第13話 電車
ゲームの世界ではルウ達の雲行きが明らかに怪しくなりつつあったが、それを知る由もない求司とマドリガルは、この日、2人でお出かけをした。
「求司さん、これからどういう場所に行くんですか?」
「電車に乗って駅の近くにある港に行って、そこからフェリーに乗りたいんだ。」
「電車?駅?港?フェリー?」
マドリガルはこの世界での生活に慣れてはきたものの、まだ知らないことがたくさんあった。
それを受けて求司はスマートフォンを取り出して乗車駅の検索し、画像を見せた。
「ふうん。駅ってこういうものなのね。」
「そう。この駅から電車という乗り物に乗って離れたところに行くんだよ。」
「この世界にも離れたところに行くための手段があるのね。」
マドリガルは自身がテレポートを使えるため、すでに訪れた場所であれば短時間で移動することが出来た。
しかしここではこの町以外に行ったことが無く、しかもこの世界では魔法が発動しなかった。
「あたし、これじゃただの女の子ね。これまで求司さんや安奈さんに色々迷惑かけてきたし…。」
マドリガルは自分が本当にここに来てよかったのか、思い悩んでいた。
「大丈夫。僕は君に出会えて良かったと思っているよ。」
「本当に?」
「うん。」
求司は自分が会社を戦力外になってしまったため、これからどうすればいいのか思い悩んでいたこと。
そして精神的にひどく落ち込んでしまい、誰か助けてと心の中で叫んでいたことを打ち明けた。
「そんな時、君に出会えたんだ。そして色々話をしているうちに、何だか心が軽くなってきたんだよ。君のおかげで僕は笑顔を取り戻せたよ。来てくれて本当にありがとう。」
「やだ、そんな…。あたしは色々足手まといになったのに…。」
「それでいいんだよ。それを含めて君だから。」
「ありがとう…。」
マドリガルは顔を赤らめながらお礼を言った。
駅に着くと、求司は2つ持っているICカードの一つを彼女に渡した。
「これ、どうやって使うの?」
「こんなふうに使うんだよ。」
求司は自分が持っているカードを自動改札機にかざした。
すると「ピッ!」という音が鳴った。
「えっ!何、その音!」
「これでここを通れるようになったんだよ。」
求司はそう言うと、改札を通過した。
「じゃあ、あたしも…。」
マドリガルは求司の動作を思い出しながら自分も改札を通過しようとした。
しかしカードを正しい位置にかざしていなかったため、警告音がなり、改札が閉じてしまった。
「きゃあっ!何?何?どうなっているの?あたしじゃ通してもらえないの!?」
彼女はビックリしてカードを落としてしまった。
しかも周りにいた人達から一気に注目を浴びてしまい、恥ずかしさから彼女の顔は真っ赤になった。
「あっ、どうしよう…。すでに僕は通過してしまったし…。」
求司があたふたしていると、パニックになったマドリガルはその場に座り込んでしまった。
入場用の改札は2つしかなく、そのうちの一つが塞がれてしまったため、たちまち後ろには行列が出来てしまった。
彼らは残った改札を通っていったが、何人かから「君、何をしているの?」、「早く通ってよ!」と吐き捨てられてしまい、それがマドリガルの心に突き刺さった。
「ごめんなさい…。」
彼女がどうすればいいのか分からずにいると、そこに駅員さんがやってきて「どうしたんですか?」と問いかけてきた。
すでに彼女はうずくまったままの状態で、とても説明が出来そうになかったため、代わりに求司が動揺しながらも状況を説明した。
「そういうわけで、そのICカードで彼女を通してあげてください。」
「分かりました。」
駅員さんはカードを拾い上げるとそれを改札にかざし、マドリガルにここを通過するようにアドバイスした。
「さあ、もう大丈夫だよ。こっちにおいで。」
「本当に、大丈夫なの…?」
「うん。」
マドリガルは顔を上げてゆっくりと立ち上がると、おびえるような足取りで改札を通過した。
「駅員さん、どうもありがとうございます。」
「どういたしまして。それから、ICカードです。」
「あっ、そうでした。」
求司は駅員さんが差し出してきたカードを受け取った。
彼はとりあえず一件落着したことでほっとしたが、改札を通過する人達からは嫌な目で見られたり、「こんなことも知らないのか。」と言われてしまった。
求司は思わずムッとしたが、いつまでもこの場にいるわけにはいかないため、マドリガルと手をつなぎながら改札から離れた。
「ごめんなさい。あたしのせいでこんなことになってしまって…。」
「大丈夫。僕は気にしてないよ。」
求司はまだ落ち込んでいるマドリガルにやさしく寄り添い続けた。
2人は改札の通過に時間がかかったこともあって、予定していた電車を逃してしまった。
その間、求司はマドリガルとしっかり手をつないでいることが段々気になってきた。
(どうしよう…。ここで手を離すわけにはいかないし…。)
彼は思わず顔を赤らめ、ドキドキしながらホームに到着した。
すると間もなく電車がやってくるアナウンスが流れた。
「あれに乗るの?」
「いや、あれは通過電車だから乗れないんだ。」
「通過?電車?」
「そう。この駅には止まらずに通り過ぎていくんだ。」
「どういうこと?」
マドリガルが問いかけると、やってきた電車はスピードを落とすことも無く、100キロ近い速度で勢いよくホームを通りかかった。
「きゃあっ!怖いじゃない!」
「大丈夫。僕達は黄色い線(点字ブロック)の後ろにいるから。」
求司は手をしっかりとつなぎながらマドリガルを優しく励ました。
しかし、まわりにいた人達から再び注目を浴びてしまい、2人は穴があったら入りたい気分だった。
それから数分後。駅のホームには「間もなく、電車が到着します。」というアナウンスが流れたため、求司はこの電車に乗ることを伝えた。
「あたし達、動いているものに飛び乗るの?」
「いや。ちゃんと止まるし、ドアも開くから安全に乗れるよ。」
「本当に、あたしでも乗れるの?」
「もちろん。」
彼がマドリガルの心を落ち着かせていると、電車が減速しながらやってきて、やがて停車をした。
「さあ、乗るよ。」
「う、うん…。」
求司はドアが開いたのを確認すると、手をつないだまま歩き出した。
それに続いてマドリガルも恐る恐るながら歩きだし、電車に向かっていった。
「ここ、隙間があるから気を付けて。」
「うん…。」
彼女は歩幅を大きくして歩を進め、内部に乗り込んだ。
そこに映った光景は、求司にとっては見慣れたものだったが、彼女にとっては未知のもので、たくさんの広告を見て驚いてしまった。
「これって、何?ここから何かが飛び出してくるの?」
「えっ?違うよ。あれは宣伝のためのもので、動きだしたり、飛び出してきたりはしないよ。」
「本当に?戦闘になったりしないわよね。」
「うん、大丈夫。安心して。」
マドリガルにとっては何もかもが初めてだったため、驚いてばかりだった。
そうしているといつの間にかドアが閉まり、電車が動き出したため、手すりやつり革につかまっていなかった彼女は体勢を崩してしまった。
「きゃあっ!」
マドリガルが思わず叫んだ後、求司は気が付いたらマドリガルの体が自分に密着しているのに気が付き、思わず顔を赤くした。
「あっ、ごめんなさい!あたし…。」
彼女はとっさに離れようとしたが、電車が加速中のために体制を立て直すことが出来ず、密着したままになってしまった。
「と、とにかく、何かにつかまって。」
「うん…。」
マドリガルは電車がまだ加速する中、よろめきながらつないでいない方の手で求司の体にしがみついた。
「ちょ、ちょっと!」
「怖いよお…。」
もはや事故ともいえる光景に、求司はどうすればいいのか分からず、ただ顔を真っ赤にしていた。
まわりの人達はそんな光景を見逃してくれるはずもなく、一斉に2人に視線を浴びせていた。
結局、駅や車内で色んなことが起こり過ぎたため、求司は港まで行ってフェリーに乗るということは無理と判断し、次の駅で電車を降りることにした。
幸い、乗車駅と降車駅の距離は1.5キロほどだったため、2人は歩いて戻っていくことにした。
「ごめんなさい。あたしのせいでこんなことになって…。」
駅の改札を降りたマドリガルはガックリと肩を落とし、泣きたい気持ちをこらえながら謝った。
「いいんだ。君と一緒に出掛けられて、僕はうれしいよ。」
「でも…。」
「君にとっては初めてのことばかりだったんだから、仕方ないよ。僕の方こそ、ごめんね。」
「えっ?どうして謝るの?」
マドリガルは自分が謝られるとは思っていなかったため、思わずビックリした。
「僕、君を喜ばせようとしたんだけれど、結局こうなってしまったから。君の気持ちもよく考えなかったせいで、こんな目にあわせてごめんね。」
「そんな…。」
「僕は君の味方だよ。安心して。」
「うん、ありがとう…。」
彼女は感謝しながら顔を赤らめた。
そしてつないでいない方の手で求司の腕を包み込んだ。
(えっ?)
求司は彼女の積極的な行動に思わずビックリしたが、その手を離そうとはしなかった。
(本当に優しい人なのね。この人に出会えて良かった。思えばルウさんも優しかったけれど、この人はそれ以上に私のことを考えてくれる。この人と一緒にいられたらいいなあ…。)
(本当に胸がすごくドキドキしてる。こんな感情、月野さんと付き合っていた時には感じなかった。どうしよう。相手はゲームの世界の女の子なのに。こんな気持ちになるなんて…。)
2人は何もしゃべろうとはしなかったものの、それでも幸せな気分だった。
そしてこのまま、すっと手をつないで歩き続けたいと思いながら、徒歩で道を歩き続けた。




