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滅亡寸前の小国の第四王子に転生した元物流マン、【在庫管理】から王国再建を始めます ~倉庫・街道・兵站を整えたら、十万の帝国軍が戦わずして干上がりました~  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第4話 国境より遠い国内

王都を出てから半日も経たないうちに、馬車が止まった。


 窓の外を見ると、街道を塞ぐように太い丸太が渡され、その手前に槍を持った男が三人立っている。


 敵兵ではない。


 アルトベルク王国の紋章を胸につけた、正規の関所役人だった。


「通行税です」


 窓を開けるなり、役人は言った。


「馬車一台につき銀貨二枚。護衛騎士は一人につき銅貨五枚。積み荷がある場合は、別途検査料をいただきます」


「王家の馬車だが」


「見れば分かります」


「なら、通してくれ」


「王家の馬車であろうと、領内の橋を使う以上、橋梁維持税をお支払いいただきます」


 役人は、申し訳なさそうな顔すらしなかった。


 俺が返答する前に、向かいに座っていたリゼットが身を乗り出す。


「王国法第三十二条により、公務中の王族および随行者は、領主が徴収する通行税を免除されます。知らないとは言わせませんよ」


「それは通常の通行税でしょう。こちらは橋梁維持税です」


「名前を変えただけではありませんか」


「違います。通行税は道を通るための税。橋梁維持税は橋を維持するための税です」


「その橋はどこにあるのです?」


 リゼットが窓の外を指さした。


 俺たちの前にあるのは、ところどころに水たまりができた普通の街道だ。橋どころか、用水路すら見当たらない。


「この先にございます」


「どれくらい先ですか」


「馬車で半日ほど」


「その橋を渡らなければ?」


「こちらの街道をお通りになる以上、徴収します」


「つまり、橋を渡ろうが渡るまいが払えと?」


「規則ですので」


 役人とリゼットが、しばらく無言でにらみ合う。


 どちらも引く気がない。


 俺は窓から顔を出し、丸太の向こうを見た。すでに荷馬車が七台ほど並んでいる。農民らしい男が役人に頭を下げ、その後ろでは赤ん坊を抱いた女が疲れ切った顔で地面に座っていた。


「リゼット」


「殿下、ここで払ってはいけません。一度払えば、王族からも徴収できるという前例になります」


「払おう」


「私の話を聞いていましたか?」


「聞いていた。だから領収書をもらう」


 俺は役人へ向き直った。


「馬車二台、護衛十人分を支払う。ただし、税の名称、徴収額、徴収者の名前、徴収した日時を書いた領収書を出せ」


 役人の顔が、初めてわずかに曇った。


「そのようなものは、普段は発行しておりません」


「では今から発行してくれ」


「紙もインクもありません」


「俺のものを使え。リゼット、貸してやれ」


「もちろんです。紙もインクも、帳簿もございます。ついでに徴収記録の控えも拝見しましょう」


「徴収記録は……関所長が管理しております」


「関所長は?」


「本日は休みです」


「では、自宅へ呼びに行ってください。待ちますから」


「殿下、北部への到着が遅れますぞ」


「今まで領収書を書く時間を惜しんでいたのだから、一度くらい待たせてもらおう」


 後ろに並んでいた荷馬車の御者たちが、声を殺して笑った。


 役人は俺とリゼットを交互に見たあと、渋々詰所へ入っていった。


 結局、関所を通過できたのは一時間後だった。


「どうして払ったのです」


 馬車が動き出すと同時に、リゼットが問い詰めてきた。


「違法な徴収だと分かっていたのでしょう?」


「分かっていた」


「でしたら、王族の権限で停止させればよかったではありませんか」


「俺が今ここで役人を叱り、丸太をどかせば、俺たちは通れる」


「それでよいではありませんか」


「俺たちはな」


 俺は窓の外を見た。


 関所を越えた荷馬車が、別の道へ散っていく。


「だが、俺がいなくなれば丸太は元の場所へ戻る。役人も、今度から王族だけは通すようになるだろう。後ろに並んでいた農民は、これまでどおり払わされる」


「だから、記録を取った?」


「誰が、いつ、いくら徴収したか。まず、それを残したかった。人間は『やっていません』と言う。帳簿があれば『やったけれど命令されました』と言う。命令書を見せろと言えば『昔からの慣習です』と言い出す」


「ずいぶん人間を信用していないのですね」


「倉庫の在庫が合わないとき、最初から正直に話す人間は少ない」


「前にも倉庫を管理したことがあるような言い方ですね」


「夢の中で、長いことやっていた」


「また、それですか」


 リゼットは疑わしそうに俺を見たが、それ以上は追及しなかった。


 代わりに、先ほどの領収書を膝の上へ広げる。


「徴収額と実際に領主へ納められる金額が違えば、横領の証拠になります」


「頼めるか」


「それが私の仕事ですから。ただし、殿下が面倒事を増やさなければ、もっと楽なのですが」


「俺も増やしたくて増やしているわけではない」


「面倒事を増やす人は、全員そう言います」


     ◇


 北へ進むほど、道は悪くなった。


 道幅が狭くなるだけならまだいい。


 領地を一つ越えるたびに、荷車の車輪幅が変わる。


 三日目には、細い溝が刻まれた木橋の前で馬車が動けなくなった。俺たちの馬車は車輪の間隔が広く、橋の溝に収まらなかったのだ。


「通れませんね」


 御者が、まるで今日の天気でも報告するように言った。


「見れば分かる。どうするんだ」


「荷物を向こう側の馬車へ積み替えます」


「人は?」


「歩いて渡ります」


「この馬車はどうする」


「ここで預けます。帰りにお返しします」


「帰りがいつになるか分からないぞ」


「でしたら、保管料が少し高くなりますね」


 御者は気の毒そうな顔をしながら、少しも気の毒とは思っていない声で答えた。


 橋の向こうには、別の荷車がずらりと並んでいる。


 こちら側から来た荷物を降ろし、向こう側の荷車へ載せ替える。それだけで大勢の人間が働いていた。


「なぜ、車輪幅を合わせないんだ」


 俺が尋ねると、御者は変なものを見るような顔をした。


「領主様が違いますから」


「同じ王国だろう」


「王国が同じでも、荷車を作る職人は違います」


 当たり前のことを聞くな、と言いたげだった。


 木箱、衣装、食糧、書類を一度下ろし、橋を渡った先で積み直す。


 俺たちの荷物だけで半日かかった。


「これを商人も毎回やるのか?」


「そうですよ」


 積み替えを指揮していた男が答えた。


「ここで一回、その先のバルガス領でもう一回。北部へ行くなら、最後にもう一回です」


「三回?」


「少ないほうですよ。西から塩を運ぶ商人は五回です」


「その費用は誰が払う」


「最後に買う人です。当たり前でしょう」


 小麦の値段が高くなる理由の一つが、よく分かった。


 作るのに金がかかっているのではない。


 運んでいる途中で金を食われている。


「殿下」


 リゼットが、少し離れた場所から俺を呼んだ。


 彼女の前には、鎧を着た大柄な老人が立っている。


 白髪交じりの短い髪。左頬に、口元から耳近くまで伸びる古い傷がある。王族の前だというのに、頭を下げる角度は驚くほど浅かった。


「北部臨時兵站官、ガルド・ベッカーだそうです」


「ガルドで結構です」


 老人は俺の顔を遠慮なく眺めた。


「肖像画より小柄ですな」


「初対面の王子に言うことが、それか?」


「絵師というのは王族を大きく描きたがる。実物を見ておかなければ、遠くから見つけられませんので」


「なるほど。俺も肖像画より年を取っているとは言わないでおこう」


「事実です。構いません」


 かなり扱いにくそうな男だった。


「北部から迎えに来たのか」


「表向きは。実際には、殿下が途中で逃げ帰らないよう見張れと言われました」


「言わなくてもいいことまで、なぜ言うのです?」


 リゼットが額を押さえた。


「あとで知られて機嫌を損ねられるより、最初に言って怒られたほうが早い」


「気が合いそうですね、殿下」


「嫌な意味にしか聞こえないな」


 ガルドは、橋の手前に残された王都の馬車を見た。


「あれを売れば、小麦が二十袋は買えたでしょうに」


「借り物だ。俺のものではない」


「王族は皆、そう言います。国の物は自分の物ではないが、使う権利だけはあると」


「ガルド」


 リゼットの声が低くなる。


「言葉が過ぎます」


「北部では、言葉を丁寧にしても腹は膨れません」


「無礼にすれば小麦が増えるのか?」


 俺が聞くと、ガルドは黙った。


「増えないな」


「……増えません」


「なら、互いに無駄なことはやめよう。敬語を使えとは言わない。だが、何に腹を立てているのかは、はっきり言え」


 ガルドはしばらく俺を見たあと、ため息をついた。


「北部では、今年に入って百人以上が餓死しています。そこへ王都から、倉庫の数え方も知らん若い王子を送り込むと聞かされた。腹も立ちます」


「倉庫の数え方なら知っている」


「十六歳で?」


「少なくとも、在庫を数える前に帳簿を信用してはいけないことは知っている」


 ガルドの眉がわずかに動いた。


「……言うだけなら、誰でもできます」


「そうだな。だから現地で見てくれ」


「逃げ帰らなければ、そうします」


 打ち解けたとは言い難い。


 それでも、最初から愛想よく従われるよりは信用できた。


     ◇


 橋を渡った先の宿場は、旅人と商人で混雑していた。


 俺たちが荷物を積み直している間、リゼットは積み替え費用を巡って業者と口論し、ガルドは護衛騎士たちに北部の道を説明している。


 俺は露店で売られている硬いパンを眺めていた。


「王子様が買うようなものじゃないよ」


 声をかけてきたのは、猫の耳を持つ小柄な少女だった。


 年齢は十四か十五。褐色の髪を乱雑に切り、体に合わない大きな上着を着ている。


「俺が王子だと分かるのか」


「そんなきれいな服で、偉そうに立ってるんだもん。分かるよ」


「偉そうに立っていたか?」


「うん。ものすごく」


「気をつけよう」


「じゃあね、王子様」


 少女は人懐こく笑い、俺の脇をすり抜けた。


 三歩ほど歩いたところで、腰が妙に軽いことに気づいた。


「待て」


 少女の肩が跳ねる。


「何?」


「俺の財布を返してくれ」


「知らないけど」


「右の袖が、さっきより膨らんでいる」


「元からこういう服なの」


「では確認させてもらおう」


「嫌」


 少女は走り出した。


「おい!」


 護衛騎士が気づき、追いかけようとする。


 だが、その前にリゼットが動いた。


 少女の進行方向へ書類箱を滑らせる。少女は飛び越えようとして足を引っかけ、藁の山へ頭から突っ込んだ。


「捕まえました」


「財務官の仕事に、盗人の捕獲も含まれるのか?」


「殿下の財布を守るのは、広い意味では財務管理です」


 藁の中から引きずり出された少女は、耳を伏せてリゼットを睨んだ。


「卑怯!」


「財布を盗んだ人に言われたくありません」


「拾っただけ!」


「殿下の腰から?」


「ちょうど落ちるところだったの!」


「ずいぶん器用に落ちる財布ですね」


 少女の袖から、俺の財布と、小さなパンが二つ転がり落ちた。


 パンは店から盗んだものだろう。


 護衛騎士が少女の腕をつかむ。


「窃盗なら指を落とすのが決まりです」


「待て」


「しかし殿下」


「名前は?」


 少女は答えない。


 騎士に腕を強くつかまれ、顔を歪める。


「名前を言えば、指を落とさない?」


「まだ何も約束していない」


「けち」


「さっきも言われた気がするな」


「ニナ」


「本当の名前か?」


「本当。たぶん」


「たぶん?」


「親がつけたのか、自分でつけたのか覚えてないから」


 ニナはそう言って、視線をそらした。


「盗んだ理由は?」


「お腹が空いたから」


「財布まで食べるのか」


「パン二つ盗んだくらいなら叩かれて終わる。でも財布も盗めば、何日か食べられる」


 妙に筋の通った説明だった。


「この先の道に詳しいか?」


「北までなら。あたし、荷運びもやるから」


「それなら、罰を軽くする代わりに案内を頼みたい」


 ガルドが渋い顔をする。


「盗人を信用するのですか」


「信用はしない。だから、逃げないよう見張る」


「この先へ行くの?」


 ニナが急に真顔になった。


「ああ。グラウゼンへ向かう」


「やめたほうがいいよ」


「なぜだ」


「あの道、今朝から塞がれてる」


 ニナは北へ続く細い街道を指さした。


「腹を空かせた連中が二十人くらいいる。荷馬車が来るのを待ってるんだ。護衛が十人なら、向こうも逃げない。王子様のきれいな服なんか見せたら、財布だけじゃ済まないよ」


「盗賊か」


「違う」


 ニナは少し迷ってから答えた。


「先月までは、ただの村人だった人たち」


 ガルドが低い声で言う。


「西へ迂回すれば四日余計にかかります。食糧も足りません」


「なら、予定どおり進む」


 リゼットが俺を見た。


「襲われると分かっている道へ行くのですか」


「北部で何が起きているか確かめる。それが俺の仕事だ」


「殿下」


 ニナが、呆れたように俺を見る。


「王子様って、みんな馬鹿なの?」


「まだ四人しか知らないが、否定はできない」


 俺たちはその日の午後、予定どおり北の街道へ入った。


 そして日が傾き始めた頃、森の両側から二十人を超える男たちが姿を現した。


 手にしていたのは剣ではない。


 斧、鍬、錆びた鎌。


 何より目についたのは、その痩せ細った顔だった。


 俺が北部で最初に出会った敵は、他国の兵士ではない。


 俺たちの国に腹を空かされた、王国の民だった。

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