ディジー・エンプティー・ディジー Ⅴ
レグロの葡萄薬。その呼ばれ方から、これを知っている人間からはレグロの葡萄自体、またはそれで作られた料理や飲み物すら敬遠される時がある。それが広まらないのは、元々レグロのワインが名高いお陰だ。葡萄薬が出回り始めたのは最近、しかも知られていないところで横行する違法薬物。対して、レグロ地方の酒というと、ユージュとアルギシアの貿易が始まる前から、貴族の間ではどうにかして手に入れようとする者もいたほどの人気の酒だ。何故それを私―――セイラが知っているかというと、それはペンネさんの仕業だ。
「レグロの名産はシェリエっていう品種の、とにかく甘みも酸味も強い葡萄なの。ワイン向けの品種で、スパークリングワインで有名なワイナリーの独占生産品なんだけれど、ジュースも丁寧に熟成していて美味しいのよ。透き通って綺麗でしょう?結構大人の味ね。炭酸は大丈夫?」
「ええ。お詳しいのね」
「一度、こういう場で頂いたことがあったので」
ついこの間のことだけどね!
「ああ確かに、これはエネトル家の夜会で出たね。今度母上に勧めておこう」
ベッカーは18、正確に言えば18になる学年なので、ワインの方を呑んでいる。アルギシアでは、国の機関をはじめ、職場や学校の区切りは4月からだ。つまり18になる年の4月が来たら、お酒が飲める。年齢制限があるものは基本18歳だったりもする。
「カナリア、こちらベッカー、でこっちがリクス」
指差し―――、手で示しながら、やって来た二人を紹介する。
「説明雑すぎない?初めまして、セリアの友人の、ベックフォード・フェルドカーティです」
「リクセンディア・クーリンガーデンです」
男性二人に頭を下げられて、カナリアも慌てて頭を下げる。また少し肩が縮こまっていて、私は目を細めた。明らかに、”フェルドカーティ”に反応しているのが伺える。
「だから、家は気にしなくていいって言ったでしょう?」
「でも、父は――――――」
「そうだね。それを気にされると悲しいな」
ベッカーが微笑んで頷いた。カナリアの不安そうな顔は、むろん晴れないけれど。
アルフェリア城の王家に一番近い家は、昔はアルフェドーラだったのだ。しかし、当主の汚職や跡継ぎ争いなどが起きて、後ろにいたライラック家に追い抜かれた。伯爵の位は剥奪されなかったとはいえ、その名前の効力も権力も弱く、またライラック家や、それと仲のいいフェルドカーティ家とは対立を深めている。
気にしない方がおかしい。つまり私たちがおかしいということになってしまうけれど。
親の喧嘩なんて知るか。ましてや、私は貴族ですらないので、その辺の争いには特に関係ない。
「どうしても気になるなら、ほらリクス」
「なんで俺を差し出す」
「クーリンガーデンはどことも大きく対立していない珍しい家じゃん。この際だから女性に慣れようよ。同い年なんでしょ?」
「・・・」
「・・・」
ベッカーがリクスを押し出すも、リクスの方もカナリアの方も固まる。まあそうでしょうね。
そのカナリアは、ちら、と不安げに視線を向ける。
「どうかされましたか?」
その先は、私以上に愛想笑いが全開のラルヴァス。・・・・・・とここで、私はとんでもない計算違いを犯してしまっていることに気付いた。
私は化粧してるし雰囲気変えてるしどうにかなるかもしれないけれど、ラルヴァスはそうじゃない。いや、服は変えてるし、多少は男性用のめかしもしているけど、私ほど化け・・・うん、化けてはいない。
ゼフの時にがっつり顔を合わせているそれが、今目の前にある、のはまずい。
「いえ、以前どこかで・・・、いや、似た方だったのかもしれませんが・・・」
幸運にも、自信なさげな問いだったため、ラルヴァスは容易く躱す。
「・・・申し訳ながら、わたくしは初めてお会いしたように思います」
「そう、ですよね・・・・・・」
先程から、ラルヴァスはにこやかに笑うだけで、私たちの後ろに静かに控えていた。けれども目ががっつりワインやら食べ物やらに向いている、付き人失格者だ。お前も未成年だろうが。私と同い年なんだから酒は飲めねぇだろ。
現在は歓談するために飲み物や軽食が用意されているが、そのうち向こうに用意されているテーブル席に着く。そこで殿下たちが登場して、あれやこれやあったあと食事、最後に夜会ばりのダンスパーティという段取りだ。その3つ全てが開催できるほどの大広間の方にびっくりするけれど。
「失礼いたします。そろそろお席の方にお願いいたします」
城の使用人さんが近づいてきた。手が指す先はテーブル席。ベッカーが頷いて、ごく自然な動きでカナリアに手を差し出した。
「えと・・・」
「ご令嬢をエスコートするのは、男の役目ですから」
普段、修剣士のベッカーからは想像つかないスマートな対応に、私は内心苦笑いをする。貴族って大変そうだなぁ・・・、って、大分他人事に。
「・・・えーっと」
ふと、私の斜め前にいたリクスが、困惑げにこちらを見ているのに気づいて、私は笑いかけた。
「普通のご令嬢だったら、その対応だと笑われるか舐められるかのどちらかよ」
「分かってる」
「まあ私は普通じゃないので結構です。自分の足で歩けるわ」
「そうか」
小さくうなずいて、ベッカーの後ろを歩き出すリクスについて行く。
ちょっと疲れて来たし、座りたかったところだ。慣れない高いヒールが、足の疲労を助長しまくっている。
―――本当は私だって、こんなことをしている暇があったら訓練に明け暮れたい。
誰にも負けないくらい強くならなければ、と、ただまっすぐ前にだけ進めたらどんなに幸せだろう。
でもそれでは「追えない」のだ。
私の中に少しでも罪悪感があるなら、償いたい気持ちがあるのなら、或いは、”彼は生きている”なんていう、本当だったら奇跡のようなことを信じているのなら。剣だけじゃなく、あらゆる面で強くならなきゃ追えない。それだけ遠くに彼は行った。・・・行かされた。
どうか生きていてください、私の相棒。私がたった一人、相棒と認めた人間だよ、あなたは。
「お嬢様」
ラルヴァスの声で、思わず立ち止まっていたことに気付いた。
「あ・・・、あはは」
「あははじゃありませんよ。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫・・・大丈夫」
ゆっくりと息を吐いて、頷く。
「――――――何かあったら手助けするから」
周りに人がいないのをしっかり確認してから、”ラルヴァス”はそう囁いた。
そんなことを言ってくれているのに、
「馬鹿にしてる?」
―――なんて、自分も大概可愛くないな。
「まさか、主を馬鹿にするなんて、いち付き人の私になんて出来ませんよ」
本人はさっさと”ラル”に戻る。器用に、くるくると自分を使い分けるのが上手い。
私が、「ラルヴァス」という男にむかつく、一番の理由。いっつもやっかむくせに、すーっごくたまに優しいところ。
相棒と被って、本当にむかつく。
「あーもう、面倒ったらありゃしない!だから王家主催系はあんまり出たくないのにさ・・・」
席に着くなり漏れたのは、ベッカーの愚痴だった。丸テーブルが各所に配置されていて、その間隔は、テーブルカートが余裕で通れるくらい広くとられている。音楽が鳴り響き、そこまで静かではない会場で、その声は同じテーブルについた私たちにしか聞こえなかった。そうじゃないとベッカーの株がガタ落ちだ。
「ベッカー、カナリアさんが目を丸くしてるから。まだ仮面は被っとけ」
「はいはい」
成り行きで、私達と同席したカナリアは、突如変わったベッカーの振る舞いにびっくりしたのだろう。
「カナリア、こいつは結構毒持ってるから、気を許さない方がいいわよ」
「・・・」
私が言うと、カナリアは黙ってベッカーの方から身を引いた。したがって私に近づく。
「セリアに信用度寄せてもあんまり変わらないと思うんだけど」
「あら、ベッカーよりマシよ。同性だし、私の方が裏が無いもの」
「自分で言う?セリアも腹黒さ変わらないと思うよ」
「自分も腹黒だって認めたような言い方じゃない?」
「自覚症状が無い人よりマシだと思うけどね」
「だからお前ら、カナリアさん挟んで言い合いするなよ。両方腹黒いし、むしろ普段タッグ組んで責め立ててくるくせに」
リクスが一番正論だ。カナリアがさらに縮こまってるし。
私とベッカーは腹黒いというよりも、気に食わない奴に容赦しなくていいときは、一切しないタイプなのだ。ちなみにラルヴァスとリクスはどんな相手でもいなすタイプ。
勿論、容赦できない場合は色々考えるけど。
「・・・あの、セリアさん」
「ん?どうしたの」
「・・・・・・視線、が、あちらから」
そういいながら、カナリアがちらと視線を向けた先は、私たちのテーブルにほど近い壁。そこに立っているのは、不格好に2本剣を携えて、かなり不満そうな表情をしてこっちを見ている、兵士服の男だ。
「ああ。気にしなくていいのよ、気にしなければいいの」
「私、機嫌を悪くしてしまったでしょうか・・・」
「付き人に機嫌もくそもない。あれは私たちは料理を食べられるのに、自分は食べられない悔しみの視線だから気にしない、気にしないしないしない」
「セリア口調がおかしい。ラルも、自分の仕事ちゃんと分かってるんだよね?あれ」
「ラルさんは、セリアさんの護衛なの?」
カナリアに訊かれて、私は言葉に詰まった。
「護衛なの?」
「俺に訊かないでくれよ」
リクスも困惑気な顔をする。
「・・・まあ、付き人というかなんというか。もし何かあったらあいつが動くよってだけの、・・・うーん、護衛が一番近いかな」
その証拠に、本人は料理が食べられない現状を前に、悲しそうな目をしている。そりゃ、主人と並んで食べるわけにはいかない。職務中だ。・・・ラルとしてもラルヴァスとしても。それ言ったら私もリクスもベッカーも含まれてしまうけど。
「へぇ・・・。かっこいい方ですね」
はぁ?
「セリア、声出てる声出てる」
ベッカーに言われて、思わず口を塞ぐが遅い。
えー、は?あいつが、かっこいい方、だと!?
「カナリアはああいう顔が好みなの?」
「いっ、いえ!そういう意味ではなく、単純に・・・その、ええと」
「ラルが顔が良いのは確かだろ。はぁ、とか言うセリアがおかしいんだよ」
「だって・・・」
ラルヴァスなんて所々イラつく同僚としか考えたことないし。嫌いじゃないし、気は合うと思うけど、それ以上も以下もない。イラつくのはその・・・被るせいだし。
「それより・・・、俺らは固まってていいのか?」
「食事の合間まで仕事する気?」
「・・・いいならいいけど」
そうだ。食事くらいゆっくりとらせろ。私たちは朝から働きづめなんだよ!・・・と、見えぬ上司に。
そもそも、もうカタマリができているのだ。仲のいい者達同士で座るから、無理矢理私たちが個々にねじ込んだって、多分そうそう話は出ないし、食べ終わるまでメンバーが固定されてしまう。明らかなターゲットがいるのならともかく、食事後にあるダンスの時間に、立ち話世間話くらいが、今回のような多人数から情報をとるのに向いている。
「レグロ地方は栄えてるみたいね、本当に。葡萄ジュース、というかワインもそうだけど、特有の柄がユージュ王都の最先端らしいわよ。どう輸入してるのかは知らないけれど」
「ああそれ聞いた。ジェリー家の人でしょ?色んな人と話できたけど、ユージュの爵位ある家とアルギシアの爵位ある家と同士で、協力貿易っていうのはなかなか難しいことらしいね。狙い目は、ユージュとやり取りしてる商家に近い、商家じゃない家かな?領主系は爵位が上がりにくい傾向にあるから、なお要注意」
おいおい部外者の前でがっつり話していいのかよ、という目をリクスがしているが、甘い甘い。この話をして、カナリアが少しでも感づけば、アルフェドーラ家は怪しいということだ。まだポカンとしているから、微妙なところだけど。
―――アルギシア王族の排除。それにどんな意図があるかは、結構定めにくい。
裏組織は裏で蔓延ればいいのに(よくないけど)、どうして表に出てしまうのだろう。利点が分からない。復讐とか、単純になりかわりたいからとか、あとは・・・新しい世界を創ろうとかいう新宗教?でも、今のアルギシアは、そこまで国民から不満を持たれていないイメージがある。もちろんとても素晴らしい、なんてのは無理だけど、兵士の子という私でも、国の風潮がそこまで悪くないのは分かるし。
名や家を上げたいのなら、王族を斬るより、王族にとり入った方が、今後が保証される。そもそも、王族を全員抹消なんてのはデマで、実は別に意図があるのをカバーリングしているだけかもしれない。
分からない。本当に、謎しかない。それを知るには、とりあえず追うしかないなんて面倒な。
「お、本日の主役が登場するみたいだよ」
軽いノリで言っていいのかも微妙なことを、ベッカーが言った。ああでもよく考えたら、従姉弟なのか。ベッカーのお父さんの妹がシトロワ殿下で、その子がルナ殿下とルイ殿下なのだから。とはいえ歳の差が5つなら、かなりお兄さんって感じなのだろうけど。
見ると、ステージが何やら慌ただしくなっている。テーブルが用意されていて、そこにお2人が座るようだ。では暫し、パーティ(の料理)を楽しむとしよう。お披露目が終わらないと出てこないけどね!
司会が挨拶をして、それから、2人の少年少女が入ってくる。
ひとりは、長い光る黒髪を綺麗に結って垂らし、琥珀色の瞳を輝かせた、まじ「お姫様だ!!!!」って感じの、ルナ王女。もうひとりは、姉と同じ黒髪をきっちり整えて、また同じく琥珀色の瞳を輝か・・・せてはいないけど、携えた、ルイ王子。こちらもきっちり王子って感じ。というか、2人ともカイ殿下に似てる。
拍手は割れんばかりだった。純粋な拍手と下心含みの拍手、どちらが多いのかな?・・・私は楽しみ方を間違っているだろうか、いや、いまい。
「本日はわたくしたちのためにお集まりいただき、心より感謝申し上げます」
ルナ殿下が代表して挨拶をはじめる。よくある挨拶。
「うわー成長してる。お兄さんショックだなー」
ベッカーはお構いなく呟いて、リクスとカナリアは真剣に話を聞き、ラルヴァスは料理に釘付け。
誰か、客の様子観察しろや!特にラルヴァス、お前が一番怪しまれないだろ!!
内心ため息をひとつ、私はちらりと周りの様子をうかがう。
先程のジェリー家の人は、どうやら王族よりもベッカーの方に目が行っているようだ。視線が合わないように気を付けつつズラすと、そのおつきの人間がステージに釘付けになっているのが視界に入る。彼女たちだけでなくとも、あまりステージ以外に目が行っている人間は居ない。
ひとり・・・、めっちゃそわそわしている少年がいる。ああ、可愛い子が同じテーブルに座ってて、その子がかなり王子の方に集中してるからか。私達10代だと、年齢差って結構広く感じる。殿下たちと同年代そうな彼らは、確かにそういう目で見てもおかしくないかも知れない。
私たちとほど近い年齢は、そういう面ではどちらかというと参加者目当てが多いだろう。あと、歳の近い王族とお近づきになっておこうとか。
使用人も、今は手を止めて、王女の話を真剣に聞いている。次の準備をと、音を立てないように静かに動いている人間もいるが、至って怪しい素振りは見受けられない。私だけじゃ判断できないが。
そもそも、このパーティで、裏組織にどっぷり漬かっている人間に会えるとは思っていない。裏組織の人間そのものは尚更。
まだ権力を持たない者の集まりだ、だからこそ狙われる。経験と自信の少ない彼らの中には、甘い話にほいほい釣られるカモだっている可能性もある。でもそういう奴に、詳しい情報を渡すほど裏組織はバカじゃない。せいぜい聞いても髪の毛一本、いや服の毛玉程度しか得られないに違いない。
そろそろかな、と視線を戻そうとして、―――壁際に立っていた人と、かちりと目が合った。
油断した!と思うのもつかの間、その人は即座に優しい笑みを浮かべ返す。さっきまでいた記憶のない男だ。服装は貴族のそれで、年齢は私と同じくらい。背格好はラルヴァスに似通っている。適度に跳ねた茶髪に、仄かに青く光る瞳。うん、・・・誰?
何故席に座っていないのだろう。飲み物も持たず、客には気づかれず、使用人の人たちには見咎められていない。どういう・・・こと、だ?
「それでは、乾杯を―――」
挨拶が続いていたようで、我に返ると、周りがグラスに手を伸ばしていた。乾杯の合図をせんとする、両殿下の光差すグラスを見て――――――、
「う、わっ!!」
私は思わず叫んで、立ち上がり、そのまま椅子に引っかかって転げ落ちてしまった。




