ファンタスティック・アリア Ⅳ
熱い。
左腕が熱くて、痛くて、頭が痛くて、視界が暗くて、怖い。
助けて、誰か、助けて。
私じゃなくて、
彼らを―――――――――――――――・・・・・・
「――――――――――――!」
目を開いた。
突如、眩しい光が入ってきて、かすかに目眩がする。
今何が起きているのか。長い夢から醒めたようにぼんやりとした頭は、咄嗟に反応を示せない。
「セイラ!」
名前を呼ばれたと同時に、視界にシェルヴェが映る。なんでシェルヴェ?と虚ろに考えた私は、漸く答えに行きついた。見たことのある白い天井。確か・・・、医務室。
多分、これ、城に戻ってきている。
「体調はどうですか?気持ち悪くないですか?」
「・・・うん、大丈夫。ちょっと頭痛いけど、そんなでもないよ」
「良かったです・・・」
心底ほっとした表情で、シェルヴェが傍らの椅子に腰を下ろした。
特に体が重いわけでもなく、私は横たわっていたベッドから起き上がる。恐らく返り血がついているはずのワンピースから、ゆったりした服に変えられていて、周りを見回すと、ベッドのすぐそばに私の剣が立て掛けられていた。ぶっ倒れた後から記憶がないけれど、お世話になったことだけは確かだ。
「色々・・・、ありがとう」
「気を失っていただけですから、私は特に何もしていませんよ。体調面が大丈夫なら特に問題ないと思います。あ、着替えはちゃんと男性払ってから行ったので安心してくださいね」
「・・・流石です、シェルヴェ軍医」
「そりゃあ、アルフェリア王城付きの腕利き軍医ですから」
手を腰に当て、ふんぞり返るふりをして笑う。ここ数ヶ月、王城で同期たちと同じくらいフレンドリーに話せる女の子は、私にとってはシェルヴェしかいないし、シェルヴェもまた私しかいなかったのだと思う。とても仲良くなれて嬉しいし、心配かけて申し訳なく感じた。
・・・と、そういえば。
「カナリアは?」
「別室で休んでます。父たちが来てるので、私はこちらに」
その物言いに感情は無く、当たり前だという口調。
シェルヴェにとって、今のアルフェドーラ家は家族判定されないのだろう。カナリアは妹だと思っているようだけれど、それでも父やその後妻には会いたくないと思うくらい。
「ああ、なるほど。・・・シェルヴェ、状況ってわかる?」
「ええ、ベッカー君に聞きましたよ。海賊は討たれた後、国の補給船に捕獲されたそうです。その船に、ベッカー君たちも一緒に乗って帰って来たと言っていました。セイラはその間もずっと気を失っていたらしく、城に戻ってすぐにここへ。さっきも言いましたが気を失っていただけで、とくに怪我はありませんでしたよ」
「・・・そか、ありがとう」
シェルヴェによると、どうやら私は、海賊を討ったらしい。
ただ私の剣を持っているという理由でラルヴァスを呼び出させ、カナリアを連れていってもらい、なおかつ剣を投げてもらった。そこまでは覚えているのだが、その後の記憶がなんか曖昧だ。多分”相棒に頼っていた”・・・んだと思う。それでさっきから、思い出したくない―――その原因を思い出せているわけではないのだが―――左腕に激しい鈍痛が響いている気がするのだろう。
それを振り払って、次するべきことを考える。
「報告、しに行かないと」
「もうちょっと休んでいてもいいのに・・・、って言っても、セイラは行きますよね」
「うん」
「片付けはしておきますから気にしないで、気をつけてくださいね」
「ありがとう」
シェルヴェに何度目か分からない礼を言ってベッドから飛び降りると、片手に剣を持って、そのまま部屋を飛び出す。去り際に手を振られて、私もそれを返した。
私の中で彼女は、もう親友だと、そう思う。
官舎で着替えてから騎士館へ向かうと、入口からちょうどリクスが出て来たところだった。
「・・・!セイラ、大丈夫なのか?」
「うん問題ない。スベジク騎士は中にいる?」
「問題ないって・・・まあ、無い方がいいんだが・・・。今取りあえずのところの報告が終わって、セイラの回復待ちってことになっていた。まだ騎士長室にいると思うぞ」
「そか、ありがとう」
戻るところだったのだろう。あまり呼び止めても悪いので、じゃあ、と言葉を切って足を向かわせる。
「あ、セイラ」
「ん?・・・何?」
まだ他に重要なことがあったのかと思って振り返ると、リクスはどうも神妙な顔をしている。
「・・・本当に、大丈夫なのか?」
その真剣な声に、私は一瞬言葉に詰まった。
「え?・・・う、うん」
本当に体調は回復しているので頷くと、リクスはよくわからない変な顔になって、歯切れ悪い言葉を向ける。心配してくれているんだろう。ありがたいけど、本当に大丈夫だ。
「そう、か。・・・悪い、呼び止めて」
「いや、こっちこそ。・・・じゃあ」
なんだったのだろう。
首を傾げながら、騎士長室へと駆ける。ノックして名を言うと、すぐさま入る許可を得られた。
さて、どー説明したもんか・・・・・・。
「・・・・・・そうか」
素早く取りまとめて説明したところ、スベジク騎士から返ってきた言葉はまず、それだった。
喫茶店で連れ去られた際、フォーマルハウトの刺青を察知して、それを知らせるために無駄にティーカップを投げたこと。カナリアから注意を引きつけるためにわざとお嬢様らしからぬ行動をとったこと。ラルヴァスに合図して剣を投げてもらい、海賊たちを一掃したこと。
全部わかっていたのだろう。主に意図を汲んで行動したというラルヴァスが。
「海賊たちは、レグロ地方のことについて話していました。船内にあった酒樽の印がレグロでしか手に入らない葡萄酒のものだったことから、一度でも訪れたことがあるのは確かだと思われます。そこで組織からある種脅しのように持ち掛けられたカナリアの誘拐を実行したと言っていましたが、信憑性はあまり無いと考えたほうがいいと思います」
「それの真偽は分からないとして、これでまたアルフェドーラの疑惑が大きくなったのか・・・」
「なんかここまで立て続けに来ると、嵌められてる感じがするな」
何故か騎士長が、スベジク騎士の机に腰掛けながら話している。いいのか・・・?と思うが、まあスベジク騎士がいいなら良いんだと思う。―――じゃなくて。
「レグロ地方も、葡萄薬といい何かしら出てくる名前だしさ。いよいよ本格的に調べないといけなくなるかな・・・。極秘諜報部の2人を既に動かしてるから、そっちに動かすか」
「それがいいと思う。これ以上、下手に素人が踏み込むと危険だ。セイラ修剣士たちはよくやった」
・・・まあ、何となく想像はしていたが。
「では、以降は通常業務で、ということで」
「ああ。無論、組織に関する情報は、これまで通り一切口外しないこと。命令は聞けるな」
「・・・はい」
一時撤退か。或いは永遠に関わらないか。
その「組織」が確かに、一介の修剣士が踏み込んで知っていいほどの問題では無いことは重々分かっている。けれど、けれど・・・。
親友が持つ名アルフェドーラのことといい、ユージュのレグロ地方のことといい、無視したくないようなことばかり並んでしまった。それに、この仕事が続けられれば、着実に功績が上げられた筈だ。しかもユージュが関わる、私にとってはかなり美味しい話だったのに。
近づけるかもしれなかったのに。
・・・・・・先を急ぎすぎるのも良くないとは分かっているけれど。
「セイラはもう休んでおけ。明日は休息日を取っておいた。・・・ミシェルヴェール軍医に関しては心配に思う面もあると思うが、急速に事が運ぶことはまずない」
「そうですか。ありがとうございます」
私はしかと頭を下げて、騎士長室を出た。廊下は灯りに照らされ、大きな窓には闇が広がっている。懐中時計を見ると、既に業務時間外も時間外、日付が変わるまで一時間もなかった。
当たり前だ。私が気を失ったその時が、日が暮れたまさにその時間なのだから、それから数時間経っていてもおかしくない。
官舎に戻って寝るか。・・・いや、今日は。
私は官舎に駆け戻ると、玄関をスルーしていつもの場所に立った。
今宵は新月。
星だけが爛々と輝く空を、私はじっと見つめる。
『お母さん!』
幼い頃の自分の声が甦る。
星空はお母さんの記憶だ。お母さんとよく屋根の上に登っては、月のない空を喋り笑いながら見ていた記憶。セイラ、と名を呼んで、頭を撫でながら、語ってくれたひとつの思い出。
―――お母さんの顔が思い出せないのは、小さい頃だったから仕方が無いと思っている。でも、”相棒”のことは、出会ったはずの空白の時間は、いつか絶対に思い出せると信じている。
何度も何度も夢に出ては、陽炎の様に消えて行く彼と戦っている気がするだけ。それを依存というのなら、それはきっと良くないことなんだろう。それでも頼ってしまうのは、信じているからだ。
生きていると。どこかにいると、・・・・・・また、会えると。
「今日は随分と難しい顔をしているんだね」
ふと、風に乗って声が流れた。聞いたことのあるそれに、今日は驚かずに城壁を見上げる。声の主は勿論、いつぞやかの少年。顔を隠し姿を隠し、城壁の上で足をぶらつかせて、こちらを見ていた。
「何の用。三秒以内に」
「あっはは、手厳しい」
正体不明の謎の少年、その笑い方、この間もしていた。なんだか・・・、胡散臭い笑い方。喋り方もなんだか無理している気がしないでもない。どうしてそう思うのか。
――――――元をどこかで聞いているから?
「新月の夜には何かが起きる。僕にとってはそれが君だ」
「新月の夜には・・・・・・、って、なんで私」
「今まさに、こうして会っているのに」
「あなたが勝手に入って来てるだけなんだけど、不法侵入犯さん」
「そっか、城内ってなんか階級章とか紋章とかないと入れないんだったっけ」
何言ってんだかさっぱり分からない。
「聞かないんだ?何をする気だとか、僕は誰なのかとか」
「聞いてほしいなら聞くけど、どうせあなたは答えない」
「うん、そうだね」
余裕綽々、淡々と答えるのは、前と同じだ。
「君は忘れなかった?僕の忠告」
「・・・あの、疑えとか、そういう奴のこと?」
「そうそう、それそれ」
「忘れては無いけど、聞き入れたつもりはない」
君が一番信じられると思った人を、一番に疑って。忘れないで、自分が誰なのか。
「私が一番信じている人は目の前にいすらしないから疑いようもない。それに、私が誰なのかって、私は私でそれ以上も何もない。これ結論」
「・・・本当にそうかな?」
まだ言うか。
「君が一番信頼してるのは、本当にその人?ほんっとーに、その人?」
「うるさいな、一番とかそうじゃないとか。あなたが一番信用ならないから」
「うわ、言い方キツ・・・ちぇっ、せっかく忠告したってのに」
やっぱり少年・・・。私と同い年でもいいくらい、そんな印象を受ける。
この訳の分からないことを言う少年が誰か、は多分おそらく分かっているのだ。分かっていて転がしている。”忠告”というそれが何を言っているのか、何のために言っているのか分からないから。
「それならわざわざどうもありがとう。私もう行くから」
「つめたいなぁ。ま、体調そんなによくなさそうだし、仕方ないっか」
そんなに体調が悪いわけでもない、と思うけれど。ずるずる会話を伸ばしたいわけでもないので、私はとくに言及しない。
「ねえ、良く星見てるけどさ、好きな星とかあるの?」
って、呼び止めるんかい。
「・・・・・・あなたのとこからなら見えない?くじら座」
「んー、くじら座がどれか分かんないからなぁ」
「話にならない。帰る」
「待って待って待って!せめて方角とか特徴とかさ」
「・・・あっち。あっちの方で、四角形の左下で輝いてる星。秋の星だから多分今はあんまり見えない」
「わっかんないな・・・。なんて星なの?」
「さあ」
「さあって・・・」
「別にあなたに教えなくてもいっかと思った。じゃあね」
「ひど!」
このあいだは突如去られたので、今度はこちらが突如去ってやる。
背後に気配を感じながら、私は適当に言葉を撃ちきったままスタスタと官舎へ戻り始めた。
・・・好きな星、か。
なんでか知らないが昔から変わらず、自分の誕生星より好きな星がある。お母さんに教えてもらった星だったような気がする。この夏が過ぎれば、ようやく見えてくるだろう。
どうして好きか―――、辿れば色んなことが記憶から抜け落ちていて拾えない。なんで思い出したい事ばかり、私は思い出せないんだ。
官舎の最上階、一番奥。私と同僚の2人部屋。少し真新しげな扉の鍵を開いて、中へ入る。灯りは消えていて、それでも慣れた目でブーツを脱ぎ、立ち上がって、
「!?」
目の前に突然現れた顔に、足が縺れた。
「っおい!」
膝からがくん、と崩れ落ちた私は、咄嗟に腕を拾われたおかげで地面強打を回避する。
「っぶねーな、お前そんなにリアクションする奴だったっけ」
「さすがに・・・びっくりするよ・・・」
暗がりで気配もせず、突然カーテンの隙間から顔が覗いていたのだから、そりゃ、そりゃ・・・
「立てるか?」
「・・・無理・・・・・・腰抜けた・・・」
「マジかよ。・・・それは、悪かった」
掴み上げていた腕をそっと下ろして、今度は手を差し出してくる。
「なんで起きてんの」
「今さっき戻って来たんだよ。もう布団に飛び込みてぇ」
「・・・もしかして、報告書とか」
「・・・・・・んあー、まあ、そのへんか?」
私はラルヴァスの顔を見上げた。
本当なら、事件の渦中にいた私が一番状況を理解しており、また報告を一番大量にしなければいけない立場の筈だ。けれども騎士長たちは早く休むよう取り計らってくれて、おまけにラルヴァスは私が作るはずの報告書類を引き受けてくれていた。
・・・ものすごく、気を遣わせてしまっている。
「・・・ごめん」
「は?なんで?」
「いや・・・、本来私の仕事でしょ。倒れたりしてなければ、私が」
「いやいやいや、倒れなかったとしてもお前は強制的に休ませられてたぞ、確実に」
「え?なんで?」
「なんでじゃねぇよ。お前普段から根詰め過ぎだからな!?寧ろ今回は引き止める手間が省けて助かったぞ。倒れてくれるとこっちの心臓に悪いから止めて欲しーけど」
「・・・っそ、そう。と、とにかく、ごめん」
「そういう時はごめんじゃねぇって」
先程から申し訳ない感情と情けない気持ちが渦巻いていた私は、自分がなんという言葉を発すればいいのか咄嗟に戸惑う。
こういうときは。助けてもらった時は?
「・・・・・・ありがとう」
「おう、どういたしまして」
ラルヴァスが目を細めて言う。それにつられて、私の頬も少し緩んだ気がした。
「もう疲れたし、眠い・・・」
「おう、そうだな」
ただ実際、私の腰は抜けて、あまり足に力が入らなかった。戦闘中こんななったら死ぬぞ・・・と呆れ笑いを浮かべて、私は床に手をついて力を籠める。・・・が。
「・・・お前、意外と怖がり?」
「いや全然」
「全然じゃねぇだろ、立ててねぇじゃんかよ・・・」
私にもわからない。
だって幽霊もお化けも怪奇現象も平気だ。暗闇から突然人の顔が出て来たところで、跳び退れど腰を抜かすことはまずない。驚いたとしても動けないことはない。
でも今、私の身体からは動くための力が完全に消え去っていた。
「なんでだろ・・・」
「なんでって、そりゃ怖かったんだろ」
「はい・・・?」
はぁ、と理不尽な溜息をついて、ラルヴァスが目の前にしゃがみ込んだ。そのまま手を伸ばして、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「なっ、なにすんの」
「怖かっただろ。たった一人で立ち向かうために、命を晒すなんて、よく頑張ったな。・・・そんなの怖くって当たり前。お前は強がり過ぎだ」
「いやいや、怖くなんてな・・・」
・・・くなかった、のかもしれない。
私は今、確かに安堵を感じている。・・・それだけは、はっきり分かる。気を抜いちゃいけないところだって、そうでなくったって、腰抜かしたりするものか。そんな生半可な剣を握る覚悟は持ち合わせて無い。
なのにどうして、立てないんだろう。
なのにどうして、振り払えないのだろう。
・・・・・・だから嫌いなんだ、ラルヴァスなんて。
「つうかお前、もうちょっと無茶度の低い作戦考えろよ・・・。こっちがヒヤヒヤするわ。それよりほら、もう立てるだろ?」
差し出された手を不本意に借りて、しぶしぶ足に力を籠める。
仕方ないじゃないか。あの時、確実にカナリアを助けられる方法を一番に取ったんだから。自分のことなんて考えてなかったし、それに・・・それにさ・・・・・・・・・
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「おい、セイラ?」
ラルヴァスは立ち上がらないまま頭をもたげたセイラを覗く。
「・・・ううわ、寝てるし」
目を瞑り、思いっきり規則的な寝息を立てていた。上半身は直立しバランスが取れたまま、頭だけかっくりいっている。一見気を失っているように見えたが、立ち上がるべく借りた手にはちゃんと力が籠っていた。
「・・・まあ、生きてるんならいいか。・・・・・・いや待てよ、ちょっと待てセイラ、お前自分の部屋は自分で行けよ!?」
ラルヴァスはお構いなく揺さぶるが、セイラはまるで反応しない。
「マジかよ・・・・・・」
セイラについての情報がまた一つ増えた。超絶寝つきがいい、ということ。どうでもいい情報だ。
結局ラルヴァスは、そのまま玄関に、というわけにもいかないし、勝手に部屋に入るのもちょっと・・・、というか手ぇ離せよ使えないだろ、などとぐるぐる考える羽目になった。
当のセイラは、安心しきったように、左手を預けて眠っている。




