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精霊の姫君と五人の守護者  作者: 山本みこと
精霊の姫君と五人の守護者 本編 2
41/47

十七、めぐりあわせの雨夜 3

 どうしてこんなことになったのか。

 アイラも、ダグも、ルーも、多かれ少なかれ同じような気持ちだった。

 今、三人がいるのは、戸口を入ってすぐの部屋で、たぶん、居間兼食堂兼応接間のような用途の部屋なのだろうとアイラは見当をつけた。王宮育ちのアイラには馴染のない造りであり、部屋のこしらえである。しかしそれ以上に、ここが長く使われていなかったであろうことが気になった。

 最初はこの家が少年たちの住居なのかと思ったが、違うようだ。先程、彼らを呼びに行った際にちらりと見えた廊下の一角では雨漏りがしていたし、屋内の印象は全体的に荒廃して殺風景であり、大きな家具は残っているものの破損が見受けられる。そのわりに、一応の清掃がなされているようでもあった。もしや勝手に入り込んで仮の宿にしているのだろうかと、アイラは目の前に出された器に視線を落とした。

 武骨な木製のテーブルの上には、白湯の注がれた器が三つ置かれている。カップの体裁をしているのは二つで、もう一つは木彫りの椀だ。

 天井の吊燈にも灯を入れたので、部屋の明るさは少し増していた。

 風雨にガタガタと建具の揺れる音が響いてくるなか、口火を切ったのは、黒髪の少年だった。


「俺はダグ。で、こっちがルー」

「アイラと申します」

「さっきはごめんね。アイラ。改めてよろしく」


 癖のある焦げ茶色の髪の少年は気安く答えて言ったが、すぐに笑みを消した。


「さっそくだけど、アイラはジュマスのなに?」

「なに、とは?」

「どんな関係かってこと」

「さきほどが初対面の他人です」


 尋ねるルーの口調はいささかきついものだったが、アイラは一貫して落ち着いた態度を崩さない。ダグは白湯の入った椀を口元に運びながら言った。


「ジュマスはアイラの名前を呼んでたぞ」

「あなたが来る前に名乗り合いましたから」


 ダグは白湯を一口含んで椀をテーブルに戻した。


「じゃあ、どうしてあの屋敷にいたんだ?」

「連れてこられたからです」

「ジュマスにか?」

「違います。わたくしをあの屋敷に置いていったのは別の方です」

「置いていった?」

「はい」

「その人はアイラの知り合い?」

「いいえ。初めて会う方です。話す間もなくいなくなってしまったので、事情は存じません」

「なんだそりゃ」


 まだ精霊にとばされたことを話してよいか判断のつかなかったアイラの答えは、よどみない口調とは裏腹に要領を得ないものになった。真っ向から追及しても実のある答えが得られそうにないと感じたルーは、とっかかりを探して矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「アイラの家はどこ? 一人で帰れる? それとも、君をジュマスの屋敷に連れてきた人を探す? 近くの町までぐらいだったら送ってあげられるけど、どうする?」


 アイラは少し迷ったが、正直に地名を告げた。


「住まいはセイランですが、旅の途中でしたので、連れとはぐれたのは――トルーセです」

「トルーセぇ?」


 この近隣の娘だと思い込んでいたダグは、頓狂な声を上げた。ルーも同様で、思いもしない地名につい言わずもがななことを確認してしまった。


「トルーセって、あの、王都の北のトルーセ?」

「はい」

「歩いたら十四、五日かかるぞ」

「まあ。そんなに遠くまで来ていたのですね……」

「いやいや。話がおかしいから!」


 あまり驚いたふうでもなくおっとりと呟くアイラに、ルーは片手を振って突っ込みを入れた。


「辻褄が合ってないよ? あの屋敷にアイラを連れてった人とは少ししか一緒にいなかったんだろ。で、お連れさんとはぐれたのはトルーセで、トルーセからここまでは何日もかかるのに、どうやって来たのさ」

「わたくしはトルーセの宿にいたのですが、連れと強引に引き離されてしまって、気がついたら先ほどの屋敷にいました。ですから、ここがどこなのかわからなくて……」


 少年たちはそろって顔をしかめた。


「あのさあ。それって、人さらいって言わねえ?」


 今までの会話の中にもそれを想起させる表現はあったかもしれない。しかし、アイラの態度があまりに普通だったので、欠片も可能性を考えなかった。


「そういう言い方もありますね」


 アイラは、まるで他人事のように淡々と同意した。ルーはなにか腑に落ちない様子で少しだけ眉を上げた。彼には、目の前の少女が急に異質なものに見えたのだ。胸がざわざわとして、唐突に湧きあがったのは、怖れに似た感覚だった。

 落ち着いた表情と平坦な口調を崩さない少女は、実に美しい姿勢で椅子に浅く腰掛けている。作り物めいたその姿に、ダグもまた、説明のつかない薄気味の悪さを感じて心もち体を後ろに引いてしまった。彼女の置かれた状況が明らかになるにつれて際立ってくる、半端でない違和感のせいだった。

 今までの話をまとめると、アイラと名乗った少女は、何者かに意思に反して連れ去られ、見知らぬ場所――ジュマスの館――に置き去りにされた挙句、そこに忍び込んだ曲者に森の一軒家に連れ込まれた。ということになる。

 そんな目に遭っていながら、彼女は冷静すぎる。取り乱すことも、怯えることもなく、緊張しているふうでもない。大袈裟かもしれないが、得体が知れないという表現がぴったりくる。なんかこの子おかしい、というわけだ。

 他にも、ちょっと考えれば、彼女の話はおかしな部分が多いことに気づく。例えば、アイラは移動中の記憶がないらしい。つまり、意識がなかったと解釈できる。馬車を使えば日数は短縮できるが、それにしたって二日や三日ではきかない。仮に、十日近く眠らせておくことが可能だとして、目覚めてすぐにこんなに元気に動けるものなのだろうか。

 不審な点は一度気になりだすと止まらないもので、彼女の不気味な静けさも相まり、だんだん居心地の悪さを通り越して、うすら寒ささえ感じてきた。

 彼女の言葉を鵜呑みにするわけではないが、困ったことに、嘘をついているようには見えないのだ。隠していることがあるにせよ、それについては聞いてはいけないような、そっとしておいた方がいいような気さえしてくる始末だ。


「よ、よりによってジュマスのところに置いていくなんて、アイラをさらった人の目的もよくわからないなあ」

「ああ。うん。そうだな。うん」


 ルーは心持ち上擦った声で言い、ダグは無駄に何度も頷いた。そんな二人に、アイラは穏やかに問いかける。


「では、あなたは?」

「俺?」


 ダグはきょとんとしてアイラを見た。


「あなたはどうしてわたくしをここへ連れてきたのですか?」


 問われて初めて、ルーは自分が口にした『目的がわからない』という台詞が、そのままこちらに跳ね返ってくるものであることに気づいた。ダグもほぼ同時に、アイラにとっては自分も人さらいの同類であることに思い至り、よくわからない焦りを覚えた。

 少し待っても少年たちから答えがないからか、アイラは不思議そうに小首を傾げた。


「わたくしに何かして欲しいことがあるの?」


 やわらかな物言いは、犯人に要求を聞くというよりは、困っている人に手伝いを申し出るときのような雰囲気があって、ダグはますます戸惑いを強くした。


「別に、そういうわけじゃ……」

「違うのですか? 用があるから、あの場から連れ出したのかと」


 ルーは全面的に相方に責任を押し付けることにした。実際、その通りでもある。


「ダグによれば、ただの勢い」

「勢い?」


 アイラは説明を求めてダグを見つめた。


「えーと、危機感、ていうか……、なにされるかわかんねー感じがして……」


 ますます意味不明だ。


「わたくしがなにをするかわからないから、ということでしょうか」

「……」

「ダグ?」

「なんでそうなるんだ……」


 とぼけたことを言うアイラに、力が抜ける。彼女のこの、浮世離れした雰囲気はなんなのだろう。どうも調子が狂う。彼女は無自覚なのかもしれないが、いいように引きずられている気がして仕方がない。


「あんたがジュマスになにをされるかわかんねえって、とにかく、置いてきたらやばいことになるって思ったんだ」


 それは機嫌よさげに、まるで、待ちきれないかのように、アイラを呼んだジュマスのからめとるような声を思い出して、ダグは気持ち悪そうな顔をした。


「嫌ぁな感じで嬉しそうに、一緒においで。歓迎する。て言ったんだぜ?」

「さっき、誘う声がどうたら言い掛けたのはそれだったのか」

「そう! 怖いだろ?! 絶対碌なことにならないって! そう思うよな!」


 その勢いに、ルーはちょっとたじろぎながら頷いた。


「そ、そうだな。いいことはなさそうかな」

「そしたら、あろうことかちょっと迷っただろ! あれは頷いたらいけない場面だぞ」


 ダグの主張が正しいかはさておき、心配してくれたことは確かなようだ。アイラは考えもしなかった理由に面食らった。


「……わたくしを助けようとしてくださったのですね」

「整理したらそういう話の流れにはなったけど、ダグは深いこと考えてないから。そもそも根拠はダグの印象だけで当てになるんだかならないんだか」


 ルーは相棒の勘を信用しないわけではないが、軽はずみな行動に呆れている部分が大きく、口調には多少の非難がこもっていた。

 ダグが特に深い考えもなく、アイラを連れてきてしまったのは本当らしい。アイラにはもう一つ気になっていることがあった。


「実は、先程、お二人のお話が少し聞こえてしまいました」


 少年たちはわかりやすく、しまったという顔をした。実に素直な反応である。


「もう一度行って持ち出せるかと。あの鏡のことですか?」

「鏡?」


 その場にいなかったルーはわけがわからない。


「鏡って、なんのことだ?」

「ダグは鏡を見て、これがそうなのか、と仰いました。あなた方の目的はあの鏡だったのでは?」

「え、なに? その鏡がダグの言ってたそれらしいもの?」

「そうだ」


 アイラとダグはルーの質問に答えてはいるものの、視線は互いに固定されたまま動かない。


「なぜ、あの鏡を欲しておられるのですか?」


 問われたダグはなにやら難しい顔で、けれどどこか気遣わしげに言った。


「アイラは鏡を見て、その……すごく怒ってたし、動揺してたよな。なにが見えたんだ?」

「あれは普通の品ではありませんでした。あなたもご存じでしょう。だから、わたくしに触れるなとおっしゃった。あれを手に入れて、どうなさるの?」


 ルーは、ぎゅっと眉を引き絞った。いま一つ会話の流れがつかめないままだったが、今の言葉は聞き捨てならなかった。


「おい……どういうことだ? アイラはあれがなにかわかってるのか?」

「わかってる、よな?」

「さきほどからそう申し上げております」

「な、んだってえ?!」


 ルーは思わずテーブルに両手を叩きつける勢いで立ち上がった。ダグはぎょっとしてルーを見上げた。


「なんで知ってるんだ? やっぱりジュマスの仲間なのか?」

「へ? あ! 違う! それ違うから」


 ルーがアイラを警戒もあらわに睨むものだから、ダグは焦ってルーを椅子の上に引き戻した。その騒ぎの中、律儀にルーの見解を否定するアイラの声が重なった。


「仲間ではありません。最初に申し上げたとおり、無関係です」


 ルーはアイラの言葉を無視してダグに詰問した。


「なにが違う?」

「アイラが知ったのは、あの部屋で鏡を見たとき! そうだよな」

「はい。ただの調度品でないことは一目でわかりました。あれ、は」


 アイラは一度開きかけた唇を引き結んだ。彼女がこんなふうに、言いよどむように間を取るのは初めてのことだった。


「……あの鏡は、近づくものを傷つけるものです。どうしてそんなものを欲しがるのです?」


 ルーは答えるどころではなかった。


「一目でわかった、だって?」

「驚くよなーあはは……」

「笑ってごまかすな。なんで黙ってた!」

「そんなに怒るなよ……。だってどう言ったところで嘘くさい話だろ。で、なんとなく後回しに。おまえだってまだ疑ってる」


 ルーは言い当てられて言葉に詰まった。


「信じがたいってのはわかる。けど、ジュマスは鏡を見て怒ったこの子を見て、喜んだんだ」

「喜んだ?」

「それがなにかわかるなんて素晴らしい。ってさ」

「うわ。やな感じ」


 ルーは思わず顔をしかめたが、まだ半信半疑だった。


「ダグも同じ鏡を見たんだよな」

「見た。けど全然ダメだった。俺が分かったのは石が反応したからだ」

「ダグには見分けられなかったのに、アイラは見抜けたって?」


 剣呑な空気は消えたものの、ルーは胡乱そうに細めた目でじっとアイラを見ている。

 どうやら少年たちにとってそこは重要な点らしい。そのせいで三度にわたり問いかけを無視されたアイラはそっとため息を吐いた。このままではさっぱり話が進まないようなので、仕方なく、自分の持つ特有の性質を打ち明けるべく口を開いた。


「わたくしは、他の方に見えないものが見えることが珍しくありません。ですから、今回のこともそういうことなのだと思います」

「それはちょっと違うな」


 ルーは首を横に振った。


「肉を持たないものなら、俺たちも知覚できるよ」

「え? 肉……?」


 聞き慣れない言い回しに戸惑うアイラを見て、ダグは言葉を補足した。


「代表的なのは精霊。性質によっては妖異とか怪魔とか呼ばれることもある。あとそれらによって作られた力の流れ」


 アイラはびっくしりて目の前の少年たちをまじまじと見つめてしまった。


「あなたがたも、精霊が見えるの?」


 ダグとルーは苦笑に近い笑みを浮かべて頷いた。二人にとっては、魚に向かってあなたは泳げるの? と言ったに等しい問いかけだったからだ。


「でも、俺にはあの鏡は何の変哲もないものに見えた」

「わたくしにはありふれたものには見えませんでした」

「なにが、どんなふうに普通と違ったんだ?」


 アイラは膝の上でこぶしを握った。そのとき目にしたものを思い出されて、胸がきりりと痛んだ。それを口にすることが辛くて、さきほどは抽象的な表現を選んでしまった。けれど、ここはたぶんはっきり言うべき場面だ。


「鏡の中に、精霊が……」

「やっぱり! 精霊が使われてたか」


 それが聞きたかったとばかりに嬉々として声を上げたダグを、アイラは無言で見返した。悲しそうに咎める眼差しに気づいたダグは、すぐに神妙になって言い直した。


「ごめん。間違えた。閉じ込められてた、だよな」

「はい。とても酷い方法で」


 答えるアイラの声はひどく硬い。ほんの少し眉が動いただけなのに、見ているこちらが不安になるほどつらそうに映った。それだけ彼女の受けた衝撃は強く、目の当たりにした酷い行いに心を痛めているのだ。これ以上、彼女の言葉を疑うことはルーには難しかった。


「ほんとに……見ただけでわかったんだ。――アイラ。だいじょうぶ?」


 強張った顔で視線を落としたままのアイラが心配になって、ルーは声を掛けた。


「……呪うものです」


 ぽつりと落とされた言葉を聞いたルーは、怪訝そうな顔をした。アイラの言葉は続く。


「内なるものを縛り、命令を刷り込み、服従を強要し、害為すもの」


 アイラの唇が小さく震え、声が途切れた。ゆらゆらと揺れる瞳は、ここではないどこかを映しているようだ。


「あきれるくらいよく見えてんな」


 頬杖をついてため息とともに零すダグに、ルーは顔を寄せて小声で話しかけた。


「このまま帰すのはまずいんじゃないか?」

「なんで?」

「一応、本部で事情を聞かないと。ジュマスと接触した術者を何もなしで見逃すのは俺たちの立場上ちょっとできないだろ」

「ああまあ、術者ならそうだけどさ」


 ダグは心ここに非ずといった様子のアイラをちらりと見やった。


「なんだよ。引っ掛かる言い方だな」

「とりあえず、どこの出かきいてみろよ」


 ダグには言外の意図があるように感じたが、はばかるような話題でもないし、上に話を通すにあたり確認しておいたほうがいいことでもあった。


「――アイラ」


 俯いていた白い面がゆっくりと正面を向く。

 小声で交わされた少年たちの会話が全く耳に入っていなかったアイラは、頼りない表情で自分を呼んだ相手を見た。


「俺たちはレイノレインだけど、アイラは?」

「……わたくし?」


 意味が解らず呟くと、ダグが少し困ったような顔で説明してくれた。


「術者にはいくつか系統があって、アイラはどこの出身かルーは訊いてるんだ」


 奇妙なことを言われた。というのが最初の感想だった。術者の系譜上のどこに属するかを尋ねるということは、二人は、アイラが術者であるという前提で話している。そして、自分たちはレイノレインの出身だと名乗ったということは――。


「お二人は術者でいらっしゃる?」

「あれ? ちゃんと言ってなかったっけ」

「はい。初耳です」


 大多数の人々は、術者などというものは物語や伝承の中にしかいないものだと思っている。アイラはそうでないことを知っているが、実際に会うとなると話は別である。まさか、関わり合いになることがあろうとは思ってもみなかった。


「そうでしたか。でもわたくしは違います。術者ではありません」


 一拍の間があった。


「うそだろ?!」

「やっぱりなー」


 驚愕の声を上げたのはルーで、さもありなんと頷いたのはダグだ。


「やっぱりって、ダグは知ってたのか?」

「いや。ただ、なんとなく違うような気がしてただけ。だって、反応がいちいち変だもんよ」


 偶然居合わせた術者があの状況でジュマスと自分の会話を聞いていたら、どちらに味方するかはともかく、こちらの所属は言わずともぴんとくるだろう。大抵は面倒事を嫌ってさっさと逃げ出すはずだし、捕まったら変に疑われないためにも素性を明かすはずだ。


「術者でないなら、なに? 知覚者、でいいのか……?」

「どの括りに入るか、ていったら、そうなるだろ。かなり桁違いだけどなー」


 自信なさげに首を傾げるルーに、ダグは投げやりに言った。アイラはあまり興味なさそうな様子で黙っている。ダグは複雑な顔で笑い損ねたような息を漏らした。


「本当に術者じゃねえの?」

「違うと申し上げました。お疑いですか?」

「ジュマスに隠されたら俺の力量じゃあとても見抜けない。師匠でも難しいって言ってたくらいなのに、アイラは一目で見破っちまうんだもんな」

「精霊を感じることはできますが、術者としての技を学んだことはございません」

「だからさ。そこがちょっと釈然としないところなわけだ」

「俺たちの立つ瀬がない……」


 言わんとするところはわからないでもない。

 アイラはなんとも答えようがなく黙っていると、ルーがふと思いついたように言った。


「あれ? じゃあアイラが術者じゃないなら、その耳飾りどうしたんだ?」


 アイラの左耳を飾る耳飾りが、契約の媒体であることはダグとルーも気づいていた。物体を媒体とする手法は契約の基本からは外れるが、目的によってはどうしても組み込む必要があったり、効率が良かったりするので、そこそこ目にする機会はある。そうした品が術者の手を離れて流出する例は、実のところままあるのだった。

 その性質によって、曰くつきの品として人の手から手へ渡り歩いていたり、逆に幸運の印として大事にされていたり、まったく普通に日常品として使われていたり、いろいろだ。

 流出した物について、術者たちは積極的な回収は行っていない。よほど貴重な品か、もしくは重大な害悪と判断されるものが見つかって初めて回収に動く。ダグとルーが駆り出された今回の案件は、まさにそれであった。

 だから、ルーは深い意味があって尋ねたわけではない。

 その耳飾りの存在があったから、余計にルーはアイラを術者だと思ったのだ。なのに違ったから、ではどうしてそんなものを持っているのだろうという、ごく気軽な興味だった。


「あれだけ見えるんだから、それが何か知らないってことないだろ」

「これは、預かり物です」

「ふうん。なんか、あんまり見たことない結び方だな……」


 ダグは目を細めた。

 最初に気づいたときは、ずいぶんあからさまな契約だなあと思ったくらいで、それほど興味がなかったからすぐに見るのをやめてしまったのだ。


「ってか、複雑すぎるだろ。これ」

「そのようですね。わたくしも詳しいことはわかりませんけれど」


 アイラはミシアが見つかってしまうのではないかと気を揉んだが、どうやら彼らには契約の構成しか見えていないらしい。はっきり言って、アイラとメルとミシアにまつわる事情をすべて説明できる自信がアイラにはない。この話題は速やかに切り上げるに限る。

 アイラは要点だけを簡潔に告げた。


「この契約を受けた精霊のことはよく存じておりますが、人捜しを引き受けたそうです。お二人が違法と仰るような契約ではないと思います」


 だから、気にせず放っておいてください。というアイラの願いは、ある意味かなえられた。少年たちの関心は、耳飾りからアイラの非常識っぷりに移行したからだ。


「あー、つまり、精霊からの預かり物ってことか?」

「はい」

「なんでそんなことに……」

「どんだけ仲がいいんだよ」


 ダグは呆れた目をアイラに向けた。


「でもさ、こうなると、ダグがアイラを置いてこなかったのは結果的に良かったかも。ジュマスに最初の手ほどきされるとか、まずいよ」

「ジュマスという方も術者なのですか?」


 ダグとルーは瞳を見交わした。

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