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先輩

協力してくれる人物が必要だ。

と考えたのは、何も実利的な側面だけを重視したものではなかった。

要するに寂しかったのだ。

いきなりデスゲームに召還され、人間の操る高機能ゾンビ達から害意を向けられながら、何処かにある、何処にあるとも知れぬクリア条件を達成する為に奔走するなんて、一人では簡単に心が折れてしまう。

実際、今も既に折れかけていると言ってもいい。


ゲームの事を知っていて、協力してくれそうな人物といえば一人しかいなかった。

先輩である。

同じ部活動で知り合ってゲームの話題で盛り上がり、ボイスチャットをする仲にまでなったのだ。

先輩であれば助けてくれる。そう確信めいたものがあった。


ただ問題が一つ。

俺はメールアドレスを知らなかった。

今日日アドレス交換でアドレスを直接打ち込む機会なんてないし、専ら携帯電話でやりとりしていたせいで履歴から送る事も出来ない。


今使える連絡手段はボイスチャットだけだった。

これなら使用可能な状態に出来る。

一度も使ったことは無かったが、ネットブラウザ上で起動するバーチャルコンソールを立ち上げて、そこに必要なソフトを全てインストールすればいい。


バーチャルコンソールサービスに登録し、無料のOSをインストール。

そこにボイスチャットのソフトもインストールするとお馴染みの起動画面が現れた。

アカウント名とパスワードを入力するとログインが出来る。

ポンッと電子音が響いて、たった一人しか居ないフレンドである先輩が表示された。


ただ問題はそこからだった。マイクがなくてどうやって話をするのか。

先輩と唯一のコンタクト手段を前にしながら、最後の一歩を踏み出す勇気がなかった。

これで話が出来なかったら絶望するしかない。

しかしそんな俺の逡巡を余所に、コンタクトは向こうから行われた。

恐る恐る、まるで押したら死ぬボタンを押すような気分で受信ボタンをクリックした。

すぐに先輩の声が流れてくる。


『意識戻ったの!?』

「えっ……あの……」

『ねぇ、大丈夫!? 昨日は容態が急変したって聞いてたけど……ねぇ、なんとか言って! あ……もしかして……別の人?』


俺を心配しているというのが声にありありと滲んでいた。

やっぱり頼れるのはこの人しかいないと感じると同時に、これで声が通じなかったらどうしようという気持ちも大きくなる。

俺は意を決して声を出した。


「あの……先輩……僕です……」


消え入りそうな声で喋る。

一瞬の沈黙。

ボイスチャットの通信ラグだろうか。

それはあまりにも長く感じられた。


『良かった。意識戻ったんだね。今、病院なの?』


先輩が反応してくれたという事実が、じわじわと身体に染み込んでくる。

会話が成立しているのだ。


「せ、先輩! 僕の声聞こえるんですか!?」

『うわっ! ちょっ! 聞こえるよ。大声出すな』

「す、すいません。嬉しくて……つい……」


見えているわけでもないのに居住まいを正して頭を下げてしまう。


『今も病院なの? びっくりしたよ。突然倒れたって聞いてたもの』

「倒れた……僕が……」

『うん。覚えてない? あれ、待って。本当に何処にいるの?』

「先輩……えっと……信じてもらえないかもしれないんですが、今、ゲームの中にいるみたいなんです」

『はぁ? 何言って……ああ、もう、こっちは心配していたっていうのに』


やっぱり信じてもらえないか。

少し肩を落とす。当然の事ではある。

まさか本当にゲーム世界へ入ってしまえるなんて思うわけがない。

だが信頼を寄せていた相手に信じてもらえないというのは、なかなか精神的にきつかった。


「あの、今、僕はどういう事になっているんでしょうか?」

『え? ああ、この前バジリスクのボス倒した後くらいのタイミングで急に倒れたって話だったけど。まったく昨日の新ボスお披露目一緒に見に行こうと思ってたのにアテが外れちゃったよ』


先輩は冗談めかして語る。

彼女はこの異変についてまだ何も知らないのだ。

音声で通じた向こう側に日常があった。

その日常へ帰る為に、俺はこの状況を打開しなくてはならない。そしてその為に先輩の協力が必要だった。

その協力を得る為には隠し事は出来ない。

たとえ信じてもらえなくても話さなければならなかった。


「それが、その、先輩。俺がその新しいボスのジャイアント・バグベアとかいうモンスターだったみたいで……」


沈黙が流れた。

今度は通信ラグなどではない。

明らかに向こう側で呆れ返っていた。


『ふ~ん。それで? 君がバグベアだとなんなの?』

「あの、信じてもらえないのは分かるんです……ああ、そうだ。証拠を見せます! ジャイアント・バグベアのスポーンポイントの近くに泉のあるエリアが存在してますよね? そこで落ち合いましょう!」

『今日はもう寝たいんだけど』

「じゃあ明日! 明日必ず来てください! 出来れば早い方がいいんですけど……あ、明日って何曜日ですか?」

『……本当にどうしちゃったんだろうね、君は』


先輩はボイスチャットを切った。

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