ワン・トピック Ⅳ
「・・・ベッカー、少しいいか?」
「ほへ? ・・・ひぃひょお、ほっほはっへ」
いーよー、ちょっと待って―――そういいながらベッカーは洗面台へ戻った。尋ねた人であるリクスは、彼の顔を覆うタオルが片付けられるのを待つ。
アルギシア王国の貴族家、その二大トップの片方であるフェルドカーティの姓を持つベックフォード・フェルドカーティ。また、前騎士長の息子であるリクセンディア・クーリンガーデン。かなり大層な生まれの彼らだが、修剣士用官舎の広さも備品も、他の人と全く変わらない。もっと言えば持ち物も多くなく、適度に広く見える。もちろんセイラとラルヴァスの部屋ような即席の間仕切りなどない。
その代わり、ベッドを寄せて広くなった床に、低いテーブルとクッションでくつろぐスペースがあった。
「・・・ふう、おまたせ。それでどうしたのリクス、改まって」
「いやその、・・・まあ、セイラとラルのこと、なんだが」
「だろうねぇ。リクスが言わなきゃ僕が言ってたよ」
テーブルの前に座り込むと、瓶の栓を器用に抜いて、少しだけ注ぐ。貴族の少年少女が酒に慣れるために作られる、ノンアルコールタイプなのを見て、リクスもグラスを傾けた。
「リクスが言いたいのは喧嘩のことじゃなくて、それぞれのことについて、だよね?」
「・・・ああ。流石だな、ベッカー」
「そりゃあリクスとは付き合い長いからねぇ。あのふたりと一緒になって早半年―――。セイラについては、出自が分かってるだけ人柄が掴みやすいかなと思ってたけど、全然そうじゃなかった。司令官達に憧れて剣士になったわけじゃないっていうのは、正直意外だったし」
「ああ。測るほどでもない。あの覚悟は、本物だ。むしろ行き過ぎている気もする」
リクスは食堂から貰って来たつまみを口に放りこみ、噛み応えあるチーズを咀嚼した。もぐもぐしている隣で、首を傾げながらベッカーが続ける。
「覚悟かぁ・・・。前にさ、セイラには野望があるって言ってたけど、あれって一体何なんだろうね。もう想像もつかない。―――そしてラルはラルで、出自も分からなければここにいる意図も分からない。ただ安定の職を求めに来ただけかもしれないけど、それにしてはあまりの技量だし。気にはなるよね」
「・・・あまり知られたくないって雰囲気だから、聞かないようにしていた」
「僕も同じ。言葉の訛りが少し北っぽいから、その辺の出身かなって想像するくらいだね。・・・まあでもさ、本当に偽ることに長けた人間っていうのは、疑う余地になるような不明瞭を作らないだろうから。そのあたり、ラルを怪しんでも仕方がないと思うんだ。ただ聞かれたくないだけで、聞かれたらヤバいようなことじゃない」
「―――そうだと、いいんだが」
「あれ?リクスはそういう感じではない?」
リクスは口をへの字にすると、言葉を選ぶように、答える。
「ラルを疑うわけじゃない。あいつは同僚で、仲間だ。信用してるし、ベッカーだってそうだろう。カナリアさんが誘拐された時、ラルが読みを信じて即座に実行した。そして実際に合っていた・・・。ラルとセイラは息が合うよな。でも、ふたりはきっと――――――、信頼し合っていない」
「信頼し合ってない、か・・・、そう感じるんだ?」
「ああ。腕は信用してるし、きっと出来ないことはお互い預けてる。でも、頼ってるかって言うとちょっと違うんだよな・・・。なんというか、それぞれ頼りたい相手が別にいるような、そんな雰囲気が」
「―――セイラで言う、”相棒”のような」
「そう、だ。多分セイラはその”相棒”が一番で、ラルにもそういう人間が本当はいるんだと思う。でも今はとりあえずその次がお互いなんじゃないか、と。・・・だからすれ違うし、喧嘩する。相棒じゃないと言い張って聞かない」
「・・・なるほどねぇ。そこまでは考えつかなかったな。リクスはよく見てるね、二人のこと」
「・・・・・・、まあな」
「まあ何で見てるかっていうのは知ってるんだけどね」
「!?」
ガタッ、と音がした。リクスが膝を押さえて悶える。
「そーんな驚かなくてもいいのに。僕たちも年頃だから、別にいいんじゃない?」
「・・・本当に、その手の話の時のベッカーは怖い」
「あはは。言いよってくる女の子はいっぱいいましたから」
「自分で言うか?それ」
「そのうちの本当にほとんどが、”フェルドカーティ”目当てだったんだろうけど。ま、僕は僕でリクスとは違う本命がいますから、ご安心してていいよ。まあ僕もちょっとご安心できない状況になって来たけどねぇ・・・」
「へぇ・・・。ということはやっぱり、シェルヴェさんか」
「あたり。セイラが突拍子もないこと言いだすから、ほんと焦った・・・。でもきっとリクスの方が茨道だろうね。なにせ相手は、覚悟を決めた剣士なんだから」
「本当に、な・・・」
「でもねリクス、”相棒”と”野望”の話は、どうやらラルにはしていないらしいよ」
「え?・・・なぜ?というか・・・、どうやって?」
「どうやって、の方はまあラルにちょっと鎌かけただけだけど。なぜ、の方は・・・、分からない。その点に関しては、僕たちの方が信用されてるんだろうね」
ベッカーはつまみをひとつ飲み込むと、リクスに向き直った。
「今日のことで、セイラとラルの間には、確かに亀裂が走ったと思う。でも多分、すぐ修復するものだと僕は思ってるんだ。普段がその場で解決するだけで、そう時間はかからないって。だから敢えて口出しはしない。―――でも、多分もう”普通の見習い剣士”じゃいられないと思う」
「・・・と、いうのは」
「セイラはユージュに固執してるみたいだった。ラルはユージュを恐れている―――、或いは、警戒しているように見えた。二人とも、アルフェリアの、アルギシア王国のことなんて考えてない。アルギシアの為に城に仕えるのが普通の見習い剣士で、騎士だよね?でもセイラは自分の野望の為に剣士になって、ラルだってきっと何か別の目的がある。二人とも命令はちゃんと聞くし腕も立つから、アルギシアのために働いているようになるだけで、多分そうしながら暴走していくよ。ってか、もうしてるよ」
「葡萄薬に、組織の情報を掴むことに・・・、か。おまけにセイラは王族にまで目を付けられて」
「ルナが好きそうなタイプだと思ってたけど、まっさか強引に連れてくとはねぇ。しかもユージュに。これは、セイラにとって願ったり叶ったりの状況だと思うよ、直属の護衛にさせられそうなこと以外は」
「・・・なんで、護衛だとダメなんだ?」
「護衛は”守る”のが仕事で、そのために主についていくのが当たり前。でもセイラって、剣術の流派も、言ったら性格も、自分の進みたい方向に進まないと気が済まないでしょ。腕が立つ者が皆、護衛に向いているとは限らないよ?セナはどうやら気づいてるみたいだけどね」
「セナ殿下、がか?それならどうして止めない」
「多分測ろうとしてるね。”セイラ・セル”の恐ろしさを」
「・・・もしかして、次の司令長って」
「うん。間違いなくセナだと思う。そしてもしセナが『最高軍事指揮司令官司令長』になった時、軍部のダークホースは、セイラとラルのふたりだろうね。相当のやり手で、相当厄介な相手。まずはセイラを見てるってとこかな。多分見習い剣士になったころから、目を付けてはいると思うよ」
「へぇ。・・・ベッカーならそうする、ってことか?」
「そうそう。だって伝説みたいな司令官の娘だよ?女の子なのに剣士だよ?いやでも目立つし気になるでしょ。その次が素性不明の凄腕のラル。僕やリクスは言って悲しいけどふっつーだからね」
「貴族の次男に、前騎士長の息子。いる理由が分かるし、信用にも足る。・・・セイラも上官の娘ってことで信用できないのか?」
「まず司令官達がよく分からないからねぇ。セイラはそのことを鼻にかけたり威張ったりしないし、もっと言えば僕たちが思う程司令官達に気にかけられているわけでもない。自分の意志でここにいる。そんな性格だから僕らも仲良くなれたわけだけど、・・・だからこそ、セイラをここに繋ぎ止めるのは無理だよ」
からん、と氷の鳴る音。目を見張るリクスに、ベッカーは平静を装って続ける。
「アルギシアという国は、平和だよ。大きな諍いもなく、ぴっちり整いきっているわけでもない。でも、戦争の爪痕が酷かった大陸はそうはいかない」
大陸戦争。大きな海洋の上にひとつだけある大きな大陸の上で、築き上げた文明と歴史の、その土台。食物や資源を求め、豊かな土地を奪い合い、国境は数えきれないほど書き換えられた。
その中で、偶然発見された離れ島に作られた国、それがアルギシアだ。歴史も浅ければ、その土地は他よりも血濡れていない。
「今、大陸は安定してる。新たな土地を求めるより、地を活かせる技術が発達してきたからね。ただそこに不穏な影も残ってる」
「・・・組織」
「そう。僕たちが幾度か探ったそれね。セイラはきっと飛び込むよ。野望はその中にあるとみた」
「・・・うそだろ?なんでまた急にそんな」
「ユージュってだけじゃないでしょ、あれは。確実に組織に食い付いてる。想像はいくつかできるけど―――例えば組織に、”母親”がいるとか」
「! ・・・セイラは、片親だったな」
「少し変だなと思って調べはしたよ。ねぇリクス、オーヴァ司令官の奥さんを見たことがある? 会ったことは? 容姿や性格などの本人情報は持っている?」
「ない。でも存命ではないことだけは、知っている」
「そう、僕もそうだった。まるで”あとから作られた存在”みたいな、人だよね」
その言い方にリクスは小さく眉を顰める。真実がどうであれ、友人の親類の話だ。その実直な性格を知るからこそ、詭弁みたいなものだよ、とベッカーは笑った。
「セイラに嗅ぎまわっていることがバレちゃいけないから少しだけ。年齢はおそらくオーヴァ司令官と同じくらい、セイラと同じ茶髪で、目の色は不明。たまにオーヴァ司令官がセイラの性格は母親似だなんて呟くらしい、奔放なのか聡明なのか、どこを指してかは解らない。そしてそんな話題を要すくらい、オーヴァ司令官は亡くなった奥さんとセイラを大事にしているらしい。後妻になんて進められた縁談の一切を、カイ殿下を盾にしてまで断っている。―――亡くなられたのはセイラが三歳くらいの頃。死因は解らないけど、身体の弱い人だったのではという噂がある。なぜなら彼女の姿を見たことがある人は殆どおらず、セル家にずっと籠っていたのではないかという予測がたてられているから」
「・・・それが嘘で、実は生きていて、組織になんらか関わりがあると。そういう予想か?」
「限りなく低い予想だけどね。そんなことがあるなら、まず先にオーヴァ司令官が動くだろう。セイラが独断で動く意味がない」
「セイラがオーヴァ司令官が黙っていることを知ってひとりで・・・いや、これだとオーヴァ司令官が動いていない理由がない。秘密裏に動くにしても遅すぎる、もう十年以上前の故人のことをいまさら・・・そんなに長らくの間しっぽがつかめないとは思えないし。フィル司令官はそのあたり、規格外だろう?」
「そういうこと。だから母親の件はいったん置いておいて、次の仮説。”相棒が組織に居る”」
時折興じるボードゲームの駒を拾ってクイーンを除け、ナイトを立てる。
「冗談であれラルを頑なに相棒と認めないセイラの言動、でもセイラの近くにそれらしき影はない。なにより野望と相棒の話はあの試合の日、一緒に話してた。どちらかというとこっちの説の方が当たりに近いはずだよ」
「・・・それがそうかもしれなかったとして」
「セイラが組織の人間であるはずのその相棒とどこで出会い、どうして剣を交える仲になり、相棒だと契りを結んだか――、だね」
「・・・ああ」
「リクスは僕らが見習い剣士になるときに与えられた仕事を覚えているはずだよね。理由は伏せられていても、それをしなければならない――。リクスの感じを見てまだ、と思っていたけど……悪いけど、これは共有させてもらうよ。見て」
ベッカーが引出しから徐に取り出した一つの封筒を取り出す。綺麗に封のされたそれをナイフで空ければ、便箋が何枚か取り出された。
「『ストーカーがやること』だけどね、仕事ですから、宜しく覚えておいて」
それを真剣な目をしたベッカーから渡されて、リクスは唾を飲み込んだ。
『セイラ・セル
出生:アルギシア歴2034年6月12日 アルフェリア城下町
親類:父 オーヴァ・セル
母 姓名不明
祖父 トビデ・セル
祖母 ペンネ・セル
叔母 フィル・セル
経歴:アルフェリア城下町幼年学校 卒
アルフェリア高等校 卒
アルフェリア城付き見習い修剣士
……
幼年学校での成績は上から十番目程度を行き来する。容姿の可憐さとともに、気立ての良い性格から男女ともから人気があり、親衛隊があるほど。周囲のトラブルが内々に処理されていることもあるが、その実のところを把握して動かしていたのは彼女自身だと思われる。
幼年学校4年次――当時10歳――ノーストティルギアほか北の地方周辺への旅行にて左上腕を負傷。左利きであったが、その時から右利きで生活を続けている。友人もそれなりに多かったが、高等校に進学したことは伏せていた模様。理由は不明。
高等校では軍事分野、経済分野、婦女学分野を専攻。軍事、経済は主席。全単位を2年内で取得、卒業。
……
』
「……これは」
「セイラ・セルの経歴書。あくまで周囲から、セイラに感づかれない範囲での収集だから精度が甘すぎるけれど、こんなものだね。――ここが、ターニングポイントだと思っている」
ベッカーが指さした場所に、リクスもまた、戸惑いながら頷いた。
「……セイラは、書くのも食べるのも、勿論剣を振るのも、なにもかも右手だ。生まれてこの方右利きで生活してきたような、両利きとかではない、右利きの……ひと、だろ?」
「でも、小さい頃は左利きだったそうだよ。もちろん右でやった方が楽なことは沢山あるから、半分両利きっぽくもあるけど、でも食べるのと書くのは左だったって、同級生の証言がある。――この上腕の負傷の詳細は分からなかったけれど、どうやら骨折とかではなかったようだよ。他にもね、セイラは凄く人気者だったけど、今のようにではなくて、もっと、いわゆる「普通の、可愛い女の子」として。そんな子が急に、剣を振って歯を食いしばる様な人生に身を投じるかな。――この、ノーストティルギアで起こったことが、僕は怪しいと見てる。巡った場所としては特に変わったところは無かったけれど、ここで、何かがあったんじゃないかって。ここに、セイラがセイラになった由縁があるんじゃないかって、思うんだよ」
「……」
「あの夜会の日、リクスも見ていたと思うけれど。セナが手を取ろうとした瞬間に、セイラが初めて見せた怯えた顔を。左手をとられた瞬間の、あの顔」
「……ああ。……女の子、だったな」
「あれがきっと普通のセイラ。何かを怖がって、でも自分の果たしたいことのために、背筋を伸ばして前だけを見てる。凄い子だよ――きっとそれを、ラルは解っているんだろうね」
「……悔しい、な。どうしようもないことが」
「僕らに出来ることは、知って、守ること。それが仕事。それだけだよ」
見習い剣士になる前に、騎士長が告げた言葉を反芻して、リクスが頷く。
「剣になり、盾になれ。ただ、飛び出す者だ。付いていけれなければ、それまで」
「……難儀なものだね」
封筒に仕舞った便箋をびり、と破いて、ベッカーはひとりごちた。
「俺らのお姫様、お転婆すぎだよなぁ」




