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茶々外伝・②④⑦話『常陸国城代』編・第1話・茶々城代任命

今建築途中の新城が完成するまでの仮の住まいとして、真琴様は元よりあった土浦城に入られた。


入城して数日。陸路で大量の荷を運んできた行列も、ようやく城下へ到着した。荷駄の列は長く、城門前には馬のいななきと荷車の軋む音が響き、城内の者たちも慌ただしく動き回っている。


新たな国に入ったのだ。


その実感が、土浦城の古びた梁や、まだ馴染まぬ畳の匂いの中にも漂っていた。


そしてその日、真琴様は大広間に主だった家臣たちを集め、常陸国に入って初めての評定を行われた。


もっとも、それは評定というより、これからこの国をどう治めるのかを示す、決意表明に近いものだった。


大広間には、森力丸、前田慶次、柳生宗矩、真田幸村、伊達政道らが居並び、私とお初も末席に控えていた。障子越しに差し込む陽光は穏やかだったが、広間の空気は自然と引き締まっている。


真琴様は上座に座し、皆を見渡してから静かに口を開いた。


「みなに命じる。俺はこの常陸国を預かった。これより統治する」


その声は大きくはない。けれど、不思議と広間の隅々まで届いた。


「統治とは、難しく考えるものではない。盗らず、犯さず、殺さず。今までの法度を、領民にも家臣にも徹底させる。それだけだ」


家臣たちは黙って頭を垂れた。


その中で、前田慶次だけが、いつもの調子で口元を歪めた。


「黒坂家に仕える者なら当たり前だっての。前田だけに」


評定の場に、すうっと冷たい空気が流れた。


誰も笑わない。


いや、笑いたい者がいないのではない。笑ってよいのか、誰も判断できなかったのだ。


森力丸が、こほん、とわざとらしく咳払いをした。


真琴様は一瞬だけ慶次を見たが、あえて何も言わず、言葉を続けた。


「それぞれの役目を確認する」


その一言で、広間の空気が再び引き締まった。


「家老筆頭、森力丸。家臣たちをまとめる総取締役を任せる」


「はっ」


力丸は短く返事をし、深く頭を下げた。


「前田慶次。新土浦城の築城を引き続き頼む。お前の目と腕は必要だ」


「へいへい。城なら任せな。冗談は滑っても、石垣は滑らせねえよ」


今度こそ、誰も反応しなかった。


「柳生宗矩。裏柳生を使い、町の治安維持にあたれ。新領地では、目に見える法だけでは足りぬ」


「承知仕りました」


宗矩は静かに頭を下げた。その声には、刃を鞘に収めたような重みがあった。


「真田幸村。大津城に引き続き、農政改革を頼む。それと支城の築城についても、お前の知恵を借りる」


「はっ。農は国の根でございます。必ずや形にしてみせましょう」


「伊達政道。お前は側近として、俺の政務を手伝ってくれ。文書、記録、諸家との折衝。面倒なことを頼むが、お前にしか任せられぬ」


「身に余るお言葉。微力ながら、尽くさせていただきます」


一同がひれ伏し、それぞれの役目を受け入れる返事をした。


真琴様はそこで一拍置いた。


そして、私の方を見た。


「それと、大津城ではお市様に留守居役、城代の役目を頼んでいた。だが、これからはその役目を茶々に任せる」


広間の視線が、自然と私に集まる。


私は背筋を伸ばした。


「黒坂家は石高のわりに、まだ信を置ける家臣が少ない。茶々、申し訳ないが頼む」


真琴様が、私に向かってわずかに頭を下げた。


私は思わず息を呑んだ。


この方は、こういうところがある。


家臣の前でも、必要とあらば正妻に頭を下げる。体面よりも、役目と信頼を重んじる。それが真琴様なのだ。


「真琴様、頭をお上げください」


私は深く一礼し、静かに言った。


「その役目、しかと引き受けましてございます」


そして私は、居並ぶ家臣たちへ視線を向けた。


「皆の者。私は真琴様の正妻であると同時に、黒坂家の一の家臣でもあります。どうか、そのつもりでお頼み申します」


すると家臣たちは一斉に膝を叩き、同意の意思を示した。


畳を打つ音が、大広間に重なって響く。


その中で、お初だけが、どこかもの言いたげな顔をしていた。


私と真琴様の顔を交互に見ている。


それに気づいた真琴様は、わずかに口元を緩めた。


「お初にも、大切な役目がある」


「……」


お初は何も言わず、じっと真琴様を見る。


「侍女たちに武術を教える頭を命じる」


「……」


お初の顔に、明らかな不満が浮かんだ。


私は小さく息を吐き、お初に声をかける。


「お初、返事は?」


だが、真琴様はその不満にも気づいている様子だった。少しも慌てず、穏やかな声で続ける。


「お初。今は常陸国に入ったばかりで、侍女たちは少ない。しかし、これから多くの家臣を雇うことになる。それは分かるな?」


「それと、侍女の武術師範に何がつながるのよ?」


お初は遠慮なく聞き返した。


その言い方に、森力丸が少し眉を動かしたが、真琴様は気にしなかった。


「家臣を雇えば、その妻や娘たちも城に関わるようになる。いざという時、自分の身を守れる者が多い方がいい。城の中で働く侍女たちも同じだ」


「……」


「その武術の頭となる者は、俺が心から信頼できる者でなければならない」


お初の表情が、わずかに変わった。


「それが、私?」


「ああ、そうだ」


真琴様はまっすぐにうなずいた。


「いずれ正式な役職を設ける。それまでは、侍女武術師範という仮の名とする」


お初はしばらく黙っていた。


だが、やがて口元をにんまりと緩めた。


「しょうがないわね。人手不足の黒坂家のために、働いてあげるわ」


その言い回しに、家老たちは笑いをこらえているようだった。


慶次などは肩を震わせていたが、今度は森力丸も咳払いをしなかった。


新しい国。


新しい城。


そして、新しい役目。


土浦城の大広間には、まだ仮住まいの落ち着かなさが残っていた。


けれどその日、黒坂家が常陸を治めるための最初の形は、確かに定まったのだった。

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