15.保護
数日後。
来実は病院のベッドで、ぼんやり窓の外を見ていた。
スマホは返してもらえた。
でもSNSを開く気にはならなかった。
通知だけが増えていく。
『生きてる?』
『学校来てないけど大丈夫?』
『保健室の先生めっちゃ探してた』
来実は返信しない。
何を書けばいいのか分からなかった。
午後。
病室へ児相職員が来る。
「少し決まったことを話していい?」
来実はゆっくり視線を向ける。
「しばらく、一時保護という形になる可能性が高いです」
来実は黙る。
「学校とは調整する。すぐ退学とかにはならないから安心して」
「……」
「今の状態で、一人暮らしみたいな環境へ戻すのは危険だと判断されてる」
来実は何も言わない。
「スマホとか、外出とか、一時的に制限はあると思う」
そこで初めて、来実の眉が少し動いた。
「……無理です」
声は小さい。
「急には難しいかもしれない。でも——」
「嫌です」
児相職員が言葉を止める。
「学校も行きたいし」
来実は俯いたまま続けた。
「知らない大人ばっかの場所とか無理」
「来実さん…」
「あとスマホ取られるのも無理です」
児相職員は静かに息を吐く。
「でも今のままだと、本当に危ない」
来実は笑った。
乾いた、薄い笑いだった。
「皆そう言いますよね」
病室の空気が少し冷える。
「学校も、病院も」
来実はベッド柵へ指をかけたまま、ぼんやり前を見ていた。
「“安全のため”って」
児相職員は返事をしない。
「結局、全部勝手に決まる」
来実の声は静かだった。怒鳴ってはいない。
でも、その静かさが逆に危うかった。
「来実さん、あなたを罰したいわけじゃない」
「別にそうは思ってないです」
少し間を置いて。
「ただ、もういいかなって」
児相職員の表情が変わる。
「何が?」
来実は答えなかった。
夜ー病室は静かだった。
看護師が巡回を終え、消灯時間を過ぎる。
来実はカーテンの隙間から見える街の灯りをぼんやり眺めていた。
スマホには昼間と同様に大量の通知。
『大丈夫?』
『いつ戻ってくるの?』
『担任心配してたよ』
全部遠かった。
心配。保護。安全。
その言葉たちが、最近は全部同じ音に聞こえる。
結局、自分の人生なのに。
自分だけ、何も選べない。
来実はゆっくり起き上がる。
足音を立てないように病室を出る。
夜の病棟は静かだった。
ナースステーションから少し離れた自販機スペース。
暗い窓。白い壁。
来実は壁へ寄りかかる。
苦しかった。でも泣けない。
代わりに、胸の奥が冷えていく。
翌朝。
病室に来実はいなかった。
ベッドだけが綺麗に整えられている。
看護師が顔色を変える。
「来実さん?」
トイレにもいない。
病棟にもいない。
スマホもなくなっている。
窓際の机には、空になった薬のPTPシートが置かれていた。
病院中が一気に騒がしくなる。
看護師。主治医。児相職員。
全員が青ざめる。
「監視つけるべきだった……!」
誰かが呟く。
でも、もう遅かった。
病院の外は夏だった。
熱い風が吹いている。
来実はふらつく足取りで、駅前の雑踏の中を歩いていた。
スマホを握りしめながら…誰にも連絡せず。
どこへ行くのか、自分でも分からないまま。




