↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/22

第14話 普通の女の子でも

 手をつないで歩き続けた求司とマドリガルは、やがてアパートの前に到着した。

「どうしよう。着いちゃったよ。」

 求司は少し残念そうな表情を浮かべた。

「このまま、中に入っていくの?」

「いや、出来ることならもう少し外を歩き回れたらなって思っているんだ。」

「どうして?」

「このまま手をつないで一緒にいたいから。いいかな?」

 彼はそう言うと思わず顔を赤らめた。

 一方のマドリガルは何も言わずに考え事をしていた。

(わあっ!どうしよう…。言っちゃたよ。もし断られたら僕は何て言えばいいんだろう。せっかくの関係が壊れたりしないよね。)

 求司の胸は思わず高鳴り、顔がますます赤くなった。

「そうね。あたしもそうするわ。」

「えっ?いいの?」

 断られることばかりが頭をよぎっていた求司は、彼女が同意してくれたことが信じられず、思わず聞き返した。

「うん。あたしもそうなったらいいなって思っていたの。それに…。」

「それに?」

「あたし、運動をして体を鍛えたかったの。そして強くなって、HPを伸ばして、あたしを冷たく扱ってきた人達を見返してやりたいって思っていたから。」

 マドリガルは今まで弱過ぎた自分を変えようと、並々ならぬ気持ちを秘めていた。

「じゃあ、僕も体を動かすことにするよ。ちょっとアパートに行ってきてもいいかな?」

「何か持ってくるの?」

「うん。どうする?そこで待ってる?」

「求司さんと一緒に行くわ。一緒にいられると安心出来るから。」

「えっ?」

 求司は彼女が積極的な言葉をかけてきたため、思わずドキッとした。

(どうしよう…。でも、せっかくそう言ってくれたんだから、そうしてみよう。)

 彼はそう考えると、自分の右手を差し出した。

 マドリガルはそれを見ると左手を伸ばして手をつなぎ、一緒にアパートに入っていった。


 求司は高校野球で使用していた金属バットを用具入れに入れて、肩に担いで外に出ることにした。

「それで何をするの?」

「これで体を動かすんだ。」

「どうやって?」

「そのうち分かるよ。さあ、行こう。」

「うん。」

 2人は再び手をつなぎ、外に出ていった。


 以前、丈二と安奈を含めた4人で集まった空き地にやって来ると、求司は金属バットを取り出した。

 そして左打ちの構えをすると、軽く素振りを始めた。

「それって戦闘に備えているの?」

「違うよ。純粋に体を鍛えるためだよ。」

 彼は徐々にスピードを上げていき、10回目以降は全力で素振りをした。

 そして25回ほどやったところで手を止め、マドリガルに「君もやってみるかい?」と問いかけた。

「う、うん。やってみるわ。」

 彼女はバットを受け取ると、左手をグリップエンドのところで、右手をテープと金属部分の境目付近で握り、なぎなたを持つような感じで身構え、振り下ろすようにスイングを開始した。

(あっ、彼女は右打ちなんだ。僕と逆だな。まあ、全然野球と違うけれど、運動になればそれでいいか。)

 求司はマドリガルの動作を見ても何も言わず、彼女の動作をじっと見つめた。


 彼女は30回を超えた辺りから少々疲れが見えてきたため、そこで一旦ストップをすることにした。

「あたし、果たしてこんなのでいいのかしら?求司さんと全然違うけれど。」

「大丈夫。どんな動作も、決して無駄にはならないよ。」

「それならいいけれど。」

「じゃあ、今度は僕が素振りをするよ。それ、渡してもらっていい?」

「いいわよ。はい、どうぞ。」

 マドリガルがバットを差し出すと求司は再び野球の構えをしてスイングを開始した。

(見た感じ、かなりのスピードね。バンビーノ(←呼び捨て)ほど腕力があるわけではないけれど、タイプとしてはルウさんに似ているわね。)

 彼女はそう考えながら素振りをしている求司を見つめていた。


 2人が十分に体を動かした後、求司は再び金属バットをしまい、手をつないで徒歩で帰路についた。

 アパートに到着すると、求司はすぐにテレビをつけた。

 テレビではちょうどニュースを放送しており、値上げや政治家を非難するような内容が取り上げられていた。

 マドリガルは内容こそよく分からないものの、不満げな表情を浮かべながらインタビューに答える人々の姿が気になり、ふと問いかけてみた。

「求司さん、ここって本当に平和な所なの?」

「えっ?それは、君の世界と違って敵と遭遇して戦闘をする必要はないし、確かに平和だよ。」

「でもこの人達、幸せではなさそうね。争いをする必要もないのに、どうしてこんなに不満げなの?」

「まあ、平和と言っても、幸せとは限らないからね。僕も仕事を失ってしまったから、これから仕事を見つけてお金を稼がないといけないし。」

「敵を倒したらお金はもらえないの?」

「それは無理だよ。それはゲームの中での話だから。」

「じゃあ、仕事っていうものを探して、それで稼げば幸せになれるのね。」

「そんな簡単なことではないんだ。仕事をするにしても、そう簡単に見つかるわけではないし、もらえるお金もこれまでと比べて減るので、生活費を切り詰めないといけないからね。だから僕も幸せかと言われたら、どうかなって言いたいところなんだ。」

「そうなの。あたしの世界ではボスや魔王を倒せば人々が幸せになれるって、みんなは信じて疑わないのに。」

「まあ、それもゲームの中での話だからね。」

 求司は現実世界とゲームの世界は違うということを改めて実感させられていた。

「せめて、あたしがこの世界で魔法を使いこなせたら、みんなを幸せにしてあげられるかもしれないのに…。」

 マドリガルはこの世界に来てから、ただの少女になってしまったことを気にしていた。

「そんなの気にしなくていいよ。僕、魔法使いとしてだけでなく、普通の女の子として過ごすマドリガルも同じくらい魅力的だって思っているから。」

「えっ?本当に?」

「うん。僕、正直に言うとね、君が戦ってばかりの日々を過ごしているのを見るのがつらかったんだ。出来ることなら君にはこれ以上戦ってほしくない。争う必要のない世界でこうやって一緒に会話をして、笑っていて欲しい。僕はそんな君の姿を見ていたいんだ。」

 求司は以前から心の中で思っていたことを正直に打ち明けた。

「本当に?あたし、この世界のことがよく分からないせいで、色々迷惑をかけたのに。」

「僕は迷惑だなんて思っていないよ。むしろ、君に出会えたおかげで、それまで落ち込んでいた僕の気持ちがとても楽になったんだ。来てくれてありがとう。」

「そんな、あたし…。」

 マドリガルは思わず顔が赤くなった。

(やだ、どうしよう…。あたし、胸がバクバクする…。)

 彼女はそれ以上何も言えず、一方の求司も照れながらマドリガルの顔を見つめていた。


 それからしばらくの間、お互い見つめ合いながら過ごしていると、ふと求司のスマートフォンに着信が入った。

「何だよ、こんな時に。」

 彼がポケットからそれを取り出し、画面を確認すると、かけてきた相手は安奈だった。

「もしもし、求司です。」

『もしもーっし!アンよ。電話大丈夫?』

「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」

『この後、会えるかなって思って。空いてる?』

「大丈夫だよ。何かあるの?」

『実はね、QZXが参加する無料ライブに招待されたのよ。』

「えっ?QZXって、アンが以前所属していたバンドだよね。」

『そうよ。』

「いいの?MALICEとRAY達からあんな目にあわされたのに。」

『まあ、彼女達とはまだ話しにくいけれど、私の代わりに加入したSARAとは、すでに何度もメッセージのやり取りをしているの。そして、お詫びの意味を込めてライブに招待してくれることになったから、ついでに声をかけてみたの。来てみる?』

「いいよ。マドリガルに声をかけてみてもいい?」

『いいわよ。』

「じゃあ、ちょっと待ってて。」

 求司は一旦スマートフォンを耳から離すと、マドリガルに要件を話した。

「本当にあたしも一緒に行っていいの?」

「うん。ぜひ来てほしいみたいだよ。」

「それなら、あたしも行かせてもらうわ。」

「OK。」

 求司はマドリガルから同意を受けると、早速それを安奈に伝えた。

『分かったわ。早速この後、SARAに伝えておくわね。』

「頼んだよ、アン。」

『任せといて。じゃあ、5時に会いましょうね。』

 安奈はそう言った後、自分から会話を終了した。

「アン、仲直り出来つつあるんだね。」

「そうね。良かったわね。」

 2人は彼女の明るい声が聞けてほっとした。

(あたしもルウさん達と仲直り出来たらなあ…。そのためには、あたしも強くならないと。強くなって、バンビーノやカノンを見返してやらないと。)

 マドリガルは安奈の心の広さが自分にとっても励みになっていた。


 その後。4人は約束の時間に会場の入口近くに集まった。

 そしてQZXの5人が登場し、彼女達の曲が流れると、安奈は左利きのエアギターをしながら歌っており、まるでメンバーの一員になったかのようにふるまっていた。

 そして求司と丈二は曲によってジャンプをしたり、手拍子や合いの手を入れたりしながら盛り上がっていた。

 一方のマドリガルは最初、どうすればいいのか分からずにいたが、とりあえずと言う感じで手拍子をしていた。

(未だに失業中ではあるけれど、そんなことは考えないことにしよう。結果的に苦しみから解放されて、ジョーのゲームを見られて、マドリガルに会えて、アンのおかげでライブが見られたから。失業したからって人生が終わるわけじゃない。人生はきっと素晴らしいアドベンチャーなんだ。挫折を味わったっていいじゃないか!)

 心の中では決して不安が無くなったわけではなかったが、それでも求司はこの会場で、心の底から楽しい時間を過ごしていた。


今回、求司と丈二がジャンプをしながら盛り上がった曲の歌詞は次の通りです。


さあ Everybody 走ろうぜ 今

さあ Everybody 歌おうぜ 今

さあ Everybody 踊ろうぜ 今

さあ Everybody 楽しもうぜ


さあ Everybody 叫ぼうぜ 今

さあ Everybody 騒ごうぜ 今

さあ Every


走ろうぜ

歌おうぜ

踊ろうぜ


さあ Everybody 遊ぼうぜ 今

さあ Everybody 狂おうぜ 今

さあ Every


叫ぼうぜ

騒ごうぜ

遊ぼうぜ


さあ Everybody 走ろうぜ 今

さあ Everybody 歌おうぜ 今

さあ Everybody 踊ろうぜ 今

さあ Everybody 楽しもうぜ


 この曲は求司が高校野球の試合に出場していた時に、観客席で応援団が演奏したものです。

 ちなみにライブ会場にいる求司と丈二は「さあ Everybody ~」の部分でジャンプをしながら「ララララ…」と歌った後、学校名を2回コールし、「Let’s Go!求司!」と言っています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。