ディジー・エンプティー・ディジー Ⅶ
繊細で、かつダイナミックな音楽とともに、少年少女たちはくるくると回り出す。さながら夜会、ダンスパーティー式だ。
そんな会場のバルコニーで、私は夏の暑さの薄らいだ夜風に当たる。
まだ夕食時の城下町は、あたたかい灯りがいつもより輝いていた。建国祭の夜は、国を上げて騒いで楽しむのが伝統。屋台が出て、私も店仕舞いの後に毎年お祖母ちゃんと行っていた。
まさか今年は、こんな所に立っているなんて思いもしなかったけれど。
あれから、女性男性どちらも、あらゆる人と話してみたけれど、特に何て気になるところは無かった。15の私の前後の人間が集まっているのなら、流石に直接組織と関わっている人はいないはずだし。
第3皇子、軍事部の頂点カイ殿下が回してきた仕事だ。各家の大人には既に調査が行っているはず。ちょろく見つかるほどの、甘々な組織じゃないはずだ。
私たちのできる仕事はここまでだと、積極的に行くのは止めた。もう疲れた。足が痛い。
ラルヴァスは、何かと使用人やらお嬢様やらに人気なようで、私と一定の距離を保ちつつ、そちらを相手していた。本当の護衛だったら、失格どころかクビだよ。
まあそのおかげで、私は今ひとりでゆっくり
「お連れの方が大変そうですね」
してたんだよ邪魔するんじゃない!
・・・とまあ、内心で思いつつ振り返り、――――――固まった。
「先程はどうも」
声を掛けてきた男性を見上げて、言葉を失う。
ルナ殿下が挨拶していた時に目が合った人。私のよりも暗めな茶髪に、私と同じ黒青の瞳。髪色はともかく青の混じった目はアルフェリアには少ないから、目についたのだ。
不思議な行動をしても咎められない、・・・・・・誰。
「ど、うも」
「あはは、そんなに緊張なさらなくても」
してません。気を抜いていたので咄嗟に仕事モードに入れないだけです。
「にしても珍しい。この顔、御存じないですか?」
「存じ上げません」
「うわぁ直球」
ベッカーとはまた違う、からっとした愛想笑いを浮かべる。本当に心当たりのない顔だから言ってるのに。どうせどこかの名家の・・・、ってやつだろうし。
「俺の名前、セナ」
「・・・はぁ」
「ここまで言っても分からないって、君、本当に貴族のお嬢さん・・・?」
え、そこ疑われるほど有名な人なの、セナさん。セナ・・・、
「・・・・・・セナ、殿下?」
「そうそう」
セナ殿下。双子であるルナ殿下とルイ殿下のふたつ上の兄。私と同い年の、アルフェリアの王子。第1王子。
・・・・・・、うん、そう。
「驚かないのな」
「いてもおかしくはないなと」
「ますます不思議な人だ」
正直これ以上殿下とか殿下とか殿下とか呼ばれる人とお知り合いになんてなりたくない。なりたくないなりたくないなりたくない。
「ところで、あなたのお名前は?」
だっ・・・から知り合いになりたくないって言ってるでしょーが!
「セリアです」
さっきから脳内と声のトーンが激しく違いすぎて自分でも混乱している。
「セリア・・・、ああ、ルナが言っていた人か。道理で立ち姿に剣士らしさがあるなと」
「そこまでありますか?」
「ああ。さっき振り返ったときも咄嗟に右腕を浮かせていた」
「・・・今後注意します」
「しなくてもいいのに。そんなに露骨でもないし、さまになっていて格好いい」
「そうですか」
格好いい―――、か。なんだか、・・・変な感じだ。剣士としては嬉しい言葉なのに。
「可愛いの方が言われたかったか?」
「いいえ、別に」
「クールだな。まるでフィル司令官みたいだ。憧れてるんだったか?」
・・・うん、うざい。
塩対応してるんだから、つまらない女だとでも思ってさっさと去って欲しい。
「・・・セナ殿下は、どうしてこんなところへ?まだ曲も続いているのに」
「面倒だろ?まだ15だってのに周りはうるさいんだ。相手がどうの、家がどうの」
「ああ・・・、そういうことですか。大変ですね」
「他人事だな。セリアも言われないのか?」
言われたことありません。庶民なので。おまけに兵士になったので、随分そういう話は遠のきました。
「私は別に。お好みの女性はいらっしゃらなかったのですか」
「いないね。どうも女性的に賢い人ばかりだ」
「女性的に賢い、とは」
「そのままの意味。聡い人は好意的だが、どうも性根が曲がりくねってるのが丸見えで」
「まあ・・・それは、分からなくは無いですが」
向こうで楽しげにダンスをしている、えっと・・・クレイアを見る。その取り巻きも近くにいた。美人だしダンスも美味いし、所作も丁寧で気品がある。彼女たちは、貴族の女としては素晴らしいものをたくさん持っているのだろうけれど、どうやらセナ殿下の所望するものではないようだ。もっと純粋な賢さ。それこそ学歴で表せるような、もしくは手駒として使えるような、・・・兵士的賢さ。純粋ではないか?
これはセナ殿下が変わっているのが悪いと思うけれど。
ふと気になって、カナリアを探した。壁際にすぐ見つかって、またひとりかなと思いきや、・・・何とビックリ、リクスと談笑している。あ、楽しそう。
こっちは楽しくないのに・・・。
「君は、年不相応に大人びているな」
「そう・・・ですか?」
「ああ、賢そうだ」
まあ・・・、高等校は出てるし。剣士目指すと決めてから、相当・・・、根を詰めたし。
何、賢い人がタイプなのか?この人。
正直
「ちなみに君は、どういう人が好みだ?」
「私・・・、です、か」
「ああ」
「好み・・・?」
―――ん、ちょっと待って。
いま適当に受け流そうと思ってたら、なんか恋バナ始まってない?
「男性のタイプ。今、ぱっと思い浮かんだ人はどういう人だ?」
「それをあなたに言ってどうするんですか」
「口説いてるつもりだったんだが」
「あなたに興味はありません」
「・・・自分で言うのもなんだが、仮にも王族に対してちょっとストレート過ぎないか?」
「普通なら失礼でしょうが、私が普通でないのが分かっていて話し続けている殿下に、今更オブラートに包んだところで何にもなりませんし」
「はは、言い返す言葉もない」
この・・・セナという王子は、先程のルナ殿下やルイ殿下のような、「王子・王女イメージ」とは少し変わっている気がする。逆か、ルナ殿下とルイ殿下が凄いのか。セナ殿下は、物腰も気品も、溢れるオーラも完全に貴族、上流階級のものなのに、どこか親しみやすい感じだ。
「勝手な見解だと、セリアさんは初恋引きずってそう」
「はぁ・・・」
「さっきから一切、男見てないだろ。でもそれにしては呆けてる時もあったし、ちょっと辛そうな顔もしてたぞ。積極的に会話してたけど、そうは見えない上手な愛想笑いが全開だったし、今はこんなところにいるし、パーティーに乗り気じゃないのは丸見えだった」
「・・・人を、よく見てらっしゃるんですね」
「可愛い顔したイケメンがいるなと思って、目を付けてたんだ」
「イケメン・・・」
「物をはっきり言うし、妹は脅すし、剣士だって言うし。そんな人が一瞬悲しい顔するからなんでだろうと思ってさ。一体誰のことを考えてるんだろうと」
「・・・・・・」
「そんなじとっとした目で見ないでくれよ、別にセリアばかり見てたわけじゃないからな。人間観察はするだろ、セリアと同じように」
「・・・そーですね」
この王子は―――、どうやら、私に似ている。
人を見る、人の表情を見、行動ばかり見る。そうして慎重に人と距離を測って、測定不能なら腹を探る。コミュニケーションひとつ、神経を使わなきゃ出来ない。
カッゼ騎士長は、私とラルヴァスにその能力を求めた。それを使って秘密裏に、「存在すらぼんやりした非常にマズいことを考えている確実にヤバい組織」の面影を探せと。こんな確率の低いパーティーまで隅々と、本当は秘密を明かしたらいけない筈の新米ぺーぺーの私たちに。
ラルヴァスは気楽にしているように見えて、案外人との距離をすぐさま測れてしまう。対して私はそれを、時間と神経を掛けなきゃ出来ない。
また負けた。ラルヴァスに―――、負けた。
「悔しい」
「はい?・・・何が?」
不思議そうに首を傾げられて、私は心のうちが漏れていたことに気付いて、咄嗟に首を振る。
「いっ、いえ何でも!」
「もしかして、俺の人間観察能力に負けたか?」
ニヤリとしながら言われても。
「・・・恐れおののくも何も、私は特に観察はしてないので。目を見れば分かりますから」
「目・・・?」
「ええ」
殿下が私と”似ている”とは思っても”同じだ”と思わないのは、そこだ。
「この人は悪い人、悪くない人、嘘をついてるついてない、喜んでいる、悲しんでいる・・・、目を見れば分かります。殿下には分かりませんか?」
「・・・分から、ない、な」
「そうですか」
「分からないが・・・、君には、なにか揺るがない決意みたいなものがあるんだな」
――――――っ、
「何故、そう思われるのですか?」
「目がそんな感じだから、かもな。・・・正直、最初は剣を握りたいと駄々を捏ねているだけのお転婆娘だと思ったが、そうでもなさそうだ。―――寧ろ危うさがある。まるで命を賭してるかのように」
思わず目を見た。それは、真剣な瞳。見透かしそうに見下ろされる瞳。
・・・こいつは使える。
「お話し中失礼いたします。お嬢様、そろそろお時間です」
いつのまにか背後にラルがいた。懐中時計を片手に、いつにもまして愛想笑いをしている。
「そうか・・・それは残念だな。でも遅くなってもいけない、俺たちはまだ未成年ってやつだからな」
セナ殿下は本当に惜しそうに微笑む。普通に見たら殿下のが絶対善人感が溢れてるよ、ラルヴァスすっごい胡散臭い。・・・普段のラルヴァス知ってるからってのが大きいのだろうけど。
「では、またいつか」
殿下は手を伸ばして、私の左手をとる。
「―――――――いっ!」
バチン、と音がした。
凄まじい悪寒が走って、私は思わずその手を弾いていた。それどこか足が勝手に後退り、縺れ、転びそうになる。高いヒールにバランスを崩して、思いっきりラルヴァスに受け止めてもらっていた。
―――左手。左手だけは、・・・駄目だ。
そして最悪なタイミング過ぎる。
「すっ、すみません!」
慌ててセナ殿下に謝ると、驚いた顔をしながらも、払われた手を挙げて首を振る。
「ああいや、こちらも・・・すまない、突然。こういうのは嫌だったか?」
「えと・・・えと、」
「手の下の方で虫が飛んでいったのに驚いたんですよね、お嬢様」
斜め後ろで、ちゃんと立たせてくれたラルヴァスがフォローを入れる。
「あ・・・」
「そうか・・・夏だし仕方がないな。生き物だから無下には扱えないし、虫というのは困りものだ」
「そう・・・ですね」
完全に話を合わせてくれている。”セリア”に恥をかかせないようにという、貴公子的判断。
本当に、今がセイラでなくてよかった。その面持ちだったら、絶対記憶を飛ばしに一撃喰らわせたくなる。
「それでは、失礼いたします」
小さく頭を下げて、私たちはその場を後にする。
左手の震えが止まらないまま、鳴りやまない舞曲すら、頭には入ってこなかった。
「・・・報告は明日でいいから、今日は休めってスベジク騎士が」
「・・・・・・うん」
城内で修剣士の制服に戻し、化粧を落とし髪を戻して、こっそりと抜け出してきた後。名残惜しそうに出店の灯りが閉じ始める中、開放されていない官舎に戻る道を選んで歩く。そこはいつも通りの見張りの兵士がちらほらいるだけで、辺りに人気は無かった。
「カッゼとリクスは?」
「まだ城。お開きまでいるってさ。カナリアもあの後、特に騒ぎみたいなのは無かったみたいだ」
「そか、良かった」
「おう」
・・・沈黙が流れる。
何か今日は悔しいことばかりだった。昼間あれだけ剣を振りまわしておいて、手元に無いと不安になるし、自分を守れないことが悔しい。ラルヴァスに負けたこともいっぱいあって悔しい。
何より今、足が痛くて堪らないのを知っていて、合わせてゆっくり歩いてくれていることが癪に障る。何か負けたみたいで、こういうのが一番嫌い。・・・嫌いだけど、だけど、
「・・・・・・あ、ああああの」
「ん?」
立ち止まる。
こういうのはちゃんと言わなきゃ駄目だ。
「どうした?」
「そうじゃなくて、その、あの、・・・・・・ありがとう」
「・・・? おう」
きょとんとした顔。
「・・・何、その顔」
「いや、俺、別にセイラにお礼言われるようなことした覚えないし、いきなり言われてびっくりした」
覚え無いって・・・、
「それ、無意識的なタラシって言うんじゃあ・・・」
「はぁ!?いつそんなことしたよ」
「いや、しれっと色々してるよ。気遣いが出来る人間はモテるって、高等校で男子が躍起になって頑張ってたよ?全然ダメそうだったけど。ラルヴァスって実はかなりモテるんじゃ・・・」
「あっそう」
「嬉しくないんだ?」
「別に、そういうの興味ないからなー」
「へぇ。パーティーであんなに囲まれといて、興味ない、とは」
「いやいや不可抗力だしあれ。情報欲しかったから言われるがままにしてたけど、普通だったら絶対逃げ出してるから。怖いから」
「妬みの視線もまあまああったね」
「使用人役って言ってんのに。優しくするのは仕事だし、だいたい俺はセリアの傍付き!それを誰も分かっちゃいないし・・・」
「ルナ殿下たちと同年代だからさ。それこそ青春ってやつかな」
「お前が言うか、15歳」
「そっくりそのまま言い返すよ15歳。まあ化粧のせいでちょっと大人に見えてたけど」
「マジか!?・・・ん、まあ変装なんだから変わってなきゃ困るけどさ。とにかく俺は誰かれ構わず気遣い出来るほどの善人じゃねーから」
「・・・そう」
「なんだよその腑に落ちてない顔」
「だって、それなら私置いてさっさと行けばいいのに」
「あー・・・、そういうことですか」
ラルヴァスがようやく、私の言いたかったことに辿り着いた。困ったように頬をかいて、首をかしげる。
「そうだな・・・文句言われても困るしな」
「言わないよ別に。踵の高い靴に慣れてない私が悪いし」
「あのなぁ。誰かれ構わずにはしないけど、流石に同僚は気遣うからな?とくにお前は」
「お前は、何」
「・・・まー、色々あるけど、一番は剣合わせてて楽しいし?無理されても困る」
「・・・・・・、そか」
そっか。――――――よかった。
「なんだよ急に笑って」
「え?」
言われて、自分の頬が緩んでいたことに気付く。
「・・・えへへ」
「んだよ、珍しく気持ち悪ぃ」
「気持ち悪いって何!?」
「ああはいはいごめんなさいなんでもないです」
「許さん。今度の手合わせは断る」
「えぇー!?まだスベジク騎士対策出来てねーから手伝ってもらおうと思ったのに」
「やだ」
「じゃあ明日約束のたい焼き奢るから!」
「・・・絶対、な?」
「おう、絶対だ」
「破らないでよ」
「破らねぇから」
睨み合い、じっと目を見て――――――、
「「っははは!」」
同時に吹き出した。
馬鹿みたいなやりとりだ。なんて他愛もない、意味もない。
でもこんな時間が楽しいと思えるようになったのは、いつぶりだろう。




