まず進むべきは、道の先。 後編
「だいたい、その時点で近づく躱しをしないのがおかしいんだって。カウンター狙えるチャンスでしょ?」
「いや、あの速度を怖気づかずに躱して、かつ間合い詰められるのセイラくらいだから。普通は無理だろ。スベジク騎士に関しては、かなりピンポイントをつかない限り、後ろに避けてからのカウンターは上手くいかない。それどころか空く背中に蹴りか柄で突くかでやられるんだよ。懐に潜るのも容易くないし」
「それはまあ、分かるけど・・・。でも弾き返したら返したで硬直中に一撃取られるし。ラルヴァスは重さがあるからスベジク騎士の硬直も長いっちゃ長いんだけど、同時だから結局一緒」
「そうなんだよなー。極振りにバランス型は厄介過ぎる」
「ただ私たちの腕が足りないってだけの話でもあるけど」
「騎士長をも負かす剣技を誇る、イデア・スベジク統一教官騎士長だもんなー。もしくは鬼教官様」
「何年かかれば勝てるかな、泣く子も黙るどころかもっと泣き出す鬼教官様」
修剣士級の人間が集う食堂で、私たちはだらだらと喋りながら、昼食を摂っていた。
たち、といっても、もちろん休憩時間がピッタリ同じである私――セイラと、ラルヴァスだ。
ラルヴァス・ハイド。どうしてか知らないが同じ教官騎士のもとにつくことになった、憎たらしい奴。なんで憎たらしいのかというと、引き分けばかりで勝てないし、勝てないし、勝てないし・・・とにかく気にくわないからだ。理由になっていない?そんなん知るか。それよりも、全くもって息が合わないのに、剣の話になると話が合うのがもっと苛立つ!
・・・が、戦略立てになると、話が尽きなくなるのが剣士の悲しい性と言うものである。
続く言葉を探そうとしたところ、
「近づいてくるとだんだん夢のない話になってくるよね」
声が聞こえて振り返る。トレイを持った男性が2人、近くまでやって来ていた。
「お、ベッカーにリクス。2人同時は珍しいな」
「さっき入口で会ったんだ。もうラル達も食ってるだろうって話になって、部屋に寄らずに来た」
リクスが私の隣に、ベッカーが私の向かいにいたラルヴァスの隣に座る。いつもの陣形だ。
ふたりは、私達と同じあの試験で受かった、あと2人というやつだ。同期だからとなんとなく喋っていたら、4人で集まるのが恒例になってきた。
ベックフォード・フェルドカーティは、あの第3王子妃シトロワ・フェルドカーティの甥にあたる。フェルドカーティ家は、アルギシア中央の城アルヴァ―リアに仕える筆頭の貴族家だ。にしては貴族っぽいオーラはどこへやら、温和な雰囲気が漂っている彼は、案外スベジク騎士と似たバランスタイプ。剣筋は綺麗で隙が無い、勝てればいい戦法の私とラルヴァスとはちょっと違う流派の使い手だ。
そしてもうひとり、リクセンディア・クーリンガーデン。彼は前騎士長の息子なのだとか。真面目で口数はそこまで多くない。流派的にはベッカーに似たところがあるけれど、腕は凄い。ラルヴァスは好敵手、リクスは嫌な敵手って感じだろうか。手こずるし時間がかるしで、相手にするとどっと疲れる。
2人とも良いところの出にもかかわらず、意地でも試験を受けて、なんとしても実力主義で見習い剣士に入りたかったのだという。そこは、庶民である私と、おそらく庶民なのだろうラルヴァスが認めた部分だ。
「なんだよ、夢のない話って。かの統一教官騎士長スベジク騎士を倒すべく作戦会議をするなんて、夢の塊みたいなもんだろーが」
「戦闘以外になると周囲の視線に敏感なんだよねぇ、2人とも。羨ましそーな目で見られてたよ、ラル」
「なんでだよ」
「そりゃあまあ・・・」
ベッカーは私を見る。あーはいはいそうですかと、止めていた手に持つスプーンでカレーをまた掬った。
「自分の顔なんて知ったことじゃないよ。こう産んでくれた親に感謝でもしときますからはいはい」
「可愛いのは顔だけだよな、お前」
「リクスまで酷い!”だけ”って何、”だけ”って!むしろ逆の方が褒められてる感じがするんだけど」
私は、自分で言うのもなんだが、その・・・可愛い、らしい。主に、顔が。
みんな言うので、最初はお世辞かと思ったけれど、歳を重ねるたびに思い当たる節が有り余ってきたから微妙には自覚しているつもりでいる。しかしまあ、可愛いと言われる度に、肯定しても駄目だし、否定しても駄目だし、どうしろっつうんだ。
そもそも顔が可愛いと褒められて、利点がひとつもない。何か?美人局でもしろってか?犯罪にゃ興味ねーよ。褒める前に、有効利用の方法をご享受してくださいと言いたくなる。
「確かにこいつの性格は可愛くねーけど、それでなんで俺がそんな目で見られなきゃいけねえの?」
「男所帯だよ?紅一点でおまけに顔の良いセイラにお近づきになりたい人間は沢山いるのに、相棒でルームメイトって、ラルはいつ闇討ちされても仕方ない立場にいるんだからね」
「「相棒じゃない!」」
咄嗟に言い返して、それが被って、私とラルヴァスは互いを睨みつける。
「そういうところだろ」
普段こういう話は受け流しているリクスにすら指摘されて、私はしぶしぶおとなしくした。
しかしがた失礼な事ばっか言ってくる。私を女性としてでなく、単純に同僚とみているのがよく分かって有り難いけれど、やっぱり扱いおかしいと思う。うん、絶対おかしい。
「セイラってここに入る前はずっと家にいたの?言われ慣れてるのか慣れてないのかよく分からないんだけど」
集団の中に突っ込まれていたかそうでないかを聞いているのだろう。もしくは、経歴。別に隠すようなことは何もないので、事実そのまま伝える。
「幼年学校には行ったよ。その後は2年間くらい高等校に行って、いまここ」
「こ・・・高等校!?15歳で!?」
「今15だから、実際には13の時だね。上級学校行かなくても専修系の方が役立つって言われて、奨学金とって入った」
国の学校制度が整備されたのは、あながち最近。というか、10年かそこら前からだ。
幼年学校は、6歳から12歳までのすべての児童が、国の援助を受けて入る。読み書き計算など、基本的な知識を習う場所だ。ここを卒業後は、様々な道が選べる。家に戻る者もいれば、進学する者もいる。
幼年学校の次は上級学校だ。ここはお金がかかるけれど、成績のいい一部の人間は資金援助があったりして、一応進む人間も多くはないが少なくもない。幼年学校よりもより詳しい内容を習うから、頭を使う仕事に就こうと考える者は、ここを狙うのだ。最短3年で卒業。
そして、本来ならばこの上級学校よりさらに高等、かつ専門的な知識を学ぶのが、高等校だ。上級学校を出ていなければ入れないと思われがちなのだが、幼年学校の卒業資格さえあれば試験は受けられる。無論それに合格しなければ入学は出来ないけれど。
「専修系って、何を?」
「えーっと、軍事学と外交関係?あと、ちょっとしたあれこれを」
「軍事に外交って・・・」
「呆れられるのは慣れてるよ。実際その学部にいたのは男ばっかりだったし。というか高等校自体まだまだ男社会」
「どーしてそういうとこに飛び込んでくるのかなぁ、セイラは」
暖かい麺を啜りながら、ベッカーが面白がって言う。
「好きなんだからしょうがない」
「親に反対されないの?」
「反対される前に手立てを打つ。反撃不可の速攻攻撃と一緒」
「・・・それだ!」
突然、ラルヴァスが私を指さして叫んだ。
「どうしたのラル、カレーになんか入ってた?」
「違げーよ、躱しきれない場合の次手!」
それを聞いて、首をかしげるベッカーをよそ眼に、私も目を剥いた。
「・・・そうか。ラルヴァスなら無難に弾いた次の行動を、それにすればいいんだ」
「なに?どうしたの、2人とも?」
「さっきまでしてたスベジク騎士を倒す作戦だろ」
リクスが冷静にベッカーに返している。
「硬直時間が同じなら、次を反撃不可の速攻攻撃にするんだ!多少無理をしてもいいし軽い攻撃でもいいから、とにかくカウンターが難しい技を仕掛ける!そうしたらこちら側もそのさらに次手を打てるんだから」
「成程・・・。弾いても大した力にはならない私じゃできない、ラルヴァスだからできる荒手だけど、それは試してみる価値あるかもしれない」
「今日の午後はスベジク騎士の仕事の手伝いだろ?早めに終わったらちょっと手伝ってくれよ」
「勿論。スベジク騎士がどう切り返しにかかるか考えることもできるし、道場閉める当番だし」
私とラルヴァスは、勢いよくカレーをかき込む。スベジク騎士は仕事は早めに始めるタイプなのだ。但し、それは状況次第で、その状況というのは私達から「ちゃっちゃとやりましょう」と言うか言わないか。
すぐさま食べ終えて、ラルヴァスが私の皿を回収してくれた。まとめて返却しておくから先に行けと、言われずとも分かる。
「じゃあベッカーとリクス、またね」
「はいはーい」
「おう」
一言いって、可及的速やかに食堂を後にする。
「剣とか戦いとかの話になると合いすぎる程息が合うな、あいつらは」
「お互い否定してるけど相当仲が良いよねー」
そんなことを言われていたなんて、私の知るところではない。
「・・・・・・」
しかし私たちは、スベジク騎士の表情を見て、ついさっき立てた予定が砕け散るのがやすやすと分かった。
「何か・・・ありましたか?スベジク騎士」
騎士長室には、騎士長と教官騎士長用のデスクがあって、もちろん担当騎士であるスベジク騎士の方に私たちは立っていた。そこには神妙な顔をしているスベジク騎士がいるもので、ラルヴァスが恐る恐る話しかける。
「・・・・・・カッゼ、これ、本当に修剣士にまわって来たもんなのか」
部屋にいるもうひとり、カッゼ騎士長は、スベジク騎士の問いに笑って答える。
「そーだよ。というか、顔割れしてない新人向け?今年の4人がちょうどいいから使えって」
「入城1ヶ月でこれか・・・。思い切るな、上も」
「まーそれ回してきたのカイ殿下だし。最近は仕事詰めで楽しいことが無いって。ほら、新政策の実行における兵の誘導、人事異動とか、兵士にレグロの葡萄薬が出回らないようにする対策とか、北の方の出張とか」
「・・・ほう?」
スベジク騎士がにやりとした反面、
「か、カイ殿下!?」
ラルヴァスがびっくりして、思わず叫ぶ。
カイ殿下、というのは、この国の第3皇子のことだ。
他国とは色々制度の違うこの国では、王様の弟妹の敬称皇子と書き、王もしくはその弟妹の子どもで、王位継承権を持つ者の敬称を王子と書く。まあ呼ぶだけなら音は一緒だし、殿下って呼んじゃえば間違えることないんだけれども。
とにかくつまり、カイ殿下というのは、現王ハル陛下の弟だということだ。アルギシア軍事最高司令官総司令長でもある。長ったらしいこれは、つまりこの国の軍事のトップということ。
その軍事部において最強に偉い方が、仕事を回してきたというのは、とんでもないことだ。
大事だからもう一度言う。とんでもないこと、だ。
「ああ、そうだ。カイ殿下からの仕事だ。よく来る」
「新人育成好きだもんねぇ、殿下」
流石騎士長と教官騎士長ともなれば、殿下の名にも臆しない。格が違う。
「・・・仕事の、内容というのは」
どっちかっていうとそれが一番気になるので、さっさと質問しておく。
「ああ。潜入捜査をして、とある内情を知る人間を探り当てろ、と」
「潜入?どこに・・・」
ラルヴァスも疑問に思ったようで、首をかしげている。
スベジク騎士は一度ため息をつくと、持っていた紙を裏返してこちらに差し出した。
「夜会だ」
私とラルヴァスは紙を見て、次に互いを見た。
「・・・夢かな?」
「夢だね」
「勝手に夢にするな現実だ。こういうところあるんだよなーカイ殿下。面倒くさがりというか面白いこと好きというか・・・。レオ殿下やルセミア殿下より顕著じゃないけど、ありゃ王家の血筋だ・・・」
やれやれといった表情で、スベジク騎士は私達を現実に引き戻した。
「やか、夜会って・・・見習いが護衛に立ったり動いたりできるようなものじゃないですよ!?どうやって調査しろと」
「だから顔が割れてない奴って言ったろ、偉い人になりすますんだよ。この夜会は王族の方が出られるような本格的なものじゃないんだ。でも調査対象になりうるかもしれない人間はそれくらいの地位なんだと。人と話して見極めて来いって言ってるんだ。その辺はお前らの方が得意分野だろ?」
「と、くい?」
ラルヴァスが目を丸くして、そのあと訝しげな顔になる。
思い当たらないのだ。自分たちが、人から情報を引き出すのが得意であるといわれる根拠が。
「まー、やってみれば分かるよ。自分たちが何を持っていて、何が欠如しているのか、補えるのか」
騎士長が気楽そうに言った。
「何を持っていて・・・」
私は思わず呟く。
自分が何を持っていて、何が欠如しているのか、補えるのか。
曰くそれは、自分を知るということだ。自分を知らなければ始まらないと、騎士長は言っている。
「・・・やります」
私ははっきりと口にした。それを見て、スベジク騎士と騎士長が頷く。
「セイラがそういうんならやるしかねーじゃん」
頭の後ろで手を組みながら、ラルヴァスは面倒くさそうに言った。でもその声から、ちょっと楽しそうに思っている気がする。
「よし。すぐにベッカーとリクスにも伝えるが・・・。2人は名前的に、いくらでも正式に介入可能なんだ。問題はお前らなんだよな」
確かにベッカーもリクスも、見習いひよっこ剣士とはいえ、かなり有力な名前の持ち主だ。カイ殿下がひとつ頼むと言えば、おそらく夜会になんともなく参加できる。
対して私の名前は、セルだ。これは有名なパン屋と、有名な剣道場と、有名な兵士2人の名前ではあるけれど、だからって夜会に出れるかというと全然違う。だって貴族じゃないもん庶民だもん。
ラルヴァスの名前は、知らない。ハイドはありがちな名前ではないけれど、知った名前でもないからだ。
「貴族にでっち上げて・・・ってことも出来なくはないけど、如何せん所作でバレるだろ。どうするか・・・?護衛の付き人って手もなくはないけど・・・セイラは流石にそれじゃあ通らないしな・・・」
女性で護衛なんてやったら目立つ。たとえ架空の人間として入ったとしても、噂が広まってしまえば、後々の面倒になる。だからって本名じゃ貴族じゃないから入れない。
「・・・さっき決意したのになんですが、私無理じゃないですか?」
「あら、それくらいどうにかしてあげるわよ」
突如、その場にはいないはずの女性の声が背後からして、私たちは振り返った。
いつの間にか移動していた騎士長が、扉を閉じるその傍で、妖しく微笑む女性が腰に手を当てて立っている。艶やかな栗色の髪は編み込みが施され、髪先が肩の上で揺れている。ショートカットの美女だ。
ってか、誰だ。
「シトロワ・・・殿下!?」
本気で驚いたような声で、スベジク騎士が答えを叫ぶ。
シトロワ殿下―――って、まさか。
「カイが変な仕事をそっちに回したって聞いたから、手伝いに来たんです。どうせつまんないし」
うわ、カイ殿下を呼び捨てしてる。可能性を高めないでほしい。
「ったく、治療室でも薬室でも仕事出来なくなったし、公務は多いし、面白いことひっとつもないんです。第3王子の嫁になんてなるんじゃなかった!」
ああああ、言っちゃったよ・・・・・・。
この妖艶な美女は、どうやらシトロワ・アルギシア第3皇子妃で間違いないよう。
「来るのもどうかと思うが・・・思いますが、来て早々そういうことを仰られるのもどうかと」
「あー、敬語でなくて大丈夫ですよ。だって元はこっちが敬語を言う立場だったんですから、スベジク騎士。敬語で喋られると身の毛がよだつんで、公以外ではよしていただきたい」
「そ、そうか・・・。分かった」
ラルヴァスは今の会話が理解できないのか、ハテナマークを頭の上に浮かべている。そりゃあそうだ。
シトロワ殿下は、元はこの城の治療士なのだそうだ。勿論家柄はベッカーも名乗るフェルドカーティ。カイ殿下に見初められたのかなんなのかその辺の経緯は知り得ないけれど、とりあえずその時までは、スベジク騎士達よりも年下であるからに、立場が逆だったのだろう。私でも仮定でしか分からない。
そんなことを考えているうちに、シトロワ殿下がこちらを向いていた。
「あなた、セイラね?」
「えっ・・・あっ、はい」
訳が分からず答えると、シトロワ殿下は近づいてきて、私の顔をまじまじと見た。
「噂に違わず可愛いわね!どこからこんな可愛げのある血が来たのか不思議でならないわよ。オーヴァ君の娘かぁ・・・やっぱり剣士って出で立ちね」
「・・・父を、ご存知で?」
「当たり前よ。治療士時代からの付き合いだもの。それより潜入捜査のことね」
シトロワ殿下はニヤリとする。
「手伝ってあげるわ」
手を取って言われる。
若干嫌な予感がするのは気のせいだろうか。スベジク騎士とカッゼ騎士長の表情がおかしいし。
物凄い波乱の幕開けな気がする。




