11.診察室の沈黙
新学期が始まって、二週間が過ぎた。
来実は今日も無遅刻だった。
課題も出した。
小テストも上から数えて片手に乗る程だった。
教室では普通に笑った。
友達とコンビニにも寄った。
でも、何かが少しずつ変わっていた。
保健室へ行く回数は減った。
養護教諭に声をかけられても、
「大丈夫です」
と笑って終わらせる。
スクールカウンセラーから面談の提案メールが来ても、返信しなかった。
“話すと共有される”。
その感覚だけが強く残っていた。
だから最近は、何も言わない。
言わなければ奪われない。
そう思うようになっていた。
放課後、来実は精神科へ向かう。
待合室は相変わらず静かだった。
壁掛け時計。
柔らかいBGM。
受付のキーボード音。
以前は少し安心していた場所なのに、今はなんとなく落ち着かない。
名前を呼ばれる。
「どうぞ」
診察室へ入る。
主治医はカルテを開きながら来実を見た。
「こんにちは」
「どうも」
来実は椅子へ座る。
笑顔は作った。
でも少しだけ雑だった。
「学校始まりましたね」
「はい」
「どうですか」
「普通です」
短い返事。
主治医は少しだけ来実を見る。
「保健室とは繋がれてる?」
「まあ」
「スクールカウンセラーは?」
「行ってないです」
「どうして?」
来実は少し黙る。
「……別に」
主治医は何かを察したみたいだった。
「学校側と何かありましたか」
「ないです」
即答。
でも声が少し硬い。
「来実さん」
「なんですか」
「最近、自傷は」
「ぼちぼち」
「ODは」
「してないです」
嘘ではない。
“前みたいな量”ではないだけだ。
「睡眠は?」
「普通」
「食事は?」
「普通」
主治医がキーボードを打つ音だけが響く。
「……今日は随分、話したくなさそうですね」
来実は少し笑った。
「そんなことないですよ」
「そうは見えません」
沈黙。
来実は壁を見る。
ストレスケアのポスター。
以前と同じ。
深呼吸。生活リズム。相談しましょう。
相談した結果があれだ。
「どうせ話しても共有されるじゃないですか」
気づけば口から出ていた。
診察室が静かになる。
「学校のことですか」
「……別に責めてるわけじゃないです」
来実はへらっと笑う。
「安全のため、ですよね」
その言い方に、主治医は少し眉を寄せた。
「何があったか聞いても?」
「だから別に」
は椅子へ深くもたれた。
「結局、言ったら管理されるだけだなって思っただけです」
“管理”。
その言葉が、自分でも妙に冷たく聞こえた。
「来実さん」
主治医は静かに言う。
「あなたを閉じ込めたいわけじゃない」
「でも入院は勧めましたよね」
空気が止まる。
来実は笑っていた。
でも目が全然笑っていなかった。
「学校にも共有されて」
「それは——」
「別に先生たちが悪いって言いたいわけじゃないです」
少しだけ声が荒くなる。
「でも、もうあんまり話したくないです」
その瞬間。
来実は初めて、自分が“助けを拒否し始めている”ことに気づいた。
主治医はすぐには何も言わなかった。
ただ静かに来実を見ていた。
診察室の蛍光灯の白い光の中で。




