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茶々外伝・②⑤③話『常陸国城代』編・第7話 城代、初めて裁く

裁きとは、誰かを叩き伏せることではない。


 私はそのことを、評定の朝までに何度も自分へ言い聞かせていた。


 下妻七郎兵衛が持ち込んだ田境の訴えは、ただの境争いではなかった。

 新城普請に伴う人足と材木の割り当て。田の年貢。用水の管理。村同士の面子。国人衆の力関係。そして、黒坂家が常陸へ入った今ならば、古い境を動かせるのではないかという欲。


 そこに、大堀左馬助の影が見えていた。


 下妻側が出した古文書には、境に関わる一文だけ、後から手を入れた疑いがあった。寺の記録、田島村側の年貢帳、用水さらいの記録を照らし合わせても、下妻側の主張はどうにも苦しい。


 だが、だからといって七郎兵衛をその場で潰せばよい、という話でもなかった。


 常陸は、まだ黒坂家に馴染んでいない。


 ここで国人衆の一人を派手に辱めれば、周りは震え上がるかもしれない。

 しかし、震え上がった者が素直に従うとは限らない。表では頭を下げ、裏では互いに顔を見合わせて、黒坂家は常陸の古い筋目を知らぬまま人を潰す家だ、と囁くかもしれない。


 それではいけない。


 百姓を守る。

 田を元に戻す。

 文書のごまかしを見逃さぬと知らせる。

 だが、相手の面目を完全には潰さない。


 その細い道を通らなければならない。


「御方様」


 桜子の声で、私は顔を上げた。


「お支度、整っております」


「ありがとう」


 私は立ち上がった。


 今日の衣は、初評定の時より少しだけ落ち着いたものにした。

 裁きの座である。華やかさはいらない。だが、弱く見えてもならない。

 鏡の前で襟を整えると、自分の顔が少し硬いことに気づいた。


 桜子も気づいていただろう。

 だが、何も言わなかった。こういう時、余計な励ましをしないところが、この子の強さだった。


 廊下へ出ると、お初が待っていた。


「姉上様」


「お初」


 お初は、いつになく真面目な顔をしていた。

 いつもの「別に」と言いたげな顔ではない。少し眠りが浅かったのか、目の奥が冴えすぎている。


「今日は、広間の中ですか」


「あなたは、控えの間です」


「また?」


「ええ。けれど今日は、途中で呼ぶかもしれません」


「私を?」


「はい」


 お初は少し戸惑った。


「私、文書のことは分からないって言ったでしょ」


「文書は政道が見ます。寺の記録も、年貢帳も揃えました。あなたには、人の顔を見てもらいます」


「……顔ばっかり」


「それが大事なのです」


 お初は唇を尖らせた。


「姉上様、最近私の逃げ道を潰すのが上手くなった」


「城代ですから」


「それ、便利すぎる」


 そのやり取りで、少しだけ肩の力が抜けた。


 そこへ、お江が駆け寄ってきた。


「姉上様、今日、裁くんでしょ?」


「その言い方は物騒です」


「でも裁きでしょ?」


「そうですが、遊びの話ではありません」


「分かってる。今日は静かにしてる」


 お初が即座に言った。


「信用できない」


「できるよ!」


「昨日、桃子に“裁きって悪い人を成敗するやつ?”って聞いてたでしょ」


「だって気になったんだもん」


「そういうのを広間で言うから駄目なの」


 お江は少しむくれたが、今日は珍しく食い下がらなかった。


「じゃあ、終わったら教えて。誰が悪かったのか」


 私は首を横に振った。


「今日は、誰が悪いかだけを決める日ではありません」


「違うの?」


「ええ。どうすれば国が乱れずに済むかを決める日です」


 お江は難しい顔をした。


「……つまり、悪いことした人に、ごめんなさいさせて終わりじゃない?」


「近いようで、違います」


「難しい」


「だから、今日は奥で待っていなさい」


「はい」


 素直だった。

 たぶん、分からないなりに重い話だと感じているのだろう。


 広間へ入ると、すでに人が揃っていた。


 下妻七郎兵衛。

 大堀左馬助。

 田島村の年寄・喜助。

 百姓代表の与平。

 寺の記録を預かる僧。

 政道。

 常陸側の役人たち。

 黒坂家の家臣たち。


 真琴様も、少し離れた位置に座っておられた。

 今日は助け舟を出すためではなく、黒坂家の当主として、この裁きを見届けるためだろう。


 私は上座へ座った。


 七郎兵衛の顔には、不満と焦りが混じっていた。

 左馬助は、細い目で静かにこちらを見ている。表情だけなら落ち着いている。だが、その落ち着き方が、かえって油断ならなかった。


 田島村の与平は緊張で膝の上の手を握っている。

 喜助は深く頭を下げたまま、背中を丸めていた。


 私は一度、全員を見渡した。


「本日は、下妻家と田島村の田境について、改めて話を聞きます」


 広間が静まる。


「前回、下妻七郎兵衛殿は、田島村が耕す田の一部が本来は下妻家の差配地であると訴えました。これに対し、田島村は父祖の代より田島の田であると申しております」


 政道が、文書を前に置いた。


「そこで、双方の記録、寺の記録、年貢帳、用水さらいの記録を改めました」


 七郎兵衛の喉が、小さく動いた。


 私は、それを見た。

 お初も控えの間から見ているはずだ。


「まず、下妻家より出された古文書について」


 私は政道へ目を向けた。


「政道」


「はい」


 政道が文書を広げる。


「下妻家より提出された文書は、紙そのものは古いものにございます。ただし、問題の田境を示す一文に、後年の追記と見られる形跡がございます。墨の色、筆致、紙の傷み方が、前後の文と一致いたしませぬ」


 七郎兵衛が声を上げた。


「それは、古文書ゆえ多少の違いはあるものにございましょう!」


「確かに、古い文書には違いが出ます」


 政道は静かに答えた。


「ゆえに寺の記録と、田島村側の年貢帳、過去の用水さらいの記録とも照らし合わせました」


 寺の僧が頭を下げた。


「寺に残る寄進帳および年行事の記録においても、当該の田は長年、田島村の支配として扱われております」


「用水さらいの記録も同じです」


 政道が続ける。


「該当の田へ水を引く溝は、田島村の者たちが毎年手入れしておりました。下妻家の者が人手を出した記録は、少なくとも近年にはございませぬ」


 七郎兵衛の顔が赤くなった。


「それは、田島村が勝手に手を出していたためで――」


「ではなぜ、これまで下妻家は抗議しなかったのですか」


 私が静かに問うと、七郎兵衛は言葉を詰まらせた。


「それは……長年の混乱ゆえ」


「長年の混乱を、なぜ今になって急に正そうとしたのですか」


「新城普請に伴い、負担の見直しがございますゆえ」


「つまり、負担の見直しがなければ、そのままだったということですか」


 七郎兵衛は口を閉じた。


 私は、強く責めすぎないように息を整えた。


「七郎兵衛殿。土地の境は、村の暮らしそのものです。年貢も、人足も、水も、そこに関わります。古い文書を持ち出すなら、なおさら慎重でなければなりません」


「御方様は、下妻家が文書を偽ったと仰るのか」


 その声には、怒りがあった。


 だが、少しだけ震えてもいた。


 私は答えた。


「偽りと断ずる前に、聞くべきことがあります」


 私は佐吉を呼ばせた。


 控えていた若い家臣が、青ざめた顔で広間へ入ってくる。

 先日、文書を持ってきた男である。


「佐吉」


「はっ」


「この文書を、下妻家の蔵より出したのは誰ですか」


「七郎兵衛様にございます」


「あなたは、文書の一部を書き足したことがありますか」


「ございません!」


 返事が早すぎた。


 広間の空気がわずかに動く。


 私は急かさず続けた。


「では、この書付は何です」


 政道が、田島村の与平が拾った書付を出した。


 佐吉の顔色がさらに変わる。


「境の一文、早く整えよ。左馬助殿も急かしておられる」


 私が読み上げると、広間の視線が一斉に左馬助へ向いた。


 左馬助は、ほんのわずかに目を細めただけだった。


「そのような書付、私は存じませぬ」


 声は落ち着いている。


「でしょうね」


 私は言った。


 左馬助の眉が、ほんの少し動いた。


「存じていると申されても、この場では困ります。ですが、書付に名がある以上、関わりがないかは調べねばなりません」


「御方様」


 左馬助が静かに口を開く。


「常陸には、古き付き合いというものがございます。私が下妻殿より相談を受けたことはございましょう。しかし、それをもって文書に手を入れたなどと」


「そこまでは申しておりません」


 私は、彼の言葉を遮らず、しかし逃がさず返した。


「ただし、左馬助殿。古き付き合いを理由に、他家の田境へ口を挟み、さらに黒坂家の新城普請に伴う負担を動かそうとしたなら、それは城代として見過ごせません」


 左馬助の笑みが消えた。


「証拠は」


「今、調べています」


「ならば、今日この場で私の名を出すのはいかがなものか」


「あなたの名が書付に出ているからです」


 私はまっすぐ見返した。


「名が出た以上、隠しません。けれど、証拠なく裁きもしません。それが今日の私の立場です」


 広間が静まり返った。


 真琴様は、黙って見ておられる。

 たぶん、今のやり取りを全部聞いている。


 お初は控えの間で、息を殺しているだろう。


 私は視線を佐吉へ戻した。


「佐吉。正直に答えなさい。あなたをここで斬るために呼んだのではありません」


 佐吉の肩が震えた。


「ですが、嘘を重ねれば、あなた一人では済まなくなります」


「……」


「境の一文は、誰が整えたのですか」


 長い沈黙だった。


 七郎兵衛が佐吉を睨む。

 左馬助は、何も言わない。

 田島村の与平は、握った拳を膝の上で震わせている。


 やがて、佐吉が畳へ額をつけた。


「……私でございます」


 七郎兵衛が怒鳴った。


「佐吉!」


「七郎兵衛殿」


 私は声を強めた。


「ここは評定の座です。叫ぶ場ではありません」


 七郎兵衛は息を荒くしたが、口を閉じた。


 佐吉は震える声で続ける。


「古文書に、境のことが曖昧に記されておりました。それを……下妻家に有利となるよう、追記いたしました」


「誰の命ですか」


 佐吉は黙った。


 七郎兵衛は顔を歪めた。


 左馬助は、相変わらず静かだった。


 私は、その沈黙に踏み込みすぎないことを選んだ。


 今この場で左馬助まで追い詰める材料は足りない。

 無理に言わせれば、言葉は後で崩される。


「分かりました」


 私は言った。


「今は、そこまででよろしい」


 広間に少しざわめきが起きた。


 七郎兵衛が顔を上げる。


「御方様、それでは」


「いいえ」


 私は静かに続けた。


「文書に手が入った事実は明らかになりました。よって、下妻家の田境の訴えは認めません」


 田島村の喜助が、深く息を吐いた。

 与平の目に、涙が滲んだ。


「当該の田は、これまで通り田島村の田とします。年貢、人足、用水の扱いも旧来のまま。ただし、今回の件で境を改めて記録に残し、黒坂家の帳面にも写します。今後、同じ田を巡って同様の訴えを出す場合は、新たな証拠を必要とします」


 政道がすぐに書き留める。


 七郎兵衛は、悔しさを噛み殺していた。


「下妻家については」


 私は彼を見た。


「古文書の確認を怠り、家臣による追記を防げなかった責があります」


「……はっ」


「ただし、今回は下妻家そのものを偽造の首謀と断じるには至りません」


 七郎兵衛が、わずかに顔を上げた。


 私は続けた。


「よって表向きは、境界誤認の訂正とします」


 広間に、また静けさが落ちた。


「ただし、下妻家は新城普請へ材木を追加で出しなさい。さらに、田島村へ今年の用水さらいに必要な人手を一度分、無償で出すこと」


 七郎兵衛が目を見開く。


「御方様、それは」


「罰ではありません」


 私は穏やかに言った。


「境界誤認によって田島村に生じた不安と、黒坂家の手を煩わせたことへの埋め合わせです」


 真琴様が、ほんの少しだけ口元を動かした。


 たぶん、笑いを堪えたのだろう。


「佐吉については、下妻家で処分を決める前に、黒坂家へ届け出なさい。勝手に重く罰して口を封じることは許しません」


 七郎兵衛の顔がさらに硬くなった。


「承知……仕りました」


「左馬助殿」


 私は最後に彼を見た。


「あなたの名が書付にあった件は、今日ここでは裁きません」


「それは、ありがたき」


「しかし、調べは続けます」


 左馬助の言葉が止まった。


「常陸の古き付き合いを、黒坂家は軽んじません。ですが、古き付き合いを盾にして境を歪めるなら、それは政を乱すものです。以後、心に留めなさい」


 左馬助は、ゆっくり頭を下げた。


「……肝に銘じます」


 その声には、初めて硬いものが混じっていた。


 評定が終わり、田島村の者たちが下がる時、与平が私へ深く頭を下げた。


「御方様」


「何です」


「ありがとうございます」


「礼は、田を守ってからにしなさい」


 与平は一瞬驚き、それから強く頷いた。


「はい」


 喜助も、震える声で言った。


「田島の者、黒坂家の御裁きを忘れませぬ」


「忘れる必要はありませんが、騒ぎすぎぬように」


「は?」


「下妻家を無用に煽ってはなりません。田が戻ったなら、田を作りなさい」


 喜助は、何度も頷いた。


「はい。はい」


 こういうところが大事なのだと思った。


 勝った者が騒げば、負けた者は恨む。

 田を守ることと、相手の面目を踏みにじることは違う。


 裁きとは、その差を守ることでもあるのだろう。


 国人衆が去ったあと、私はしばらく広間に座っていた。


 体の芯が重い。


 怒鳴ったわけではない。

 大声を出したわけでもない。

 それなのに、半日歩いた時より疲れていた。


 政道が静かに言った。


「御方様、お見事にございました」


「見事、なのでしょうか」


「はい。田島村は救われ、下妻家は面目を完全には失わず、左馬助殿へも釘を刺されました」


「釘で済めばよいのですが」


「済まぬかもしれませぬ」


 政道は正直だった。


「ですが、今日の裁きで、国人衆は理解したはずです。御方様は、軽く判を押さぬ。文書も顔も見ておられる、と」


「顔を見たのは、お初です」


「それも含めて、御方様の御裁きにございます」


 私はその言葉を受け止めた。


 私一人の裁きではない。

 政道の文書、寺の記録、田島村の証言、お初の目。

 それらを集めて、私は座に置いただけだ。


 だが、最後に言葉を出したのは私だった。


 その重さが、まだ膝の上に残っている。


 控えの間から、お初が出てきた。


「終わった?」


「ええ」


「……私、途中で息止まってた」


「なぜあなたが」


「佐吉が喋るかどうか、見てたから」


 お初は少し疲れた顔をしていた。


「喋った瞬間、ちょっと怖かった」


「怖かった?」


「うん。顔を見るって、面白いことじゃないね」


 私は、その言葉に深く頷いた。


「そうです」


「嘘が見えたら、嬉しいのかと思った。でも、何か……嫌な気持ちにもなる」


「それでよいのです」


「よいの?」


「人の嘘を見て喜ぶようになっては、いけません」


 お初は黙った。


「あなたが嫌な気持ちになったなら、まだ大丈夫です」


 お初は少しだけ目を伏せた。


「姉上様、そういう言い方、またずるい」


「またですか」


「うん。でも……少し楽になった」


 それだけ言って、お初は私の隣へ座った。


 広間は静かだった。

 裁きの余韻だけが、畳の上に残っている。


 夕方、真琴様に報告をした。


 真琴様は最後まで黙って聞き、私が下妻家への処置と左馬助への釘の刺し方を話し終えると、ゆっくり頷いた。


「うん。いい落としどころだと思う」


「甘いでしょうか」


「甘くはないよ。七郎兵衛はかなり痛い。田は取れないし、材木も出すし、用水さらいの人手も出す。しかも、表向きは境界誤認だから、文句も言いにくい」


「厳しすぎますか」


「それもない。首を飛ばす話じゃないし、家を潰す話でもない。常陸に入ってすぐなら、このくらいがいい」


 私は、ようやく少し息をついた。


「御主人様にそう言われると、少し安心します」


「茶々は、ちゃんと国を見て裁いたよ」


 真琴様はそう言った。


 その言葉に、胸の奥が熱くなった。


「私は、まだ田のことも、常陸の古い筋目も、分からぬことばかりです」


「うん。でも、分からないから調べた。そこが大事」


「それでも、座にいる間は怖かったです」


「怖いまま裁けるなら、それでいいと思う」


 真琴様の声は穏やかだった。


「怖くなくなったら、たぶん人の暮らしを軽く見るようになる」


 私は、その言葉を心に刻んだ。


 お江が横から顔を出した。


「つまり、姉上様、初裁き成功?」


「お江」


「だって聞きたかったんだもん」


「成功、という言い方は」


 私が言いかけると、真琴様が笑った。


「まあ、お江の言い方は乱暴だけど、大筋は合ってる」


「ほら!」


 お江が得意げに胸を張った。


「つまり、悪いことした人に、ごめんなさいして木を出してもらうってことでしょ?」


 私は一瞬、言葉を失った。


 真琴様が肩を震わせている。

 お初が額を押さえた。


「お江、簡単にしすぎ」


「違うの?」


「違う……けど、だいたい合ってるのが腹立つ」


 私はとうとう笑ってしまった。


「そうですね。お江のまとめは乱暴ですが、遠くはありません」


「やった!」


「ただし、次の評定でそれを言ってはいけません」


「言わない!」


「本当に?」


「たぶん!」


「たぶんでは困ります」


 その場に、小さな笑いが広がった。


 重かった一日の終わりに、その笑いはありがたかった。


 夜、私は一人で記録をまとめた。


 今日の裁き。

 下妻家の訴えを退けたこと。

 田島村の田を旧来通りとしたこと。

 下妻家へ材木提供と用水さらいの人手を命じたこと。

 佐吉の処遇を勝手に決めさせぬこと。

 左馬助への調べを続けること。


 筆を進めながら、私は考えていた。


 裁きとは、相手を打ち倒すことではない。

 田を元に戻し、人の負担を正し、次の争いを防ぎ、国が乱れぬ形へ戻すこと。


 そのためには、誰かの恨みを完全には消せないこともある。

 誰かを満足させすぎてはいけないこともある。

 勝った者にも釘を刺し、負けた者にも逃げ道を残す。


 面倒だ。

 本当に面倒だ。


 けれど、それが政なのだろう。


 私は記録の最後に、こう書いた。


 裁きは、乱れを正すためにあり。

 怒りを晴らすためにあらず。


 書き終えた時、手が少し震えていた。


 初めての裁き。

 それは、思っていたよりずっと重かった。


 けれど私は、逃げずに座った。

 お初の目を借り、政道の文書を信じ、田島村の声を聞き、七郎兵衛の面目を残し、左馬助へ釘を刺した。


 これが正解だったかどうかは、まだ分からない。


 だが、今日の常陸は少しだけ、昨日より歪みを正したはずだ。


 私は筆を置き、窓の外を見た。


 土浦城の夜風は、まだ馴染みきっていない。

 けれど、もう知らぬ土地の風だけではなかった。


 ここで私は、初めて裁いた。


 その重さごと、この風は覚えていくだろう。

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