ディジー・エンプティー・ディジー Ⅵ
「う、わっ!!」
私は思わず叫んで、立ち上がり、そのまま椅子に引っかかって転げ落ちてしまった。
「「セリア!?」」
「お嬢様!?」
同じテーブルにいた3人が吃驚して声を上げ、ラルヴァスもまた駆け寄ってくる。どうにかグラスを持つ前で、ドレスにバッシャン!ということは無かったけれど、何よりも。
・・・周りの視線が痛いです。
「お怪我は無いですか、お嬢様」
でもそれどころじゃないのだ。ラルに手を差し伸べられたのを華麗にスルーして、
「ラル見えないの、あれ!」
私は無礼を承知で、殿下方を、その手のグラス指差した。その2人も驚いてこちらを見ていて、まだ口を付けてはいないようで、少しほっとする。私の言葉に何か気づいたのか、ルイ殿下が自分の持っていたグラスを覗いた。
「あれ・・・、が、どうかしました?」
「・・・さっき言ったでしょう。レグロの葡萄のスパークリングジュースは、透き通って綺麗、って!」
ルイ殿下が私の意図に気付いたのか、ぱっと、自分のグラスに注がれたジュースのおおもとの瓶を見る。ラベルは勿論、ユージュ王国レグロ地方の、シェリエ品種ワイン用葡萄の、スパークリングジュース。しかも最高級品と来ている。さっきから私たちが飲んでいるのとまったく同じ。
でも、私たちのは、綺麗な程透き通っていた。彼が持っているのは、紫色に、僅かに濁りが見える。
それに気づいたのか、ルイ殿下は慌ててグラスをテーブルに置いた。ルナ王女にもそれを促す。
周りがざわついてきた。給仕はすばやく確認に走り、ジュースを取り換える。その場で開かれ、新しく注がれたそれは、透き通っていて、私たちのとまったく同じに見えた。
「・・・お騒がせしました。気を取り直して、乾杯をいたしましょう。セリアさん、宜しいですか?」
「あっ、はい」
「セリア、返事は良いから席に着け」
リクスに小声で言われて、私は何ともないように席に座り直す。普段ならこけなかったのに、高いヒールはこれだから敵なのだ。
「それでは――――――、乾杯!」
「・・・・・・不良品、だったということですか?」
カナリアがそう尋ねたのに、私は首を振った。
乾杯が無事に済み、殿下方が挨拶回りを始める順番待ち。テーブルには前菜が載せられて、それを口にすると、何とも言えない味がした。すっごく美味しい、美味しいんだけど・・・、高級ってだけの味がする。
「王族に、不良品はそれすなわち毒と同じよ」
「ど、」
口にするのも恐ろしかったのか、カナリアはマリネに出した手を止めて、唖然とした顔をしている。姉のシェルヴェとは最近喋るようになったが、あちらは抜けているようでいて、本当にずば抜けているのは医学知識という秀才だ。多分、分野的に毒には驚かない。カナリアは妹らしいが、こういうことにはちゃんと反応を起こす、普通の女の子という感じだ。馬鹿じゃあなさそうだし、これが当然。女の子のあるべき「とされる」姿。
「毒って・・・、それは言い過ぎじゃないか?」
リクスが眉を潜めたのに、私は自分のグラスを手にして持ち上げる。
「例えば私が―――、不良品を飲んだとして。まあそれは、良くて味が悪いジュースか、はたまた私が体調不良になるか、もしくは死ぬか、それだけで終わり。でも王族はそうはいかないでしょう」
「・・・それは確かに、間違いなく大騒ぎになるな。セリアなら良いってわけじゃないが」
「私は飲む前に気付くわよ」
当然とばかりに言うと、リクスは自分のグラスに目を向けた。私やカナリア、そして殿下方のとは違って、その白ブドウのジュースはさらに透き通っている。こちらだったらもっと顕著に見えただろうが。
何も分からなかったのか、リクスはやがて小さく首を振った。
「良く気づいたよね、ここからジュースの透き通りなんて。照明もあって見づらいのに」
ベッカーがいつものへらっとした笑顔で言う。
「―――まあ、パ、・・・孫だから、ね。あらゆる食品についても結構鍛えられたんだ」
危ない。パン屋って言いそうになった。”セル”の名を知るリクスとベッカーには伝わったようだけれど。
そもそも私を育ててくれたお祖母ちゃん・・・「店では”ペンネさん”と呼びなさい」と言われて呼び方がない交ぜなのだが、とにかくお祖母ちゃんは、現在のユージュ・レグロ地方には特に詳しかった。昔行ったことがあるらしい。このスパークリングジュースや、葡萄の話は、特に詳しく教えてもらっていたのが功を奏した。
これまで何千何万回と言われたことか。口にするものには気をつけろ、と。
「セリアの能力の多さに、まだ驚かされるとは思わなかったよ」
「凄いのですね・・・!」
「流石だな」
周りから口々に褒められるけれど、なんかくすぐったくなって視線を逸らす。褒められ慣れてないし、そもそも、そうやって出来る事を増やしたのは、褒められるためじゃなくて仕事を全うするためだ。
あらゆる知識は、一見関係なさそうに見えて、意外と役に立つときもある。
「本当に。わたくし達もセリアさんに助けられましたわ」
突如、背後から声が掛かって、私は振り返り――――――、足を椅子の脚に打った。
「つぅ!」
「お嬢様・・・いちいち驚き方がオーバーなんですって」
ラルヴァスに言われて、私は痛みそっちのけで言い返す。
「・・・っ、驚いてない」
気配が近づいているのは分かっていた。ここまではいい。―――いつもの癖で立ち上がろうとしてしまった。目上の人間が近づいてきたら、階級社会にいる人間、立ち上がりたくならない?
それでも、普段なら簡単に立ち上がれるはずなのに、このくそ高いヒールが!
「・・・」
茶化しながらも、多分それに気づいていたのであろうラルヴァスは、それ以上は何も言わない。だいたい、気配に心当たりが無ければ、剣を掴みながら飛び退っているところだ。立ち上がるどころでは済まないし。
「大丈夫ですか?冷やしたりとか・・・」
背後に現れた人物―――ルナ殿下が、本気で心配そうに訊いてくる。そりゃあ、私たちの正体を知らないから、普通のお嬢様ががっつり足打ったらそりゃ心配しますよね。
「ああいいえ、大丈夫です。申し訳ありません、お恥ずかしいところを」
「こちらも、突然話しかけてごめんなさい。セリアさんと早くお話ししたくて仕方なくって!」
ルナ殿下が、途端に目を輝かせた。
あっ・・・、そういえば、そうか。私はルナ殿下に招待されたんだった。”会いたい”と。
「ルナ、あまりつっかかると引かれるよ。それにベッカー兄さんにも他の皆さんにも挨拶しなきゃ」
ルイ殿下が、ルナ殿下を宥める。真面目だなー。
「そ、そうですわね」
ルナ殿下が慌てて取り繕おうとして、
「ああいいよ。そういうのは、他の席でたくさんしなきゃいけないでしょ?」
ベッカーがやんわりと止めた。
「久しぶりだね、ルナ、ルイ」
「ベッカーお兄様も、お久しぶりです」
王・・・・・・、王族に、タメ口聞いてるよ、ベッカー。あれ、本当にベッカー?
私は視線でリクスに助けを求めると、案の定の答えが返って来た。
「たとえ従姉弟とは言ってもベッカーくらいだ。ルイ殿下とルナ殿下と、あとセナ殿下ともこんなに仲が良いのは」
つまりフェルドカーティ本家の人間がみんなこんなではない、ということだが、その家の人間くらいの家位が無いともっと無理があるだろう。
ベックフォード・フェルドカーティ。かなり凄い名前を持っているのだと、改めて感じた。
「ここにいるのは僕の友人。リクスはよく一緒にいるし知ってるよね。んでこちらがカナリア・アルフェドーラさん。彼女はさっき知り合ったんだ。そしてルナはもう知ってるだろうけど、セリア。みんなも堅苦しいあれこれは、別にいいよね?」
「ああ」
「え、ええ!」
リクスが返事をし、カナリアがこくこくと頷いて、ようやくルナ殿下の肩の力が抜けた。
「お越しくださりありがとうございます」
ルイ殿下が、簡単に言う。慣れ方を見るに、こっちが兄なんじゃないかというしっかりさだが、まあ双子だし、私のお父さんも兄だけど、妹のフィルさんの方がしっかりしてるし、そういうものか。
「セリアに話があるんでしょ?」
「はい!わたし、フィル司令官にすっっっっごく憧れてて!今年は修剣士に女性が入ったと聞いて、そちらの方にも会いたいのですけれども、エネトル家の夜会で強い女性がいらっしゃったと聞いて是非お会いしたくて!剣をお使いになられたんでしょう?」
ルナ殿下がぐいっ、と詰め寄ってきて、私は上半身だけちょっと身を引く。
「あ・・・ええと、は、い」
カナリアは知らない情報だから、あんまり暴露しないで欲しいというか、それを広められると、本来の目的である裏組織の人間、もしくはその繋がりのどこかに警戒される気がして嫌だ。
「私じゃなくて、ラルが強いんです。ほらあそこにいる」
まず適当に、ラルに擦り付けよう。
「でも、犯人から自らすり抜けられたって」
どんだけ詳しいんだよ王女サマ!
「護身術です。ルナ殿下は習われていないのですか?」
「護身術は習いましたけれど、私は剣で戦いたいのです!」
「どうして?」
「どうしてって・・・。自らが強くなれば、自らも守れるし他も守れるではないですか。お父様が剣の腕を磨くのはそのためだと。―――わたくしは、腕力には自信がありません。しかし剣があればと思ったのです。でもたくさんの人から反対されて。お兄様とルイは良いのに、どうして私は駄目なのかしら」
頬に手を当て困ったように言う姿は、剣士よりもよっぽどお姫様感の方が高い、王女に相応しい振舞いなのに。王女なんて女性の憧れだぞ、私は興味なかったけど。
彼女の疑問の理由は単純だ。当たり前のことだ。
「それは、女だからでは?」
けろっ、と言った言葉に、背後でリクスの「は?」という小さな声が漏れる。お前が言うのかそれ、ってことなんだろうけど、それよりも、リクスって普段寡黙なくせにこういう時声出すのどうかと思うんだが。
「女だから、どうして駄目なのですか?それに、フィル司令官もセリアさんも、剣を持たれているでしょう?」
「私は抜剣しませんし、フィル司令官は、司令官になられる程の覚悟があられるんでしょう?」
”セリア”はそういうことにしておこう。貴族の娘がむやみやたらに剣を振りまわしていると思われたら、いやに注目されてしまう。もう取り返しがつかない気がするけど、とにかく。
「――――――剣は刃物ですよ。使いようによっては、傷を付けるだけじゃ済まない」
私は、フルコースを頂くために用意されていた、食事用のナイフを手に取った。
「本当に剣を握る気があるならいいですよね。はっきり言うと、このナイフですら、私は殿下を殺せますよ」
ルナ殿下は、大きく驚くことは無かったけれど、その言葉に動きを止めた。周囲がもし、常識がある人だったら、気を失っているんじゃないかな。カナリアは震えてるし、ベッカーとリクスはヒヤリとしてるし。・・・ラルヴァスは笑っているけれど。
私は今、いち(偽った)低貴族の分際で、王族を脅したのだ。しかも王女様を。
「・・・おや、ルイ殿下は驚いていないようで?」
「オーヴァ司令官とフィル司令官と話していると、こういう耐性もつきますから」
成程、こっちは何かと頼りがいがある。私は遺伝子を継いでる方だから、そりゃあオリジナルの方がもっとキョーレツだろう。
「でも、僕よりもルナの方が、武力の筋があることは確かなんですよ」
「でしょうね。歩き方で分かるわ。・・・別に、持たない方がいいって言ってるわけじゃない。持つなら相当強くならないと、世間は認めてくれない。特に王女なら猶更。もし真剣で戦う程の戦姫になればかっこいいでしょうしね。私はそれよりもまずは、混入物があるかもしれない飲み物を見分ける力をつけることをお勧めしますけど」
嫌味な奴だなー、と自分で思うけど、言わずにはいられないこともある。
一度突きつけられてみれば分かる。どんなに強くなったって、命はいつだって晒されたままだと。
「・・・自分が、得たほうがいいものを、ということですか」
「私はそう思います。偉そうに言えたことじゃないですけどね」
ナイフをテーブルに戻して、私はルナ殿下を見据えた。その瞳は――――――、あれもっと輝いてない?
「流石っ・・・!そうでなくては、困りますわ!」
今し方圧をかけたはずの相手は、無邪気な笑顔を浮かべていた。それはもう、とても嬉しそうで、華々しく飾られたピンクのドレスによく似合う。内容を知らなければ。
「フィル司令官といい・・・、どうしてそんなに覚悟をお持ちなのか不思議でたまりませんわ。そこが魅力的なのですけれど」
「は、はぁ・・・」
「またお話聞かせてくださいませ!セリアさん。あっと・・・、皆様も、お騒がせしました」
ルナ殿下は最後に可愛く微笑むと、嵐のように去って行った。
「・・・にしてもセリア。脅すのは無い、あれは無い」
「あはは」
「アハハじゃないだろお前、ルナ殿下がああいう方じゃなきゃ、今頃ここから摘み出されてるぞ」
リクスに耳の痛いことを言われる。確かにそうだけど。
「だって嫌いだし。興味だけの、生半可な覚悟で剣を握る人は。だから確かめたかっただけ」
きっとルナ殿下は、剣を持ちはしないだろう。
男女は関係ない。持たなくていい人間は持たなくていい。本当は誰も持たなくていい。
剣は、刃物は、武器は、――――――人を、傷つける。
守るためになんて偽善だ。私は前に突き進むために持っている。自分の願望を叶える為に、罪を償うために、――――――誰かを傷つけ、いつか自身を滅ぼすかもしれないと分かっていても。
「・・・あとは飯食って、ダンスパーティに切り替わったらまた面倒か」
「セリア言葉遣い」
「はいはいごめんなさい」
「何も反省してないだろ」
「まあね。美味しいものを食べるのに肩凝らせてちゃ勿体無いし」
「あ、あのう・・・」
カナリアが引き気味に話しかけて来たので、私はそちらを向く。
「先程、剣を握っていらっしゃるって・・・」
「うん、そうだよ」
舌が蕩けるくらいのローストビーフを飲み込む。美味い、これはかなり手間暇がかかっているし、素材の味が殺されていない。
「・・・・・・、以前、街で、お会いしませんでしたか。その・・・、・・・・・・」
あからさまに気まずい表情で言う。
「うん。会ってるよ。ラルヴ・・・ラルともね」
「やはり・・・っ!あっ、あっあの時は」
「ああもういいから。ちゃんと謝ってもらったし、ゼフも気にしてなかった」
「ゼフ・・・君と、いうのですね。・・・・・・」
みるみるうちに、カナリアの表情はしょんぼりとしていく。
「どうせ、さっきの・・・えと・・・、あの人の名前なんだったっけ」
「クレイア・ジェリー?」
ベッカーが、話が見えないはずなのに正解を言った。察しが早くて助かる。
「そう、クレイアさんみたいな人達に無理してなろうとしたんでしょ。良策とは全く言えないけど」
「・・・・・・、はい。セリアさんは、お忍びか何かで・・・?」
「まさか」
そっと人差し指を口元に当てる。
「セイラとは、いずれそのうち、ね」
カナリアが目を丸くして、・・・やがて頷いた。うん、賢い子だ。
アルフェドーラに疑惑が消えたわけではない。しかし、王城の兵士の位を持つベッカーやリクスと繋がりを持てば、カナリアだけでも接触を防げる可能性が上がる。そして、その家に深入りも出来なくなる。
カナリアは一見、ぱっとしない、強気な人間には言い返せない子だ。でも、踏み出せないだけで芯はしっかりしている。この後どう変わるかは分からないけれど、利用価値は確かだ。
私は彼女を盾ではなく、熔かして剣にして使う。なぜなら盾は持たない戦法の人間だからだ。
「セリア、どういうことだ?」
「ああ、ええっと―――」
ある程度省きながら、リクスやベッカーに説明していく。
剣を握らない仕事・・・だけれど、どっちにしろこれ、危険じゃないか?
食事後、ラルヴァスの一言。
「ちなみにお嬢様、ダンス踊れるんですか?」
答えは勿論、無言だ。




