ファンタスティック・アリア Ⅱ
「誘拐!?」
騎士長の執務室に突如飛び込んできた情報に、ラルヴァスは思わず振り向いた。報告の兵士がぎょっとして、それからまたカッゼ騎士長に顔を戻す。
「先程報告したので以上です」
「うん、しかと聞きました。ありがとう」
兵士が去ると、ラルヴァスは傍らで同じく報告を聞いていたスベジク騎士に近寄った。手に持っていた書類の束は、既に選別を終えて机に鎮座している。いつもより何十倍の処理速度に、スベジク騎士は思わず二度見して、「本気を出せば・・・」と言うのは今ではないと心に留める。
「聞こえていたな」
「はい。アルフェドーラの令嬢ってはっきり言うのなら、カナリアさんですよね」
「ああ、確実にそうだ。・・・カッゼ」
「うん、すぐに向かおう。イデアと、頭の動くベキリ騎士に頼む。クレーク騎士も同行させて。つまるところそういうことだからよろしく」
「ああ、分かった」
スベジク騎士はラルヴァスに視線を戻す。ラルヴァスは大きく頷くと、ベッカーとリクスを呼ぶために騎士長室を飛び出した。
やがてすぐに、言われた人たちは集まり、件の喫茶店へ。
そこにいた警察官の報告では、城下にあるその喫茶店では襲撃があったという。店の入り口で人質を取られ、仲間だったらしいその店のウェイターと数名の賊が、店の奥にいた少女を2人連れ去った。
周りにいた貴族は残らず解放されたが、その少女を連れ去った賊たちの足取りは途絶え、行方は分からない。格好はその辺りの雰囲気にはまったくそぐわないものであったにもかかわらず、逃げ足が速かったのかはたまた慣れているのか。
そして最も重要なのが―――、連れ去られた少女の片方が「カナリア・アルフェドーラ」であったことだ。周囲にいた人間がひとり彼女に気付いて、兵士に伝えたらしい。そしてもうひとりはカナリアの友達のようだった、という以外は誰も知らなかった。
それはセイラなのだから当然だ。
今日カナリアに会いに行くのは、半分仕事だった。その為にスベジク騎士に特別休暇を貰って、セイラはひとり城下へ向かったのだ。丁度時間帯も合っているし、カナリアと喋っていたのが何よりの確信材料。
「ここに座ってらっしゃったみたいです。こちら側がアルフェドーラの方で、こちら側がお連れの方・・・。これ以上は特に情報はありませんでした」
「ありがとうございます。・・・早く抜けられた方がいいでしょう?」
騎士長はちらりと店の外に視線を送る。情報をくれた警察官の仲間らしき人達がこちらを睨んでいた。
「ああ・・・、ではお言葉に甘えて失礼します。仲間がすみません」
「いいえ」
「警察の中でも一部なんですけれどね・・・。僕は気にしないんですが」
警察と国の軍部は、何かと敵対している。
仕事の分別化のため、軍部に所属する騎士などが発見した問題を警察に譲渡することもあれば、今回のようにその逆もある。主に外交に関わってしまう、国を跨ぐ問題は軍部に回されるのだが、”組織”の話を持ち出せず、譲渡理由をはっきり言えないのが原因で、警察の一部は事件を取り上げられたのが不満のようだ。気にせず報告を済ませてくれた警察官に感謝し、総員席に視線を戻す。
「カナリアさんを狙って誘拐したってこと、ですよね」
「ああ。彼女は社交界でも知られていたし・・・知られ方はともかくな。攫った犯人からそのうちアルフェドーラへ何か要求が来るのではと、そちらにも兵を回している。夫人が血相抱えて今にも飛び出しそうになっていたそうだ」
「要求が何だったにしろ、どこに連れ去られたのか分からないと救出にも行けませんし・・・。ウェイターに仲間がいたという報告と、場の状態からしてセイラも大きく抵抗していないのを見るに、薬を盛られて連れ去られたと考えていいですよね。そうしたら多分、何かしらの痕跡も残せていない、か・・・」
ベッカーはきょろきょろと視線を動かし、それらしきものを見つけんとする。食べかけのケーキと、床に落ちて割れたティーカップ。そこに広がる紅茶と、乱雑に避けられたテーブルとイス。
「せめて賊が行った場所が分かれば・・・でも目撃情報は無いし、痕跡も分からない」
「痕跡と言えば、これ、おかしくないか?」
ラルヴァスの突然の発言に、ベッカーは一度彼を探し、尋ねる。
「え、どこが?ラル」
「だからこれ」
ラルヴァスは床に出来た茶色い水たまりを指差した。割れたカップの破片が少し浮かんだ紅茶。
「どういうことだ?普通に紅茶のカップを落としただけのように見えるが―――」
リクスが怪訝そうにしている。
「落としただけならもっとテーブルの下にあるだろ?割れてるから転がってもないだろうし、テーブルに乗ってるカップの数からして、これ、多分セイラが投げつけた跡だ」
「確かに・・・、でもそっちのテーブルから落ちたもの、とは考えられない?」
通路向かいにもティーカップの置かれたテーブルはいくらでもある。ところが、
「いや、セイラのだろ」
ラルヴァスは断言。
「理由は?」
「チーズケーキは、レモンティーで食うだろ?」
「セイラはそうなの?」
「いや、知らね」
「えー・・・・・・」
根拠のない物言いに、ベッカーはいまいち同意できず首を傾げる。すると、考え込んでいたリクスが気づいたように顔を上げた。
「いやでもベッカー、ラルの言うことは確かに正しいかもしれない」
「と、言うと?」
「ラルはこう考えてるんだろう?セイラが紅茶をぶっかけるなんて悪あがきみたいなことはしない、これにはきっと理由がある、と」
痕跡ほったらかして紅茶の品種が云々と独り言を言っていたラルヴァスが、顔を上げてリクスに頷いた。
「そうそう、リクスご名答。人質を取られたからってセイラは大人しく連れていかれる奴じゃない。でもだからといって意味のないことは絶対にしない。何も出来なかったなら何もしないでついていくはずだ。それが一番正体を怪しまれない。セイラにとって一番危ないのは、軍部の人間だとバレることだ」
「なんでそれを出会って数か月のラルが断言できるかいまいち理解できないんだけど・・・、そうなのなら、その紅茶にはいったい何の意味があるんだろう・・・紅茶・・・水・・・、海?」
突然浮かんだ選択肢に、ベッカーが眉を潜めた。ぽつりと言ったその言葉を、2人は聞き逃さない。
「海といえば海賊だよな、このご時世、アルギシアの海域に海賊なんていたか・・・?」
「なんだったか、噂では大陸南の海賊が北上してきて・・・なんて話があったような無かったような」
「海賊だったとしたら、船かな?でも・・・警戒が厳しいアルフェリアの港に?」
見習い剣士3人が、床に出来た水たまりの前でぶつぶつ言っているのに、ベッカーの担当ベキリ騎士が近づいてきた。
「なんか前もあったなぁー、突如海賊が港に来て、てんやわんやしたやつ。懐かしい」
「前にも海賊が?」
「ああ、港に刃奪のロジナが襲撃してな。同時にサルベリ崖から侵入しようとしてたところを押さえたんだが・・・。そもそもそれの目的がやけくそだったっていうあれだ」
横からスベジク騎士が補足を入れる。
「あの時スベジク騎士もご活躍されてましたよね」
「俺じゃねぇよ、あいつらが勝手に動いて勝手に解決しやがったんだ。あの事件はさ・・・もし海賊が捕まってアルギシアで拘束されて、たとえば刑務所に突っ込まれたとして、釈放された後行き場がないだろ?そういう場合アルギシアは多少補助が出るような法律があるんだ。そうやって、刃奪のロジナたちは海賊を辞めようとしてたんだ。普通にアルギシアに乗り上げても居場所がないと思ってな。・・・ところが、双子の片っぽが見抜きやがったんだよ。今のディレストラ村の村長と、刃奪のロジナの頭領が兄妹で・・・、最初から居場所はあったんだということを。それで刃奪のロジナは国に受け入れられて、いまはその殆どが港町で働いている」
「へぇ・・・」
「へぇ・・・じゃなくて!昔話してる暇は無い、すぐに確認に向かうぞ!」
白く霞がかった世界に、私は立っていた。
ぼんやりとした頭でぼんやりと考える。そういえば最近こんな夢をよく見ていた。つまりいつもと同じ夢。私は夢の中にいるんだ。
いつもの夢なら、だいたい分かる。私が周りを見渡すと、今日も確かにそこにいた。
黒い影。人の形をしたそれは、私より少し高い身長で、なんとなく背を向けられている気がする。
結末が分かっていても、私はそれに向かって走り出してしまう。今日ならば、今日ならばもしかしたら、――――――希望はすぐに打ち砕かれ、手が触れた瞬間、その影は霞に消えた。
そして私は決まってそこで立ち止まり、決まってそこで涙を流す。
相棒だ、と思うのだ。全くわけのわからない影なのに、相棒だと。
どこにいるのか、生きているか死んでいるのかもわからないのに、探さないでいられない相棒だと。
やがて霞が開けていく。
いつもは官舎の天井が見えるが――――――、今日のそれは、真っ暗闇だった。
背中に気配を感じて、私はそちらへ身を寄せた。
「体調は大丈夫、カナリア」
「え・・・?」
薄らに目を開けて、カナリアはようやく、自分がいる場所がさっきまでいたところではないことに気付く。
「な、なにが」
「声は抑えて、静かに。・・・攫われただけよ」
だけ、とは何たる物言いだが、本当にそうだから言い様がない。
いつもの夢から醒めた私は、即座に状況を確認した。所詮どこぞのお嬢様、恐怖に怯えて動けはしまいと思っているのか、あるいは睡眠薬が切れるとは思っていなかったのか。多分前者の理由で、私たちは特に縛られたり動けなくされたりはしていなかった。
ぼんやり揺れながら軋む木の床に、窓のない埃被った部屋。喫茶店にいたときにちらりと見えた男たちの腕に見えたものから、やっぱりここは船の中だと思って、十中八九間違いないだろう。
私が目覚めてから今まで、誰も来なかった。灯りは扉から漏れるだけで、情報量が少ない。
仕込んだ武器は取られていないし、まだ私の正体もバレているとは考えにくい。
「よく聞いてカナリア。私はセリア・フェルドカーティ。それ以外の名を呼ばないで」
「はい・・・、というか、それしか知りません」
「だったね。次に、何があっても絶対に抵抗しないで。反抗できません怖いですって顔してて」
「はい・・・、本当に怖いので、そうしかしようがありません」
「それならいい。最後、・・・私がどんなことをしでかしても、黙って見るか目を逸らしておいて。絶対に動こうとしないで、足手まといだから」
「はい・・・、しません」
「ありがとう。・・・じゃあ少し、今の状況について説明するよ」
世に噂流れる"南の海賊"の北上。それを私ももちろん聞いていて、刺青の特徴まで知っていた。だが、なぜ私たちを攫ったのかが理解できない。
奴らは最初からカナリア目当てのようだった。或いは、”アルフェドーラ家の娘”?・・・船が動いているようには感じないから、一番確率の高い動機は人質か?金をたかるのか?・・・アルフェドーラに?
あの喫茶店にはもっとほかにいっぱい名家のお嬢様がいたのに?わざわざどうしてアルフェドーラを、・・・誰かがアルフェドーラを貶める気で?
この事件が起きるだけで、世間の目はアルフェドーラに向く。アルフェドーラに今あるのは、前の前の代あたりまで続いた汚職と、組織との繋がりの疑惑だ。アルフェドーラを本気で没したいなにかが雇ったのだ、この・・・南の海賊たちを。
「・・・家は、今、どうなっているんでしょうか」
「さあね・・・、金を要求されているかもしれないし、必死に抵抗しているかもしれないし」
「怖く・・・・・・ないんですか、セリアさん。もしお金が・・・足りなかったら・・・」
カナリアが震えるのも当然だ。腰をぬかして、目を見開いて、私の腕に縋る姿は、・・・女の子だなぁと。
「怖くない」
「どうして・・・」
「まだ、抗える術がある。ここで海賊たちを落とせば、私にとっては功績になる。私は権力が欲しい」
「けん・・・りょく・・・」
「あなたを失くしたら、私にとっちゃ大目玉。だからあなたは死なない、安心すればいい。今動くのは得策じゃないし・・・・・・・・・・・・・・・・癪だけど、多分あいつが気づく」
「あいつ?」
「だって・・・チーズケーキは、レモンティーで食べるでしょ?」
「何をわちゃわちゃ喋ってる!」
ばんっ、と扉が開いて、男の影が伸びた。カナリアが震えて、私は後ろにそっと下がる。
「おかしらが待ってる、今すぐ来い」
脅す様に叫んだ言葉に、私は立ち上がった。右手と左手は、身体の前で組んで。
さあやったれ、―――私は剣士、セイラ・セルだ!
「やぁだね!」
「は・・・?」
「え・・・?」
男と、カナリアの府抜けた声が重なる。
「なによ人を勝手に連れ去って、あんたが私たちを連れていくべきはお頭じゃなくて、私たちの家でしょ!?さっさと帰しなさいよ!早く!」
「んだアマ・・・舐めてんのか?俺らが誰だか分かってねぇのか?」
「舐めてなんてないわよ、誰かなんて、知らないわよ!」
「ってめぇ!」
「まーまー、威勢のいいお嬢さん、どうどう」
男の後ろから、声がした。もっと図体のでかい影で、その顔は笑っている。
嫌な笑い方だ。
「お、おかしら・・・」
「お前は下がっとけ」
お頭と呼ばれたその男は、仁王立ちする私の眼前に立って、静かに言う。
「俺らも仕事なんだよ。お前らを人質にとって、ある・・・なんとかって家を白昼に晒すのがさ。同時に俺らはアルギシアってー平和な国で、畏怖される存在になるだろうよ」
「畏怖?・・・あんたたちが?・・・ふっ、アルギシアも舐められたものね」
「・・・生意気なガキだな。お前、何て名だ」
「あんたなんかに名乗るほどの名前は無いわよ。ま、アルギシアじゃちょっと有名なくらいかしら?港町から漁港町まで知らない人はいないわね、程度の」
つまるところ、東の端から西の端まで。アルギシア全土に知られた名。
「おかしら・・・このアマ、アルフェドーラより」
「・・・偶然にしては、出来過ぎた誤算だな。なあお前、お前自身にはいくらの価値があると思う」
「さあね、こーやって連れ去られたことは何回もあるけど、だいたい払った先はなんか武闘の凄い人たちだったから・・・いくらまで出るかなぁ」
「その中で、海賊に捕まったことは?海に放り出されたことは?」
「無いわね」
「ならいい。生憎と俺たちは、かなり腕に自信があってな。知らないか?"南の海賊"。魚に食われたくなきゃ、大人しく金を払ってもらえ。命令に従えば何もしない、俺たちは女には困ってないんでな。とりあえずまずは来い。後ろの嬢ちゃんも一緒にな」
「・・・分かったわよ」
しぶしぶ頷くと、私たちは誘導される。木の階段梯子を上り、ぐらつくカナリアを支えながら、「おかしら」と呼ばれる男について行った。
多分、甲板だろう。どこかしらへの要求は既に通って、取引が始まるのだろう。その場所はきっと陸だ。港町のどこかで金を受け取った後、その金が船について、ようやく私たちは開放されるのだ。
本当に開放されるかどうかは別にして。
「・・・まだか」
「ええ、なかなか金が集まらねぇようで」
「ちっ、こいつらはすぐそこの部屋に突っ込んどけ。別々だ」
「かしこまりやした」
なんか言葉遣いが変な手下たちが、私とカナリアを引き離す。カナリアを見ると、その顔は不安を帯びて、それでも私を捉えた瞳は、確かに光っていた。
大丈夫だ。カナリアは、大丈夫。
あとは、多分・・・、私が見極めればいいだけだ。
「なあお前、普通のお嬢様じゃないだろ」
「・・・はい?というか、何であなたもここにいるのよ」
「暇なんだよ、おたくらんところの大金持ちさんが、金を早く用意しねぇから」
「あらそう。女には困ってなかったんじゃなかったかしら?」
「その喋り方、なんか板についてねぇなぁ」
調子狂う。
甲板に出る手前で突っ込まれた部屋では、何故か「おかしら」ってやつが居座っていた。扉のところに頭をもたげて、だるそうにする若い男。
ぱっと見て、20歳いっているか微妙なところだ。大陸標準語は喋っているし、訛りもさほど違いないけれど、顔立ちはアルギシア、ユージュのような大陸西側のものとは違う。腕に仲間とおそろいの刺青と、日に焼けた肌は、私は見たことのない民族だ。
「俺ぁこれでも、結構各国のお嬢様とはお会いしたことがあってな?アンタみてぇにすぐ楯突くやつは初めて見たぜ」
「そう。そんなお嬢様もいるのよ、初めまして」
「そうそう、こう生意気な奴も初めて見た」
けらけらと笑う。―――そして、
「生きたいか?」
唐突に、そんなことを問うた。
「生きたいわね」
思った通りのことを返す。ふぅ、と息を吐いて、おかしらはさらに問うた。
「アルギシアは、生きやすいところか」
「どうかしら。平和は、平和かもしれないわね」
「お前はこの国にいて幸せなのか?」
「どうかしら。幸せは、幸せかもしれないわね」
「・・・変な言い方」
「どうとでも」
よく分からない問答をしているだけ、だ。
真意も掴めないので、私はどうしようかと次の手を探り―――、はた、とそれは止まった。
部屋が、段々と赤く染まってきている。
海の太陽はギラリと照りついて、窓から容赦なく差し込む。夕焼け・・・赤い夕焼け。
――――――こわ、い。
カナリアにはなんてことないように言ったが、何も怖くないわけじゃない。怖いものはいくらでもある。けれどそれに気を取られていたら、野望など成せないのだ。抑え込まなければならないもの。
夕焼けが怖いだなんて、言ってられない。私は探すんだ。その為に権力が欲しいんだ。
強くなきゃ、駄目だ。
「・・・幸せじゃ、ないわよ」
「あぁ?」
「幸せじゃない。あなたと同じように、私も」
気付いたら、すらりと言葉が口から零れていた。
「・・・・・・なんで俺が、幸せじゃないと」
「幸せな人は、誰かが幸せかどうかなんて考えない」
「・・・ふうん」
そしてまた、沈黙が流れる。
私は赤い陽を見た。理由など分からない。身震いするほど怖くて堪らない、夕陽を見た。
こうすると見えるのだ。彼の影が。逆光で顔なんて見えないのに。もう覚えていないのに。
死んだかもしれないのに。生きているかどうかも分からないのに。
「・・・惚れた弱みだな」
ふと、男が口を開いた。
「俺は別に、海賊稼業がやりたいわけじゃねぇ。俺だけじゃない、他の奴らもそうだ。姉貴みたいにこの船を守って、ただ海の上で生きたい、それだけだ」
膝を立て肘をつき、顔を逸らして、吐き捨てるようにそう言う。
「姉貴?」
「ロジナ姉。知らねぇ?「刃奪のロジナ」。15年前にぱったり消えた、ここいらの海賊」
「・・・知ってる」
「あそう。俺らはロジナ姉と違って、海の上で生きることを選んだ。ロジナ姉はそれを分かってくれたよ。そいで分かれた。俺たちは悪いことはしないと誓った。・・・でもこのザマだ」
自分を嘲っていた。
「でもな、人って陸で生きてるから、海の上で生きるのはそう簡単じゃない。だからって、表沙汰になるような汚れ仕事はする気が一切なかったんだけどな」
「・・・誰かに持ち掛けられでもした?」
「ああ。言うこと聞かなきゃ、フォーマルハウトの名に傷つける何かが起きるってさ」
「でも金は要求されなかった。全額あなたたちに手渡すと」
「・・・・・・よく分かるな、女」
「分かる。そいつらの目的はきっと、アルフェドーラを日のもとに晒すこと。・・・ここから先は私たちの領分だから、それ以上は言わないけど」
「・・・お前、お嬢様じゃないどころか、もっとひでぇやつだな?」
「どうだかね。多分私の仲間は、あなた達を押さえようとする。金の受け取りがうまく行くとは、思わない方がいいよ」
でも、まあ、この人たちも大丈夫だ。
組織つながりだとしても、この海賊たちは組織の存在を察知してない。仕事に失敗しても、斬られることはまずないだろう。そんなのはただの手間だ。
「どこで、この話を受けた?」
「ユージュの、確かレグロ地方にある港だ。あのあたりに港はひとつだから、すぐに分かる」
「分かった。ありがとう」
「おいおい、簡単に信用していいのか?」
「真偽不明でも結構だから。・・・ひとつ取引しない?」
「・・・ん、なんだ?」
「あなた達、既に犯罪人だから。とっ捕まるよ、すぐに。・・・でも多分、一番最初にここに辿り着く騎士がいたとすれば、それは確実に私の仲間。それならひとつ、あなた達を逃がすことができる」
「お前の言葉一つで、犯罪人を逃がせるのか?」
「んなの無理」
「じゃあどうするんだよ」
「逃げられるかどうかはあなた達の腕次第。金の受け取りは何人で行ったの」
「・・・3人だ」
「じゃあ、船に戻ってきたその人たちのうち、黒髪で水色の目をした、生意気な私くらいの小僧だけ通して。あとはどうにかする」
「どうにかって・・・信用なんねぇ言葉だな。大体お前は誰なんだよ」
「私?私は――――――」
なんだろう。このどうしようもない自信。
油断はしてないのに、見極めきったと感じてしまう、この感情が、私の口角を吊り上げる。
「ただのしがない人質、かな」




