・・・この夜会に誘われた人間ならば、誰でも良い名前を持っていると思う所、甘いのだ。
「名家のお嬢様、ねぇ」
突然、しんとした群衆の中から、笑い交じりの声がした。
犯人はそちらを睨みつける。声の主は、―――ラルヴァス・ハイド。今は護衛のラル。手に一本、細い剣を持って、もう片方を口に当てて笑っている。
「お前、こいつの護衛だったか。自分の首を気にしているのか?」
「いーや?別に。だっておかしくもなるだろ」
ラルヴァスに視線が向いている、今だ。私は手袋を外して、靴を足から抜く。双方緩くて、すぐに取れた。
「そんな言葉遣いもマナーも全然わかってない、見せかけだけの奴がさ」
ベッカーとリクスがひやひやしている目の前で、ラルヴァスは簡単に言う。
「大人しく連れてかれると思ってんのか?」
意識が完全に集中した瞬間、私は全力で肘鉄を打った。
「がっ」
反射的に向かって来た刃を、その持つ手を掴みながら躱す。勢いそのまま裸足で横腹を蹴りつけて、
飛んで来た剣を取った。
体勢を甘く整え直した犯人が、上から斬りつけてくる。なんて馬鹿な。私は普段重さのあるラルヴァスと戦っているのだから、上段切りの対応なんてお茶の子さいさいだし、ってか遅いし。
隙だらけの懐に飛び込んで、柄で鳩尾を殴る。体勢を崩した手のナイフを、鞘付きの剣で叩き落として、私は左側面に回った。逆には勿論、ラルヴァスがついている。
私達は同時に腕と肩を掴み、犯人の身体を床に押さえつけた。ふつうは片腕でも痛いやつを、両腕やると、
「いっ、いだだだだだ!」
痛いだろう。当たり前だ。
私はラルヴァスに視線を向けると、目が合う。ニヤリとしたその顔、イラつく。
でも今は、苛立ちよりももっと大きい嬉しさが、身体の中を駆け巡っていた。
犯人の仲間として突撃してきた間抜けな人達を見習い4人と番兵の方々とで倒し、夜会は自然に終わりになった。
警察に捉えられ消えていく犯人たちを見る余裕もなく、私たちは、
「お前ら・・・!何暴れてるんだ!どうしてこう・・・ああもう!」
スベジク騎士にものすごく怒られている。
それは既に帰途。警察をかいくぐって早々に立ち去ったのだ。そのうち潜入捜査してた剣士ってことも分かるだろうし、今話をしなくったってどうにかなるなる。
「まあまあ、人質に取られたのに無事だったんだから、そのくらいにしときなよ、イデア。ちゃんと仕事もしてきたようだしね。・・・今、別の騎士と殿下たちがミドク家とその人脈を当たってる。でもほぼ黒だね。葡萄薬にも通じたし、結構いい功績だと思うよ」
「・・・ありがとうございます」
「アリトリアさんもあれでいてやり手だから、”セリア”はフィル司令官に憧れて自衛の方法を学んでいた勇ましい令嬢みたいな感じで広まると思う。あとラルはアホな護衛」
「アホ・・・まあ、架空人間だからいいですけど」
まだ何か言いたげなスベジク騎士の隣で、カッゼ騎士長はにこやかに笑っていた。
「それにしても、聞いたよ?君たち結構息が合うんじゃん。もう相棒でしょ?」
「「違います!」」
また否定が被って、私はラルヴァスを睨みつける。
馬車は城の中に入って、騎士館の近くに止まる。先に降りたラルヴァスが手を伸ばしてきて、
「・・・この、バカが」
「なんで悪態つかれなきゃなんねぇんだよ」
一応抵抗の言葉を言いつつ、その手を掴んだ。
だって足が痛いんだ。こんなヒールきいた靴ずっと履いてる令嬢は、尊敬どころか逆に引く。
「セイラはシトロワ殿下が心配して待ってらっしゃるから、そのドレス返すのと、お礼も兼ねて厄介になってきたらいい。行く前にいた部屋だ、分かるよな」
「はい」
「じゃあちょっと早めにこの事件の処理しとかないとだから、ごめん、僕たちは失礼するね」
「あっ、ありがとうございました!」
スベジク騎士と騎士長が去っていく。本当に、ありがたい。
「・・・ふぅ、終わったな」
「終わったね」
「これもベッカーんところに返しに行かなきゃだし、俺たちもさっさと行くか」
ラルヴァスがベッカーから借りた服の襟を、息苦しそうに少し開く。黙っていれば結構様になる格好だったが、やっぱり自分としては落ち着かないところがある。ラルヴァスは兵士服着てしかめっ面してないと駄目だ。そして分析を言い合って喧嘩になるくらいが、丁度良い。
「はい」
剣を差し出される。私の愛剣、私の存在証明。
「ああ、ありがとう」
「ほいよ。・・・うん、お前やっぱ兵士服着て剣持ってる方が似合うわ」
「まだ兵士服じゃないけど」
「けなしつつ褒めてるんだから喜べよ」
・・・まあ、うん。その褒められ方は、悪くない。
「はい」
ラルヴァスが手を差し出してきて、私は「悪くない」と思ったことを取り消した。駄目。こいつ全然駄目だ。
「何、まだ護衛気取り?」
「ちげぇよ。足、痛いんだろ?」
呆れたような顔を向けられて、私は驚く。別に、へんな歩き方はしていなかったはずだが。
「蹴りが甘かったんだよ。踏み切るの躊躇ったんだろ」
うん、流石戦闘職。よく分かってらっしゃる。でもそれ、本物のご令嬢には通用しないけど。
「・・・悔しいけど、世話になる」
「ほんっと可愛くねー奴だな」
「可愛くなくて結構!私は剣士、可愛さ要らない!」
「今日みたいな仕事がもう無いとは限らないけどな」
「・・・それは、勘弁」
ぎゃあぎゃあ言い合いながら、騎士館に入っていく。
ああ、やっぱりこんな日常が、一番いいや。




