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茶々視点外伝 茶々視点・①①②話・南蛮甲冑

羽柴秀吉の母君が帰って間もなく、屋敷の外が急に賑やかになった。

車輪が砂利を踏む音、男衆の掛け声、そして――私の耳が聞き慣れた、桜子のきびきびした声。


「御方様、戻りました」


縁側へ視線を向けると、桜子と梅子が今井屋の大八車を引き連れて戻ってきたところだった。

荷は麻布で丁寧に包まれ、縄で幾重にも縛られている。ひと目でわかる、“軽い買い物”ではない。


「御方様、今井屋様より。ご注文の具足が揃ったと」


その言葉に、私は胸の奥で小さく息を整えた。

――いよいよだ。


もうすぐ私たちは大津城へ移る。

しかも、ただ移るのではない。馬揃えを兼ねた引っ越し――華々しく、そして誰の目にも“黒坂家が西近江の主になった”と焼き付けるための行列である。


真琴様は今まで安宅船で大津へ向かわれ、領民の前に姿を見せていない。

それは真琴様らしい慎重さでもあり、同時にこの戦国の世では“隙”とも映る。


だからこそ、威厳を見せつける。

武門の衣として、甲冑を揃え、列を整え、旗を掲げ、礼砲まで仕込む。

――見せるための戦。戦わず勝つための、演出。


「空いている部屋へ運び入れなさい」


声を落ち着かせて命じる。

この手配ひとつにも、屋敷の空気は敏感だ。侍女たちが動き、護衛が荷の周りに自然と立つ。人が増えるほど、噂は生まれる。噂が生まれれば、狙う者も出る。だからこそ、段取りは速く、無駄口は少なく。


「はい、承知いたしました。……あっ、ひとつだけ」


桜子が控えめに言い添えた。


「こちらは“御方様用の具足”とのことで」


「……私用?」


思わず聞き返した声が、自分でも少し硬いと分かった。

私が甲冑を作らせるのは、黒坂家の者を守るための備え――そのはずだった。だが、ここまで本格的に私の分まで揃えているとは。


「ならばそれは、広間へ」


運び込みを指示し、他の荷が片付いて屋敷が一息ついた頃、私は侍女に命じて私用の具足を出させた。

布を解くと、朱塗りの艶がふっと灯りを受ける。戦具でありながら、まるで工芸品のように美しい。


胴は南蛮式――胸の曲線が硬い鉄の板で形作られ、留め具も和の物とは違う作り。

そして関節部は、軽い鎖帷子を巧みに組み合わせてあり、動かすたびに“しゃらり”と静かな音がする。


私は手を伸ばし、胴の縁を指でなぞった。冷たい。だが、冷たさの奥に確かな厚みがある。

“守るための重さ”だ。


「……真琴様の甲冑に似ておりますね」


私がぽつりと言うと、今井屋から付いてきた甲冑師が、背筋を正して答えた。


「はっ。胴は新式の火縄銃の弾すら弾くよう仕立てております。他は軽い鎖帷子で、間接が動きやすい作りに。御方様は剣術にも長けておられると伺いましたゆえ、お殿様と同じ仕様にて」


剣術に長けている――そう言われると、くすぐったい。

私は“姫”としての務めを果たしてきたに過ぎない。だが、この世は姫であるだけでは守れぬ。守らねばならぬものが増えれば、刀は必要になる。


「左様ですか……確かに太刀は振るいやすい」


私は胴の紐を整え、腕を回し、腰を落としてみせた。

動きは悪くない。鎖帷子が関節の動きを邪魔しないよう計算されている。


「それはようございました」


甲冑師がほっとしたように頷く。

――しかし。


私は胴を両腕で支え、少しだけ肩をすくめた。


「……ただ、この胴はやはり重いですね」


口にした途端、梅子が小さく笑いそうになったのを、私は見逃さなかった。

(……笑うな。私だって重いものは重い)


甲冑師は申し訳なさそうに頭を下げる。


「お殿様が考案なされた火縄銃にも耐えるとなりますと、南蛮より仕入れた胴にさらに鉄板を足さねばなりませぬ。どうしても、この重さに……」


「仕方なきことです」


私は短く返す。

火縄銃が主流になる――それは誰の目にも明らかだ。矢や槍では届かぬ距離から人を倒す武器。ならば、“受け止める側”も変わるしかない。


「……蜂の巣のような構造の提案を、お殿様より頂いております」


甲冑師が続けた。


「蜂の巣?」


思わず眉が動く。

未来の知恵――真琴様の頭の中には、私の想像の外にある理が詰まっている。


「はい。小さな六角形の細工を間に挟んだ金属板を、と申されまして……作るには時間がかかります。しかし、お殿様はどうしてそのような工夫が思い浮かぶのでございましょう」


問いかけられ、私は一瞬だけ言葉に詰まった。

真琴様が未来を知るなど、口が裂けても言えぬ。


「……武甕槌大神が、夢枕に立たれているのでしょう」


私は微笑みで誤魔化す。

甲冑師は「なるほど……」と、妙に納得した顔をした。

こういう時、“神”は便利だ。便利すぎて、少し腹が立つほどに。


私は話題を変えた。


「具足は他に、足軽用の貸し具足も揃いましたか?」


「はっ。ご注文の具足、三千。蔵にてお預かりしております」


三千――その数を耳にすると、胃の奥が少し重くなる。

これは、ただの“装い”ではない。

これだけの数を揃える財――そして、それを揃える意思。世に示す力そのものだ。


「しばらく預かっておいてください。真琴様が大津城入りする折、新品の揃い甲冑で華々しい行列にいたします」


私がそう告げると、甲冑師は深く頭を下げた。


「はっ。旗、それと礼の火薬仕掛けも揃いましてございます」


その言葉に、私の声は自然と低くなった。


「あの火薬仕掛けは、誰にも知られてはなりません。……分かっていますね?」


「はっ。ゆえに蔵には、前田慶次様が手配なされた者が常におります」


――慶次。

酒で転げ回る姿ばかりが目に浮かぶ男だが、こと“裏”の手配となると抜け目がない。真琴様があれほど重用するのも、きっと理由がある。


「そうですか。なら良いでしょう。今日はご苦労でした」


今井屋の者たちが下がり、屋敷に静けさが戻る。

私は一息つき、そのまま庭へ出た。


朱塗りの具足は、冬の薄い日差しの中でも目立つ。

鎖帷子が鳴り、足元の砂利が小さく音を立てる。私は太刀を握り、ゆっくりと型を取った。


一太刀、二太刀。

胴の重みが肩に乗る。重い。だが、重いからこそ体の芯を使う。刃がぶれない。

――守るための重さは、心も引き締める。


「……お初にも、同じ物を用意させないと」


口に出した瞬間、私は自分で可笑しくなりそうになった。

お初に甲冑を渡したら、あの子はまず鏡の前でポーズを取って、「どう?似合う?」と言うに違いない。

そして次に、「真琴のより軽くして」と文句を言う。

(……いや、言う。必ず言う)


私は太刀を納め、朱塗りの胴に手を置いた。冷たいのに、妙に心が温かい。

この甲冑は、私を飾るためではない。

黒坂家の奥方として、これから先の“見せる戦”と“守る戦”のどちらにも立つためのものだ。


――真琴様がいない屋敷でも、私が揺らいではならない。

そう、改めて己に言い聞かせた。

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