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精霊の姫君と五人の守護者  作者: 山本みこと
精霊の姫君と五人の守護者 本編 2
37/47

十六、春雷姫の形見 1

 メルは、目の前の精霊を説得しようとも、また、できるとも思わなかった。

 それはノエも同じだ。

 お互いに、相手の意思を変えられるような切り札は持っていない。そして、無駄口を叩く気もなかった。


 花籠離宮でまみえたときの比ではない力が、ノエのもとに集約されていく。

 対するメルにはもうほとんど力が残されていない。

 メルが小さきものたちに抗しきれずアイラを引き留められなかったことで、ノエはその確信を得た。それでも、手を抜く気はさらさらない。

 確実に一撃で終わらせるという明確な意図を感じて、少しは油断してくれてもいいのにと、メルは心の中で身勝手な文句をつけた。


 ノエはゼラと同じく風をまとう者。

 ノエ自身は歪みに侵されつつあったが、彼の生む風はまだ高い空を渡る力を持っていた。

 その風が、ノエにまとわりつく重い濁りを払い去る。ほんの一時のことではあるが妨げるものがなくなって、メルは曇りないノエ本来の姿をその目にする。


 ノエはまだ、影に染まってはいなかった。

 冷たくメルを見据えるノエの瞳は、北の海のような暗い青。

 同じ青でも、メルの春の空のような瞳とは印象が全く違う。

 けれど、ふわりと揺れる二人の髪は、色も質感もとてもよく似ていた。

 薄い冬の日差しにさえ溶けそうな、淡い金にも白金にも見える、透けるような髪色。闇の中にもやわらかく馴染む、優しい光の色だ。


 ――へえぇ。すっげえ。こりゃあ、ノエと張るなあ。


 そう言えば、初対面の第一声がそれだったなと、メルはふいに思い出した。もうずっと昔の話だ。メルと顔を合わせるなり、ゼラは目を瞠ってそう言ったのだった。

 なぜ急に思い出したのかと言えば、理由は考えるまでもない。引き合いに出された精霊が目の前にいるからだ。

 昔のことなど思い出している場合ではないのだが、なるほどゼラの言も納得だと、メルはいささか場にそぐわない暢気な感想を抱いた。


 他人の嗜好をとやかくいう気はないが、ゼラは長い髪が好きだ。中でも輝く淡い色を特に美しいと感じるらしい。そういう意味でもアイラは好みのど真ん中なのだろう。

 そのアイラの危難に何をしているのかと、思い出したら腹が立ってきた。

 ギルは相手が相手だから仕方がないとして、それからカタムもまだ大目に見てもいい。だが、残りの二人。セリムところは性悪だし、ゼラにも厄介なのがいる。でもそんなことは二人ともよくよく承知のはずだろうに、何をもたもたしているのか。まんまと身動き取れない状況に追い込まれているとしたら、不甲斐ないにもほどがある。

 八つ当たり気味に二人を詰って、メルは瞳を眇め、身構えた。


 ノエのもとに凝縮された力の解放は、ひどく静かに行われた。

 すい、と。ノエの指が水平に動く。

 ミシアの体ごと息の根を止める。それが最も容易く効率的な攻撃だ。

 部屋中の蝋燭が揺らめいて、一斉に消えた。


「――ッ」


 床に崩れ落ちたメルの姿にノエは表情を険しくした。

 闇は精霊の視界を閉ざさない。故に、ノエはメルがどの程度の痛手を受けたのか見て取ることができた。

 確実に損傷は与えた。けれど、その存在を消し去るには至っていない。

 メルは苦しげに荒い息を吐きながら、それでも顔を上げて微笑んだ。

 小さきものたちの最期の飛翔。閉じられた部屋の中に彼らがもたらした流れの渦は、いまだ空間に波紋を残している。メルはその残滓と痕跡を巧みに操って、矛先をわずかに逸らしたのだ。

 見事な手腕ではあるが、そんなものはただの先延ばしに過ぎないことは明白だ。なのに、やれるものならやってみろ。そうメルの表情が語っている。


 悪足掻きを。

 無様なものだと思う。

 どう考えても、メルには後がない。もう、抵抗する力は欠片も残っていまい。ここで手を緩めるなど論外だ。

 しかし、まだ何かあるのかと思わせる。

 そう思わせることこそが、目的か。

 花籠離宮では警戒心が勝り、退き下がった。

 今が、邪魔な守護者を葬る千載一遇の機会ならば、逃すわけにはいかない。

 今度こそ、仕損じるはずはない。


 様々な思いが脳裏を駆け抜け、ノエは、その手に風を起こした。

 少女の体に宿る精霊は動かない。

 そう。メルは、なにもしなかった。

 けれど。

 ノエの力はあっけなく弾かれた。

 弾かれて、あろうことか彼自身を捉える力となって戻ってくる。

 六条の光が落ちる。

 白い光の矢がノエの自由を奪った。

 なにが起こったのかノエには理解できなかった。ノエの攻撃を弾いたのは、メルではない。では、なにがメルを守ったのか。

 そのとき。


『ふふふ……っ、ほぉら、ごらん。役に立っただろう? お姉さまの言うことは素直にきくものだ』


 朗らかな、勝ち誇った声が響いた。

 メルは思わず突っ伏した。

 こんな伝言をわざわざ組み込むとは、手の込んだ嫌がらせだ。最初に断られたことがよほど気に入らなかったのか。

 お姉さまと自称した声の主は、メルの本当の姉ではないが、頭の上がらない年上の女性という意味では正しい。

 声は、ノエにも聞こえた。そして、メルの背後に幻影を見た。

 瞬きの間に、煙が立ち昇るように揺らめいて消えたまぼろし。穏やかに瞳を伏せ、メルを守るように両手を広げた女性をノエは知らない。けれど、彼女を飾る白い花――日晶花に象徴される存在はたった一人しかいない。

 ノエは顔を歪め、怒りと、口惜しさにかすれた声を吐き出した。


「そうか……っ、春雷姫の……!」


 ボーマルッカの春の精霊。その二つ名を久方ぶりに耳にして、メルはなんとも言いようのない懐かしさを覚えた。

 いかずちの名を冠するとおりの豪快なひとで、ことあるごとに振り回されたが、面倒見も良かった。そして、今また、彼女のおかげで望みがつながった。

 歯を食いしばり、震える手足に力を込めて体を起こす。あちこちがずきずきと痛んで、左手を突いた床の上に、赤い手形が残った。メルは重たい足を引きずって、強制的に跪かされているノエの前に立った。


「アイラは追わせない」

「その、有様で?」


 ノエは皮肉気に問い返す。

 自由を奪われているのはノエのほうがだが、この拘束とて、いつまでもつかわからない。長引けば、メルの分が悪いことに変わりはなかった。左腕をぬるりと伝う感触に顔をしかめながら、メルはぽつりと呟いた。


「きみのほうこそ、ひどい歪みだ」


 精霊なら、触れることを躊躇うほどの。

 しかし、ミシアと契約しているメルはその影響から守られる。近づいたところで害はない。だから、メルは平気でノエにさわれる。

 ノエは反射的に身を引こうとして、けれど動けず唇を噛んだ。


「ノエは、中途半端だね」


 冬の海の色の瞳に怒りが閃いたが、反論はなかった。

 もし、ノエが心からアイラを消したいと願っていたならば、まだマシだったはずだ。しかし、ノエは葛藤を抱えたまま迷いを心の奥底に沈め、己の唯一のための道を選んだ。情を殺した強固な意志が彼を蝕んでいる。

 そして、だからこそ厄介だ。


「しばらく、一緒に眠ろうか」


 ノエは目を見開いた。


「な……っ! やめろ!」


 激しい拒絶に構うことなく、メルはノエを抱き寄せた。

 ミシアの体で、ノエを閉じ込める。

 今のメルにできるのはそれくらいだ。

 契約によって守られたメルが覆う形になるとはいえ、ノエまでもが完全に守られるかはわからない。しかしそんなことはメルの知ったことではない。そもそも、自ら歪みを生んでいる相手を気遣ったところで無意味だろう。

 覆いかぶさるように抱え込み、無理やりノエを押し込んで、メルはほっと息を吐いた。


「要らないなんて言って、悪かったよ。助かった……」


 ノエのいた場所に座り込んだまま、メルは遠い面影に向かって呟いた。

 彼女に与えられた祝福が、どんな条件でどんな形で発動するのかメルにも細かいことはわからない。命に係わる危害が及んだとき、生き残る確率を少しだけ底上げする。そういう類のものだと彼女は言った。

 いついかなるときも、なんて万能さは期待するな。我が力の及ぶ『時』と『場』に限り助力しよう。だから、気休め程度に持っていけ。

 おそらく『時』と『場』を限定する鍵はボーマルッカという国だ。回数についても忠告があった気がするが、そのへんになると記憶が曖昧である。


 実は、ミシアと契約するまですっかり忘れていたのだ。本来の力が制限された状態になり、現状できることを整理していく過程で思い出した。

 花籠離宮でノエと対峙して、今のメルに許された力で彼を抑えるのは難しいと思ったが、彼女の力が自分を守るなら、そこに付け入る隙が生じるのではないかと考えた。

 だから、ノエがいずこかへとばされたアイラを追うよりメルの始末を優先したのは、不幸中の幸いだった。試すなら、二人きりのときがいい。


 ノエが致命傷となる攻撃を放ったとき、きっとなにかが起こるからそれに乗じるという、実に大雑把な算段は、ある種、賭けに似た運頼りの作戦だ。

 ただ、彼女が死地に活路を拓いてくれたなら、必ずそれをつかみとってみせるという、説明のつかない自信だけはあった。根拠もないのに、その自信はいったいどこからと我ながら笑ってしまうが、さしあたって上出来といえる結果に落ち着いたといっていいだろう。


 そのことが、不思議とメルを感慨深い気持ちにさせた。

 今になって彼女の遺した形見ともいえる力を呼び起こすことになるとは、これも一つの必然なのかもしれない。アイラもまた、彼女の形見のようなものなのだから。


(あーだめだ。まだちょっと立てないかもしれない)


 つらつらと取り留めもないことを考えて、ぐらぐらと揺れる視界が定まるのを待ってみたものの、眩暈は一向におさまらない。

 メルは軽く目をつぶって呼吸を整えた――――はずだったのだが、意思に反して閉じた瞼が開かない。

 まずいと思ったが、遠のく意識をとどめておけず、メルはぱたりと床に倒れた。

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