表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

12.離脱

診察室は静かだった。

来実が「もうあんまり話したくないです」と言ったあと、主治医はすぐには何も返さなかった。

キーボードを打つ手も止まっている。

しばらくしてから、主治医は静かに息を吐いた。

「……来実さん」

「はい」

「私は」

主治医は少し言葉を選ぶように続ける。

「あなたに、自分を傷つけないで、心から笑える日が来てほしい」

来実は何も言わない。

「ただ、それだけなんです」

診察室の蛍光灯が白く滲む。

普通なら、優しい言葉だったのかもしれない。

救いになる人もいるのかもしれない。

でも来実の中には、別の感情が先に浮かんだ。

どうして今さら。

小学生の時は?

頬を腫らして学校へ行っていた時は?

髪を抜いていた時は?

手首を切り始めた時は?

誰も。

誰も気づかなかった。

いや、違う。

気づいていた人もいた。

でも“深く関わらなかった”。

結局、自分はずっとひとりだった。


「……高校生になって」

来実はぽつりと言った。

「ここ来るまで、誰も助けてくれなかったです」

主治医は黙って聞いている。

「気にかけるとか、そういうのも別に」

来実は笑おうとした。

でもうまくできなかった。

「だから今さら急に、“心配してます”って言われても」

喉が詰まる。

「……よく分かんないです」

主治医は静かに言った。

「そう思うのは自然だと思います」

来実は返事をしない。

診察終了の時間が近づいていた。

次の患者が待っている。

結局、その日の診察は大きく空気を変えられないまま終わった。

「薬は続けてください」

最後に主治医はそう言った。

「急にやめると危険です」

来実は曖昧に頷く。

「はいはい」

でもその時点で、もう決めていた。

飲まなくていいや。


帰宅後。

来実は机の上へ薬袋を置いたまま開かなかった。

抗うつ薬も。睡眠薬も。抗不安薬も。全部。

どうでもよくなっていた。

どうせ誰も、本当には助けられない。

そう思った。

最初の二日は、少し楽だった。

薬を飲まなくていい開放感。

眠気も少ない。

頭も軽い気がする。


でも三日目の夜から、おかしくなり始めた。

眠れない。身体がざわざわする。落ち着かない。心臓が速い。汗が止まらない。手が震える。


四日目。

授業中、黒板の文字がうまく読めなくなった。

音が遠い。息苦しい。


五日目。

朝、制服に着替えようとして、急に立ち上がれなくなった。 

視界が揺れる。吐き気。動悸。

身体の中を虫が這っているみたいだった。

それでも学校へ行こうとして、玄関まで歩いた瞬間。

来実の視界が真っ白になる。

次の瞬間、床へ倒れていた。

呼吸がうまくできない。

身体が震える。怖い。

助けを呼びたい。

でも家には誰もいない。

父親はまた出張だった。

静かな部屋で、来実は床に横たわったまま、荒い呼吸を繰り返す。

テーブルの上には、飲まれていない薬袋が置かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ