ファンタスティック・アリア Ⅰ
「ああ~・・・肩凝る」
騎士館の廊下。騎士が出払って少ないため、ラルヴァスとベッカーは堂々と駄弁っていた。その後ろを私セイラと、元々喋るとき以外は喋らないリクスがついていく。最初リクスは寡黙だーとか言ってたらパーティの時に相当喋っていたため、私が嘘言ったみたいになっている。あっちがイレギュラーだ。
私たち一お喋りなのは間違いなくベッカー。
「ラルはことごとく書類仕事嫌がるよね」
「悪いかよ。頭そんなによくねーんだよ・・・」
「何言ってんの、アルギシア文字書けるじゃん。大陸標準文字より数百倍は難しいって言われてるあれ」
「そりゃアルギシアの人間だし」
「そしたら僕たちがやることは整理して仕舞ったり取り出したり、とにかく補佐でしょ?普段ベキリ騎士とクレーク騎士についてる僕らならともかく、スベジク騎士とはもう息が合ってもいいじゃん。何回怒られてんの」
「いやー・・・、なんだろうな?」
「こっちが聞きたいよ」
ベキリ騎士とクレーク騎士は、それぞれベッカーとリクスの担当騎士。だが今日は、4人でスベジク騎士を手伝っていた。建国祭後は階級が高ければ高いほど仕事が増えるらしく、ベッカーとリクスは両騎士に教官騎士長の方に回されたのだ。私たちはいつもの如く、だが。
「スベジク騎士の補佐って言うより、ばりばり補佐してるセイラの補佐みたいに回されてたし。スベジク騎士も人の使い方が分かってるよね」
「あーはいはいもう分かったから!早いとこ昼飯食って修練場行こうぜ!」
ラルヴァスは会話から逃げるようにまくしたてる。
要領は良いのだ。ただ、ひょいひょいとこなすラルヴァスと、丁寧に隅々までやるスベジク騎士のタイミングが合わないだけで。だから私が一枚噛んで間に入る。私は別にどっちでもいいから。
流石にもういいと思ったのか、ベッカーが話題を変える。
「そういえばさ、なんでスベジク騎士って、”スベジク”の方を呼ぶの?あれ家名だよね?」
「・・・・・・”鬼神の剣士伝説”」
リクスがボソッと呟いたのを聞き逃さず、ベッカーが恐ろしい速度で振り返った。
「何それ!?」
「建国祭のアレ、セイラとラルヴァスが騎士倒しまくってただろ。あれを最初にしたのがスベジク騎士で、その時に付いた二つ名が「鬼神の剣士」。噂ではその時いた騎士の半分を打ち負かしたんだとか」
「”騎士の”半分・・・!?」
ラルヴァスも心底驚いている。4ブロックに分かれての戦いだから、最後まで勝ち上がっても4分の1のはず。
「最後にブロックの覇者同士で戦うやつあるだろ。あれの一人になって、相手の3人中1人には勝ったから、4分の1足す4分の1で、半分」
「マジ物の半分か」
私とラルヴァスは、自分の出たブロックの騎士、つまり騎士の4分の1の中のさらに半分までなら行くことが出来た。スベジク騎士はそれをすべて倒して、さらにまた強い人を倒している・・・。
「・・・・・・次に手合わせするときが怖くなってきた」
「うん・・・」
私もラルヴァスの呟きに思わず声を出して同意する。
「だから鬼神の剣士っていう二つ名がついたうえ、「スベジク家」の誉れだっていうやっかみかからかいでスベジク騎士って呼ばれるようになったらしい。それと最近は奥さんへの謙遜でとかも言われてる。どちらにせよスベジク騎士を他の騎士みたいに名前で呼ぶのは騎士長くらいだ」
その殆どが貴族出身の、城で軍部に身を置く人間は、だいたい「苗字」が「家名」になってしまうため、名前に敬称ということが多い。スベジクはそれなりに爵位や発言権のある名前。わざわざ家名を呼ばれるスベジク騎士は、城でもかなりの地位ということだ。
「へぇ・・・。スベジク騎士の奥さん・・・想像がつかないなぁ」
ベッカーは興味のある場所が違ったようで、けらけら笑っている。貴族社会に精通しているイメージがあったベッカーなのに、スベジク家とは関わりが無いのだろうか。
「奥さんは会ったことある、私。これ仕立ててくれたのがそうだから」
私は修剣士服を引っ張って言う。男性物と違って多少腰を絞り、完全に男装にならないような工夫がしてある。制服だからこそスカートっぽくもなっている。ちなみに稽古時などは男性物と全く同じだ。
「手先が器用で裁縫が滅茶苦茶上手で、さらにものすごく美人。きりっとした感じだけど優しい人だった。ベッカーは知らない?ガレストルス家」
「あ・・・、あのアルギシアの武道の根本を興したって言われてる?」
「そう。その現当主の妹で、前に城で弓術士してたって。前騎士長のときは副騎士長もやってたって言ってたよ」
「あ・・・」
思い当たったのか、前騎士長の息子リクスがこっちを見る。
「ミヴィー・ガレストルス前副騎士長、か?」
「うん、いまはミヴィー・スベジクだけど」
修剣士試験が終わった後に声を掛けられたのだ。制服を仕立ててあげるからと。スベジク騎士そうしろと言ったので怪しい人ではないだろうと踏んで、ご厚意に甘えた。
「副騎士長になるくらいの弓の腕・・・相当美人で裁縫も上手い・・・人が、スベジク騎士の奥さん・・・?」
ラルヴァスは正直想像もできないようで、眉を潜めていた。その気持ちはわかる。私だって本人に会っていても並んでいる所を見たことがあっても、夫婦には思えない。
そうこう話しているうちに、修練場に着いた。各々着替えて集合とすることにして、解散―――
「むぐっ」
と、突然私は何者かに後ろから口を塞がれた。は、何で!?と思う前に、その視界が赤い髪を捉える。ラルヴァスたちもそれに気づいて、呆気にとられはしても焦りはしなかった。
「静かに、急いでついてきて。早く」
ぱっと離された私は振り向く。
そこには、いつにもまして真剣な瞳をしたフィル司令官が立っていた。
言われるがままに走り、何故か見回りをしている兵を避けまくって、私たちが連れてこられたのは、城の一室だった。しかも、だいぶ階段を上った記憶がある。3階・・・?
「着いた。ここ、カイ殿下の執務室。失礼は別にしてもいい」
「カっ・・・」
ベッカーが一瞬後ろに引いた。え、ルナ王女ルイ王子にはかなりラフに接してたのに、第3皇子にはビビるの?・・・とは思ったが黙っておく。
フィル司令官はノックもせず扉を開く。その先にある立派な机から殿下が顔を上げて、こちらを捉えた。
「・・・おう、フィル。ありがとな」
「今度何か奢って」
「そんなに使いっぱしったわけでもないのに酷いな」
カイ殿下は突然開かれた扉に驚きもせず、手を軽く上げながら立ち上がる。
「入っていーぞ」
そう言われたので、失礼しますと言って部屋に入り、扉の横に立とうとする。するとカイ殿下はそれを制して、部屋の中央にあるソファに促した。
私は視線を動かして、そこに座っていた人物に驚く。
「シェルヴェ!?」
ミシェルヴェール・アルフェドーラ。私達と同じかそれ以上にカイ殿下の執務室にいるはずのない軍医の彼女が、普通に座っていた。その面持ちは緊張していて、多分私たちと同じように連れてこられたんじゃないかと予測する。
「早く座ってくれ、話が始められないから。・・・組織の話だ」
それを聞いて私たちは、身を強張らせた。―――どうりで、部屋や廊下に兵がいなかったわけだ。
フィル司令官にも促されて、私たちはソファに腰掛ける。私はシェルヴェの隣に行き、残りの三人は対岸へ。カイ殿下が上座の椅子に座り、フィル司令官はティーテーブルにお茶を用意してくれた。
「あっ、ありがとうございます!」
「オーヴァが淹れてったから心配しないで」
お礼を言った後のその返答に、みんなハテナマークを浮かべる。カイ殿下は苦笑いしているから知っているのだろう。フィル司令官は・・・壊滅的に料理が出来ない。お茶汲みの成功率も酷い。対してお父さん―――オーヴァ司令官は滅茶苦茶料理上手だからこその、「心配しないで」だ。おまけに淹れて行った、ということは、多少時間が経っているはず。けど、きっと味を落とさないようにしてある。我が父ながら、その技術を持っていることが不思議で堪らない。
でも本来、階級が上の人にお茶を入れてもらうなんてそんなことはあり得ない。そうしてまで、この部屋に人払いがされているのは――――――ひとえに「組織の話」をする故。
「唐突に申し訳ない。本当なら修剣士にもなったばかりの君たちをあまり巻き込みたくはないんだが・・・。もう組織の話をしている時点で、巻き込んでいるも同然か。―――まずは身辺に気をつけて」
そんな最初にいきなり恐ろしいことを言われても困る。
「寧ろ俺は、こんな重要時に使ってもらえるなんて光栄だと思ってますよ。な?」
「・・・う、ん」
ラルヴァスがさらっと返して、更には私に押し付けて来た。頷きしか返せないけれど。
「そうか。・・・では言う。まず先に、君たちが調査に入ってくれたエネトル家の夜会。あれで判明したレグロの葡萄薬の密貿易でひっぱり上げられた商家から、おそらく組織と接触したらしいところが出て来た。その家を起点として、密貿易の話が広がっている。組織から持ち掛けられたのは確かだ」
レグロの葡萄薬。麻薬のようなその薬の話が、組織と・・・。あれは組織を意識して調査に乗り出たものではなかったが、まさかそちらが繋がると思わなかった。或いは、私たちがそれを伏せられていただけだろうか。
「今回の本題だが・・・。実は、その家々から得た情報の中に―――、アルフェドーラ家が出て来た」
私の横で、シェルヴェが小さく動いた。
この組織の話を、先に聞いていたのだろうか、覚悟はしていたのだろうか、驚いた様子は無い。真剣な瞳で、カイ殿下を見ている。いつもの小ボケを放つわ方向音痴だわの、ほわほわシェルヴェが、無い。
「ルナの誕生パーティで、カナリア・アルフェドーラに接触した報告は受けた。彼女やミシェルヴェール医師は裏が取れている。疑惑が出て来たのは、アルフェドーラ当主・・・ミシェルヴェール医師の父上だ」
冷たいお茶を一口飲んで、カイ殿下はひとつ息を吐く。その横から書類の束がひょいっと出て来て、何事もないように受け取った。フィル司令官の仕事は、流石早い。
「お家騒動に権力問題、アルフェドーラは問題が多いですし、父上の行動にも心当たりがあります」
「そうか。・・・まず、俺も今回初めて知ったが、その現当主に”伯爵”という爵位が無いということが判明した」
「爵位が無い?・・・アルフェドーラは伯爵家でしょう?どうして爵位が無いものが現当主に」
ベッカーがきょとんとして尋ねた。カイ殿下はすかさず答える。
「「あると思っていた」・・・、皆、な」
「私の父は、婿養子ですからね」
シェルヴェがなんてことないように続けた。なんだか家族が疑われているにしては冷めていて、私は少し心配する。前にカナリアが「勘当された」と言っていたのと、何か関わりがあるのか。
「アルフェ―ドーラ前当主の祖父には、女しか生まれなかったんです。しかも一人。祖父は跡継ぎを得るために、その娘―――私の母に婿養子を取らせました。そして出来たのが私です。・・・また女一人で。
当然それが許されるはずもなく、祖父は男児を産めと母に強要したそうです。けれど、父と母は仲も上手くいっておらず―――、最終的に、母は私を連れてアルフェドーラ家を飛び出しました」
相当重い話・・・のはずなのに、シェルヴェはなぜかあっけからんと、他人事のように話を進める。
「その後父は、新しく妻をめとり、ようやく男児が誕生しました。その妹がカナリアです。そのころ父がアルフェドーラの名と爵位を継ぎましたが・・・、ここが問題でした」
「・・・”爵位は血が継ぐ”、ね」
「その通りです、ベッカー君」
なんと、ベッカーはこの話の流れでだいたいが分かってしまったらしい。苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ちょっと待ってくれ、まだお家騒動のくだりしかこっちは聞けていないんだぞ。
「そうか。爵位は本来、血が繋がっているものが優先される。婿養子は血縁が無いから、本来なら実子であるミシェルヴェール医師の母上に爵位が渡されるはずだ。そこに婚姻関係があるから父上は爵位を名乗れる。しかし、現当主は離縁しているから、爵位は母上が持ったまま・・・」
「はい。母は昨年、長らく患っていた病で息を引き取りました。よって現段階で伯爵位を持っているのは、私ですね」
――――――ん?
「それってつまり・・・、シェルヴェは伯爵ってこと?」
「ええ。だからって何てことは無いんですよ?ひとえに私と私の母がアルフェドーラから飛び出したのと、男一人だからこそ家に残れた父の状況が現状を呼んだわけで。爵位継承の申請をしろって脅されたことは何度もありましたけど、城に入ってからは無くなりましたしね」
「ええ・・・。それ大丈夫だったの、シェルヴェ・・・」
「そんなに深刻な事ではないですよ?あっちが焦ってるだけで、こっちはとくに関心もないので。でもまあ、その”裏組織”の問題を手伝えるなら、是非私の知っている情報だけでも・・・と思いますが、あの父が裏組織と・・・ですかねぇ・・・」
首を傾げて顎に手を当て、シェルヴェはうーん、と唸る。
本人があっけからんとしているので、周りも口をパクパクさせるしかなかった。
「なんと言いますか・・・父は、すっごく裏があって腹黒い人間なんですけど、だからこそ不利益になりそうなところには鼻が利くんですよねぇ。アルフェドーラは確かに地位を落としましたし、ライラック家には抜かれてますし、政治に介入することも殆どなくなりました。でも、最近は影薄れて来たでしょう?父も相当色々計らって、家を立て直すためにいろいろやって来たからまだ保っていられるんでしょうね」
「他人事みたいに言うな・・・。つまり、組織と手が繋がってる可能性は薄いが、家を保つのにそうした可能性もある・・・だからこそ静かにしている、と?」
「カイ殿下の仰る通りだと思います」
「―――現当主は爵位が無いにもかかわらず当主を名乗り爵位分の国の金を受け取っている。この時点ですでに横領罪はあるが・・・、糾弾するのはタイミングを見ることにするか。他に何か気になる点はあるか?」
「そうですね・・・」
シェルヴェが話を続けようとした瞬間、ばっとドアが開いた。
カイ殿下の執務室の扉をノック無しで開ける人物はそういない。全員が驚いてそちらを振り向くと、やけに厳しい顔をした白髪の男性が入って来た。・・・白い髪だが、歳は殿下と同じくらい。私はこの人を知っている。いつぞや殿下と一緒に見た人だ。
彼はドアを閉めたのを確認し、わざわざ部屋の中央に駆けて来た。
「・・・機密の要件があります。急ぎで」
私たちはその言葉一つで、まずこの部屋を出なければならないと悟る。
「そうか、分かった。・・・こちらから呼び立てておいてすまない」
「いえ、すぐに出ます。シェルヴェも」
ベッカーに声を掛けられて、シェルヴェは頷く。
そのままそそくさと執務室を出て、行きと同じように隠れて帰る手筈をフィルさんから聞いた。
「シェルヴェ医師はベッカー修剣士に送ってもらって。彼ならここ歩いてても不思議じゃないから」
「はい」
何度も言うけれど、王家とかなり近い伯爵本家フェルドカーティの姓を持つベッカーは、マジで凄い奴なのだ。何で修剣士になったのか分からない程、社交界でも名と顔を知られた人間らしい。敵に回したら社会的に抹殺されかねないな・・・。
とにかくそんなこんなで分かれた私たちは、その日も変わりなく訓練を終えたのだった。
「―――こんにちは」
「こんにちは」
私は、先に席で待っていた彼女に挨拶を返した。可愛いピンク色のワンピースドレスが似合う彼女は、はにかみながら小さく頭を下げる。
その名は―――無論、カナリア・フェルドカーティだ。
”あの話”から3日後。
特別休暇を貰って、私は単身城下へ向かった。いつもラルヴァスとご飯を食べに行く通りとは違い、どちらかというと貴族が集まる店がたくさんある方面。そのなかでもまだ雰囲気が気さくそうな喫茶店で、カナリアは待っていた。私は一応化粧をして、一応髪型を変えて、一応服装を変えて、―――つまりはかなり”セリア”に近い状態でそこを訪れる。もちろん武器は仕込んでいるが、帯剣はしていない。
最近セリアになり過ぎてちょっと悲しいけど仕方ない、あれは仕事だからぐちぐち言うけど、友達の為なら厭わない。
「どうぞ座ってください」
「・・・ありがとう。あと敬語は無し」
「あっ、そうでし・・・そうだったわ」
異母姉妹とはいえ姉であるシェルヴェと同じく、だいぶ敬語が身に染みついているようだ。
「なにか頼まない?・・・ああ、私が出すから、値段は気にしないで」
「じゃあお言葉に甘える」
金額が一桁違うケーキとお茶をワンセット、お願いする。カナリアに呼ばれたのだから気にしない。城にいれど友人に貴族が多くても、私は根っからの庶民。値切りを得意とする、その辺にいる町娘――――――、だったのだ。もう過去の話か、剣士になった今では。
とにかくカナリアにお礼を言って、ウエイターが去るのを待って、話を始める。
「先日、姉に会ったわ。事情は理解したけれど・・・、驚いたわ」
彼女は聡い。ちゃんと伏せて話してくれている。
なんだろうな、私の周りって結構潜在能力高い女の子多くない?シェルヴェは軍医だしカナリアはお嬢様だってのにしっかり理解してるし、フィルさんなんて比べられるお方ではないし。
それでもショックがあったのか、目を伏せて、少し悲しそうな顔をする。
「疑惑が出て来たってだけで、直接的なあれこれはまだないから安心して。それこそ被害を出さないために、あまり踏み込まないように気をつけているから。何年とかかる長期戦の一端。・・・もし”家”が関わっているのなら、多分あなたの父上は相当身辺には気をつけている筈」
アルフェドーラ当主がもし組織とのつながりがあるのなら、「闇に足を踏み入れつつ、それが今まで明るみにならなかった」―――組織に食い物にされていない証拠だ。当主は上手く付き合っている、ということ。
「ふふ・・・セリア、普通の喋り方はそうなのね」
「・・・、変?」
「いいえ。格好いいわ」
格好・・・いいか?平民身分ってだいたいこんな喋り方じゃないか?・・・まあ、「~ね」とか「~わ」とか、たまにしか出てこないけど。
「―――、まあ。カナリアにしてほしいことは、ただ身辺に気をつけて欲しいってこと。カナリアは情報を持っているわけじゃないから、多分狙われることはまずないけれど、一応。普段通りに振舞うことが一番大事で、あまり治安の悪いところに行ったりしないように」
「ええ。心得ます。・・・不安はありますけれど」
「大丈夫。さっきも言ったけど、あなたか知ってることは疑惑だけ。疑惑があっても証拠が無ければ軍は動けないから、疑惑を知るからとあなたに手を掛けることはまずない」
そんなのただの手間だから、だ。
「わかったわ」
神妙な顔でカナリアも頷く。
会話途中に、さりげなく周りに気配を配ってみたけれど、私たちの会話に耳を立てている様子の人間は見当たらなかった。そこまで大きな声で話していない上に、周りは多人数の声で埋め尽くされていて、至近距離でなければはっきり聞き取ることはできないだろう。
ある程度身分がある人間ばかりが集まる店とはいえ、厳格な雰囲気は少しそがれていて、気軽にできるのがこの店の売りなのだろう。カナリアがここを選択したのかと訊いたら、夜会の際にリクスとの会話に出て来た店だったのだという。そうですよね。セナ殿下に会って散々神経を削った私と違って楽しそうでしたもんねリクスさん、ええ。
「ねえ。夜会の際に気になったのだけれど、その・・・護衛の方って、もしかしてセリアさんの恋」
「違います、断じて」
「・・・そうなの」
みんなして恋バナ好きだな、ったくもう。
「格好いいお方だなと思って。是非お名前を聞きたかったの」
「あの場の名なら、ラルだけど」
「そう。・・・いずれお会いしたいわ」
ん?
「・・・え、っと。これはつまり、そういうこと?」
「そういうこと・・・なのかもしれないわね」
ニコリと笑っている、カナリア。
「でも彼、結構人気高いのではないかしら。夜会の時も囲まれていらしたし。セリアさんはそう思いませんの?」
「うーん・・・・・・・・・、分からん!」
「セリアさんの男性のタイプとは違うの?というか、セリアさんの男性のタイプって、どんな感じなの?」
セナ殿下と似たようなこと言わないでくれよ・・・・・・。
「それとも直感で決めるの?」
「・・・直感?」
「ええ。出会った瞬間「この人だ」・・・って」
出会った瞬間――――――、
『相棒、なんだろ?』
「――――――っ!」
刹那、脳に衝撃が走った。何かに殴られたような痛みで、それが物理的なものではないことだけ薄らに理解する。
「セリアさん!?」
「・・・だ、大丈夫。ちょっと頭痛がしただけだから、もう治った」
「そ、そう・・・」
心配そうに、カナリアが乗り出していた身を戻す。私は頭に添えた左手をゆっくりと下ろして、それを見つめた。
・・・久しぶりになったな、これ。
「うん、平気。・・・あ、ケーキ来たよ」
近づいてくるウェイターに意識を向けて、そっと追及を免れる。怪訝な顔のカナリアも、テーブルに置かれたケーキをみて、顔をほころばせる。あ、ケーキ好きなのかな。
「早く食べましょう」
「うん。いただきます」
「いただきます」
まずは一口、紅茶を飲む。独特の渋みと仄かな甘みの、少し濃い味の紅茶だ。ケーキにはちょっと合わなさそうな部類のような気がするんだけど・・・、まあ、いいか。
ケーキに手を伸ばそうとして、私は目の前に起きた異変に気付いた。
「カナリア?」
カナリアが、テーブルに腕をついてうつぶせている。力ない右手からフォークが零れ落ちて、床にカラン、と音を立てた。
――――――っ、マズい!
「カナリ」
「お前ら全員、動くな!」
突如、店に響く声がした。それはドスのきいた、ここでは絶対に有り得ない言葉。入口に数人、もっと店の雰囲気にそぐわない―――まるで賊のようななりの、肌が日に焼けた人間が立っている。その一人が客の女性を捕まえて、首元にナイフをあてていた。
「おい、連れて来い。陸の獲物だぜ」
「了解です」
1人が軽い足取りで奥へ進んでくる。その視線は・・・カナリアへ。意識を失っているカナリアをひょいっと掴みあげた。息はしているようだから安心するけど、けどそれどころじゃない。
私たちにケーキを持ってきたウェイターが、つかつかと近づいてきた。その手がこちらに伸ばされて、咄嗟に私は手に持っていたカップを投げつける。それは簡単に躱されて、床にシミを作っただけだった。
それを見届けて――――――、私は必死に抗っていた、重い瞼を閉じる。
意識が暗闇に堕ちるのは、その直後だった。




