雨降る虹 hardest rain
あの日も雨が降っていた。--いや、晴れていただろうか?
曇っていた気もするし、それともみぞれだったろうか。
雷雨だった覚えもあるし、もしかしたら暴風だったかもしれない。
とにかくその日はツイてなくて、全世界を敵に回したような気分だった。
だってそうだろう。財布を落としたんだから。--ああ、あれには全財産が入っていたんだ。
私は項垂れながら、路地裏を歩いていたんだ。灰色の野良猫は親し気に「にゃあ」と啼き、カモメは私のことなんか気にもとめずに波止場を舞っていた。潮風。そう、潮の匂いはいつもそこにある。
海! ああ、海ってなんていいものなんだろう。
私はとぼとぼと歩いていてふと顔を上げーー立ち止まった。虹が出ていた。
ああ、神が休戦し地上に置いた七色の弓よ!
灰色の分厚い雲の手前に、虹が掛かっていたのだ。
私はそれを見上げた。--見上げたのだ。
だって、見ずにいられるだろうか?
これは奇跡だ。私は思った。
ああ、なんて綺麗なんだ。私の口からは思わず感嘆の声が漏れる。
だってそうだろう。
この世は神が作りたもうたのだ。全ては満たされていて、不足などなにもない。全てはそこにあって、神に等しくかしづいている。
そんな気にもなった。
ーーそうだ、笑ってくれ。無数の水滴が、電磁波を折って空に描くもの。ただの自然現象が、私にそんな気を起させたのだ。
ああ、だから世界は美しい。
美しくて、そしてーー
ーーどうしようもなく。
雷光が一瞬、世界を黒と白に染め上げる。
「残酷だ」
私はアスファルトの地面を蹴った。
だってそうだろう。
私たちはいつだって重力に引かれていて、それは生涯変わらないのだから。
何がそこにあったか? 簡単だ。
世界は白と黒に染め上げられて、けれどそこには第三の色が存在する。--血の匂い。
ああ、人間は残酷だ。それとも世界が残酷なのか。それとも天が残酷なのか。
神が自らに似せて我らを作ったのならまた、神も無慈悲であっただろうか。
命乞いなど無意味だった。なぜならーーそういえばなぜだろうな?
命乞い、聞いてやってもよかったのではないだろうか。
ともかく私は煙草に火を付けた。
だってそうだろう、一仕事の後の一服は格別だ。このために生きているといってもいい。
ーー生きている?
そうだな、まあ、わりと。
そう、私は生きている。
死んではいないから生きているのだし、脈を押さえればどくどくと脈づいているのを感じる。
肺は空気を没するし、思考すれば腹も減る。それはたぶん生きているということだし、まだ死んではいないということなのだ。
ーーネガティブ。
私はひとりで笑い飛ばす。
無限の精神力を持つ楽天家になら、この状況はどう見えるのだろうか。
世界中を敵に廻してーーああ、そうしたら、無限の楽天家にはどう見えるんだろうな、この路地裏のなんてことない風景は。
飛んできた新聞を私は拾い上げる。
「WNATED」
そこに並ぶ犯罪者の顔の中には、私の顔もある。
それで。ああ、どうすればいいんだろう?
ふいに私は苦笑した。
ああ、”どうすればいいんだろう”なんて、なんて能動的なんだろう。
何もしなくていいじゃないか。
ただ座して死を待つ。甘んじて受け入れる。それもまたーー
「人生だ」
とにかくその日はツイてなくて、全世界を敵に回したような気分だった。
あの日も雨が降っていた。--いや、晴れていただろうか?
曇っていた気もするし、それともみぞれだったろうか。
雷雨だった覚えもあるし、もしかしたら暴風だったかもしれない。
ともかく私は間違いなく、その日も呼吸していたのだ。
(おしまい)
これはなんでしょう。(疑問形)
ふと思いついたようにワケわかんないものを書きたくなるのでした。リハビリ。
アニメにも漫画にもない小説だけの強みって何だろう、って考えて。
人物の「内面」を描けることだよな、と。
語り手が長冗舌のラノベとかその最たるもんだよなぁ、あれをアニメにするのは果たして原作のミリョクを削いではいないんだろうか、なんて考えつつ。
逆に会話文のみで進行するSSで、「地の文てストーリーに必要あんの?」的な極論も見たこともあって。
それはそれで面白いな、とも。
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