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第11話 前を向いていこう

 この日は求司の勤めていた会社の最終出社日になるはずの日だった。

 彼が持っている保険証は翌日から失効になってしまい、さらにこれからは失業の手続きのためにヘイローワークに通うことになるため、彼は色々手続きをしていた。

 一方、マドリガルは求司がしていることをきょとんとしながら見つめていた。

(やっていることはよく分からないけれど、とりあえずは大変な状況なのね。)

 彼女は何もしてあげられないけれど、それでも悔しさをこらえながら作業をする求司を見守り続けていた。


 やがてやることが済むと、求司は気休めにとばかりに先日買ったゲームの続きを始めた。

(あっ、あたしがいる…。)

 丈二の手によってリメイクされる前の作品ではあったが、画面の中にいるのは確かに自分だった。

 続き開始から5分後。パーティーにくノ一のアリアが加わった。

 戦闘に参加するメンバーは4人までなので、ここから先は一人が控えにまわることになった。

(ここからだわ。あたしが全然戦わせてもらえなくなったのは…。)

 マドリガルは嫌な記憶を思い出してしまい、またこのような目にあわされるのではとばかりに手が震え始めた。

 しかし求司は誰かがどんなに強くてもローテーションという形でメンバーを入れ替えるやり方をしていたため、装備はみんな充実していたし、マドリガルにもしっかりと出番が回ってきた。

(あたしを起用してくれるのはうれしいけれど、やっぱりあたしってHPが低いのね。こんなに低ければ、仲間外れにされても仕方ないわね…。)

 彼女は自分がいつどのような扱いを受けるのか、不安で仕方なかった。

 すると求司が突然「よし!HPの最大値を伸ばすアイテムを見つけた!」と言い出したため、マドリガルは思わずビックリした。

「な、何?」

「ほら、この薬だよ!これで君を少しだけ強化出来るよ!」

「えっ?あたしを?」

「うん。これを探していたんだ。良かった、手に入って。早速これを使うことにするよ。」

 求司がそのアイテムをルウからゲームの中のマドリガルに手渡し、彼女が使うを実行すると、最大HPが5ポイント上昇した。

「えっ?たったそれだけ…。」

 これだけでは到底問題の解決にはならないため、求司の隣にいるマドリガルはシュンとしてしまった。

「大丈夫。これからこの薬をいくつも手に入れるよ。そして全て君に使って、どんどんHPを伸ばしていってあげるからね。」

「伸ばすって、どうやってそんなにたくさん手に入れるの?」

「アリアがアイテム探しに出かけるか、これから出会うことになるカブキが改心した相手を説得してアイテムを分けてもらうかすれば、時々手に入るよ。」

「その2人、そんな能力を持っているのね。」

「うん。でも、確率は決して高くはないから、根気が必要になるけれどね。」

「求司さん、一人のためにそこまでするなんて、つらくないの?」

「確かにつらくなる時もあるけれど、僕は強くなったマドリガルを見たいから、絶対にやり遂げてみせるよ。」

 求司は決して誰かをのけ者にせず、弱点があっても我慢して起用し続ける決意をしていた。

 その姿はマドリガルにとってとても眩しく見えていた。

(ありがとう。あたし、こんな人にもっと早く会いたかったな…。)

 彼女は少し顔を赤らめながら求司の横顔を見つめていた。


 しばらくすると、彼の持っているスマートフォンに着信が入った。

「ん?誰だろう?」

 求司が画面を見ると、そこにはANNE(アン)という表示が出ていた。

 彼はすかさずゲームの手を止め、電話に出た。

「もしもし、求司です。アン、どうしたの?」

『明日の午前、求司さんとマドリガルさんに会えるかなって思って。』

「午前かあ…。僕はヘイローワークに行くから、マドリガルにしか会えないと思うけれど。」

『それでもいいわ。手伝ってほしいことがあるから。』

「手伝ってほしいこと?」

『そう。』

 安奈は電話越しに要件を話してくれた。

「じゃあそれ、彼女に聞いてみるから、ちょっと待ってもらってもいい?」

『OKよ。』

 安奈が同意をすると、求司は電話の要件をマドリガルに伝えた。

「あたしでいいのかしら?」

「うん。僕としても出かけなければいけないから、だからかえって好都合だよ。アンと一緒に出掛けてくる?」

「そうね。安奈さんはとても親切に接してくれたし、受け入れることにするわ。」

「分かった。じゃあ伝えておくよ。」

 求司は早速同意が得られたことを安奈に伝えた。

『どうもありがとう。じゃあ、明日の朝9時にそちらに向かうわ。』

「分かった。マドリガルをよろしく頼んだよ。」

『OK!じゃあね。』

 安奈は元気よく答えると、通話を終了した。

 その後、求司はゲームを再開し、カブキを加えた。


 やがて彼はマドリガル離脱前に戦ったボス敵にたどり着き、彼女の魔法を存分にぶっ放して攻撃をした結果、あの時の苦戦が嘘のように鮮やかに撃破した。

(あたし、自分が参加していたら、こんなにも役に立てたんだ…。)

 彼女はゲームを通じて、自分の存在の大きさを改めて知ることになった。


 翌日。約束の時間になると、玄関に安奈が到着した。

 ドアをノックする音が聞こえると、マドリガルは自身が元々身に付けていた魔女の服を持って求司と一緒に応対した。

「2人ともおっはよーっ!」

「おはよう、アン。早速だけれど、今日はマドリガルをよろしくお願いします。」

「もちろんよ。じゃあマドリガルさん、よろしくね。」

「あっ、はい。よろしくお願いします。」

 マドリガルは恐れ多そうに返事をしたが、安奈の明るさを見て自分も気持ちを入れ替えることにした。

「それじゃ、僕はヘイローワークに行ってきます。2人とも、楽しんできてね。」

「もちろんよ!十分に楽しんでくるわ!」

「分かりました。」

 安奈は陽気に、マドリガルは控えめに返事をした。


 2人が丈二と安奈の家に入っていった後、安奈は魔女の服装に着替えた。

 そしてほうきを持って庭に出ると、彼女は自分のスマートフォンを取り出し、これからやることを説明した。

「じゃあ、撮影する時になったらこの部分を指で触ってね。」

「分かりました。」

「よろしくね。」

 安奈はそう言うとマドリガルから距離を取り、ほうきにまたがった。

 そして彼女がその場でジャンプをすると、マドリガルはタイミングを見計らってシャッターを切った。

 この作業を何度も何度も繰り返した後、安奈は編集作業に入ることにし、スマートフォンを受け取った。

「これはOKね。そして、これはボツ…。」

 彼女が真剣な表情で作業をしている一方、マドリガルは何もすることが無くなってしまったため、きょとんとしていた。

 安奈は作業が済むと、以前と同じように撮った写真を高速で一枚一枚コマ送りしていった。

「どう?今度は本当に魔女がほうきにまたがって空を飛んでいるように見えるでしょう?」

「確かにそうですね。あたしにとっても不思議な感じです。」

「でも、これだと時間にしてわずか3秒だから、もっと増やしたいわね。」

「えっ?また撮影するんですか?」

「うん。お願いしてもいいかしら?」

「あたしは構わないです。」

「じゃあ、お願いね。」

 それを受けて、安奈はほうきにまたがってジャンプする動作を、マドリガルは撮影を再開した。


 作業が終わった後、2人は安奈の家で昼ご飯を食べた。

 その後、マドリガルは安奈がこれからどうするのかを聞いてみることにした。

「私はこの後、時間が来たら音楽のライブ会場に行くわ。」

「ライブ?」

「そう。今日、私が以前所属していた『QZX』というバンドがライブをするの。」

 彼女はその会場でいくつもの出演者が出てきて、演奏をするイベントが行われることを話した。

「でも、安奈さんはそのバンドを追い出されたのでは?」

「まあ、そうなんだけれど…。」

 彼女はまだメンバーと連絡をする勇気が持てず、一時は恨んだりもしたことを打ち明けた。

「それならどうして見に行くつもりなんですか?」

「時間がたつにつれて、その気持ちにも少しずつ変化が出てきたの。お兄ちゃんからもかなり励まされたし、求司さんが会社を戦力外になった悔しさと闘っている姿を見ているうちに、つらいのは自分だけじゃないんだって思えたの。それに…。」

「それに、何ですか?」

「QZXが今よりもっと人気になって、立派に成長して、将来有名になってほしいって思えるようになったの。それにMALICEとRAYがSARAのドラミングにほれ込んだというのであれば、その腕前がどんなものか。後を任せて大丈夫なのか、一度見てみたいから。」

 彼女は未だに複雑な思いを抱えながらも、何とか前を向いていこうという気持ちを奮い立たせていた。

(そうなの…。安奈さんはバンドを追い出されても、その人達の幸せを願っているのね…。でもあたしはどうしよう…。もし元の世界に戻ってルウ達に会ったとしても、再びあたしを受け入れてくれるのか分からないし、「今まで何をやっていたんだ。」とか「すでに新しい仲間を加えたから、お前は必要ない。」とか言われたら…。)

 マドリガルは自分もつらい思いをした上に、この世界に来た時、丈二に「帰りたくない」と言い放ったことがあるだけに、自分がどうすればいいのか分からずにいた。


 その後。安奈はマドリガルを求司のアパートに送り届けた後、ライブ会場にやってきた。

 お目当てのバンドであるQZXの出番まではまだ時間があったため、最初は後ろの方に立ち、気楽な気持ちで見ていた。

 そして、いよいよ出番がやってくると、彼女は群衆をかき分けるように前列にやってきた。

「今日は見に来てくれて、どうもありがとーーーっ!」

「今から全力で歌わせていただきまーーーすっ!」

 RAYとMALICEが叫んだ後、SARAが両手でシンバルを叩いた。

 そして彼女のドラミングに加えてRAYのキーボード、IYOKOのギター、ASTRIDのベース音が響き、続いてMALICEが大声で歌いだした。

 安奈は歌を聞きながらも、SARAの演奏に注目し続けた。

(確かに間違えることも無く、きちんと演奏出来ているわね。それにただ叩くだけでなく、音もしっかり響かせているし…。悔しいけれど、ドラミングで精いっぱいだった私ではとても彼女には勝てないわ。どうやらメンバー交代は正解だったようね。)

 彼女は悔しい気持ちを我慢しながら演奏をじっと見続けた。

 すると途中でこちらを見たMALICEの表情が変わった。

 そのせいで一部歌詞を間違えてしまったが、彼女は素早く気持ちを切り替え、その後は何事も無かったように歌い続けた。


 予定していた2曲を演奏し終えると、MALICEは「WE ARE QZX!」と叫んだ後、シャウトしながらメンバーの紹介を始めた。

「ギターーーッ!I――YO――KO――!」

「初めまして!IYOKOです!よろしく!」

「ベーースーーッ!A――STRI――D!」

「ベースのASTRIDです!みなさん、お会い出来てうれしいです!」

「ドラムスーーッ!A―――NNE!…じゃなかった!ごめんなさい!SA―――RA―――!」

「新加入したSARAです。みなさん、あたしを覚えてください!よろしく!」

「キーボード!RA―――Y!」

「RAYでーーーーーっす!」

「そして、私が!ボーカルの!MALICEだーーーーっ!」

 彼女によるメンバー紹介が終わると、5人は整列してあいさつをした。

 そして彼女達は一斉に最前列にいる一人の少女に注目をした。

 視線を自分に向けられた安奈はまずいと思ったのか、とっさに振り返り、群衆をかき分けながら逃げるように会場を後にしていった。

「ANNE、まさかここに来ていたなんて…。」

「私達のこと、気にしていたのね。」

 ASTRIDとIYOKOはその場に呆然と立ち尽くしていた

「ごめんね、ANNE…。私が加入したせいで…。」

 SARAは自分が安奈を追い出してしまったという自責の念に襲われてしまい、心の中で何度も謝り続けていた。

 一方、外に出た安奈はそのまま一人暮らしをしているアパートに向かっていき、翌日からの大学の授業に備えることにした。

(とにかく、これで吹っ切れたわ。もう過去は振り返らない。前を向いていこう。進む道はこれから違っても、きっと前向きな答えは見つかるはずだから。)

 息を切らしながらアパートにたどり着いた彼女は、早速気持ちを切り替え、大学の授業に備えることにした。


作中でQZXが1曲目に歌った曲の歌詞は次の通りです。

(インスト曲に詞を付けた形です。)


タイトル:風より速く


風より速く 勇ましく走れ

闇を裂いて 胸に火を灯せ

林に生きる 大樹のように

大きく生きろ 高い山のように


山は豊かな 林を育て

人は恵みを受けて生きる

疲れた時は 命をいやし

傷もいえたのならば

旅が始まる いざ 出陣


湧き上がる火で 道を切り開け

勝利を信じ 最後まで走れ

見たこともない 栄光のため

風より速く 勇ましく走れ



2曲目は「人生は素晴らしい物語。」のカバーです。


あと、少し紹介が遅れましたが、QZXの由来は英語で使用頻度の少ない3つのアルファベットです。

そういったレアな存在になろうという気持ちが込められています。

メンバーのMALICEとRAYの由来は魔理沙と霊夢。IYOKOは僕の過去作に登場したキャラ名です。

残りの2人は内緒です。

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