食い違う、去る背中には
ふと、鳥の鳴き声に空を見上げた。予想通り、鳥は私の上空を駆けて、王城の壁すら飛び越えた先へ。後に残るのは、うだるような暑さを主張してくる太陽。早朝だからまだ風が心地いいが、アレが頂点まで上り詰めたときのあの辛さよ、訓練日死にそう。
耳にこつこつと、多少は聞き慣れた足音が聞こえ、私は腰掛けていた渡り廊下の方を見た。
「・・・おや、お疲れのようですね?セイラ」
「ああ、シェルヴェ。早いね」
案の定、書類を抱えた軍医ミシェルヴェール・アルフェドーラが通りかかっていた。
「まあ医者ですから。軍部は熱射病の患者さんが多くて忙しくって・・・」
「あはは、ごめんね?」
「いえ、仕方が無いというか、それに耐えなきゃいけないんですもんね」
そう、王城付きだろうが地方付きだろうが、「軍部」に置かれる人間が一番嫌いな季節、「夏」。なぜなら、その訓練に一切の「暑さへの考慮」がなされないからだ。
勿論給水は通常の倍以上とっても普通に許されるし、暑さ対策をするのは勝手だ。けれど日陰でしようとか涼しいところを選ぼうとか、そういうことは絶対に出来ない。戦場にそんなところがあるはずがないからだ。
アルギシアはあくまで「自国防衛」の為に軍を置く。もう何百年と大戦も戦争もない世界では、戦場たる場所は存在しないが、だからこそ、いつ何が必要か分からない。
「熱射病にはむしろ慣れろ!っていう方針だから。もちろん死なないように、シェルヴェ達軍医さんには大変お世話になっております」
「ふふ。きちんと水分補給と休息を取って下さいね?セイラは今日、休息日なんでしょう?」
少し時間があるのか、書類を置いて私の隣に座った。白衣をきちんと直して座る姿は、普段は見られない彼女の持つ”貴族”の気品を見せる。
「うん、そう。剣も振れないし、今日はゆっくり過ごすよ」
「その手始めに、なんでまた騎士館前の廊下に座って足ぶらぶらさせるってことに・・・」
シェルヴェが不思議そうな顔をするのも無理はない。修剣士は交替で休息日があるが、稽古をしてはいけないという令にきちんと則って、というか則らざるを得ずに、多くの修剣士は自分の部屋でぶっ倒れている。
毎日の訓練はただごとじゃない。建国祭のイレギュラー職務や、私たち4人に来たような潜入の仕事以外は、ひたすら訓練と稽古の日々で、正直精神的にも確実にしんどい・・・、それが国の軍部というものだ。
なのに私は、せっかくの休息日に早起きして、ここで暇をつぶしている。それは、
「今日はラルヴァスにたい焼き奢ってもらう約束があるから」
「た・・・、たい焼き?」
「そう。建国祭の数日前におじゃんになったやつ、今日払ってもらうわけ」
食べるはずが、ゼフに出会ったことで予定変更になり、結局先延ばしになっていたのだ。
「・・・大丈夫ですか?疲労の色が若干滲み出てますけど」
「大丈夫大丈夫。どっちかって言うと昨日は精神的疲労の方が大きかったし、城下町ぶらっとしたらすぐ戻って休むよ。今はたい焼き食べたい」
「タフですねぇ」
呆れ笑いを浮かべられた。そりゃあそうじゃなきゃ剣士やってられない。体力と運動能力は昔からお祖父ちゃんに・・・というか、もう師匠モードのトビデさんに、あって損は無いからとつけさせられていた。無論、私はどこの家庭もこんなことをやっているのだろうと思いながら、毎日10㎞走っていた訳だけど。
損どころか得になっているのだから、師匠には頭が上がらない。
「たい焼きですかぁー・・・、長らく食べていませんねぇ。屋台の定番って感じで、専門店は無いでしょう?」
「”粉もの全般のこなや”っていう、もう店名そのまま粉もの専門店っていうお店があってね。あそこが年中美味いたい焼きを焼いてて・・・・・・」
「・・・流石にたれてはいませんが、セイラ。よだれが見えるような顔になってますよ」
ハッ!
「・・・・・・えへへ?」
「もう、どれだけ楽しみにしてるんですか、デート」
にやけて小突きながら言われて、私は、はた、と止まる。
「・・・デート?」
「え、違うんですか?」
「違うよ?」
お互い目を見合わせて、きょとんとするシェルヴェに、私は溜息をついた。
同僚と飯食うだけのことに、そんな名前を付けないでいただきたい。
「お好み焼きひとつと焼きそば焼きひとつ、それからたい焼き、粒あん黒とカスタードとチョコレートで」
「ご注文は以上でよろしいでしょうかー?」
「はい。たい焼きは食後でお願いします」
「かしこまりました!失礼いたしまーす」
滅茶苦茶明るい女性の店員さんが去って行って、私は手前に注がれていた冷たいお茶を一口飲んだ。海にまだ近いところなので蒸し暑さは少ないが、夏の城下町はからっと暑い。喉が渇く。
でもこんな鉄板の店に来るのだから、暑さと美味しい食べ物は関係なし、だ。
「粒・・・、こしあんにすべきだったか、如何に・・・。いやでも前回に・・・」
もう、こういう風にラルヴァスがぶつぶつ言うのも日常茶飯事。
「ラルヴァス、こしあん派だったっけ」
「ああ、未来永劫、粒あんに傾くことは無い。でも、粒あんの方も一回は食べてみないとだろ?」
好きな方食べればいいのに、変わっている。いるんだけど・・・、
「・・・分からなくはない」
「セイラならそう言うと思った」
私もそうだから、からかえない。
「ここは粉もの専門店だから、普通にお好み焼きも最高なんだけど、案外焼きそば焼きが旨いんだ」
焼きそば焼き。具を混ぜていないお好み焼きの素を薄く焼いて、その上に野菜と肉たっぷりの焼きそばを乗せ、卵を落として作る。たしかどこかの地域料理がもとになっているんだとか。
「焼きそばの麺も打ってるのか?」
「ううん。焼きそばはお向かいの「麺もの専門店のめんや」のやつ。この間ラーメン食べたじゃん」
「ああ成程。それは安心と信頼の焼きそばだなー」
「そもそも「こなや」と「めんや」の店主、夫婦なんだ。顔つき合わせたら喧嘩しかしてないのに、2人とも商売人だから、こういうところはちゃっかりしてるわけ」
「そして俺らのお財布から金を奪うわけだな?はぁーうまく出来てる。まあ旨いならいいけど。城の官舎のおばちゃんたちの飯もすげー美味いけど、こういう奴はまた違うから」
もう注文は済んだのに、楽しげにメニューを見続けるラルヴァス。美食家、というわけではないが、ありとあらゆる美味しいものは一度は食べてみたいらしい。この辺りの店には詳しくないということは、最近までは城下町以外の場所に居たのだろうか。
私は・・・というか、多分ベッカーもリクスも、ラルヴァスの身辺はよく知らない。自分から話さないのもあるし、聞くなとは言われていないが聞いてはいけない気がするのだ。そんな雰囲気が、・・・ある。
「お待たせいたしましたー」
「ありがとうございます」
爽やかにお礼を言いながら、注文の品を二つともひょいっと受け取る。そのまま手早く鉄板に油を引いて、ちゃっちゃと焼きそばを作り出した。
こういう、なにか作業をする店で、ラルヴァスがなに言わず作り出すのは最早あたりまえのこと。原因は・・・私だ。
思い出したくもない、ここをラルヴァスに初めて紹介した時、ぐっしゃぐしゃになったお好み焼き・・・。
私は余計な手も口も出さず、黙って鉄板を見つめた。穴がぽつぽつと割れていき、そろそろひっくり返すタイミングかな・・・、と思って顔を上げ、
「ん」
いきなり目の前に差し出されたコテに、驚いた。
「な、なに」
「再チャレンジ、してみろよ」
「え・・・なに突然」
「ほら」
強引にふたつ持たされる。
「早く!焦げる!」
「はいっ!?ラルヴァスの方が上手いでしょ!?」
「あくしろって!」
・・・こいつ絶対引かないな!?
「初速を上げて、返したら重力に任せて何もしなくていい。重心は低く、動きは小さく!」
なんだその剣みたいなアドバイスの仕方。
もうやってやれと、コテを差しこむ。するっと鉄板を滑り、
「・・・っらぁ!」
覚悟を決めてひっくり返した。
もう惨状が見たくなくて、目を瞑る。
「おー、出来たじゃねーかよ」
「え・・・?」
恐る恐る目を開ける。そこには・・・なんてことなく焼けている丸い生地が。
「で・・・、きた・・・!?」
「おう、いー感じじゃね?」
「できた・・・」
すごく、何かがこみ上げてくる。とても言葉では言えないような、こうテンションが爆上がりするような、
「やっ・・・た!できた!できた!・・・っ、できたできたできたァ!」
もちろん声は最小限に抑えたけど、もうたまらず何度も言ってしまう。できたできたできた!!
「どんだけ料理不得手なんだよお前・・・ふつうこれだけで感動するか?」
呆れたように言うラルヴァスだけど、その顔は笑っている。
「・・・なんか凄くむかつく顔された、むかつく」
「セイラが下手なのが悪いんだろ」
「それは・・・そうだけど」
「料理とか習わなかったのか?「ペンネパン屋」のペンネさん、めっちゃ料理上手なんだろ?」
「えと・・・ちっちゃいときに手伝いはしてたんだけど、剣握るって決めた後がもうそっちにどっぷり浸かってて、家事の基本技能が殆ど備わってない状態に・・・」
頬をかいて、苦笑いするしかない。
「幼年学校で習ったくらいじゃ、料理も裁縫も出来ないし。高等校の婦女学専攻はほぼ貴族様の」
ばっ、と自分の口を塞いだ。馬鹿!
「高等校の、婦女学専攻?」
「ちが・・・違・・・って、焦げる焦げる!」
「あ、やべっ」
ラルヴァスが慌てて鉄板へ向かう。
私は咄嗟に話を逸らせたのに安堵して、―――口を滑らせた自分を呪った。
「うまー・・・うまいわ、これ。餡の甘さ絶妙・・・」
てんやわんやしつつも無事にお好み焼きと焼きそば焼きは食べ終え、デザートのたい焼き。頭派のラルヴァスと尻尾派の私は、3種全部を半分に割って分けて食べている。
「あ、チョコレート意外と甘くない」
「マジで?・・・おー、ほんとだ。カスタードの方は結構甘かったしバランスいいかも」
味わいたいのか、いつも官舎の食堂で食べているより丁寧な食べ方。あっちじゃ時間が無いのだ。けど今日は休息日。食べ終わったら帰って休むだけ。
「・・・ほれで?さっきの婦女学専攻ってなんだよ」
「――――――」
無言で目を逸らす。
「まあ何となく想像はつくけど。アルフェリア高等校ってかなり有名だから俺でも知ってるし。あれだろ?基本的に貴族のお嬢様が取るとこ。なんか貴族で女性で高等校出てるって言ったら大抵婦女学専攻ひとつ出ただけだから、賢さとかは見掛け倒しだぞってこの間ベッカーに教えてもらった」
「ベッカーのアホ・・・」
「でもお前、ダンスとか出来ねぇって言ってただろ?何するために取ったんだよ」
手に持っていたチョコレート味のたい焼きが一気に重く感じる。もう本当、あれはトラウマだ。
「・・・・・・、女性社会を生き抜くための知恵を習いに」
やんわりと表現すると、
「嫌味の応酬の方法を探りに」
「・・・そうです」
ラルヴァスが直球に言い換えやがった。
高等校は学費がそれなり・・・いや結構かかる。結果そこの試験を受けるものは専らお金持ちの皆様で、奨学金の枠は狭いわ難しいわで結局平民はなかなか行かない。結果、そういう人間が多い前提になる。貴族社会やそこに入り込む人々の世界では(というか普通でもあながち)学のあり過ぎる女性は敬遠されるから、女性が学ぶもの―――と、婦女学というものが出来た。ところがこの婦女学も冒涜もの。上級学校で習うような料理や掃除、洗濯や裁縫などの家事の基本はまず、ない。
使用人がいる人は料理も掃除も洗濯もしないから、あとに残るのは裁縫のみ。あとはダンスとか食事のマナーとか、まあ私には要らない筈だった技能の数々を優雅~に叩き込まれるわけだ。授業に数回出れば卒業に足る単位は取れる。
でも私は殆どそっちには集中していなかったため、ダンスとかいまいち覚えていないのだ。貴族のお嬢様と並んで踊ったが最後、育ちが違うことがはっきりわかるレベルで。
「それでか。あのパーティの時に、人見知るくせに会話は上手いと思ったんだよなー。お前喋ってることは完全に男なのに」
「はい?」
たい焼きに構わず噛みつきながら、ラルヴァスは淡々と言う。
「剣がどうだの動きがどうだの、世間話噂話に人の色恋ばっかの女会話とはだいぶ違うだろ?」
「それはちょっと偏見が過ぎる・・・いやそうでもない・・・・?・・・まあ、そうだね」
「だから俺も、ベッカーもリクスも喋りやすくて助かってる」
「あっそう」
「そうそう」
何を改まって。
そんなこと言われたらむず痒いじゃないか。
「お・・・?お前、セイラか?」
ふと、横から声がした。振り向いて顔を上げると、図体のでかい男が立っている。でもその顔は若くて、港町の男のように日焼けした、快活そうな風体。
「よお、久しぶりだな!」
手を上げて笑いかけてくる。くる・・・・・・、・・・・・・・・・・・・
「セイラ、知り合いか?」
「えと・・・」
ラルヴァスに尋ねられて、私は超速で記憶の海を泳ぎまくった。泳ぎまくったけど・・・、
「・・・、誰?」
「うおーい!俺だよ俺、ジャンク!幼年学校一緒だったろ!?」
「あー・・・」
そう言えばそんな名前の人がいたようないなかったような・・・、ん?
「ジャンク・・・、あ!ジャンク・コナメン!?」
「ジャンク・コンメナだ!”粉麺”じゃねぇから!」
そうそうそう、そういえばそうだ。
ジャンク・コンメナ。ここ「こなや」と向かいの「めんや」の店主夫婦の長男。私の同級生。「こなや」と「めんや」の息子だから「こなめん」になっちゃうんだよなぁ・・・。
「久しぶり。アシュメルは元気?ってかまだ付き合ってるの?」
「おーよ、元気だし付き合ってる。勉強でそれどころじゃないけどな。お前は・・・」
ジャンクがラルヴァスの方を見る。あ、待って嫌な予感が
「お前にも・・・ちゃんとした春は来るもんなんだな」
ほら来た!
「違うから。断じて違うから。こいつは同僚」
「ども」
ラルヴァスもからっと笑って挨拶する。特に言われたことが気に障ったでもなく、
「ジャンク・コナメンさん」
「だからコンメナだっつの!・・・って、同僚?」
笑いながら突っ込んだのち、ジャンクは不思議そうな表情に変わる。
「お前そういえば、上級学校どこ行ったんだ?結局クラスの誰ひとりお前の進学先知らなかったが」
「あーうん、そうだろうね。上級学校飛ばして高等校行ったから」
「高等校って、マジかよ!?・・・んあーまあ、お前昔から秀才だったもんなぁ、数年前の話だけど」
「お褒めにあずかり光栄。今は城の見習い剣士」
「剣士!?・・・んあーまあ、お前の家族さん剣士だらけだもんなぁ・・・」
「意外と納得が早いな」
ラルヴァスが呆れるも当たり前。ジャンクはこういう奴なのだ。人を簡単に受け入れてしまうタイプ。クラスではムードメーカーにつき人気者だった。幼馴染みでしっかり者のアシュメルが彼女として君臨していたけど。
「でもいつ剣始めたんだよ。幼年学校の時はそんな素振りなかった気がするけど。そういや雰囲気めっちゃ変わってて驚いたわ。昔はかわいらしいお嬢さーん、って感じで」
「・・・人の昔話を勝手にしないで。幼年学校の下級生のときってみんなそんな感じでしょ?」
「そうかぁ?結構男子から人気あっただろセイラ。まあ俺はアシュメルが一番なんだけどさ」
「彼女自慢は結構だから。そういうのどうでもいいし。ってちょっとなに座ってんの」
いつの間にかジャンクは、私たちが掛けていた席のラルヴァス側に乗り込んでくる。
「で同僚さん、セイラはどうなわけ?正直。顔だけは可愛いだろ」
「そうだなー、顔だけだな。中身は怖い怖い」
「そうなんだよな。もう興味ない奴には冷たすぎる!同僚さん傷ついたら愚痴りに来いよ」
「あはは、まー愚痴るほどは無いかもな。俺も剣士だし、何かあったら試合で決めるわ」
「お、喧嘩は剣でやるのか!?さっすが剣士殿やるねぇ」
「それほどでも」
なに勢いで話しているんだか。大抵私の悪口だし!
「ったく・・・。あ、飲み物無くなった、取ってくる」
私はコップのお茶を飲み干して、立ち上がった。ここでジャンクが立ち去るにせよ居座るにせよ、喉が乾くからお茶は欲しい。
おうよ、というラルヴァスの返答を背に、私は席を一旦後にした。
「・・・なぁ、同僚さん」
セイラの離れた席で、ジャンクはふとラルヴァスに話しかける。その声はさっきよりも真面目で、ラルヴァスはなんだ?と目を見た。
「セイラ、普通に剣士やってるか?特段変わったこととか、ないか?」
「あ、ああ・・・。無いと思うけど」
「そうか。それならよかった。あ、これは昔馴染みとしてのことであって、決してそういうことじゃないから安心してくれよ。おれはアシュメル一筋だし!」
「さっきから聞いてたよ。それに俺とセイラはそういう仲じゃないから気にしなくて平気だ」
「・・・そういう仲じゃないのに、二人で飯食いにくるのか?」
「剣で賭けをして奢り奢られはいつものことだ。ついてる騎士が一緒で、休みのルーティンが一緒になるのがセイラってだけで他にもいれば誘うけど、大体訓練でぐったりしてて、連休じゃない時には誰も城の外に出たがらないんだよ」
「たい焼き分けて食べてるし、セイラはお好み焼きひっくり返してはしゃいでるし、はたから見たら完全にいちゃついてるカップルだったぞ」
「一体いつから見てたんだよお前・・・。その勘違いはちょっと複雑だな」
「そうなのか?さっき顔だけとか言ったけど、セイラって幼年学校のときは学校一の有名人だったんだぞ。顔よし性格よし、誰とも話すし悪口言わないし、男女ともから大人気だった・・・まあ俺はアシュメルが一番なんだけどな?今日久々に会ったらマジ美人になってるし。でも・・・剣士になってたんだな、あいつ」
目を細めて、セイラの座っていた席を見るジャンク。ラルヴァスはのろけ混じりに聞いたセイラの昔話の、性格よしやら悪口言わないやらに引っ掛かりつつも、ジャンクの言葉を待った。
「なあお前、なんて名前なんだ?」
「俺か?俺はハ・・・、ラルヴァス・ハイド。ラルってよく呼ばれてる」
「ラル、な。・・・セイラって、いつもあんな感じなのか?」
「あんな感じって言うと・・・?」
「その・・・殺伐とした雰囲気というか、冷たいまではいかないけど冷ややかで、アッサリした物の言い方?有名な女性剣士のフィル司令官っぽさ、というか」
「その辺りなら、いつもそうだと思うが」
ラルヴァスは頷く。
あの氷のように冷たく、気高く孤高な感じのするフィル司令官よりも女の子らしさはあると思うが、大人気と言われるまでの可愛げがあるとは思えない。
「・・・やっぱりか。どうりで・・・・・・」
「どうりで?なんかあったのか?」
「ああ。ファンクラブもどきみたいなのがあって、そいつらが騒いでたんだよ。幼年学校卒業後、セイラらしき人物を見かけた人がいないって。似たような子は見たけれど、髪型も雰囲気も全然違う、って。・・・今まさに俺は、それに遭遇した気がする」
「・・・俺は、あのセイラしか想像がつかない」
確かに、さっきのはしゃいだ顔といいその時の笑顔といい、どっちかというと無邪気な少女と言った方が似合う気がする。けれど普段の訓練や稽古、休日の自主練や休息日まで、そんな様子は見たことが無い。どちらかというとレアだなと勝手に思っていたラルヴァスにとって、その言い方は意外だった。
「あのレアが実は本性・・・?」
「さーそれは知らないが、あんなに人が変わってると、正直何がセイラを変えたのかがちょっと気になって。想像できないっていう程なら、まずラルや王城でじゃなさそうだし。気分や趣味趣向が変わっただけで、あんなに――――――、あんなに、危うく見えるもんか?」
危うく、見える。
長らくの友人であるジャンクは、自分で言いながら背筋に何かが走るのを感じていた。
「そもそも天真爛漫で好奇心旺盛とはいえ、セイラは剣を握るような子じゃなかった。むしろ剣道場の子だからこそ、剣の恐ろしさや本質を知っていて触れようとしない感じで。でもあいつは剣士になったんだろ?何がセイラを変えた?何があそこまで人を変える?」
その目は悲しそうで、友人がどこか遠くへ行ってしまったことに納得のいかないようだった。
確かに、セイラはルナ殿下を脅すほど、剣を持つことがいかに難しく危険かを心得ていた。そう分かっているうえで、自分は剣を振るのだ。ただ矛盾ように見えて、その実は恐ろしい。
ラルヴァスはどう返そうか迷って――――躊躇って、答える。
「・・・・・・決意じゃねぇか?」
「決意?」
「或いは覚悟。剣を振る危険を知ったうえでそこに飛び込む勇気、強さ。冷たさや無骨さより、俺はセイラがそれを持っているからああいう雰囲気になるんだと思う。剣を握ったから、ああなった」
「――――――つまりセイラが変わった原因は剣士になったから、か」
「あくまで予想」
頬杖をついて、それ以上は何も考える気が無いというように、ラルヴァスが言い切る。それを見て、ジャンクは理解したようで、やっぱり理解できなくて、・・・考えるのを止めることにする。
「・・・・・・セイラと、仲良いんだな」
「まあ、そう言えなくもないかもな。喧嘩ばっかりしてるけど」
「なにで喧嘩するんだよ」
「ここ最近は剣の型についてかな」
「はは、根っから剣士なんだな、お前ら」
「まーなー」
「あっやべぇ!そろそろアシュメルが来る・・・悪いなラル、話聞いてくれてありがとう」
「おうよ」
友達思いの大男は、嵐のようにやってきて、嵐のように去って行った。
セイラはまだ戻らない。悩んでいるのかあるいは人が多いのか。
ラルヴァスには分かる。セイラの性格が豹変したという理由が。そのきっかけは分からずとも。
「俺だって変わったから、な・・・」
その呟きは店の喧騒に掻き消されて、誰にも届かない。




