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精霊の姫君と五人の守護者  作者: 山本みこと
精霊の姫君と五人の守護者 本編
6/47

三、消えた王女 2

 試合が始まってすぐだった。一度控えの間へ下がった乙女は忽然と姿を消した。気づいた時には影も形もなく、まさに魔法のように。


 その時点で騒ぎにならなかったのは、花冠の乙女はアイラだと皆が思っていたからだ。会場に王女二人の入れ替わりを知る者はいなかった。

 さすがにリエラの筆頭侍女であるマティアがアイラに付き従うのは不自然であったので、リエラは彼女を連れて行かなかったのだ。

 また、アイラに対する警護や対応はどこか距離を置いたものであったから、人目に触れず単身抜け出せたことを誰も疑問に思わなかった。そして、たとえ厳重な警備を布いていたとしても、そのくらいのことはやろうと思えばできると、国王は知っていた。ここまでおとなしく従っていたと思ったら最後にこれだと、苦笑した。

 国王が全く気にせず、怪魔憑きと噂される王女のことだけに、他の者もそれに倣った。

 それだけのことだった。


 騒動の始まりは一行が王宮へ戻り、リエラ付きの侍女マティアの証言によって、あの花冠の乙女がアイラではなくリエラだと判明してからだった。

 犯人側からの連絡は一切なく、捜索を始めるのが遅れたために手がかりは一向に見つからない。アイラに話を聞きに水蘭館へ行けば、中へは一歩も入れない。

 そうして水蘭館が沈黙を続けるに至って、リエラもそこにいるのではないかという憶測が囁かれた。何の為かわからないが、これは二人の王女の狂言なのだと、そんな希望的観測に縋る思いで、王妃は水蘭館を訪ねたのだ。


 今、ファンナ王妃とアイラは水蘭館の応接室で向き合っていた。二人きりで話したいと望んだのはファンナ王妃の方だ。王妃の侍女たちは控えの間に、侍従と従士はさらに離れた廊下にいる。

 ファンナ王妃の話ぶりは、終始感情的でわかりやすいとは言い難かったが、それでも一通り話を聞き終え、アイラはようやく事情を飲み込んだ。


「リエラはいったい、どうしているのか……あの子のことを思うとわたくしは……」


 部屋に通され椅子に腰掛けた王妃はいくらか落ち着きを取り戻していたが、憔悴ぶりは明らかだった。顔色も悪い。眠れていないのではないだろうか。


「お役に立てず、申しわけありません」


 謝罪して、そっと王妃を窺う。自分の体質上、寝不足の人間を見ると心配になる。アイラは少しためらってから、続けた。


「ファンナ様。リエラのことはお父さまたちにお任せして、少しお休みに……」

「お黙りなさい。あなたに同情などされたくはありません」


 強く遮られ、アイラは口を噤む。

 王妃はさも不愉快そうに顔をしかめ、冷ややかな声で言った。


「どうして入れ替わるような真似をしたのかは今更問いません」


 アイラに取り乱したところを見せたのがよほど悔しかったのか、態度はいつにも増して高飛車だ。


「何か、心当たりはありませんか」

「心当たり……?」

「犯人、もしくは動機についてです。あなたに恨みを抱いている者、あなたを拉致することで利を得る者はいませんか」

「あの……いなくなったのがリエラの意思ではなく、何者かによって連れ去られたというのは確かなのですか?」

「あの子が自分で姿を消すわけがないでしょう!」


 ファンナ王妃の説明ではその点がはっきりしなかったので確認しただけなのだが、まずかったようだ。アイラはとりあえず、拉致という前提で会話を続けることにした。


「ファンナ様は、リエラがわたくしと間違われて攫われたとお考えですか」

「当然でしょう。あの場にいるのはリエラではなくあなただったはずです。あなたたち二人は実に上手くやりました」

「そうおっしゃいましても、わたくしとお付き合いのある方はファンナ様もご存知の通りです。そうですね……最近、わたくしは他の方から見て大変価値あるものをいただきましたけれど」


 王妃は鋭い視線をアイラに向けた。


「考えの一つに入れておきましょう。けれど、今あなたに何かあれば、レヴィエナはリエラのものになるでしょうね」

「そうですか……」


 そう答えた途端、王妃の様子が変わった。


「何です? そのいい加減な返事は? あの子がレヴィエナを賜るなど、そんなことなどないとでも言いたいのですか?」


 とんでもない方向からの攻撃に言葉が思い浮かばず、ただ王妃を見つめる。すると王妃はますます眦を吊り上げた。溜まっていた鬱屈がぶつける対象を見つけて爆発した、そんな感じだった。


「何ですその目は? わたくしを馬鹿にしているの? レヴィエナはあの子の、リエラのものだったのです! わたくしはそう思っていました。それを、何故あなたなどに……っ、いつもいつも、わたくしの子供たちに災いをもたらして……今度はリエラまでっ」


 唇を戦慄かせ、手にした扇を思い切り投げつける。

 しかしそれはアイラをかすめもしなかった。王妃の狙いが外れたのでも、アイラが避けたのでもない。扇は顔にぶつかる寸前でぴたりと止まり、床に落ちたのだ。

 それを見た王妃は、眉をしかめ、一転して抑えた声で一言。


「気味の悪い力だこと」


 そう言われてもと思いつつ、アイラは扇を拾って差し出した。


「ファンナ様」


 淡々とした調子を崩さないアイラに、王妃は忌々しげに言った。


「少しは心配そうにしたらどうなのです? リエラはあなたの身代わりになったようなものなのに……まさか、わかっていてリエラに押し付けたのではないでしょうね」

「わたくしに予見の力はありません」

「わかりませんわ。花冠の乙女を譲るなど考えられぬこと。それになんと言ってもあなたは怪魔憑きですもの。本当に、攫われたのがあなたなら良かったのに」


 迂闊に答えるとまた癇癪を起こされそうで、何と言ったものかと考えているうちに、王妃は勝手に納得したらしく、一方的に話を切り上げた。


「もうよろしいわ」


 すっくと立ち上がると、倣岸に顎を逸らす。


「よくわかりました。攫われた妹のために痛める心は持ち合わせていない、というわけですか。あなたに期待したわたくしが浅はかでした。帰ります」


 何を期待されていたのかよくわからないまま、アイラは頭を下げる。部屋を出て行く王妃の足どりは、ここへ来た時よりもよほどしっかりしていた。

 扉が閉まり、王妃が視界から消えた瞬間、盛大な声が響いた。


「アイラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


 同時に後ろから抱きつかれたアイラは、慣れた様子で肩越しに振り返った。


「どうしたの。ゼラ」

「なんだよあれ! なんでやり返すの止めんだよ! 一発や二発バチ当たんねえって」

「やり返すって、ファンナ様に?」

「他に誰がいるんだよ」

「ファンナ様はいつも通りだったわよ」


 どうしてそんなに怒るのかわからないという顔だった。


「いつも通りィ? それは間違ってるぞ。絶対間違ってる。いつもやな女だけど、今日はさらに最悪だった」

「それはリエラが行方不明だからよ。理解できないところもあるけど、やっぱり信用できる方よね、ファンナ様は。あの方はリエラを本当に大切に思っていらっしゃるもの」


 激しくズレた答えに、思わず力が抜けそうになる。が、ゼラは何とか踏み止まった。


「そうじゃなくて、自分のことだろ! あの女、扇なんか投げつけやがって!」

「あ……返しそびれてしまったわ。どうしましょう」

「どうしましょうじゃなくてだなあ、怒るところなんだよぅここはぁ」

「怒るところなんて、一人一人違うわよ。ファンナ様はいつもあんな感じにわけがわからないし、扇を投げつけられるくらいは平気よ」

「扇だって当たれば痛いし、けがすることもあるだろ」

「どうして? だって、いつもそばにいてくれるんでしょう」


 真顔で言われて言葉に詰まったところに、メルの声が滑り込む。


「はい。ゼラの負け」


 いつの間にか見物人が三人に増えていた。


「だから無理だと言ったろう」


 セリムが最初からわかっていたことだと笑う。


「僕はゼラを応援してたんだけど。僕あのひと嫌い」

「そーだろカタム。そう思うよな。なのになんで味方はおまえだけなんだ」

「考えてもみるんだな。相手はリエラを心配して、寝不足の王妃だぞ?」

「的確に仲間意識を刺激してるよねえ」

「反応する部分が間違ってる気がするのは俺だけか……?」


 本人を前にして平気で言い合う声を背中に聞きながら、アイラは窓辺に立った。そっと窓硝子に触れた指先がカタカタと震えて音を立てた。思わず指を握り込み、唇を噛む。リエラのことを考えると、胸の下あたりが捻じ込まれるように痛んだ。

 窓の外には、来た時と同じようにぞろぞろと供を連れて帰っていく王妃のぴんと伸びた後姿が見える。


「心配なんて、しているに決まっているのに」


 か細い声で呟くと、頭に馴染んだ重さが掛かった。

 静かに触れる、大きな手。見上げなくてもギルだとわかる。いつも少し後ろから見守ってくれる長身にそっと背中から寄りかかる。体を包む腕が心地好い。頭がやっと胸に届くくらいの、その身長差がアイラは好きだった。

 そのギルの右横から、ひょっこりとメルが顔を出す。


「アイラはファンナ王妃の前だと、特に表情硬いからねえ」

「そうかしら?」


 それに対する答えはセリムから返った。


「まあ、あれだけ露骨に嫌われていれば仕方がないだろう」

「わたくし、嫌われているの?」

「鈍すぎるぞ、アイラ」


 アイラの左隣に回ったゼラは、力が萎えたように窓枠に片手をついた。カタムはみんなの下を潜ってアイラの前に回り込んだ。


「ね、元気出して。リエラ王女は僕たちが見つけてあげるから」


 アイラの顔に自然と微笑みが広がる。アイラがこんなふうに、光に溶けるような顔で幸せそうに笑うことは、彼らしか知らない。

 アイラは、彼らがここにいる理由を尋ねたこともなければ、考えたこともなかった。けれど、彼らがいつも当たり前のようにそばにいてくれたから、アイラは自分が不幸だと思ったことは一度もない。

 彼らはシュタル王とは別の意味で、また特別だった。


「ギル。セリム。ゼラ。カタム。メル」


 周りを囲む顔を、一つ一つゆっくりと見つめ、ふわりと笑う。


「ありがとう。嬉しいわ」


 しかし、その微笑はすぐに消え、祈るように空を見上げた顔は、ひどく厳しいものだった。


「リエラ……」


 アイラは不安に波立つ胸を強く押さえた。

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