ワン・トピック Ⅰ
「セイラ・セル修剣士・・・お前どこまで名前を轟かす気だ・・・」
「え?」
それは突然、書類整理に追われた執務室で言われたことだった。
「護衛?ルナ殿下の?」
「ああ。なんかルナ殿下直々の要望らしくって。本来修剣士級の人間に来る話じゃないんだけど、ルナ殿下の意向が正直熱意に溢れすぎててカイ殿下が折れたな、これは」
騎士長も近づいてきて、下ろされたばかりの書類に目をやる。
「娘がいる親も大変だなー」
「お前のところもそうだろ、カッゼ」
「うちはまだ可愛い年ごろだし」
私の知る騎士長のプライベートとしては、奥さんと、娘さんが2人いる、というのを会話で耳にしたくらいだ。生家のフェタ家が、スベジク家と同じくらいの名家で、それよりも爵位の少し低い家から令嬢を娶った、なんともよくある貴族間の結婚。教官騎士長で騎士長の同僚イデア・スベジク騎士もまた、長らく付き合いのあった家の次女と結婚し、そちらは息子がひとり、娘がひとりだったか。但しその時期はカッゼ騎士長より早くて、私と同い年かちょっと下くらいだったか。
「話が逸れてるって。さてセイラ、これ、かなり美味しい昇進話だと思うんだけど、どうする?」
騎士長に笑顔で言われて、私は書棚に仕舞うべきだった本をきちんと戻して、答える。
「お断りします」
「だろうな。お前はそういうところじゃ満足しそうにない」
「理解して頂けて光栄です」
ルナ殿下の護衛。王族の護衛。本来なら騎士級になり経験を積み、王族の者に指名されて初めて賜ることのできる位。喉から手が出る人間は山ほどいる。司令官に次ぐ高位だし。
けれどもそれ即ち、それ以上の昇進は無いのと同じだ。私の意にはそぐわない。
ここにそれを勿体無いという人間は居なかった。騎士長やスベジク騎士は私というか、私の親を理解した人たちだ。同じと考えてくれていい。
「護衛って、結局護衛できるってだけの権力しかないじゃないですか、要りません」
「・・・名誉とかそういうのは考えないのか、考えないよな。でもセイラ、これどうする、正直言って簡単に断れる話じゃないんだよ。身分不相応ですとかいくらでも言い様はあるけど、たぶんそういうの全部弾き飛ばしてここまで来てる」
「・・・」
そんな予想もしてないわけがなく、私は机に向かう足を止めた。
話が突拍子もないけれど、あり得なくは無いと思う。女性の王族に女性の護衛。質が落ちると言われても、その状況には良さがある。同性であるという点だ。要らぬ心配をしなくていいし、多方面での対応が可能になる。つくとすれば殿下に相当近い位置になるだろう。
ルセミア殿下にもルナ殿下にも、女性の護衛はひとりもいない。そういう心得のある女性の使用人はいると聞くが、それと武術の手練れでは格が違う。
「まあ流石のカイ殿下も、強引に取り立てるなんてことはしないさ。これ見て」
机に寄り、書類を見下ろす。
「・・・ええと・・・ユージュ王国第一王子の誕生会及び他国交流会への同行・・・?・・・・・・ユージュ?」
「まずはその仕事を達成しろ、ということだ」
ユージュ王国第一王子、は確か、現ユージュ王の長子だ。他国の国賓招待向けの誕生会、というか誕生会にかこつけた交流会っていうか、とにかくいろんな国の人がいっぱい来ると。
「こちらからは、年齢が近い者ということで、セナ殿下、ルナ殿下、ルイ殿下がご招待されているらしい。そのルナ殿下に同行して護衛をする、という仕事だ。成功すれば確かに周りに示しがつくし、他国にも見られるわけだから・・・」
「それって外堀固めに来てますよね」
周囲に”女性の護衛は有用だ”という空気が流れれば、私は王族の顔に泥を塗る訳にはいかず、そのまま護衛を務めなければならなくなる。
「まあ、本来なら有難く賜って当然の地位だしね。見習い剣士に来る話じゃない。乗り気じゃないのは分かるけど、セイラはどうしてこの話が嫌なのか、一応訊いても良いかな」
その、騎士長の裏側の見えない瞳に、私は一度口を噤んだ。
多分みんな思っている。なんで私が見習い剣士の門戸を叩き、功績をことごとく立てまくりたがるのか。こうも実績が乱立したのは偶然の重なりだが、それのお陰で私はさらに得られるものが増えている。余計なものまで。
「私は、行使権が欲しいんです。他国でも剣を抜くことのできる権限です」
「それは、護衛でも可能じゃない?」
「それじゃ行動も何も出来ないじゃないですか。私は自由に動けて自由に剣を抜ける権限が欲しい。だから昇進し、実績を積もらせ、人に何の文句言われずとも剣を抜ける権力や地位が欲しい。・・・野望ですね」
「どうしてその野望を叶えたい?」
「それは言えません」
スベジク騎士が険しい顔になる。
「どうして?」
「・・・・・・私にもわからないから、ですね」
正直言って一番知りたいのは私だ。
―――昔、十歳の誕生日を迎えた数日後。私にとって重大な事件が起きた日があった。その事件の最後、意識を失ったらしい私は、その内容を全くと言っていいほど思い出せなかったのだ。前日のことなのに。
それはその後五年経った今も同じ。思い出そうとすると激しい頭痛がして、邪魔される。
覚えていることは、”誰か”と引き離されたという感覚。真っ赤に燃え上がるほどの夕陽。そのふたつ。”誰か”はその他の誰か大勢になんか慕われていたような記憶もある。
それら全てがぼんやりとした霧の中。晴らそうとしても晴らせない。その中からいつも”誰か”は問う。
「相棒なんだろ」―――、と。
だから私はその”誰か”を相棒と呼ぶ。相棒だと私も思うから、そう呼ぶ。
はっきりした記憶はないけれど、感覚が言っている。彼はアルギシアにはいない。他国、或いは一番の可能性として、ユージュにいると。
私はその根拠も何もない自分の感覚だけを信じて、探すことにした。
「それが得られれば、もしくはそれと同じようなことが出来れば、近づけるかもしれないことがあるんです。私はそれを追いかけるために今、ここに立っています。たとえどんなに名誉なことでも、王族の護衛は私の本意ではありません」
きっぱり言い切ると、スベジク騎士は目を閉じて、一拍、その後息を吐いた。ため息だった。その隣で何故か笑顔の騎士長が口を開く。
「・・・野望、ね。ほんと、18年前の再来」
「18年前?」
「セイラのお父さんと叔母さんのことだよ。オーヴァとフィル。王城に勤めながら、自分たちがそもそも目的としてたことを成し遂げた挙句、過剰昇進してそれを保ち続けている」
「お父さんと・・・フィルさん・・・」
18年前の再来、とは何度も聞いた言葉だ。私とラルヴァスに向けられた言葉。ただ、下限年齢ギリギリで合格し見習い剣士になった、それがお父さんたちと同じだからだとは思っていたけれど。
「まあ、違反し過ぎない限りは何も咎めないよ。セイラ・セル修剣士は業務を滞りなくこなすし、剣の技量は十分。命令違反も特に無し。立派に優等生できてるから、この調子で勝手に野望を叶えればいい。上手くやりなよ、セイラ」
・・・・・・、へ?
「・・・色々言いたいことがあるが、まあ、そうなんだよな」
「・・・・・・・えええ?」
あれ?あれ?あ・・・あ、あれれ?
「ん、止められると思った?」
その、むさ苦しさ一切無しな草食っぽい騎士長の顔に無邪気が浮かぶ。逆にこれで汗を流して大声で訓練を指揮するような人間だったらむさ苦しさMAXな気がする風体のスベジク騎士は、呆れ顔だった。
私は、もうポカンという顔しか出来ない。
「はい、とめられると・・・思いました」
「止められてもやるよ。無駄だよ無駄。それより踏み外しそうになった時に留めるのが僕らの役目。とりあえず護衛の件、正直言って断るのは難しいけど、セイラなら多分うまく切り抜ける方法見つけられる筈だ。というか話しながら並行してもう考えてるでしょ」
「・・・」
見透かされてる。流石騎士長。
「イデア、とりあえずそれ受けて、詳細を貰おう。対策立てるのはその後じゃないと難しいから。そこまでなら協力できるよ、セイラ修剣士」
「・・・っ、ありがとうございます!」
何も聞かずに、踏み込まない程度に協力してくれる。しかも踏み外したら止めてくれる。
――――――なんて良い上司に恵まれたんだろう、私は。
それは前例があるからのような気もするが、それは置いておいて、ただ私は頭を下げた。
来たる次の仕事に備えなければならない。
もう私は、訓練を重ね騎士とともに王城の仕事を覚えることが第一の、「普通の見習い剣士」ではなくなったのだから。
「――――――前に言ってたやつ、本当なのかなんなのか」
自分の管轄の業務を終え、退室した見習い剣士の背中を訝し気に見つめながら、騎士長はふと呟いた。
「ん?何のことだ?」
「カイ殿下が最初に”組織”の仕事を持ってきた直後、ここにフィルが来たんだ。多分セイラはそれに頭突っ込んだら、追いかけ続けるだろうからアテにして良いって。娘みたいな子に対する言葉じゃないと思うんだけど、組織への深入りを全然心配してなかったかわり、踏み外しかけたら止めてくれって」
「・・・命令以外で組織に踏み込むことは、踏み外すには入らないのか?」
「入らないでしょ。つい数日前だって、やったことはカナリアさんの救出だけど、同時に組織の情報を少しだけ抜き出してきたでしょ。やってることは城付き剣士の範囲内。だけど近づいてる。これが勝手にひとりで動き出して組織の情報集め出したらそれは違うけど、偶然手に入れただけなら問題無いんだよ」
例えそれが、意図的に引き出した情報であったとしても、引き出すために海賊に会いに行ったわけではない。何も違反は存在しない。
「教官騎士が足りなかったのもあるけど、イデアが直々に教官になったのは、あれが爆弾だから」
「・・・あんまり人にそんな言い方するもんじゃないけどな。何せあいつの娘だろ、何しでかすか分からないのをまだぺーぺーの教官騎士にあてられるかよ」
「後輩の娘だから贔屓ってとこじゃないところがイデアだよなー」
「贔屓って・・・。俺は爆弾を一手に二つも抱えたつもりだが」
「え、ラルヴァスも爆弾?」
カッゼは目を剥く。
「ラルヴァス・ハイド。セイラの技量も面食らうが、それと競り合う程の剣技がある。頭の回転はそこそこだが、周りを見るのは上手いぞ。人の考えを読んで行動できるし、特にセイラの奇行を瞬時に理解するのに長けている」
「まあ確かにあの強さは気になるところじゃあるけど・・・。履歴書に特に不明瞭なところもなかったし、元々素質があるの一言で済む疑問だと思ってた」
「まあその辺はいいんだが・・・。カッゼも知ってるだろ、オーヴァがよく言う「目を見れば分かる」ってやつ」
「うん、よく言うのはわかるけど・・・それが?」
「どうやらセイラもそれと同じような感じで人を見てる。エネトル家の夜会といい殿下方のパーティといい、報告書に書かれた人物像がまあばっさり切るように書かれて・・・じゃなくて、かなり確定的に書かれていたんだ。なんでこんなに自信に溢れてるんだって言ったら、見れば分かることだ、と」
「・・・セイラの報告書、殿下に通したらびっくりされたしなぁ。報告書っていうか予知書だよ、書いてあった家と家は決裂して、別のところは婚約して、別のところは貿易関係で泥沼化して。そこからうまく逃げだした商家と、それを捕まえそうな名家と。パーティの後全部言った通りに起きた。恐るべきところは、あのパーティに出席してたのはあくまで、家の重要人物の子息子女たちだってことだよ」
沼の陰に組織が巣食うている可能性は高いため、その辺りは特に調べるに値する。組織に関わりなさそうなところはそう書いてあったが、注意すべきは「レグロ」という言葉が出て来た家だとセイラは進言した。そしてその言葉が出て来た家は、なんと全てアルフェドーラに繋がっていたのだ。
「あの人格判断全てを「目を見て」やっているのも別にいいんだ。ただ、セイラはおそらく一番近い同僚である、ラルヴァスを信頼していない」
「・・・目を見て、信頼すべきではないと思ったから。そうではないか、ってこと?」
「ああ。予知かと驚く能力がそう感じているなら、俺も少し警戒せざるを得ないと思ってな・・・。もちろん見守っているだけに過ぎないが、渡す情報は考える」
「あんなに仲いいのに、信頼してないってどこで判断してるわけ、イデア」
「・・・・・・それは俺もよく分からん」
「感覚派過ぎじゃない?」
「なんでだろうな・・・・・・」
煮え切らない態度のイデアに呆れるカッゼ。
ただ、根拠のない発言をあまりしない親友だからこそ、話を心にとどめておくことにした。
「・・・あっ!」
騎士館で聞こえるはずのない、まるで金糸雀のような可憐な声に、私ははた、と足を止めた。玄関口から入ってすぐの大広間。通り抜けようとしたその少し奥の方で、黄色いドレスを纏った少女が立ち上がったのが見えた。
「―――カナリア?」
私は怪訝に思いながら、そちらへ早足に近づく。カナリアが座っていたテーブルには、シェルヴェと、我が同僚三人がそれぞれの椅子に腰かけている。凄く隅にいるのは、ここが騎士が業務を行う場所で、見習いが出しゃばれる場所じゃないからか。
「セイラさんっ!・・・っ、このっ、あいっ、だは!本っ当―――に!・・・ありがとうございました!!」
立ち上がった勢いのまま、腰をがっつり直角に曲げて、カナリアが叫ぶように言う。突然だったのと、その謝罪の理由が咄嗟に理解できなくて、
「え、うん。どういたしまして?」
「セイラ軽っ・・・」
ベッカーに突っ込まれる程の返事しか出来なかった。
「あーあの、別に私は美味しいことばっかで万々歳だったから気にしないで。カナリアは大丈夫?なんかトラウマになってたりしない?」
「私は全く・・・、それよりセイラさんの方が、倒れられたって!」
まあ数日前の話だし、結構早く回復したので、私はなんともないように首を振る。
「この通り。休息日に思いっきり寝たし、問題ないよ。あと敬語復活してるから無しね。それよりどうしたの、こんな揃いも揃って」
「セイラ待ってたんだよ。ちょっと作戦会議したいから、騎士館の狭い会議室借りて来た。今から時間大丈夫?」
ベッカーが代表して説明をしてくれる。
「うん、業務は早く終わったから、もう官舎に戻るだけ」
あまり長話にはならないと踏んで、頷く。遅くなるとカナリアが心配されるだろう。
ベッカーに先導されて、私たちは階段を上り、かなり端の一室へ移動する。騎士の人たちが普段業務の会議をしている場所で、それなりの長机と椅子が幾つもある。それぞれ位置に着くと、まずベッカーが口を開いた。
「まあ、作戦会議っていうのはつまり、アルフェドーラ家のことなんだけど」
それから、ベッカーに促されたシェルヴェが口を開く。
「組織と関連しているという疑惑が濃くなったんです。今まで色々散々と、”レグロ”の話が出てきましたが、その地方からの使者がアルフェドーラの屋敷に訪れたそうなんです」
リクスが、備え付けてある棚から地図を持ってきて広げた。
マゼル艦隊によって世界一周がなされ、どうやらこの世界は球体らしい、ということが判明している。
そして、ひとつの大きな大陸があることも。人々は特に名前を付けず、これを”大陸”と呼ぶ。その周りには大小の島が点在するのだが、その中でもひときわ大きい、但し大陸の百分の一ほどの面積を持つ島が、私たちが住む国アルギシアだ。東側は大陸にほど近いが、西は大海が広がるため、余程の馬鹿じゃ無ければそちらから大陸へ行こうとは思わない。マゼル艦隊がその大海を乗り越えたことすら夢のような話だ。
リクスが指差したのは、大陸の西側に大きく国土を広げる、大陸有数の大国ユージュ。そのさらに北西側、レグロ地方と書かれたあたりを指さす。
「ここに大きな領土を持つレグロ領があるから、この辺はレグロ地方だ。この辺りの大きな港は、ここ」
リクスがひとつひとつ指し示し、私たちはそれを追った。
いつぞやか高等校の授業でアルギシア周辺は丸々覚えたので知ってはいる。その辺りはかつてインガリウ王国の存在した場所だ。それがユージュに侵攻され、ステナ領が置かれた。しかしその隣にあるヴェタージュリエ領主がインガリウ侵攻の手柄を主張し、領同士の争いが始まろうとしてしまう。そこでユージュは新たにレグロという領を設け、辺り一帯をその領地とした。
これがそのあたりの歴史だ。葡萄の名産地であることは、古くから同じだが。
「レグロ領の領主の使者のようでした。父しかいない場で本人がそう名乗っていたので、間違いないかと」
カナリアはどうやら、盗み聞きなどという豪気なことを実家でしてきたらしい。
「レグロ領と取引があること自体は、全く問題がないこと。ただ、レグロの方には葡萄薬のこともあるし、フォーマルハウトと組織が一瞬に繋がった場でもあるし。葡萄薬をはじめとした密貿易が、組織が裏で手引きをしているものである可能性は極めて高いらしい。ただ、組織に所属している人間は、基本的に話を持ち掛けてそれを自分たちの良いように動かしていくだけで、実行人を捕まえても唆した人間までは捕まらないから質が悪いんだよね。・・・と、そっちの話は置いといて。シェルヴェ、セイラに」
ベッカーが持ち掛けたいのは組織の話では無いようで、シェルヴェに視線を向けると、彼女は小さく頷き、私の方を向いて口を開いた。
「この間の海賊の事件で、ごたついているアルフェドーラ家に改めて目を向けた者が多数いたようです。結果、爵位権が私にあることを知った家が、私に声をかけてきました」
その内容に、小さく息を呑んだ。あらかじめ聞いていたのだろう周りも、雰囲気がすっと固くなる。
「確実に、私の後援をして新たにアルフェドーラ伯爵家を起こすことで、権力を更に手に入れようと画策しています。とりあえず三家・・・、キロック家、アリゼア家、そして、ジェリー家です」
「ジェリー家って確か、ルナ殿下ルイ殿下のパーティでカナリアさんにちょっかいかけてた、ナントカ嬢のトコじゃねぇ?」
「ナントカ嬢って、ラルが一番その辺り記憶してたじゃん。なに嬢だった?」
「うーんと・・・なんだっけ・・・・・・・、うん全く覚えてない!」
潔い返事に、ベッカーが半笑いになる。当の本人カナリアも、首を傾げている。全く・・・。
「クレイア・ジェリー子爵令嬢。子爵家だけどかなり高位で、ほぼ伯爵家と同じくらいの権力を持ってるから、かなり鼻高に構えてる。付き従ってる子はだいたい媚び売りだけど、家ぐるみの付き合いが確認できた。アルフェドーラ再興に一役買って、自分が伯爵位に昇格したいっていうのはあり得る話だと思う」
「よく覚えてるな」
リクスもどうやら覚えていたらしいが、周りは目を見張る。
「そりゃ、会った人話した人全部全部ラルヴァスに名前言ってもらって書き出して、報告書に書き出して、人物関係全把握して・・・なんてことしてたら、いつの間にか全部覚えてるし」
「ああ、出た。セイラの報告書という名の予知書」
「予知書、ですか?」
「僕らの中ではそう呼んでるほど、報告内容が未来予知過ぎる報告書だよ」
シェルヴェはその説明にも、ハテナマークを浮かべた。
「特に商家を張ってたから、取引提携の全体像を子息方との会話だけで把握して書き記してたんだよね。それが現在ある資料とほぼ同じで、しかも新しい情報まで上書きされてた。これを使ってアルフェドーラ家から先の他家の繋がりも辿れたわけだけど。ジェリー家もそのひとつだったっけ?」
「アルフェドーラ家は商家じゃないから間接的には、そう。安定感がない今のアルフェドーラ家を国が黙って見ているはずがないと踏んだかな、シェルヴェに新しく家を興してもらって、実質伯爵家を操ろうとしているのかもしれない。そうすれば組織との繋がりも深くなる、美味しい話はどんどん舞い込んでくる」
組織に使われているということに、どうして恐怖を感じないのか理解できないけれど。
シェルヴェは本当の爵位権を持っているとはいえ、女だ。女当主が禁止されているわけではないが、当然ひとりで権利を主張してもお話にならないどころか、女だからと振り払われるだけだ。
「ジェリー家とキロック男爵家は商家で、敵対してるところ。アリゼア家はアルフェリアの政務官を何人も輩出してる男爵家。どこももう少し功績とか立てれば爵位昇格できそうなくらい高位」
アルギシアの爵位制度は、他国と少し違う。
王族を独立させるために、敢えて他国では王族と並んで地位の高い公爵、またはその次の侯爵位を設けていない。爵位は上から伯爵、子爵、男爵で、幅が広い分同じ爵位でも上下関係が生まれるのだが、それが名前に現れないのがご厄介なところなのだ。
隣国ユージュは、かつてクインニティリー公爵家が王族以上の権威を持っていたとも言われる。現在ですらかなりの高い地位にいるのだから。
「シェルヴェを後援したいと思う人間はこれから沢山出てくると思う。しかもそれを国に悟られないようにしないといけないから、厄介な手段もとってくる筈」
「国に悟られないように?どうしてですか?」
「国が現アルフェドーラ当主に制裁を下せば、自動的にシェルヴェに爵位権が回る。爵位が持った者が当主でなければその「家名」には爵位はつかない。つまり今のアルフェドーラ家の当主がシェルヴェになるだけで、新しい家を興す必要はない。結果、他家が介入することは特になくなってしまう。―――その三家が望んでいるのは、あくまでシェルヴェが、シェルヴェを当主とした新しい家を興し、それにアルフェドーラ伯爵家と名を付けること。今のアルフェドーラ家は潰れろって思ってる」
「セイラ、流石にズバズバ言いすぎ」
ラルヴァスに止められるが、私は首を振った。向かいでカナリアが神妙な面持ちをしているのは分かっているけれど。
「現状を見なければ何も変えられない。現当主が爵位を騙っているのは揺るぎない事実だから。・・・私だって、シェルヴェとカナリアが仲良しなの知ってるし、拗れて欲しくないとは思うよ。でも中途半端にぼかしてたら何も始まらない。見なきゃ前には進めないんだよ」
義姉妹のシェルヴェとカナリア。二人の父親であるアルフェドーラ家現当主が処罰を受けることは、あまり良い展開ではない。
「シェルヴェはその爵位、どうしたい?」
「・・・・・・できれば、私の手に戻したいです」
躊躇いがちに、シェルヴェは言った。
「カナリアには悪いですが・・・、あまり私は、父に良い印象はありません。もう他界していますが、祖父も同じです。母は何度も父に爵位権を渡すよう脅されました。それでも頑なに譲らなかった、アルフェドーラ伯爵家の名を、私だって守りたい・・・。望みだけ高くて、そのための力も知恵も全くありませんけどね」
シェルヴェは医者だ。医療の腕はいいが、貴族家のことは詳しくない。その事情は誰もが知っていて、難しいこともはっきり分かる。
「カナリアは?どうしたい?」
「わ・・・私は・・・・・・」
シェルヴェとは違って、どう言葉にしていいか分からず視線をさ迷わせるカナリア。自分の親と、血が繋がらなくても仲がいい姉との間に挟まれて、身動きが取れないのも無理はない。
「はっきり言えばいーよ。俺たちはそれに意見するわけじゃない。セイラが刺々しく言うのが悪い」
「刺々しく言った覚えはない」
「ものすごくそう聞こえたけどな」
「・・・・・・それは、ごめん」
ラルヴァスに忠告されて、私はカナリアを向いて謝る。彼女はハッと顔を上げると、ぶんぶん首を振った。
「セリ、セイラさんが、真剣に考えてくれることは分かるから、大丈夫よ。―――私は、正直お父様やお兄様が、アルフェドーラを良い方向に向けてくれるとは思えないの・・・。それに、シェルヴェお姉様の応援をしたいの。でもだからって、お父様を罰してほしいわけじゃなくて、それで・・・えっと・・・」
「どっちに傾いても不本意、なんだよね。なんかシェルヴェが当主になれて、かつ今の当主やその家族が罰せられない方法が無いかな・・・・・・」
ベッカーが唸り、リクスも目を閉じて何かを考えている。
「しかも、このまま長引かせるのも、シェルヴェさんが危険だよな。なにせ他家から狙われているわけだし、手段を選ばずに来られた場合が最悪だ」
それはつまり、後援に立つのを強要されるわけだ。何らかの形で脅して。それはもう悟っていたのか、シェルヴェの表情は真剣なものの、大きく変わることは無い。
「そんなに上手い具合に行く話、ありませんよね・・・?」
寧ろ現実を冷静に見つめて、ちゃんと考えている。それはカナリアも同じで、不安そうだがその目には意志があった。・・・だから放っておけなくなるのだ。
ふたりとも大事な友達だから――――――、
「ひとつ、物凄く大変だけど、方法があるよ」
私はずっと考えていたひとつの解法を、口に出した。




