テイク・ステップス Ⅰ
私は剣士だ。
日々稽古に励み、実戦を積み、王家と国民を守るために命を賭す剣士だ。
なのになんで、こうなった。
「やっぱり赤系が似合うのよねぇ。茶髪だからもあるし、その辺はフィルに似てるのかしら」
シトロワ殿下は楽しそうに、自室のドレスを漁っている。その背後で棒立ちになっているのが私だ。
会話をしないのも気まずいので、それとなく、気分を害されないように気をつけながら、言葉を選ぶ。
「フィルさ・・・司令官も盛装用のドレス着られるんですか」
「一着だけ持ってたと思うわよ。余程のことが無い限り着たがらないけれど、立場上どうしても必要な時があるからね」
フィルさんは、私のお父さんの双子の妹だ。つまり叔母。そして、カイ殿下直属の剣士でもある。
この国の軍事部において、一番位が高いのは「最高軍事指揮司令官司令長」。長いんだよおい。・・・じゃなくて、その肩書きを持つカイ殿下だ。
そしてその次が、軍事指揮司令官――――――オーヴァ司令官と、フィル司令官。双子で姓が同じなため、名前で呼ばれている。騎士より護衛兵士よりもっと位の高い、おまけに王族と関わる場所だから、きっと盛装用ドレスの一つや二つは必要なんだろう。
「すらっとしていて幼げある顔立ちだから、この辺も似合うわね」
シトロワ殿下が取り出したレースがてんこ盛りのドレスに、私は顔を引きつらせる。
「・・・冗談よ。あなた好みもフィル似なのがすぐに分かるもの」
どうやら本気で冗談だったようで、すぐに仕舞われた。私は胸をなでおろす。
「新人なのに潜入捜査ね・・・。今年の試験突破者を見て、騎士たち総出で狼狽えていたらしいわよ。18年前の再来だって言って」
シトロワ殿下は新たに取り出した服を私に当てながら、目を細めた。
「1対1の対人戦って、なかなか頭脳を見られるものじゃないのよ。目の前の相手だけを意識すればそれでいいから。でも、多人数の敵が攻めて来るのが普通でしょう?戦いながら視線がちらちら周りに向いていたし、止めっていう声がする前に悟ってたって、褒めていたわ」
「それは、騎士の方々が・・・ですか?」
「いいえ、フィルよ」
思わずどきっ、とした。
フィルさん・・・フィル司令官は、女性剣士として私が憧れるたった一人の人だ。でもだからじゃない。
フィルさんに伝わっているということはつまり、
「そういえばあなた、勝手に試験受けて官舎に入って、まだ1回もオーヴァ君と話をしてないんですって?」
あー・・・、やっぱり。
伝わっていないはずはないと思っていた。私は何も言わずに、勝手に、試験を受けて受かってここにいる。そのことを話したのは、この話を教えてくれたトビデ師匠とペンネさんだけ。その日から試験の日までの1週間、お父さんは出張でアルギシアにすらいなかった。
「・・・何を言われるのか、怖くて。何を言われても絶対にやめたりしないけれど、私には・・・、お父さんしかいないのに、嫌われたらどうしようって、思ってしまって」
お母さんは、私が生まれた少し後に、亡くなった。身体の弱い人だったらしく、その時のはやり病で。頑なで、気が強くて、負けず嫌いで、自分のやりたい放題な性格はお母さんの血だとお父さんは言っていた。
娘が世から白い目で見られてしまうかもしれない職に就くことを、喜ばしく思う親がいるだろうか。高等校の専修科目には何も言わなかったけれど、職になれば違うだろう。だから余計、言うのが怖い。
「その辺りのことも、聞いているわ」
シトロワ殿下は、私の頭を撫でた。それは温もりがあって、・・・でも何か他人だって感じの、手。
・・・ってすごく失礼なことを言っているっていうか、余計な事ばっかし喋ってないか、私。
「大丈夫よ。自分の思ってることをまっすぐぶつけてみたら、まっすぐ答えてくれるわ。そういう人よ、あなたのお父さんも、フィルもね」
どうしてか知らないが第3皇子妃に慰められた私は、
「じゃっ、ドレスはこれで決まりね!」
突如渡されたひらひらに、思わず間抜けな声を出してしまった。
時刻はすぐに過ぎて、夕方。
というか、夜会って今夜だったんだ、と今更知る。昼間からドレスを選ばれ髪を飾られ、今しなくても・・・と思った原因がこれだ。心の準備期間というものは存在しないのか。
潜入捜査を行って探すのは、ユージュとの密貿易を諮る人間、もしくはその家。候補者が多すぎて絞れないうえに、相当な警戒をしているはずだから、公な捜査では捕まえられないのだという。
国交に関わるから、これは警察ではなく国の管轄と捉えられている。国内犯罪が警察で、外国がらみになると国の軍事関係になると言ったらいいだろうか。
「なんで、俺だけ、貴族役じゃないんだ・・・!」
向こうでラルヴァスが愚痴っている。その格好は普段より綺麗で、高そうだ。黒い盛装用の兵士服。国ではなく家に雇われた護衛兵といった感じ。・・・皮肉だが、似合うじゃないか。
「まあまあ、流石に一日で所作を覚えるのは辛いでしょ。セイラと回れるから本当の意味で護衛になるし」
ベッカーが宥めている。私の護衛役設定か。なるほど・・・、じゃない成程じゃないなんだその設定!?
ベッカーとリクスは、客っぽい感じの盛装だ。そりゃもともと貴族だから、本名で割り込めるし、身元を疑われることも無い。素晴らしい状況だ。本当にこの2人だけで良かったと思うんだけど、この仕事。
「で、その肝心のセイラは?」
扉から覗いていた私に、ラルヴァスの視線が突き刺さって、おもわずうっ、となる。
「バレてた・・・?」
「たりめーだろ。そんな気配つかめねーようじゃ、剣士として致命傷。お前もバレてないつもりじゃなかったんだろ?」
「そりゃ、まあ・・・」
私はしぶしぶ中に入った。騎士館の奥の部屋は、なかなかきれいなんだなぁと現実逃避をする。
シトロワ殿下が選んだのは、シンプルな赤色のドレスだった。ひざ下までふわりと、あまり広がらずに降ろされたスカートと、露出の少ない肩回り。うん、よく分かっていらっしゃる。私の妥協点を。
「おおー!可愛いじゃん」
真っ先に反応したのはベッカーだった。こういうドレスのお貴族様たちを見慣れているはずなので、多分可愛いというのはお世辞だろうが、一応睨みつけておく。それは私にとって褒め言葉に類しないと。
リクスは案の定黙っていたが、顔が若干緩んでいる。おい、笑おうとするのを必死に留めてるんじゃない。
「ラルヴァスは、どういう感想?」
ベッカーがけしかけて、こちらを見て目を見開いていたラルヴァスは、
「・・・、何というか、馬子にも衣裳って感じくわっ!」
余計なことを言いやがるので鳩尾に一発入れられた。私によって。
「褒められるのも嫌だがけなされるのも嫌だ」
「おま、面倒くさいやつだな」
「悪かったね。さっさと終わらせてさっさと修剣士服に戻したい足痛い」
「ブーツよりヒールきいてるもんね。倒れそうになったらラルに支えてもらえばいいよ」
「何を言っているのですかベッカー殿。死んでもごめんだ」
「前半と後半でえらく口調が変わってるし、ぶれぶれだよ。大丈夫?シトロワ殿下にたたっこまれたっていう所作は」
「・・・・・・、無理」
とにかくゆっくり丁寧に動作をすること、言葉遣いに気をつけること、それだけを忠告された。普段崩している所ばかりを指摘され、正直不安しかない。
「どうせ演じるのは架空の人物なんだから、今日の夜会を乗り越えればどうにでもなるなる!」
「それだけが救いだよ、はぁ・・・」
ベッカーの励ましを適当に流して、私はその辺にあったソファーに腰掛けた。流石城、ふっかふかのふかふか。
「名前は?ラルは”ラル”でいくらでも通るよねって話になったけど」
「それはそれで間違えそう」
「そういやセイラはいつもラルヴァスって呼んでたっけ。みんなラルって呼んでるのに、なんで?」
興味津々という顔をされても、深い意味は無いし、ちょっとベッカーさっきからうるさい。
「なんでって、最初にそう呼んだからそのままなだけ」
「僕たちも最初はあだ名じゃなかったじゃん」
「長い名前は嫌」
「ラルヴァスもリクセンディアもベックフォードもあんまし変わらないと思うけどなぁ」
「2文字違う」
「細かい!」
「ベッカー、話がずれてる。セイラの詐称をどうするかって話だっただろ」
リクスが修正してくれた。偉い子。真面目。でも笑いかけたことは許さない。
「セイラ・・・似てる名前なら、セリアか?貴族中でも被りは無いし、けど至って変わった名前でもない」
「それはいいね。一文字だけなら言いかけても誤魔化せるし、音も似てるから苦しまぎれも通るかもしれない」
”セイラ”は、珍しい名前だ。そんなのを名乗っていたら、今年入城した見習い剣士であることがバレる。潜入捜査にならないので、偽名はとても大事。そして架空の人物を演じるのなら、あとで詮索されないように、印象に残る人間でいては駄目だとも、分かっている。
「ユージュとの国交回復から15年の節目だ。時事だし、話題にも出るだろう?俺たちの方は男性と喋ればそれなりに情報がつかめるかもしれない。でも逆に、”それ”の重要性を理解せず、口に出す女性もいる可能性はある。セイ・・・セリアはそれで頼む」
「名付け親が初っ端から間違えないで。・・・了解、リクス。ベッカーも、がんばろ」
「うん。なんたって初の大仕事!・・・が大きすぎてあんまり自信ないんだけどね」
それは誰もが思っている。私は立ち上がる。
「セリア、もし姓名を言わなくちゃいけなくなったら、てきとーにフェルドカーティの傍系って言っておけばいいよ。もうその名前の人いっぱい居過ぎて、本家じゃ無けりゃ効果ないから」
近づく足音を聞きながら頷く。馬車がついたことを知らせに来てくれたスベジク騎士が、外へ手招いた。
私は振り返る。まだ不満げで、でもちょっと楽しそうな表情のラルヴァスが、
「いてっ」
ちょっとイラついたので髪の毛を引っ張った。
「ラルヴァ・・・ラル。私の剣は、持ってるよね」
「それ尋ねるのに引っ張る必要性・・・ああはい持ってます持ってます」
事前に、ラルヴァスには私の剣を持ってくるように言った。鞘付きだが真剣。まるでラルという護衛人は二刀流使いみたいな出で立ちになるが、それは我慢してもらうしかない。
「失くさないでね」
「失くすかよこんなでっかいもん」
そうは言っても、ラルヴァスは知っている。剣士にとって自分の愛剣がどれだけ大事なのか。だから預けられる。私の存在証明を。
ラルヴァスの手が伸びて来て、髪の毛を引っ張った報復をされるのかと思わず身構える。まあ察しの通り頭をはたかれた。・・・全然痛くないけど。
「ま、がんばろーぜ」
私は首をかしげて、1秒後に理解した。
こいつはたいたんじゃなくて、撫でたつもりだったのか。
あー、くそ。気にくわない。
馬車に揺られて辿り着いたのは、アルフェリア城下にそびえる立派な屋敷だった。
「うん。うちよりは5倍狭いね」
流石、中央城アルヴァーリアの一番家フェルドカーティの直系だ。ベッカーはこの大きさに物おじしないよう。馬車のドアからドアから見えないって、どういうことだ。・・・・・・城の方がよっぽど大きいけど!
丁度向かいにいたリクスと目が合ったので、助けを求めてみると、
「・・・俺は、ライラック家に出入りしてるから」
正直に答えられる。ああ、こちらもお貴族様だったことを忘れていた。
自分は根っからの庶民育ちだから、高等校でちょっと学んだ程度しか貴族社会のことは知らない。名前も、アルフェリアのライラック、アルヴァ―リアのフェルドカーティの2大名家くらいしか存じ上げない。
今日はベッカーとリクスの友人で、フェルドカーティ傍系の家の令嬢として回るから、ベッカーかリクスかがフォローしてくれると思うが、不安しかない。不安しかないぞ。
しかし物を知らない女と勘違いされるのは、逆に好都合。警戒されにくいはずだ。
駄弁っていると、すぐに会場に足を踏み入れることになった。
「・・・すっげ」
後ろでラルヴァスが、本当に小さな声で言った。
そりゃそうだ。私だって、こんな数のシャンデリアと、こんな光る白い床と、その上に立つ煌びやかなお貴族サマは見たことない。金持ちオーラに圧倒されそう。
「セリア、まずは挨拶しに行こう」
ベッカーに言われて、私はリクスとベッカーの後を、比較的静かに歩いてついていく。
「あら、ベックフォード様、リクセンディア様。本日はお越しいただきありがとうございます」
主催者は、私達よりも年が上、20代前半くらいの女性だった。名前は聞いている。
「お久しぶりです、アリトリア殿。本日はご招待ありがとうございます」
シトロワ殿下の差し金で、ベッカーとリクスを招待するように囁いてくれたらしい。元々2人はアリトリア・エネトルの知り合いでもあったらしく、シトロワ殿下は上手くいったとウインクをしていた。
こんな簡単に協力を頂いていいのか・・・、まあ頼んだわけじゃないし、お礼も言ったし、いっか。
「お二人とも王城に入られたそうで・・・。弟のアンビエが試合に負けたと、とても悔しがっていましたわ。それほどまでに難関な試験なのですね」
「その日アンビエ殿にお会いできなかったので、きっと別のブロックにいらっしゃったんでしょうね」
私はなんだか引っかかっていたものに、今唐突に気が付いた。
アンビエ、そして、エネトル。
アンビエ・エネトルといえば・・・
「・・・おい、セ、・・・お嬢様。アンビエ・エネトル殿って、お嬢様があの時1回戦で倒された相手じゃ」
「だよね・・・。・・・そうよね」
一応視線を動かして、いないかどうか確認する。
あの日も普段もノーメイクだから、化粧でだいぶん別人になっているはずだ。セイラだとバレるわけにはいかないからと、これもシトロワ殿下がしてくれた。メイク担当のメイドさんがうずうずしていたけれど。
「そちらのお嬢さんが、仰っていたご友人ですか?」
「ああ、そうです。僕とリクスの共通の友人で」
「セリア」
リクスに促されたので、一歩前に出る。
「初めまして、セリアと申します」
下手なこと言うより、言葉足らずの方がよっぽどいいと思うのでそれだけを言う。ベッカーとリクスを立てて、一方後ろに下がっておけばいいのだ。普段はそれが性に合わないんだけれど・・・今においては。
「初めまして、セリアさん。私はアリトリア・エネトルですわ」
アリトリアさんに微笑まれて、私も一応微笑んでおいた。
「彼女はあまりこういった会に出たがらなくて。でも、僕たちも親しくさせて頂いているアリトリア殿の夜会ならと思って」
「まあ、そうでしたの。御心配には及びませんわ。楽しんでいってくださいね」
そうしてアリトリアさんは、別の招待客の方へ去っていった。
「・・・アリトリア殿、結構良い人だし親しくしてもらってるから、若しご友人が犯人だったら心苦しいね、リクス」
「まあ、そうだな」
貴族社会と言うものはよく分からないが、アリトリアさんとは顔が広く、ベッカーもリクスも気を許しているようだとは悟った。ラルヴァスに視線を向けると、小さく頷く。同意の合図。
「では、始めますか」




