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精霊の姫君と五人の守護者  作者: 山本みこと
精霊の姫君と五人の守護者 本編 2
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十七、めぐりあわせの雨夜 5

「わたくしに助けを求めてきたのよ! だから、行かなくてはならないの!」


 アイラが叫ぶように言い放つに至り、ダグとルーはようやく気づいた。冷静に見えていた彼女だが、実はそうでもないのかもしれないということに。

 確かに、アイラは自分の身に起こったことについては動揺した様子がなかったが、思い返せば、アイラの感情が揺れるのは、決まって『あの子たち』について語るときだ。アイラの関心は、自分のことではなく、常に精霊に向けられていた。ジュマスに怒りを向けたのも、しつこいくらい鏡を入手してどうするのかと尋ねてきたのも、今、ジュマスのところへ戻ると言い出したのも、全部同じ理由からだ。

 精霊が大切だからだ。大切なものを傷つけられて、冷静でいられる人は少ない。

 こんなふうにダグとルーの目の前で行動を起こせば、止められるに決まっている。いったんは素直に頷いておいて、後でこっそり戻るほうが利口なやり方だと誰にだってわかる。わかっていても動かずにはいられないくらい、本当は彼女だって混乱しているのかもしれない。

 そして、もう一つ。聞き捨てならないことをアイラは言った。


「アイラ。さっきも言ってたよな。あの子たちって」

「あの鏡の中の精霊に助けてと言われたのか……?」


 まさか、と思った。そんなことがあるわけがないと思う一方で、彼女ならあり得るのではと思う。

 アイラは途方に暮れたようなあどけない表情で瞳を揺らした。


「小さな、精霊たちが」


 アイラの声はほんの少しかすれていて、少年たちは、未知の扉を開けるときのような高揚感に息を詰めた。


「わたくしを、呼びました。たすけて――と」


 ルーは身を乗り出した。ようやく、このアイラという名の少女の断片を掴めたような気がする。やっと手に入ったその断片を、ずっと引っ掛かっていた部分に当てはめると、今まで見えなかったものが見えてくる。


「じゃあ、アイラをあの屋敷に置いて行ったひとって」


 潜めたルーの声には熱があり、ダグも熱心にアイラをうかがっている。そこにあるのは不安や警戒ではなく、好奇心と期待感だ。そして、アイラは彼らの期待を裏切らなかった。


「かれらが……たくさんの小さな精霊たちが、わたくしを運びました」


 暫時、雨音だけが室内を満たし、やがてルーは仕方なさそうに、けれど楽しそうに笑った。


「どうしよう。納得できてる自分にびっくりだよ」

「最初に聞いてたら、何の冗談? だったよなあ」


 ダグはアイラをまじまじと見つめた。

 複数の精霊が、アイラにはこの災禍を打ち払う能力があると判断したということだ。少なくとも、精霊にそう思わせるだけのものがアイラにはあり、そして、矛盾するようだが、彼女が選ばれた最大の理由は、能力とは全く別のところにある気がした。


「あの、さ……例えば、対価をもらうとか条件つけるとか、そういう手続きしたか?」

「いいえ」


 答えるアイラの声は、もう揺らいではいなかった。


「思い当ることはございません」


 そうだろうとは思ったが、やっぱりな。契約は、なし。


「信じられるかーって言いたくなるはずなのに、ならない」


 小さな精霊たち、とアイラは言った。たぶん、アイラをジュマスの屋敷に送り込むにあたり、相応の代償を払ったはずだ。にもかかわらず、精霊たちは契約という形で保証を求めなかった。本当に純粋に救済を願っただけなのだ。


「なんて言ったらいいんだか」

「そこまで好かれるって……」

「面白い」


 その声は、唐突に空間に割り込んできた。

 居ないはずの男の声に少年たちは弾かれたように上を向き、やや遅れて、アイラも緩やかに視線を上げた。


「実に、面白いね」


 笑いを含んだ声は、上から降ってくる。なのに、見上げた先には汚れた天井があるばかりで、変わったものは何もない。

 少年たちは素早く目を見交わした。ルーはジュマスに会ったことがない。そうなのか、というルーの無言の問いかけに対し、ダグが目顔で肯定するその間も、声は止まなかった。


「やあアイラ。遅くなってごめんよ。足跡を追うのに少し手間取ってしまった」


 アイラは少年たちほど驚きをあらわにはしなかった。多少表情が硬くなったので緊張はしているようだったが、親しげに名を呼ばれ話しかけられると、真顔で首を傾げた。


「特にお約束はしておりませんから、遅刻にはなりませんでしょう?」


 ルーはつんのめりそうになった。この状況で指摘するところが、そこ?


「謝罪なさる点が違うように思います」


 確かにその通りだけれども。他に気にするところがあるだろうと言いたい。


「無断でお邪魔したことを詫びるべきだったかねえ。おっと、大人しくしていなさい」


 ダグは顔をしかめて動かしかけた手を止めた。


「警戒しなくても今は何もしない。いい子にしていたらご褒美をあげようじゃないか」


 馬鹿にした言い草だ。これにはダグだけでなくルーも腹立たしさを隠せなかった。素直な反応がおかしかったのか、ジュマスは声を立てて笑った。


「ははは。毛を逆立てた猫みたいだな」

「わざわざからかいにいらしたの?」

「いや。アイラに伝えたいことがあるのだよ」

「わたくしに?」


 少年たちとは違い、アイラはごく普通の客に対するような穏やかな態度を崩さなかった。しかし、ダグは気が気ではなかった。今は冷静に見えるが、アイラの取り乱した姿を目の当たりにしたのはつい先ほどのことである。そのことがあるので、ルーもまた、アイラに対して漠然とした不安を感じずにはいられなかった。

 何をするかわからない突拍子のなさと、大胆で無鉄砲な行動力がアイラにはある。不安定になっているところを下手に刺激されると、それが良くない方向に発揮されるのではないか。

 はっきりとそう考えたわけではなかったが、危なっかしさをなんとなく感じ取れるくらいには、二人は今夜会ったばかりの少女に興味を抱いていた。

 少年たちの心配をよそに、アイラは淡々と話を進めていく。


「では、ご用件をうかがいましょう」

「こんな男の話なんか聞く必要はない……!」


 ダグは焦燥感から押し殺した声で囁きかけた。気遣わしげな響きを帯びた声に、ジュマスへの反発から出た言葉ではないとわかったのだろう。アイラの瞳が少しだけやわらいだ。

 ダグは最初からずっと、ジュマスからアイラを遠ざけようとしている。危険から庇おうとしてくれる気持ちがあり難かった。けれど、ジュマスはアイラを名指ししているのだから、大人しく後ろに隠れているわけにもいかない。

 アイラは生真面目な口調で言った。


「わたくしもこの方にお尋ねしたいことがございますから、会話は必要です」

「おやおや。ならば私が先に答えようかね。さあ、なんでも訊いてくれ」

「アイラ。いいから黙ってろ! 話はこっちがする」

「少年。そろそろ口を閉じなさい」


 優位を確信している余裕の中に、不穏な気配が混じる。


「でないと、黙らせるよ」

「ダグ」


 このときにはいくらか冷静さを取り戻していたルーは、窘めるように相棒の名を呼んだ。その眼が逆らうなと言っている。ダグはひどく悔しそうだったが、結局無言で唇を噛んだ。

 アイラは二人のやり取りを横目に納め、さっそく本題に入ることにした。


「鏡に精霊を閉じ込めたのはあなたのなさったことですか?」

「アイラの関心が私自身のことでないのが少し残念だが、私の技に興味を持ってもらえるのもそれはそれで嬉しいね。感想をもらえるのかな」

「あの鏡と同じものが他にもあると聞きました」

「しばらくあれに凝っていたからねえ。鏡に限らず色々試してみたよ。宝石箱、絵画、櫛、煙草入れ、香水瓶、杖、食器……そういうどこにでもあるもので手当たり次第やってみた、というところかね」


 アイラはもう声のする上方を見ていなかった。落ち着いた眼差しがゆっくりと注意深く部屋の中を巡っている。


「あなたのお屋敷に置いてあるのですか?」

「あると言ったら、もう一度来てくれるかね?」

「拝見させていただけるなら」

「見るだけでいいのかな」

「どういうことでしょう」

「実は、私の話もそのことなのだよ。考えたのだがね、アイラに全部あげてもいい」


 アイラは目を見張った。


「わたくしにくださるの?」

「そう。すべて。私が持っているものも、ケルゼリエに残っているものも、検使院が押収したものも、ひとつ残らず、全部だ」

「そんなのできるわけ……!」


 つい黙っていられず口を挟んでしまい、ルーは慌てて口を押さえたが、ジュマスは気が向いたらしく答えを返してきた。


「できるさ。しまってあるものを運び出すだけだ。作業としてはごく簡単だろう」


 そういう問題じゃないと訴えたそうなルーに、ジュマスは呆れたように言った。


「面子が気になるのかな? しかしねえ、本拠地であからさまな失態を演じるよりはよほどいいと思うがね。百ぐらいは回収しているのかな? 暴走したら面白いことになるだろう。それはそれで見ものかもしれない。保管庫の倒壊くらいで済めばいいが」

「どうして……?」


 滔々と語るジュマスの言葉の上に、ぽたりと落ちたアイラの声は、ひどく硬かった。


「どうして、押収されたものが数に入るの? どうして、それをあなたが暴走させられるの?」

「どこにあろうと、あれらはまだ私のものだからだよ」


 アイラは心もとない顔つきで問いを繰り返した。


「だから、なぜ?」

「それは彼らに訊いてみたらどうかな」


 アイラは言われたとおりダグとルーに問いかけた。


「なぜなの? なぜ、この人の力が及んだままなの?」


 言葉尻に責めるようなきつさがある。

 このとき、もうアイラの中で答えは出ていた。そして、それを否定してほしいと願った。そんなことはないと言ってほしかった。


「ダグ。ルー。答えて」


 ダグは舌打ちの一つもしそうな苦い顔で、しかし下手な言い逃れはしなかった。


「契約が、解かれていないからだ」


 予想通りの答えに、アイラは顔を強張らせた。


「あー……、でも、保管庫には外からの干渉を防ぐ防護が幾重にもあって――」

「そんなことはどうでもいい」


 取り繕うようなルーの台詞をアイラは冷たく遮った。


「まさか、あの状態で? 回収されてからどのくらい経っているのですか?」

「え、と。それは……」

「古いもので三年くらいかな」


 言いよどんだルーに代わり、ジュマスの声が楽しげに言った。

 アイラは絶句した。


「そうだよ。それがどういうことかわかるだろう? この子たちに回収されても、救われない。嘘だと思うなら後で詳しく聞いてみるといい」


 ジュマスはアイラの反応に満足したようで、上機嫌に続けた。


「ところで、肝心の返事を聞いていなかった。アイラ。受け取る気はあるかい? ああそれから、交換条件なんて無粋なものを持ち出す気はない。これは、私たちの出会いを記念した贈り物だよ」

「いただきましょう」


 アイラには珍しい、決意の滲むような重い一言だった。

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