ファンタスティック・アリア Ⅲ
『相棒、なんだろ?』
「死」という言葉が近付く度に、思い出すのはその言葉だ。
――――――あたりまえだよ。
いつも力をくれる相棒。
ごめん、今回もちょっと、――――――よろしくお願いする、ね。
がんっ、と、首に一撃強い蹴りを入れると、男は力が抜けたように倒れた。
「・・・っと、」
ラルヴァスはそれを避けて、音の消えた周りを見る。
「3人・・・か?」
「うん、それ以上の気配はなさそうだし、大丈夫」
「念のため外も見て来たが、人気は一切なかった」
ベッカーとリクスが頷いて、それぞれが倒した奴のポケットを探り始めた。
要求が来たのは、喫茶店から城へ戻ってすぐのこと。
もちろんその内容は大金。取引場所を指定されて、受け取った者が海賊船に着いたら2人を解放する、という旨。ラルヴァスたちは受取人になり変わり、海賊船へ乗り込む算段だ。
無論、そう簡単に行くわけがない。まず海賊船に近づいた時点で、彼らは偽物だとバレる。
ただ・・・。
「俺、やっぱどうもひっかかる」
「え、どうしたの、ラル」
「アルフェドーラを狙って攫った、っていうのがさ」
手を止めないままに、ラルヴァスの呟きのような憶測を二人は聞く。
「そもそもが伯爵家なのに内部のごたごたで退いてる家、だぞ?ただ金を要求する相手に、そこを選ぶか?もっと別の理由があったんじゃないか?・・・その疑念が拭えない。本気で組織つながりかもしれない、とも思うけど、組織がアルフェドーラに金を要求してどうする?そんなもの、協力してるんならいくらでも受け取れるだろ」
「その辺は僕も考えはしたけど・・・、それこそそれを考えるのは2人を助け出してからでしょ」
「そうじゃないんだベッカー。そうじゃなくて・・・」
ラルヴァスは手を止めた。床についた左手の指を見つめる。
「・・・・・・南の海賊はずる賢くて意地汚い。金を渡ったら、2人は帰すより殺したほうがよっぽど手っ取り早いと思う、そんな気がするんだ」
「え」
「例え俺らが変装せずに近づいたとしても、俺らから金を奪って、セイラたちを殺して逃げれば終りだろ?金は手に入るんだから。・・・2択だよ。組織に繋がっていて、事件を起こすことでアルフェドーラをさらに明るみに引きずり出すことも考えられたものか、あるいはただ単純に金が欲しいだけか。アルフェドーラを狙って攫ったんなら確実に前者だろ。そしてどっちを選んでも、セイラたちを生かして返すことに手間はあってもメリットは特にない。寧ろ組織的には、国に疑惑をもたせてしまったアルフェドーラに釘を刺せる。・・・金も渡さず2人を助け出したい、これは相当、俺らには不利な状況だ」
ベッカーは息を呑んだ。
「・・・それでも助けに行かないという選択肢はないだろう」
リクスは、すこし震えた声でそう言う。
「無い。・・・っあー、すっげぇ癪!」
その重苦しい雰囲気に突然響いた愚痴に、リクスもベッカーも目を丸くした。
「しゃ・・・しゃ、癪?」
「ほんとムカつく!まさかあいつの考えを読まなきゃいけなくなる日が来るとは・・・!」
「あいつって、セイラのことか」
「そーだよ。・・・俺、そういう状況把握と解決策を考える辺り、ぜってーあいつに勝てねぇんだよ。いや絶対じゃないけどな、そのうち超えるけどな?あんの突拍子無さ過ぎて無茶な作戦を読めってか、って・・・ベッカー分かるか?今後セイラがどう動こうとしてるか、俺たちに何を求めるか」
「なっ・・・なんか色々突っ込みたいところあるんだけど・・・というかそんなところまで勝負してたの2人・・・、あー、うーん・・・セイラの戦略なんて考えたことも無いしなぁ」
「・・・俺も厳しい。セイラの戦略は無茶が甚だしすぎて判断が出来ない」
「なんだよなぁ・・・。でも、多分この状況を打破するにはそれが一番、だから」
セイラ・セル。疾風の如く駆け雷の如く叩き切る、アルギシア女性剣士筆頭の一人。
彼女が無茶な飛び級までして手に入れた膨大な知識と思考力は、何も考えていないようで凄まじい。ありとあらゆる、膨大な数浮かんでくる戦法からたった一手を選ぶ前に、セイラはたった一手しか考えない。
無茶で無謀で確実性の低い、でも確かに芯を抉る戦略を。
「ラルは、見当はついてるの、セイラがどう動くか」
「・・・これじゃないかな、というのが一個だけ。後はもう状況に合わせて動くしかないし、多分セイラは俺たちに対してはそれを想定としている筈だ」
「それなら、俺たちは今流れるままに動くだけだ」
空は茜色に染まり、港町のぎらつく太陽が赤々と燃えている。リクスが引っ張り出したメモを広げ、ベッカーとラルヴァスは頷いた。
「行こう」
「いい?セイラちゃん。この世の海賊は二種類。陸に居られなくてやむを得ず海へ出る海賊と、陸では出来ない犯罪行為をするために海に出るタチの悪い海賊だよ。アルギシア近海にはあんまりいないけど、大陸の方に行くと、両手では数えきれないくらい悪質な海賊っていうのはいるのさ」
確か、まだ幼年学校に通っていたころだろうか。お祖母ちゃんの弟子でパン職人の、そして「元海賊」のロジナ姉に、その話を聞いたのは。
「両手で数えられないの・・・?ロジナ姉は、何で知ってるの?」
「そりゃあ、あんまり言いたかないけど、私だって昔は海賊だったからさ。生きてくためには金が必要だろ?でも稼げなくて飢えることもある。手を出せばヤバいことにだって手を染めないと生きていけない時だってある。だから海に逃げたのさ、仲間たちと一緒に。ほんとはあんなことやりたくなくても、一度やり始めたら戻れないんだよ」
「クレバリスお兄ちゃんも、だよね?」
「そうさ。あいつはもっと訳ありで、元々は海賊のなかでもかなり悪名高いの船に乗らされていたんだよ。でも私たちがそいつらに遭ってやり合った時、あいつは私たちについてきた。そしてアルギシアに辿り着いて、ディレストラ村にいた私の兄が仲間も一緒に引き取ってくれて、今こうして幸せに暮らせている訳さ」
「そか・・・。そのあくみょーなだかい、海賊ってなんて海賊なの?」
「そいつらは大陸の南を巣にして遊んでるんだ。”あの海域に近づくな、南の魚に食われるぞ”―――殆どの海賊たちが、そいつらのことを”南の魚の口”って呼んでるのさ」
「フォーマルハウト・・・、また寂しい名前を付けるね」
「寂しい名前?セイラちゃんはフォーマルハウトって知ってるのかい?」
「うん。秋に出る星だよ。ひとつだけひと際きらきら光ってる、ちょっと寂しい星。でも、どっかの国では重要な星にされてたり、神話に出てきたりして、あんまり悪い星じゃない・・・悪い星って言い方もなんかあれだけど」
「へぇ、詳しいねぇ。・・・でも気をつけなよ、もしそいつらに出会ったら、絶対に懐柔されちゃいけないからね」
「・・・うん、分かった」
「ま、会うことは無いだろうけどさ。・・・さぁ仕事仕事!」
ロジナ姉、ありがとう。―――まさかの遭遇しちゃったよ。
取引の人間が来たのか、私たちは甲板に出された。されない方がいいが、拘束はされていない。けど、屈強な男たちに囲まれて、カナリアは身を縮こませている。
「おい、来たか!?」
「はい!お頭の言う通り、あいつ等じゃない3人が持ってきてます!変装もしてないで、何考えてるんでしょうねぇ」
恐らく捨て駒にされたのであろうフォーマルハウトのお仲間さんは、きっとアルギシアで捕まっていることだろう。そして私の予想では、ここに来るのは同僚の3人。
こんな重要なことを修剣士に任せていいのか、それこそ問題になりそうな采配だけれど、きっとスベジク騎士は敢えてそうする。優秀な騎士を失わないためという建前と、私たちの腕を信じてくれているのと。
「黒髪で水色の目の奴だけ通す、んだったか?」
「ええ」
逃がしてあげる、何て言ったが、私は最初からこいつらを逃がす気はない。こいつらが私たちを逃がす気だってないからだ。金さえ渡れば、その後こいつらに私たちをアルギシアへ帰すことにメリットはない。寧ろ人身売買の商品にでもした方が、もっと金が手に入るだろう。
元ロジナ姉の仲間?笑わせないで欲しい。フォーマルハウトはそう言う奴らなのだと、他でもないロジナ姉からの警告だ。
揺れる甲板に、足音が近づいてくる。
「・・・言われたとーり、俺だけで持ってきたぞ、南の海賊」
それは、私の気に入らない、私の良く知った顔。黒髪に水色の瞳は、ラルヴァス・ハイド。
ラルヴァスは重そうな鞄をどん、と床に置いた。
「解放、しろよ?」
「ああもちろんだ」
おかしらはニヤリと笑うと、私の隣で震えているカナリアを睨みつける。
「女!行け」
「っ」
「カナリア」
私がそっと背中を押すと、カナリアは小さく足を踏み出した。それを支えるように進もうとして、
「待て」
突如、私の首筋にナイフがあてられた。
「俺はそいつにしか言っていない。お前は待て」
「・・・私は解放してくれないの?」
「ああそうだ。あの金は「アルフェドーラのお嬢様」の為の金だ。お前は入っていない」
私は信じられない、という目をおかしらに向ける。まハッタリですし、相手にもハッタリだとバレているけれど。
「そっちの女は早く行け。それでお前、そいつは連れて帰っていーぞ」
カナリアに手を伸ばしたラルヴァスは、その身柄を背に庇った後、おかしらを睨みつけた。
「お?・・・なんだ、その女共々殺されたいか?」
そう言われると小さく歯ぎしりをして、私に視線を移す。
「ラル」
そう言いながら・・・私は、笑った。今の状況にまったくそぐわない”笑顔”を、彼に向ける。
ラルヴァスの表情が、固まった。一瞬、その瞳に不思議なものが走る。
―――ラルヴァスが、何かに動揺してる?
「・・・わかった」
すぐさまそう返事をして、ラルヴァスはカナリアの背を押した。よく分からない反応だったけど、多分気づいてるんじゃないかな、気づいてなかったらこのやろーっ!だけど。
「行きましょう」
「でも、セリアさんが」
「行きましょう」
そしてやや強引に、元来た方へ去っていく。
「見捨てられたな」
おかしらは私に、ハッ、と笑う。
「お前が策を練らなくても、俺たちは確実に逃げられるのさ。なんせここは海の上、俺たちの領分。そして海に法は無いに等しい。言いたいことが分かるか?」
「分かるわよ。とりあえず私は、どこかに売り飛ばされるのでしょう」
「ああ、流石聡明なお嬢ちゃんだ。そろそろ震えてもいいんだぞ?もう逃げ場はない」
私はたった一人、甲板に立っている。周りは全て敵。自分を売り飛ばそうとしている敵。
「逃げ場か・・・逃げ場は無くても、逃げてればいつか見つかるかもしれないわね」
私が神妙に言うと、周りの男たちは笑う。
「逃げる?この状況で?とんでもないことを考えるお嬢ちゃんもいたもんだ」
「どーやって逃げるつもりだよ?」
ニヤリとした視線がウザい。
もっとアイツみたいに、癪だけど優しい目が出来ないものなのか。
「どうって・・・こうやって!」
私は勢いよく左手を空へ突き上げた。
笑い声で掻き消されていた風切り音が止まり、私はその手に――――――愛剣を持つ。
「な」
鞘から抜く前に、あっけに取られていた近くの一人の鳩尾に打ち込んだ。一見かわいいデザインの、ワンピースによく合うブーツが地をしっかり蹴り上げて、次の男の顎を捉える。戦闘特化したそれは、相手にかなりのダメージを与えて、脳震とうを起こす。
そうしながら私は、愛剣を抜いた。
訓練で何度か抜いたが、実際の戦闘で真剣を使うことはあまりない。
でも、今回は必要だ。
「んにゃろ・・・このアマ、生意気だな!」
一人がナイフを持って突進してきた。軽く躱して剣を薙ぐ。肌を捉えたそれは、赤い液体で濡れた。次々と襲ってくる男たちを捌くべく、私は剣を戻す。
『相棒、なんだろ?』
「死」という言葉が近付く度に、思い出すのはその言葉だ。
――――――あたりまえだよ。
そう答えた途端、久々に、あの感覚が甦ってきた。視界に移るモノの動きがだんだん遅くなっていく。頭の先から足の先まで、全身の神経が鋭くなって、その腕で剣を持ち上げた。
小説の主人公は、覚醒する時ってこんな感覚なのだろうか。覚醒してるっていうよりも、なんか頭がおかしくなって来る感覚。あんまりよろしくないやつだ。
いつも力をくれる相棒。顔も知らない、名前も分からない、それでも私の中で確かに生きている、相棒。
ごめん、今回もちょっと、――――――よろしくお願いする、ね。
「こいつ、やば・・・!」
海賊たちは、その気迫に一歩引いていた。
相手は女だ。しかもワンピースドレス姿で、しかもお嬢様のはずで、しかも一人。なのに、突然空から降って来た剣を抜いて、襲い掛かって来たのだからまずは驚く。
しかし、数も地の利はこちらのものだ。そう笑って掴みかかった一人は、容赦なく脇腹を斬られた。そして倒れ込むそれを盾にしながら恐ろしい速度で身を翻し、もう一人の男の打撃を避け、更には討つ。そこに数人が囲むように襲い掛かると、ひとりに狙いを定めて攻し、その輪から容易く抜ける。息つく間もなく追撃を喰らってしまうため、迂闊に攻撃に入れない。
なにより、チームワークが役に立たない。相手に完全に読まれてしまい、逆効果。数十人いた船員は次々と動けなくなり、焦りの空気が生まれた。
セイラは打撃に斬撃に、立ち止まることなく動き回る。戦闘服のズボンをたくし上げて着ているとはいえ、スカート姿などお構いなしに、回り込んできた男に強烈な蹴りを入れた。
「金塊が・・・暴れてる・・・!」
「私は金の元かよ」
さっきまでとは一変した、まるで凍てつくような冷たい声を放ちながら、細く鋭い剣で切り払われる。男は倒れ込むようによけながら、咄嗟に目の前に漂ったその布を引っ張った。
スカートの裾を強く引かれたセイラは、そちらにバランスを崩しながら、剣先を思い切り男に突き立てようとした。
「ひっ」
身の危機を感じて思わずスカートから手が離れ、セイラは前転し転倒を防ぐ。そして一撃。
気を失った男の傍らで、セイラは顔を上げた。その視線の先は、一切手を出そうとせず成り行きを見守っていた、おかしら。
「・・・これが、お前の考えた作戦か?俺の仲間をすべて倒すことが」
「いいえ全く。むしろ初めから私を解放する気が無かったのは、そっち」
「ほお?あの、黒と水色のヤツってぇのは、単にバカな反抗をせず金を渡すヤツだから選んだんだと思っていたが。交渉成立がお前の目論見じゃなかったのか」
「そんなことしてなんになる。私は犯人逃がして大目玉なんて御免だ」
ヒュン、と風切り音が鳴り、剣についていた血が飛ばされた。しかし、周りにいるものの殆どが、動けないように足止めをくらわされたか、打撃による失神で倒れている者ばかりで、誰ひとり命は奪われていない。殺すより生かすことの方が難しいことは、おかしらにだって分かる。
「お前・・・誰だ」
「誰?さっき言った。ただのしがない人質」
「ちっ・・・何が目的だ、俺たちを捕まえる事か」
「そう」
「・・・・・・そうか。送り出してくれたロジナの姉貴に申し訳が立たない」
おかしらは本当に、辛そうな顔をした。セイラは無表情で、剣を持ち上げる。水平線へ去る際に放たれた太陽の光が反射し、その鋭い刀身を眩く輝かせた。
「これ、誰が作ったものか分かる?」
その訊き方は、まるでフィル司令官のような、語尾の上がらない言い方。
「なんだよ」
「あなたの惚れたっていう、ロジナさんの旦那さん」
「―――! ・・・ハッタリが逆に仇になってたってわけか」
おかしらも、セイラが元海賊ロジナと知り合いであることにはっきり気付いて、今度は本当に肩を落とした。
抵抗しないおかしらに、セイラは近づいて鳩尾に一発入れる。
気絶したその男は、柱に背をもたれたまま、ずるずると座り込んだ。
終わった。
・・・終わった。
虚ろな頭で考えて、惰性で剣を鞘に戻す。辺りはじわりと暗くなり始め、星の明かりが浮かび上がる。
これで、・・・これでまた一歩、彼に近づけただろうか。
名前も、居場所も、生死すら分からない私の相棒。なんで相棒なのかも、どんな顔かも、何を話したのかすら、このバカな頭には残っていない。私に残ったのは、ただ、――――――強い想いだけ。
もう一度会いたい。名前を聞きたい。顔を見たいし、出会いを教えてもらいたい。
そして一緒に、戦いたい。
白くぼやけた視界に、黒い影が浮かんだ。
夢に現れるのと同じ、よく分からない影。霞がかった世界にいつも現れるそれに、私は疑うこともせず走り出す。どうせ触れれば消えるのに。幻想だって、夢だって、分かっているのに。
「往かないで・・・!」
喉が勝手に声を出す。
いつもするように、左手を伸ばして、止めたい一心で抱き締めようとして――――――、
消え、なかった。
ぶわっ、と霞に消える影は、ぼんやりとして黒いまま、私の腕の中にあった。
「どこに・・・どこに行ったの、ずっと探してるんだよ!ユージュにいるって、私が勝手に思い込んだだけじゃない、本当のこと・・・?」
名も姿も分からない彼について私が覚えていること。
・・・剣士であること。いっぱいの人に慕われていたこと。同い年くらいだったこと。
そして、ユージュにいること。
それが私が勝手に思い込んだものなのか、本当のことなのか、長い月日と混乱で、全く分からなくなった。
「私、それでも行くよ。生きてても死んでても、私のことなんか忘れていても。会いに行くから、絶対、絶対に・・・・・・」
涙が溢れて止まらない。視界がだんだん黒く染まっていく。
その間際、影が手を伸ばして頭を撫でてくれたような気がして――――――、
また、意識が途切れる。




