金と銀の両刃斧
深淵なる地下墓の最奥にて、偽りの不死の軍勢を真の不死者であるフィアと共に殲滅したルクスとゲルは、地下墓の王を名乗る怪しいスケルトン、スケリーから王冠を受け取った。
「よし、帰ろっか〜」
状態の良い骨や包帯、アンデット達が使っていた武器など売れそうなものをリュックにポイポイと放り込み、ほくほく顔のルクス。歴史的価値がありそうな壁画などもあるが、そういった物には興味がないらしい。
「スケリーさんはこれからどうするんですかー?もう道は開けちゃいましたし、他の冒険者さんがここに来るのも時間の問題ですよ。ここに残るのは危険です」
「えぇ、まぁそうでやんすね…どことなり行きやすよ。おかげさまで、もう自由なんでねぇ」
彼の口振りからして、本当は地下墓の王なんてやりたくなかったのかもしれない。そもそもなぜここに居たのかはわからないが、重責から解放された彼は、きっとこれから自由に生きていくのだろう。
「ふーん…じゃあここ出るまで一緒に来る?僕たちと一緒なら途中で人と会っても大丈夫だろうし」
「いいんですかい?それじゃお言葉に甘えて。へへっ…何から何までありがとうございやす」
そうして四人で百階を後にした。帰りの道中にもまたモンスターがわらわらと湧いていたため、フィアが先行して安全を確保しながら進むことで、無事に地上へと辿り着いた。フィアは休むことなく戦い続けていたが、あまり疲れていないようだ。死ぬ度に疲労もリセットされているのだろう。
地下墓を出てすぐ、ギルドの受付嬢に最下層であったことを報告した。もちろんスケリーの存在は秘匿して。受付嬢は三人が前代未聞の速さで、かつ無事に帰ってきたことに驚愕しつつも安堵に胸をなで下ろした。今までの冒険者ギルドの目標は地下墓の探査と踏破だったが、これからはより安全な管理と資源の収集に変わっていくことだろう。
ギルド会館の外に出ると、すっかり日が落ち夜になっていた。空は暗くなり星が瞬き、夜風が肌を撫でるとひんやりと涼しい。
「すー…はー…空気おいし〜。さっきはごめんねフィアさん、一人で戦わせちゃって」
「いいんですよー。一人のほうが楽ですからー」
「ま、そうだろうな、悔しいけど」
一人で全て片付けられてしまうというのは、強く優秀で、そしてある意味で悲しい。旅を続けていれば、いつか肩を並べられるバケモノ仲間に出会えるだろうか。もっとも、彼女がそれを望んでいるかはわからないが。
「いやぁありがとうございやした。この恩はこの骨身朽ちるまで忘れやせん。そいじゃあ、またどこかで…」
「うん、またね〜。人に迷惑かけちゃだめだよ?」
「スケリーさんお元気でー」
目立たないよう黒い外套を身に纏ったスケリーは、時折振り返って三人に手を振りながら人混みの中に消えていった。
「フィアさんはどうするの?次の目的地とかある?」
「ンー、そうですねー。実はワタシ、目的地とかは決めないんですよー。歩いてたら知らない場所に着いてますから。なので、次もテキトーにどこか行こうかなと思います」
彼女は自称極度の方向音痴であり、それ故に歩いているだけで旅を続けられるのだろう。しかし、それはもはや方向音痴という領域を逸脱している気がしないでもない。
「ははっ、そうか。不老になる方法、見つかるといいな」
「フフ、ありがとうございますー。きっとありますよ。世界は広いですから。ちなみに、お二人はどこに行くんです?」
「うーん…次はまだ決まってないんだよね。『ここだけは行っとけ!』みたいなオススメの場所ある?フィアさん結構色んな場所見てきただろうし、」
目を瞑り、顎に手を当ててウーンとうなりながら真剣に考え込むフィア。考える時の癖らしい。
「あ、ちょうどここにくる前、法術っていうものを町の人皆が使いこなしてる面白い町がありましたよー。若さを保てるかなーと思ってワタシも法術を習ったんですけど、才能が無くて気弾を放つくらいが限界でしたー。こんな感じで…」
そう言うと右腕をピンっと伸ばし右手を目いっぱい広げ、ムムムと唸りながらなにやら集中しはじめた。風が巻き起こり、フィアの手の平に人の頭ほどの大きさの空気の塊が形成された。フンッと力を解放すると、ヘロヘロと牛の歩みほどの速さで飛んでいき、少し行ったところで霧散した。
「おぉ…だいぶ…弱そうだな」
「フフ、ワタシのはこんなんですけど、ガチの法術ってすごいんですよー。ワタシの師匠、百歳超えてるんですけど、法術のおかげで元気モリモリでー。良かったら学びに行ってみてはー?法術、使えたらきっと役に立ちますよ」
使いこなせない者が言っても説得力に欠けるが、とはいえ他に行くあてもない。魔法の才能がからきしで、それ故に魔法に強く憧れるルクスにとって、法術は魅力的な力だろう。もっとも、魔法を全く使えないのだから、それに近しい法術もまた同様に使えないかもしれないが。
「法術、か…いいね!フィアさんありがと、行ってみるよ。ちなみに、その法術の町はどこに…いや、なんて名前の町?」
「たしか龍仙町って町ですー。ぜひ行ってみてくださいね」
「俺たちは少し休んでから出発するけど、フィアはもう行くのか?」
「そうですねー。ワタシは休息必要ないので。それでは、またー」
「またね〜」
フィアは軽くお辞儀をして細い路地へと入っていった。彼女と二人の旅路がいつかまた交わる時は来るだろうか。その時は、三人とも今と変わらぬ姿で出会えるだろうか。
夜を格安の宿で過ごし、朝になってから龍仙町についての情報収集をした。意外とすんなりと場所がわかり、どうやらここから南東に行った所にその町はあるらしい。
いくらか食料を買い、古物商のおじさんや不衛生な男にも別れを告げた後、幽霊船に乗ってナバールを離れた。
ゲイル船長の何度聞いたかもわからない武勇伝を聞き続けながら南東に進むこと五日、砂漠を抜け木々が眼下に見え始めた所で、幽霊船を降りて地上を行くことにした。ゲイル船長の延々と続く話によりノイローゼになりかけていた二人は、地に足が着くなり思いっきり深呼吸する。森の新鮮な空気で肺を満たすのは、脳を丸洗いするかのような、とても気持ちのいいものだった。
「ん〜…やっぱ自然っていいね。静かだし」
「だな。砂漠と違って空気が瑞々しいし、なにより静かだ」
ゲイル船長が今はもう瓶の中なのを良いことに好き放題言っている。とはいえ、よしんば彼がいたとしても、大して意に介さず話し続けるであろうことは想像に難くない。
「でも…やっぱ船楽だったね。安全だし、歩かなくていいし」
「まぁな。でも楽ばっかしてるとダメになっちゃうっていうし、たまにはこうして歩くのも…」
ゲルが言葉を紡ぎ切る前に、ルクスはリュックから砂漠の道具屋で買った深紅の魔法の絨毯を取り出していた。
「ん?なんか言った?」
「…いや、足疲れたなーって」
「あははっ、足ないのに?」
魔法の絨毯はサンドボード程の速さは出ないものの安定していて、寝転んでみるとハンモックに揺られているようで心地がいい。魔法の絨毯に乗りながらふよふよと夢見心地で漂っていると――
「黙れ!いいからとっとと獲物探してこい!チッ、雑魚どもが…」
木々の向こう側から怒声が聞こえてきた。二人は魔法の絨毯を降り茂みから様子を窺う。
「うわっ…ゴブリン…と、オーク?」
周りの木々と同じ程度の大きな一人のオークが、手下らしき三人のゴブリン達に向けて怒鳴り散らかしていた。オークの手には木を引っこ抜いてそのまま使っているしのかと思うくらい大きな棍棒が握られている。自身の体躯と先程の声から察するに、襲う人間を探しているのだろう。オークの剣幕に負け、ゴブリン達は三方向に散開していった。
「…こっち来なくてよかった…とりあえず様子見よ」
「…でもよ、オークが一人のうちにやっちまった方が…」
藪の中で作戦会議をしていると、一匹のゴブリンが駆け足でオークの下へ帰ってきた。
「アニキ!アッチにいやした!」
「へっ、たまには役に立つじゃねぇか。案内しろ」
オークは悪辣で下卑た笑みを浮かべて、ずしんずしんと地を揺るがしながらゴブリンの後をついて行った。
「…おい、どうすんだ。人が襲われちまうかもだぞ」
「うん…さすがに見過ごせないからね、行こう、助けに。となると、どうにかしてあのめちゃデカオークを倒す方法を考えないと…」
倒す手立てを考えながらオークの後をつけていると、目的地に着いたのかオークとゴブリンが立ち止まった。しかし眼前に広がるのは広めの池だけで、人が居そうな気配はない。
「おい、獲物は?」
ギロッと足元のゴブリンを睨みつけるオーク。威圧感が尋常ではない。
「えと…あっいやしたよ!ほら!」
池の向こう側を指し示すゴブリン。しかし、オークの若干後方の茂みの中から見ていた二人の目には、人影のようなものは見えなかった。同様にオークにも見えていないらしい。
「チッ…どこに…」
オークが池の対岸を覗くように身を乗り出したその時、二人が隠れていた茂みの右方向、少し離れた所からガササッとゴブリンが二人出てきた。短剣を握りしめ、恨みのこもった形相でオークに向かって突進していく。オークは依然気づいていない。
「まさか…仲間割れ…?」
ザシュッザシュッ。二人のゴブリンの短剣がオークのふくらはぎ、アキレス腱を切り裂いた。
「がっ…!テメェらぁっ!!」
「へっ!アンタはここで終いだよ!」
オークは膝こそ付かなかったものの足に力が入らないようで、体を支えるので限界な様子。しかし、足のジクジクとした痛みよりも、今まで雑魚と見下してきたゴブリンに一枚食わされた怒りが勝ったのか、肩に担いでいた棍棒を握りしめ、振り返って振りかぶろうとした。が――
「っ…なんだ…力がっ…!?」
オークの手から棍棒がズルリと落ち、そのまま崩れるように膝をついた。
「アンタみてぇな頑丈なバケモンに無策で突っ込むとでも思ったかよ!即効性の麻痺毒をナイフに塗っておいたのさ!」
切りつけたゴブリンの一人が、ダランと下がったオークの腕をナイフでツンツンとつつきながら煽りまくる。相当鬱憤が溜まっていたらしい。
「くそ…が…」
ゲシゲシと三人のゴブリンは身動きが取れなくなったオークを好き放題いたぶり、満足すると池に向かって蹴り飛ばした。オークは、苦痛と屈辱に満ちた表情で池へと沈んでいった。
「ウェーイ!これで自由だぜ!ヒャッハー!!」
「…うわぁ残酷…まぁでもあのゴブリン三匹なら僕たちでもやれるし好都合かな…」
「っし、サクッとやるか」
一部始終を見届けた二人が残党を片付けるために出ていこうとすると、凪いでいた池の水面に泡がぽわぽわと浮いてきた。
「お、なんだぁ?」
ゴブリン達が池を覗き込むと、突然ザッパーンと勢いよく何かが出てきた。それはあのオークの数倍大きく、そしてとても美しい女性だった。どれほど長いのかわからない長くしなやかな金髪、白目との境界が曖昧になるほど色素の薄い黒目、頭には草で作られた冠をかぶり、白い布のような服を身に纏っている。あまりにも高潔で神聖な雰囲気をまとっており、恐らく女神の類であることは自明だ。
「な、なんだてめぇ!なにもんだっ!」
女神は迫力に気圧されているゴブリン達の言葉には答えず、ただ微笑んだまま右手と左手に何かを乗せてゴブリン達の眼前に掲げた。
「あなたが落としたのは、この優しく強いオークのリーダーですか?それとも、この若くて美しい人間の女性ですか?」
右手には爽やかな顔をしたオーク、左手にはゴブリンに笑顔で手を振る麗しい女性が乗っていた。
「お、女だ!女!」「ばか!オークの方だ!」「どっちもだ!」
三人のゴブリンが口々に欲望を吐き出す。その姿を見て、ほほ笑みを崩さないまま女神が言い放つ。
「あなた達は嘘つきですね。さようなら」
そのままオークと女性と共に水の下へと戻っていった。
「待てっ!」「よこせぇ!」
ゴブリン達は鬼気迫る様子で女神を追って池に飛び込んだ。優しいリーダー、あるいは女をよほど渇望していたらしい。ドボンドボンと三人とも飛び込んだが、しばらくしても上がってこなかった。
「…なんだ今の。神様っぽかったけど」
「…試しになんか投げ入れてみる?」
「おいおい…触らぬ神に祟りなしだぞ。余計なことはしないほうがいいんじゃ…」
「ああー、手が滑ったー」
ゲルの静止をいつも通り意に介さず、金貨を一枚ぽいっと放り投げるルクス。コロコロと転がっていき、池にポチャンと落ちる。
「はぁー…ナイスショットー」
「怒らないでよ〜。ゲルだって何が出てくるのか気になるでしょ?」
池の前まで出ていくと、また泡がポツポツと浮いてきて、ザバーンと女神が出てきた。
「あなたが落としたのは、金貨が無限に湧く革袋ですか?それとも、あなたの母ですか?」
右手には小さめの革袋、左手にはルクスよりもだいぶ年を取っていそうなエルフの女性が乗っている。
「…!」
「ルクスの…母親?そういや、お前と家族の話したこと無かったよな。あれがお前の母ちゃんか?」
「…」
ルクスは珍しく黙りこくっていた。エルフの女性から目を離さず、驚きなのか喜びなのか、複雑な感情を宿した瞳でじーっと見つめていた。
「おい、どうした?家族との再会で嬉しいのはわかるけど…なんか変だぞお前」
「…あ、ごめん…そうだよね、答えないと…えっと…女神様、僕が落としたのはどちらでもありません。一枚の…金貨です」
「あなたは正直者ですね。そんなあなたには、この斧をあげましょう」
そう言うと、女神は革袋とルクスの母親を池に沈め、ルクスより少し小さいくらいの、綺羅びやかな両刃斧をルクスへと差し出した。柄は鉄製で、いささか装飾が派手なことを除けば普通だが、特徴的なのはその刃だ。対照的な形のその刃は左右で素材が違うようで、一方は金、もう一方は銀と、いかにも成り金の貴族が部屋に飾っていそうな、趣味の悪いものだった。
「あ、ありがとうごさいま…重っ!?」
女神の大きな手から両刃斧を受け取ると、あまりの重さにグンッと引っ張られ、斧はそのまま地面にめり込んでしまった。ルクスが非力なのを加味してもあまりに重く、あのオークの巨大で持てるかどうかだろう。
女神は斧を渡して満足したのか、ザバーンと派手に水飛沫を上げて池の中へと帰っていった。
「…金貨は帰ってこねぇのかよ。てかそれ、めっちゃ重そうだな」
「重いなんてもんじゃないよー!くっ…持てないー!」
ルクスの言葉のすぐ後、斧の刃の部分が眩い光を数秒放ち、その後光を失った。
「なんか光った…!かっこいいー!」
「お、また光った。お前がなんか言うたびに光るな」
「なんでだろ…あ、伝説の剣みたいに、僕のことを相応しい持ち主として認めたとか?」
今度は光らなかった。
「あれー?うーん…」
「…俺わかったかも。ちょい貸し」
「まじ?どうぞどうぞ」
ゲルの四本の触腕が伸び、めり込んだ斧をズボッと抜き持ち上げる。ルクスが期待のまなざしで見る中、少しもったいぶって言う。
「…この斧はめちゃくちゃ軽い」
しかし斧は光らない。
「ふっ…この斧は重い!」
ピカっと閃光が走った。
「やっぱりな」
「え、どういうこと?…あ〜、そういうことか!」
ゲルの実験を見てルクスが一拍遅れて理解した後、自慢気にゲルが解説する。
「そう。真実に反応して光るってわけだ。多分正直者のための斧だからってことなんだろ。光る意味はわかんないけどな」
ゲルが発言するたびに、斧がまるで「正解!正解!」とでも言っているかのようにピカピカと光る。意思があるのかと思うほどだ。
「なにはともあれ…重すぎるから戦闘向きじゃないな。飲みの席で使えば盛り上がりそうだけど」
「ふふ…確かに。秘密を暴くのに使えそうかも。『あの子好きなんでしょ〜』ってやっちゃおっかな〜」
「…それはやめとけ」
誠実な者に褒美を与える、あの女神のような存在は、果たして本当に女神だったのだろうか。対峙した者が心の底から望むものを提示し、人の欲を巧みに操って嘘を吐かせ、落とした物は自分の懐へ入れる。質問に正直に答えたとて、その時は使いようがない斧を押し付け、結局落とし物は彼女のものになる。女神というよりは悪魔に近しい存在なのかもしれない。
しかし、相手が誰であれ己の欲を満たすためだけの汚い嘘を吐くのはやめたほうがいいだろう。あの三匹のゴブリン達のように、命まで落としてしまうかもしれないのだから。




