ワン・トピック Ⅱ
「ひとつ、物凄く大変だけど、方法があるよ」
私はずっと考えていたひとつの解法を、口に出した。みんなの視線が一気に集まって、少したじろいでしまう。
「それは・・・どんな?」
「うーん、実行できそうかどうかは別として、単なるひとつの考えとして聞いて」
ひとつ間をおいて、簡潔に言ってしまう。
「今の当主からシェルヴェに、爵位継承と代交替を行えばいい」
その言葉に、周りがハテナマークを浮かべるのも、分かっていた。
今までさんざん、爵位はシェルヴェにある、という話をしていたのに、そのシェルヴェに爵位の無い当主から爵位を継承される?意味不明だ。
でも逆に考えればいい。世間体では、爵位を持っているのは当主だと思われている。その当主がシェルヴェに正式な爵位の継承、当主権の譲渡を行えば、万事解決じゃないか。
「ああでも、そっか・・・。それなら確かに、爵位と当主権は誰に文句も言われずシェルヴェのものになるし、当主とその家族は特に咎められることは何もしていないから罰せられる理由もないし・・・」
「でもそれって、相当厳しい話、ですよね?」
シェルヴェも理解したのだろうけれど、困惑気味に尋ねる。
「うん。まず当主がそんなもん跳ねのけるだろうね。次の当主はカナリアのお兄さんだろうから、そこからも横やりが入るとして、他にもあるよ。シェルヴェ、女の子だから」
「・・・まあ、舐められますよね、他方から。家を興す知識も方法も持ってませんし、社交界に顔を出したことも、貴族社会に突っ込んだこともありませんし。もっと言えば私、軍医になってからですよ、アルフェドーラ家の人間だって知られたの」
「今からじゃ厳しいだろうから、そういう貴族のお家関係に詳しい超強力な味方をつけるのもひとつ、あとは外堀を固めていくのもひとつ。シェルヴェに当主権が渡ることで起こる利点を作らないと」
「・・・なかなか、厳しい話ですね。でもそれ以外に方法はありませんしねぇ」
カナリアがきょろきょろしているのを見て、ラルヴァスがフォローを入れる。
「シェルヴェさんが味方を作るのと、当主権の譲渡をせざるを得ない状況をつくるって話」
「なるほど・・・。じゃあ、シェルヴェお姉様、結婚するの?」
「「え?」」
突如として飛び出したカナリアの言葉に、私含め他の五人は、揃いも揃って変な声を出した。
「・・・あれ、私、変なこと言った、かしら・・・・・・」
「――――――たしかにそれは、アリ、・・・かな?シェルヴェ」
ベッカーが苦笑いを浮かべながらシェルヴェの方を向く。当の本人は呆気に取られて、目を見開いたままぎこちなく首を動かし、視線を返した。
「・・・・・・け、え、ええ、え、けけけ、け」
「シェルヴェ落ち着いて、ごめん、落ち着いて」
「けけけけけけ・・・・・」
シェルヴェが壊れた。
「――――――すまない、説明をくれないか」
リクスがこちらに救いを求める目を向けた。どうして結婚というワードが出て来たか、だろう。
「女性が当主になれないわけじゃないけど、やっぱり未婚の女性がひとりでって、相当周りから難癖付けられると思うんだ。だから、それを突っぱねられるほどの超スーパー旦那さんがいたら、万々歳だなぁっていう話」
「・・・なる、ほど?」
リクスが首を傾げ、私は横からツッコミを入れられる。
「セイラ、多分カナリアさんそこまで考えてない」
・・・ラルヴァスも結構ズバッと言ってんじゃねーかよ。
「でもそうだよな。確かに、シェルヴェさんにとって一番有効な方法かもしれない。お貴族世界に詳しくて、そーいう取引にやり手で、それなりの権威があって、かつシェルヴェさんを理解して立ってくれるような人だったら、さっき言ってたセイラの条件はまるごと解決するわけだ」
「け・・・け・・・」
「シェルヴェ!一旦落ち着いて!ごめんって、確定じゃないから、ね!?」
ベッカーが必至に宥めて、ようやく呆然と呟いていたシェルヴェがだんだん正気を取り戻してきた。こんなに動揺したシェルヴェ見るの初めてなんだけど・・・。
「えと・・・お姉様、ごめんなさい」
「大丈夫、うん、びっくりしただけだから、大丈夫、びっくり・・・」
全然大丈夫じゃないと思うんだけどな。
「その条件に当てはまる人間がいるかはともかくとして、そういうところはシェルヴェの気持ちの問題でもあるから。あんまり現実的に考えない方がいいと思う。シェルヴェ、あくまでそれはひとつの方法ってだけで、他にも手段を考えることはできるから気にしないでいいよ」
私がそう言うと、シェルヴェは少し戸惑った後、頷いた。
「・・・はい。けっこ・・・そっ、そういう話は、あんまり結びつけて考えたくないです。ああでも、結局無関係とはいかないんでしょうけど・・・」
「まぁあれだろ?とにかく当主とシェルヴェさんの兄貴?を丸め込む算段を立てないといけないってところだけ、まず確定的って考えていいと」
「はい。セイラの提案が、一番いいと思います」
シェルヴェがはっきり答えて、カナリアもぶんぶんと首を縦に振った。
「こっちから動くより、まずは動向を見るべきだと思うが。今度またユージュとの何かがあるんだろう?」
「ああ、ベキリ騎士が言ってたよね、確かユージュの王子?の誕生会に殿下方が招待されてるから、なんか今後の予定をどうちゃらって」
「あ、そっか。それなら丁度良いや。じゃあ私、ついでにその辺の情報も拾ってくる」
護衛ということは多分ルナ殿下から離れられないが、折角ユージュに行けるのだ。噂話ひとつでも宝・・・って、あれ?
私は、同僚三人に凝視されていた。
ん、あれ、変なこと言ったかな?さっきのカナリアじゃあるまいし・・・
「お前、今何つった?」
ラルヴァスが怖い声で言うので、私はよく分からず答える。
「え、だから、ついでに情報収集」
「”ついで”って言ったよな?もしかして、その誕生会ってやつについていく仕事があんのか?」
「・・・あ、言ってなかった」
そこでようやく理解する。いつもラルヴァスや、大仕事の時はベッカーもリクスも一緒に命令を受けるものだから、すっかり忘れていた。
「さっき、その誕生会に行くルナ殿下の護衛の命令受けたよ。ルナ殿下が、私を護衛に希望したらしくて、断れないし。女性の護衛がいればどうちゃらとか」
「・・・え、それってセイラ、昇進?」
「いやいやいや。あくまでそれについていくだけ。けど成功させれば据え置こうとするだろうし、失敗すれば首が飛ぶだろうし。まあその辺は上手くやってくるよ、護衛は私の本意じゃないから」
「普通見習い剣士に来る話じゃないでしょ、それ。上手くやってくるってまた、なんというか・・・」
ベッカーは呆れ顔をしている。リクスはどういう顔をして良いのか分からないようで、
「まあ、セイラなら、出来るんじゃないか」
護衛をなのか、それから上手く逃れることをなのかはともかく、そう言ってくれる。
ユージュという国が、アルギシアと比べてあまり平和ではないことは重々承知だ。軍事力においては大陸一とまで言われるが、治安はあまり良いとは言えない。腐った貴族も多いと聞く。
あくまで王城でルナ殿下に付き従い、何かあれば対処するだけだ。・・・大丈夫な、はずだ。
「うんまあ、どーにかする。それでラルヴァス、その時はスベジク騎士の業務に」
「やめとけ」
―――――― 一瞬、それがラルヴァスの声だと、分からなかった。
低くて、温度の籠らない声に、息が詰まった。
「・・・な、何を?」
「その護衛でユージュに行くって仕事」
なんか怖い。
喧嘩まがいの言い合い斬り合いはいつもしているのに、その目はいつもより鋭かった。
怒ってる。
「どうして?」
どうして、怒ってるのか分からない。
「そんな情報集めとか護衛とか、ユージュで簡単に生半可にこなせると思ったら大間違いだ、このバカ」
――――――、バカ?だって?
頭の中でぶちんと音がたった。はっきりたった。
「だいたい護衛を失敗せず自分はその地位から降りるって、どんな方法があんだよ。どんな策があるってんだよ、そんな中途半端でなせばなると思ってんならやめとけ。ユージュは身動きできる場所じゃねぇ」
「ラ、ラル?」
ベッカーが止めるような仕草ををする前に、私は息を吸う。
「なに、その知ったような言い方。まるで最初っから諦めたような言い方」
睨みつけて、言い返す。
「はぁ?勝算がぼんやりしたもん重ねんじゃねぇっつってんだよ、お前の手いくつだと思ってんだ」
「二つで十分だよ。舐めてかかってるつもりはないし、考えなしで挑むわけない」
辺りに不穏な空気が流れる。それが重くても、私は、睨み返すラルヴァスへの苛立ちが勝っていた。
「向こうに行ったこともねーのに簡単に物言ってんじゃねぇよ。ユージュがどんなとこかも知んねーくせに!」
「知らなくったって、・・・っ断りたくったって断れないのに!簡単に物言ってるのはどっち!?」
無理矢理に断って確執作ったら、今までが全部台無しになる。近づいた一歩が消え去る。剣士の立ち位置が揺らぐ。
自分で未来を挫く程の馬鹿な真似はしない。
私はガタンと立ち上がる。怒りが沸点を越えた感じはした。周りは見えていない。尚もまくし立てるラルヴァスだけ、視界に映った。
「それをどうにかする頭がお前にはあるじゃねーかよ、なんでそこで使おうとしないんだよ!お前が功績やらなんやらにこだわってんのは感じてたけどな、優先順位ってもんがあんだろ!?お前ひとりじゃぜってー無理だ。俺だって断言できるんだぞ、お前だって分かってるだろ!」
「なにそれ・・・!なんでラルヴァスに断言されなきゃいけないわけ!?」
言い返した。言い返したけど、それと同時に怒りとは違う何かが、湧いて出て来た。
「・・・っラルヴァスの、バカ!」
なにかよく分からないそれが込み上げて来て止まらず、気づいたら立ち上がり、部屋を飛び出していた。
実力がないことくらいわかっている。
でもチャンスは、近づいて行けるチャンスは、逃せない。そうじゃなきゃいつも霧に消えてなくなってしまうじゃないか。
そもそも私は、近づけているのか?空回りしていないか?ちゃんと真っ直ぐ進めているのか?
―――分からない。分からないから進んでみるしかない。
本当なら捨てたい不確定要素だけをかき集めて、追い求めるしかないのだ。
どんなに危険でも、どんなに怖くても。
各国の王族が集まる会が、最高の舞台になることは分かっている。
ユージュの信頼を落とせるだけでなく、他国を貶める良い場所にもなる。たとえ集まるのがまだ権力をもたない年頃の王族たちだとしても、油断はならない。
でも、でも、・・・一人で行かなきゃいけない。ラルヴァスもベッカーもリクスも、一緒には行けない。
ラルヴァスのバカ。
分かりきってること全部、怒鳴りつけて見せつけないで。
騎士館を飛び出して、城の整備された道を駆ける。辺りは夕陽に照らされて、橙に輝いていた。
また夕陽!こんなときばっかり、大っ嫌いな赤い夕陽。
普段は嫌いだなぁ、くらいにしか思わないのに、感情がぐちゃぐちゃになった目で見る夕陽は、私を立ち竦ませた。さっさと官舎に戻ってしまいたいのに、足が動かない。騎士館から遠ざかれない。どうしようと頭が混乱して、手が震えて来て、
「セイラ・セル修剣士?」
弾かれた様に振り返った。
「・・・、・・・?」
目を見張る。私の名前を呼んだ人間は、城では見慣れない格好をしていた。番兵の服でも、見習いのでも騎士のでももっと偉い人のでもない制服。というか制服じゃなくて、装飾は少ないけど明らかに上等な服で、紋章が・・・、紋章?
私は視線を上げた。その瞳は青黒で、濃い茶色の髪が揺れる。確実に見たことのある顔。
「セナ殿下?」
「あ、俺のことは知ってるんだな。初めまして、俺はセナ。君はセイラ修剣士で合ってるか?」
「・・・は、はい」
「あ、良かった。唐突で申し訳ないんだが、今から少し時間貰えないか?ルナが我儘言った件について」
それでようやく、目の前に第一王子が現れた理由を理解する。
いまからだと官舎の食堂の終了時間に間に合うか分からないが、私は大丈夫ですと頷く。今、みんなと顔を合わせるのは気まずい。
「時間が時間だし、夕食も用意する。ルナたちが待ってるから、ついてきてくれ」
「お気遣い感謝します。うかがわせて、いただきます」
声が震えそうなのを押さえながら、城へ歩き出したセナ殿下についていく。
その後ろ姿の出で立ちが、今一番思い出したくない人に重なって、私はひそかに唇を噛み締めた。
「ラル、ヴァス君・・・?」
ぎこちない声に、ラルヴァスは睨みつけていた扉から、我に返ったように皆に視線を戻す。
「・・・・・・あ、わりぃ。・・・ごめん」
同僚たちにそう言うと、少しだけ苦笑が浮かんだ。
セイラが飛び出していった後の会議室は、そうして酸素をようやく取り戻し始める。
「・・・珍しいな、ここまでの喧嘩」
リクスがどうした、という顔を向ける。
「そーか?しょっちゅう喧嘩してっから、正直喧嘩の大小とか考えたことも無かったわ」
「言い合いで決着がつくか、試合するかで収まるだろ。解決しないまま離れるのは初めて見た」
「あー・・・、そうかもな。・・・・・・」
その会話から、カナリアはなんとなく予想する。
――――――間違いなく、修復するのに手間がかかる亀裂が走った。・・・というか、できるの?
「・・・どうしてそこまで、言うんですか?そんなにユージュって危険なところ、なんですか・・・?」
シェルヴェが遠慮がちに訊くと、ラルヴァスはばつの悪そうな顔になる。
「というかラル、行ったことあるの?ユージュ」
それをバッチリ認識したベッカーがさらに追い打ちをかけた。
「・・・・・・まあ、な。そこであんまり思い出したくない目に遭った。それだけだ。―――俺戻るわ。明日業務の日程変更について朝早く聞きに行かないとマズそうだし」
そう言うと、ひとつひらりと手を振って、外へ出て行ってしまう。
「ほんと、珍しいね」
「ああ・・・。更に拗れなければいいが、どうしたらいいかもよく分からないな」
数ヶ月共に過ごしている同僚たちは、心配そうに扉の向こうを見る。
「なんだかんだ言って仲良しですもんね。最初の喧嘩は目玉焼きでしたっけ。塩かソース?」
ベッカーに聞いていた話を思い出して、シェルヴェはどうだったかと思考をめぐらせる。
「塩か醤油だよ。剣道場で長時間大乱闘して、スベジク騎士に怒られたんだよね、めっちゃ怒鳴られてぶすくれて。その後の夕食では何故か塩派のセイラは醤油で食べてるし、醤油派のラルは塩で食べてるし。あれは笑った」
「わ、笑っ・・・。まあ、セイラともちょくちょく話すのでなんとなく感じてましたけど、本当に仲良いんですね、喧嘩するくらい」
「あれはもう兄妹みたいな感じだよな」
「兄妹・・・」
カナリアがどこか不安そうな目をして呟く。
「ま、そのうちどうにかなるでしょ。正直言って王族から出された命を断る、なんてことは出来無いし。どんな理由をつけても無駄だし、止めるよう促してもらえる人もいないし。なによりセイラ、親が司令官だからね・・・。やりづらいだろうな、多分」
「王族の護衛って、女性いなかったよな」
「うん。その代わりに、お付きの女性に護衛の心得がある人はいるけど。それでも腕の格差は明らかだし、セイラとなれば実力も定かだしね。ただ・・・」
「セイラの剣術は、はっきり言って攻撃性に偏ってるよな。護衛に向いているとは思えない」
「それだよねぇ。それに護衛兵士の方々がちゃんと気づいてくれれば、そのまま昇進なんてことは無くなると思うんだけどなぁ、無理かな?」
「剣術の筋だけではどうとも言えないと思う。差し引いて余るだろ、俺たちがセイラと打ち合いして勝率が50%越えたことあったか?」
「無いね。僕に至っては数回勝てたのすら奇跡。・・・っと、そろそろ解散しないと、時間か」
ベッカーが時計を見て立ち上がる。他三人も倣って外に出た。夕陽が建物の陰に隠れ、暗がり始めている。
「・・・お姉様、ちょっと行きたいところがあるから、私行くね」
「?・・・はい、わかりました。行ってらっしゃい」
騎士館を出るなりカナリアは急ぎ足で去っていく。
「どこ行くんだろう?」
「・・・なんとなく予想はつきますけどね。城内からは出ないと思いますし、屋敷に帰る馬車もすでについていると思います。気にしないで大丈夫ですよ。・・・あまりついていくべきじゃないと、思います」
「そか。じゃあ僕たちも帰ろっか」
「はい」
そうして、ベッカーとシェルヴェは気にせず歩き出す。
リクスは少しだけ振り返って、小さく何かを呟いて――――――それから、ふたりについて行った。
「本当に、大丈夫か?」




