龍仙町と焔塵竜
法術を扱う者たちの町、龍仙町へと向かう道中で見つけた泉にて女神様から斧を貰ったルクス。真実に反応して光るその斧をリュックにしまい込み、また森を進んで行く。
「しかし光る斧とはなー…俺とちょっと被ってんだよなぁ」
「ぷっ…なに、対抗心燃やしてるの?ゲルは光るだけじゃないんだから自信持ちなよ。喋れるし…うん」
「いやフォローになってねぇよ」
あははと笑うルクスの声音は、どこか普段とは違って寂しげな空気を纏っている。それに気づいてか否か、ゲルが神妙な様子で言葉を紡ぐ。
「…なぁ、聞いてもいいか、さっきの…お前の母親について」
『さっきの』とは、泉の女神がルクスに見せた、ルクスの母親のことだ。あの女神は、その者が真に望むものを読み取り提示することで、その者の欲望を煽る存在だった。
母親に合いたい、というだけならそれほど不思議ではない。ルクスの旅の長さを考えれば、ホームシックに陥るのも不思議ではないからだ。しかし、ルクスのあの反応はとてもそれだけなようには見えなかった。
「…まぁ、そりゃ気になるよね。いいよ、少し話そっか。とは言っても、話せることはあんまりないんだけど…」
「ちょっと待った、俺とお前の仲なんだから隠し事は無しだぞ?」
「…隠し事したいってわけじゃなくて…実を言うとあんまり憶えてないんだよね〜。母さんのこととか、自分の生まれた場所とか、そういうの」
あっけらかんと語るルクス。空気を重くしたくないのだろう。あるいは本当に大して気にしていないのかもしれない。
「ほーん、なるほどな。察するに、捨てられたのか」
「そうなのかな〜。エルフのくせに魔法使えないし、一族の恥さらしだったのかも。ふふ…なんてね。まぁとにかく、そんなこんなで覚えてないんだ」
ちなみにだが、エルフとは断じて魔法至上主義のお硬い種族などではない。寧ろ朗らかでマイペース、何事にも寛容な、言い方を変えればボーっとしている種族であり、魔法がこれっぽっちも使えなくとも、それが我が子を捨てる理由にはなり得ないだろう。
「…会えるとしたら、家族に会いたいか?」
「うーん…まぁまぁかな。そんなに渇望はしないけど、気になりはするって感じ。それに、今の僕にはゲルがいるしさ」
「よくもまぁ恥ずかしげもなく言えたもんだぜ…」
ルクスの包み隠さない好意に、ゲルが珍しく照れていた。そのヌルテカの体躯が薄っすらと赤みを帯びている。
暫く歩くと木々が減っていき、ついに鬱蒼とした森を抜けた。視界が開けると、そこには美しくのどかな町が広がっていた。
「わぁ…綺麗なところだね。ここが龍仙町かぁ」
白塗りされた漆喰の壁に瓦屋根といった、和風な民家がいくつも立ち並んでいる。畑や水田などもあり、穏やかな農村といった様子だ。少し苔むした石畳や町の中を流れる小川からは、龍仙町の湿潤さが伺える。町の規模としてはそれほど大きくなく、法術の使い手たちの町ということを除けば、普通極まりない町だ。しかし、この一見すると普通の町にはどこか違和感があった。
「…綺麗だけどよ…なんか静かすぎないか?あまりにも…人気が無さすぎる」
人が居ない、ただの一人も。冒険者たちで賑わっていたあの砂漠都市ナバールと比べると、ありえないほどに静かで、町全体で一斉に夜逃げがあったのかと思うほどだ。まだ本格的に町に足を踏み入れていないとはいえ、その閑散とした雰囲気はひしひしと伝わってきている。
「うーん…たしかにちょっと変かも。ま、とりあえず探検してみよ〜」
「はぁ、呑気なもんだな…」
し
野次馬器質のルクス、異様な雰囲気に気圧されることなくずんずんと町に侵入していく。ゲルは周囲を警戒しながらルクスの後を行く。
町をいくらか散策してみるがやはり人気が無い。話し声や物音なども聞こえてこず、町全体が死んだかのような静寂に包まれている。そんな中二人は明かりのついた宿屋を見つけた。聞き耳を立ててみると、かすかに話し声も聞こえてくる。間違いなく人が居るので、二人はその宿屋に入ってみることにした。
「お邪魔しま~…す?」
扉を開けてすぐに、ルクスは困惑した。なぜなら―
「ううっ…ごめんね…お母さんが代わってあげられたら良かったのにね…ぐすっ…」
「も〜…泣きすぎだよママ!いいってば、しょうがないことなんだからさ…だからもう泣かないで、ね?」
机に突っ伏してボロボロと涙を零している女性を、その女性の娘と思われる十代半ばの少女が慰めていたからだ。ルクスとゲルの二人が状況を飲み込めずにフリーズしていると、奥の席に座って飯を喰らっていた男が話しかけてきた。
「お、君ら、ここの人じゃないだろ。エルフはこの町じゃ珍しいからね。さしずめ、町の異変を見て、人が居そうな所に来たってとこかな?」
自慢げに推理を語る男は、くすんだ鈍色の外套を身に纏い、フードを目深に被っている。椅子の傍らには使い込まれた様子の重そうな戦鎚が立てかけられている。
「…まぁそんなところ。あなたもこの町の人じゃなさそうだね」
「あぁ。でも、事情が知りたいなら俺が話せるよ。立ち話もなんだし、座りな、ほら」
そう言って促すように横の椅子を引く男。二人はその男の風体の怪しさに警戒しつつも、男の対面の椅子に座った。
「ははっ、つれないねぇ。ま、とりあえず自己紹介といこう。俺はサミュエル。しがない旅人さ」
フードを脱ぐと、理由がハッキリとした。絶世の美青年と言って差し支えのない美しい顔、長い耳、艶のある白銀の髪、そして薄褐色の肌、ダークエルフだった。エルフを真似て魔王が作った種と言われ、かつての魔族と人族の戦争では人族側に多大な被害をもたらしたという。それ故に、今でもダークエルフと人族の間には根深い確執が残っている。差別や悪意のある偏見を向けられることも少なくない哀れな種族だ。
「え…ダークエルフ!?うわぁー、珍しー…!」
「…ったく…」
警戒を一瞬で解き、まるで美しいダイヤモンドを見るかのように目を輝かせるルクス。ルクスにとっては、かつて人と敵対していただの、魔王に作られた命だのはそれほど関係なく、その珍しさの方に関心があるらしい。
「はははっ、そんな反応されるとはね。少し…嬉しいよ。それで?君らは?」
「あぁごめん…取り乱しちゃった。こほん…僕はルクス、冒険者をやってて、この町には法術を教わりに来たんだ」
「俺はゲル、こいつのお気にのスライムだ、よろしく」
「お、喋れるんだな。魔王軍にもいたよ、賢いスライム」
サラッととてつもないことを言うサミュエルに、一瞬空気が凍りつく。彼の言葉は、即ち彼がかつて魔王軍に属していて、そこで人族と戦ったことを意味していた。
「…ふふっ…ビビってるね〜。ジョークだよ、ダークエルフジョーク。俺はまだ四百歳くらいだからね、五百年前の人魔戦争にはなんにも関与してない。安心してくれ」
「はぁ…よかった〜。関わっちゃいけないタイプの人かと思ったよ」
ダークエルフに対して偏見や差別意識を持っていないルクスと言えど、さすがに魔王軍に従軍していたとあれば話が変わってくるらしい。
「それで…そろそろ、この町で何が起きてるのか教えてくれないか?」
「あぁ、そうそう、そうだったね。さて…どうして町に人がいないのか、それから…なぜあのマダムが泣いているのか。それらを語るには、まず最初に、この町と関係の深いとある"龍"について語らなくちゃいけない」
未だ泣いている母となだめる娘を横目に、声のボリュームを抑えて本題に入る。
「龍?そういえば…この町の名前、龍仙町だったよね。もしかして、それと何か関係があるの?」
「お、鋭いね。実はこの町、昔は名前が違ったんだ。今は"龍"に仙人の"仙"で『龍仙町』だけど、かつては"流"れるに"泉"と書いて『流泉町』。水に恵まれた町だってのは、巡ってみてわかっただろ?そんなのどかな町がある日…ワイバーンの大群に襲われた。聞いた話によると、百匹以上居たらしい。法術のマスター達が総出で抗戦したんだが、抵抗虚しく町が終わりかけた…が、その時!救世主が、現れた」
「その救世主が、龍だったってことか」
「まさしく。その龍は、空高くから突然現れたかと思うと、たった一息のブレスでワイバーン達を軒並み焼き払った!いやぁ痺れるね。そんで、助けられた町の人達は、その龍を神様みたいに崇めることにした。人々は供物を捧げ、龍は町を守る。ある種の共生関係だね。龍と法術使いの共生を祝して、町の名前を龍仙町としたってわけ」
「龍と人々が仲良くやってるって、なんか僕たちみたいだね」
いつのまにやら膝の上に乗せていたゲルを撫でながら。
「まぁ…最近その共生関係とやらが崩れつつあるみたいだけど。龍への供物として、最初の頃は穀物を捧げてた。そしたら龍が『信仰が足らん』と言ったらしい。笑えるよね、町を救っただけで神気取りだなんて。そんで、次第に家畜や宝石なんかを捧げるようになったんだけど、最近また足りないって言われたらしい」
「…合点がいった。つまり、人か」
「え…」
静寂が訪れ、サミュエルが静かに頷く。未だ落ち着いていない女性のしゃくり上げる声だけが空間を満たしていた。
「…人、正確には、若く美しい娘を捧げろ、とね。この町には、若い女性が…この宿屋の、娘さんしかいなかった」
「た、食べられちゃうの…?」
「さぁ…龍が人間の女の子なんて貰ってどうするかなんて分からないけど、とにかく、信心深さを示すならそうするしかないらしい。さもなくば町を焼き尽くすってね。自分で守って自分で破壊するって…ねぇ?」
龍のくせにちっぽけなことするよな、とでも言いたげな顔をしているサミュエル。実際、人々からの信仰がそれほど欲しいのかというのは疑問だ。龍は最強の種であり、その翼でどこまでも飛んでいけるし、その力でなんだってできるというのに。
「そんなの…そんなのひどいよ…!どうにかしないと…」
「…おい、正気か?相手は龍だぞ。今までとは格が違う」
「うんうん。俺もルクスの気持ちは分かるけど、オススメはできない。それに、この町の大人たちがみんなで龍に直談判しに行ってるんだ。俺たち部外者が出張る案件じゃない」
「それで町に人がいないんだね…で、でも、策はあるよ。話を聞いた感じ…これなら、供物としてちょうどいいかもと思って」
リュックを漁り取り出したのは、綺羅びやかな宝石が散りばめられた金の王冠。かつてスケリーというスケルトンから譲り受けたものだ。
「うぅむ…たしかに価値はありそうだけどさ…んー……はぁ…しょうがない…どうしても行くって言うなら、これを持っていきな」
ルクスの決意と向こう見ずな正義感に満ちた目を見て、ついにサミュエルは止めることを諦め、ある物を差し出した。青色に輝く正八方面体のクリスタルで、表面は幾つもの解読不可能な文字列で埋め尽くされている。
「これは…お守り?」
「いや、もっと役に立つものさ。このクリスタルには転送魔法が込められてて、砕き割ると事前に記録した場所、このクリスタルなら俺のもとに瞬時に帰ってこれる。危なくなったら使いな」
「え?いいの?ありが…」
「待て。それ、察するにかなり貴重なもんだろ。出会ったばっかの俺たちのために、なんでそこまでする?」
受け取ろうと身を乗り出すルクスを膝上からゲルガ制止する。警戒するのも無理はない。ダークエルフとは狡猾で人を騙すことを好む種族であり、その悪の心を植え付けた魔王亡き今でもそれは変わっていない。
「…俺がダークエルフだとわかって目を輝かせたのは、俺の長い人生の中でルクスだけだからね。初めてなんだ、本当に。そんな人を失うわけにはいかないだけさ。これじゃ、信じるには値しないかな?」
疑念を抱かれることには慣れているようだが、それでもどこか切なそうな顔で微笑むサミュエル。
「…いや、十分だ。疑って悪かった。ありがとな、サミュエル」
「それじゃ、行ってくるよ。僕たちが飛んでこないように祈ってて〜」
サミュエルから緊急避難用クリスタルを受け取り、龍の居場所を聞いた後、ようやく落ち着いた親子を横目に宿屋を後にする二人。
「悪かったわね、お客さん。見苦しいところを見せちゃって…あら?さっきの二人は泊まっていかないのかしら」
「…あぁ、用事ができたらしい。マダム、俺も少し出かけるよ。すぐに帰ってくるから、おいしいご飯を三人前、用意しといてもらえるかな」
「…?いいけど…」
「ありがとう。よし…狩りの時間といこう」
残っていた肉をガッと平らげ、戦鎚を肩に担いで宿屋を出ていく。その顔からは先ほどまでの柔和な雰囲気は消え去り、代わりに血に酔った狩人のような、狂気をはらんだ笑みが浮かんでいた。
話に聞いた龍がいるという山頂へ向けて、二人は山道を歩いていた。龍に嘆願しに行っている町民達と合流し、共にありったけの賛辞と美しい王冠を捧げることでなんとかする算段だ。
「どんなやつなんだろうな、その龍って」
「聞いた感じ、めっちゃ高慢で、プライド高そうだよね…でも、そこにチャンスがあると思う。とにかく、機嫌を損ねないようにしないとね」
山を登ること数十分、道中で町民達と合流する予定だったが、どうやら町民達は随分先に山頂へ到着していたらしい。龍の前に数十人の大人がひれ伏していて、その中で一番年老いた長老らしき人物が龍と話している。
龍は赤黒い鱗と人の百倍はあろうかという巨体を持ち、翼をたたんで鎮座している。黄色い目で眼下の人間を見下ろしていて、その威圧感はまさしく頂点捕食者といった感じだ。
「で、ですから…今まで守っていただいたことは感謝しております…しかし…彼女はまだ未来ある若者です…どうか…どうか私の命で代わりとしてはくれませぬか…!」
「ふんっ…老いぼれの命など、捧げ物としての価値があるものか。本当に感謝しているのなら、村娘の一人や二人、贄として捧げてしかるべきだ。のう、そうだろう?」
龍が喋る度に空気がビリビリと震える。巨大な体から発せられる音圧がすさまじく、踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいそうだ。
「龍様、ちょっとよろしいですか!」
陰から覗いていたルクスが名乗りを上げ、スタスタとひれ伏している町民の間を通り抜けて龍の御前へと行く。町民達は驚いた様子で顔を上げるも、言葉を発することが禁じられているかのように一音も音を立てず、ただ行く末を見守っている。ゲルも龍の威圧感に若干萎縮しつつもあとに続く。目の前まで行った所でルクスは跪いた。合わせて縮むゲル。
「なんだ、貴様。見ない顔だな。名を名乗ることを許そう」
「はい。僕はルクス、こちらはゲルと申します」
「ほう、なかなかに礼儀がなっておる。我は煙塵龍、ナヴァルディーク。高貴なる龍であり、偉大なる存在だ。して、何用だ?」
自分で言うのかよ、と言う言葉が即座に浮かんだゲルであったが、ここで言っては一切合切が終わってしまうためぐっとこらえる。
「…ナヴァルディーク様にふさわしい物をお持ちしました。これを」
王冠をリュックから手早く取り出し、両手で頭上に掲げる。ナヴァルディークが興味深そうに首を伸ばして観察している。
「ふむ…かなり上等なものだ。たしかに我にふさわしい」
作戦成功、と心の中でほくそ笑むルクス。あとは上手く交渉してあの少女を諦めさせるだけだ。
「では…」
「のうルクスよ。そのスライム、お前にとって大切なものか?」
「え…は、はい…大切ですが…」
「…我はそのスライムが欲しい。さすれば、もう贄は要らぬ。それが貴様がここに来た目的であろう?悪い条件ではないはずだ」
ナヴァルディークの顔がルクスの目の前で悪辣に微笑んでいる。楽しんでいた。王冠は要らない。少女も要らない。ただスライムをよこせ。そう要求するバルトールの魂胆は――
「…わかったよ。あなたがなんで贄を要求するのか。価値があるものが欲しいなら、王冠の代わりにスライムを望むなんて、ありえない」
ゲルが「おい」と小声で突っ込む。
「ただ、人の大切なものを奪って、その人が苦しむのを見たいだけでしょ。図体はデカいのに、やることはずいぶんとちっぽけなんだね」
「…貴様、不敬ぞ。口を慎め。さもなくば…死ぬか?」
翼が目一杯開かれ影が落ちる。臨戦態勢だ。町民達はルクスが喧嘩を売り始めた当たりで退散して、木の陰から様子を見ている。
「お、おい…早くあのクリスタル使えって…!」
いつでも発動可能なようにズボンのポケットに隠し持っていたクリスタルを取り出し、少しの思案の末、それをリュックの中へと放り込んだ。
「…ここで逃げたら、ご飯がおいしくなくなっちゃうし、気持ちよく寝れなくなっちゃうよ」
「逃げなかったら俺たちは…真っ黒の焦げカスになるんだぞ!?」
ゲルにしては珍しく本気で焦っている。ルクスはやると決めたらやる男。決して冷静さを欠いたわけではない。ただ、ここで逃げたら今後よく眠れなくなると、そう思っただけだ。二人がごたごたと言い争っている間にナヴァルディークは大きく口を空け、喉の奥からは燃え盛る炎の輝きが覗いていた。怒りの火炎放射が放たれるまで秒読みといったところ。
「言い残すことはあるか?矮小なものよ」
「…ないよ。ここで死ぬつもりはないから」
足が震え、手が震え、声が震えていた。それでも立ち向かおうとするルクスを見てゲルも腹を括り、触手を構えた。
「邪魔するよー!」
突然上空から聞き覚えのある声が響いたかと思うと、ナヴァルディークの脳天に戦鎚が振り下ろされていた。ナヴァルディークの口内で行き場を失った火炎が爆発している。
「サミュエル!?なっ…なんでここに!」
空から降ってきたのはサミュエルであった。ナヴァルディークは何が起きたのか理解できていない様子でフラフラしている。しかし、その圧倒的サイズの生み出す威圧感ゆえか、踏み込む隙は依然見えない。
「よっ、と…話は後だ。二人とも、龍狩りの心得は?」
「あるわけないでしょ!」「右に同じく」
「ははっ、そりゃそうだよね。じゃあ見てて、ドラゴンスレイヤーの戦いを」
「貴様…穢れた種の分際で、我の崇高なる脳を揺らした罪は重いぞ。楽に死ねるとは思うまいな」
状況を整理し、不敬なるダークエルフに頭を殴られたことを理解したナヴァルディーク。人族のみならず龍にまでもダークエルフへの差別意識というのは根付いているようだ。
「くくっ…俺は楽に死なせてあげるけど?あんたと違って、獲物をいたぶる趣味はないからね」
「貴様ぁっ!!」
「来なよ!そっちのフィールドで闘ってあげるからさ!」
そう言うやいなや、空気を蹴り飛ばすようにして上空へと昇っていくサミュエル。ナヴァルディークも翼を大きく広げ、バッサバッサと地上のルクスとゲルを吹き飛ばすほどの風圧を放ちながら飛んでいった。
「…行っちゃった」
かなり上空で闘っているらしく、地上から見上げてもナヴァルディークと放たれた火球しか目視できない。魔法も使えず空も飛べない二人では援護できそうにない。
現実離れした事態に上を見上げたまま呆けていると、木の陰から一部始終を目撃していた長老が遠慮がちに話しかけてきた。
「さ、さっきの人は…大丈夫なんでしょうか…?龍を相手に、たった一人でなんて…」
「それは…わからないです。でも、僕は信じてます。彼なら、きっと」
その頃、遥か上空。
「ははっ、遅い遅い!当てる気あるのかな〜?」
ナヴァルディークが幾度火球を吐こうと、その度に空を蹴り回避するサミュエル。接近して戦鎚で殴るも、硬い鱗の上からではさして有効打にならない。
「コバエがっ…!ふんっ…とはいえ、貴様の攻撃も我の重厚な肉体には無力…持久戦となれば、勝つのは我ぞ」
「…ま、それもそうだね。それじゃあ少しアプローチを変えて…《断て 風刃》」
詠唱とともに六芒星の魔法陣が現れ、そこから空気で形作られた巨大な刃が三発射出された。ナヴァルディークに向かってそれぞれが複雑な軌道を描きながら飛んでいく。一発、二発、三発、ナヴァルディークは全てを意に介さず鱗の鎧で受け止めた。
「何をするかと思えば…曲芸で我の鎧を貫けるとでも思ったか?」
「ふむ、硬いね。今まで狩ってきた中でもかなりの上澄み…ん?なんか下が騒がしいような…」
眼下に目をやると、どうやらワイバーンの群れと町民達が交戦しているようだ。かつて町を襲った大群ほどの規模ではないが、あの戦いの傷が完全には癒えていない町民達では長くは持たないだろう。
「くくっ…人間どもが無残に貪られる前に、助けに向かったらどうだ?もっとも、その背中を攻撃しない約束はできんが」
「こすい手を使うね。でも、あっちには俺の友達がついてる。それに、さっきのでもうわかった。次の魔法で、あんたを狩れる」
サミュエルの顔に狂気的な笑みが宿る。その悍ましい笑みからは怒りも殺気も感じられず、あるのはひたすらの愉悦だけだった。
「っ…ほざけ!死ぬのは貴様だっ!!」
逃げるように最高速度で上へ上へと飛んでいくナヴァルディーク。ついてこないサミュエルを見下ろしてどこか安堵している自分に嫌気が差す。龍が、全生物の頂点が恐怖するなどあってはならない。畏れさせる側の矜持が揺らいでいた。
「はぁっ…はぁっ…我の最高火力で終われることを誇りに思うがいい!!!《すべからく塵と化せ 煙塵》!!」
完全詠唱とともに、ナヴァルディークの喉の奥から眩い炎が溢れ出し、回避の余地もないほどに空を埋め尽くしながらサミュエルに降り注ぐ。
「あははっ!すごいな!じゃあ俺も!」
迫りくる炎を前にしても笑みを絶やさない。右腕を炎に向けて構え、魔法陣を幾重にも展開する。その腕から肉を食い破るようにして口が二つ現れた。
「《飲み込め 昏闇》!」
「《押し流せ 蒼流》!」
「《貫き尽くせ 線光》!」
合わせて三つの口を駆使して三つの魔法を同時に詠唱した。強い引力を持つ暗黒点が火炎を一カ所に吸い寄せ、それを溢れる水が消し去った。そして、視界が開けた瞬間、ナヴァルディークの顎から脳天を一筋の光が貫いた。
「あんたはたしかに強かった。ただ相手が悪かったね。俺がドラゴンスレイヤーだとわかった時点で、プライドなんてかなぐり捨てて、逃げるべきだったのさ」
力が抜けたナヴァルディークの体が落ちていくのを眺めている。龍に勝ったというのに、その顔には歓喜ではなく孤独が滲んでいた。
彼ほどの強者にとって、並び立つ存在というのはそう多くない。例え気心の知れた友人が出来ても、かけがえのない家族が出来ても、その強者ゆえの孤独は決して埋まらない。頂点の、さらにその上に立つ者。彼はきっと、いつまでもその寂しさを抱えながら、悠久の時を生きていくのだろう。
願わくは、いつの日か、何者かが彼に並ぶ強者とならんことを。




