『深淵なる地下墓』の底
最高峰の冒険者であり、同時にマゾ不死者でもあるフィアと少女漫画的出会いを果たしたルクスとゲルの二人は、フィアに道案内を頼まれて深淵なる地下墓に向かっていた。
「そういえばー、二人はなんで冒険者をしてるんですか?死んじゃうかもしれないのに、怖くないんですか?」
フィアがもっともな疑問のように尋ねる。冒険者をやっていれば死ぬことなんて覚悟の上であるのが普通だが、不死の彼女からすれば不思議なのかもしれない。
「うーん…そりゃ死にたくはないけど、僕は多少のリスクを負ってでも、それでも面白い物を集めたいんだ。それには冒険者が一番適してるからね」
「んで、俺はルクスについて行ってるだけだ。こいつといると退屈しないからな」
へー、と感情のこもっていない返事をするフィア。自分から聞いたくせにちゃんと話を聞いているのか怪しい。
「逆に、フィアさんはなんで冒険者やってるの?痛いのが好きだからってだけじゃないだろうし」
「アァ、ワタシは不老になる方法を探してるんですよ。若返りでもいいですけどねー」
不死の彼女が言うと、三十路の女性が言う「いつまでも若く居たいわぁ」というような言葉とは全く違う話に聞こえる。
「つまり不老不死になりたいってことか。あんた、次期魔王でも目指してんのか?」
「フフフ、人聞きの悪いこと言いますねー。違いますよ。ワタシはただ、死ねない肉塊になり下がりたくないだけです。この指輪を貰ったとき聞いたんですよねー、『最後は何もできない肉塊になって、死ねずに生き続けるのじゃよ〜』って」
フィアは淡々と語っているが、なんとも恐ろしい話だ。きっと「コロ…シテ…」となるということなんだろう。
「え、怖っ…あ、てか、貰ったの?誰から?」
「え?ロストさんからですよー」
当たり前じゃないですか、と言いたげな顔で言う。ロストの宝石なのだから当然と言えば当然なのだが、都市伝説的存在であるロストが直接手渡しているというのが、なんとなく想像し難い。
「まじかよ…」
「はいー。ワタシが子供の時、村がチョー強い魔物に襲われて、ワタシも死にかけたんですよねー。その時にくれたんです。『ほいこれ』って」
フィアのフィルターを通しているからかもしれないが、ロストは存外に砕けた口調をしているようだ。彼が作るジュエリーの性質を考えたら、もっと邪悪で悪魔的な存在であってもおかしくないというのに。
「なんか…聞いた感じ、いい奴っぽいな。ロストのおっさん」
「いやぁ、いい人ではないと思いますよー?ワタシにとっては命の恩人ですけど、世界を困らせてるわけですし」
「…フィアさんって意外と常識人だよね」
「フフフ、急に褒めないでくださいよー。照れちゃいます」
和気あいあいと雑談しながら歩く三人の背を、角から覗く二人の男が居た。例に漏れず冒険者らしく、なにやら悪巧みをしている。
「…聞こえたか?あいつの不死の秘密、まさか指輪にあったとはな…」
いかにも荒くれ者といった男がもう一人の男に囁く。冒険の中で負傷したのだろう、大きな傷跡が右目を覆っている。
「えぇアニキ!あれなら簡単に…」
小物感溢れるガリガリの男が興奮した様子で騒ぎ立てる。
「ちょっ…ばっか…!声でけぇよ…!」
アニキと呼ばれた男が細身の男の口を抑えて黙らせる。距離がある程度あったからか、幸い三人にはバレてはいないようだ。
「へっ…オリハルコンのくせにこんな見え見えの尾行にも気付かんなんてな…やっぱりあいつにはもったいないぜ、不死なんて力」
「ぷはっ…ですねぇ」
そうして男達は気味の悪い笑みを浮かべて去っていった。フィアにとって同業者に陰口を言われることはもはや取るに足らない些事であるが、今回は少し毛色が違いそうだ。
「…」
「どうしたの?フィアさん」
「アァ、なんでもないです」
三人で雑談しながら歩いていると、気づけば深淵なる地下墓の入り口、ギルド会館に辿り着いていた。
「ここですかー。いやぁありがとうございました。助かりましたよー」
「いえいえ〜。それで、もう地下墓の中行くの?」
「ウーン…そうですね。さっくり踏破してきますー」
「ははっ…あんたが言うと冗談に聞こえないな」
ゲルの言葉に「ン?」と首を傾げているフィア。どうやら冗談のつもりではなかったらしい。二人はフィアに別れを告げ、これからの予定について話し合う。
「さて、どうする?せっかくだから便乗するか?フィアが通った後ならモンスターも多くないだろうし」
「まぁそれもありだけど、その前に精算しておきたいことがあるから、一旦そっちを…」
その時、後ろからしゃがれた男の声が聞こえてきた。
「…やぁお客さん。精算しておきたいことって、あの鍵のことか?」
「わぁっ!」
ミミック喰らいの鍵を後払いでルクスに売ったあの不衛生な男が、音もなくルクスの背後立っていた。鼻をつんざく悪臭とハエを三匹、身に纏っている。
「…おっさん、風呂入れよな」
「へっ…金がねぇんだからしょうがねぇだろ?それで?どうだったよ、使い心地は」
「…結構良かったよ。おかげさまでだいぶ助かったし」
「へへっ…それじゃあ、稼げたんだな?」
スリスリと親指と人差し指を擦り、下品な笑顔で「いくら儲けた?」と男が聞く。
「金貨三十枚くらいかな。五割って話だったけど、正直それじゃ安すぎるくらい実用的だったし…金貨二十枚でどう?」
「お前はまたそうやって…」
はぁーと溜め息をつくものの、どこか誇らしげな顔をするゲル。悪く言えば無計画で浪費家、良く言えば気前がいいのがルクスであり、きっとそこが好きなのだろう。
「いいのかい?へへっ…太っ腹だね、お客さん。ありがとよ」
チャリリンと男に金貨を手渡すと、誰に取られるわけでもないというのに、受け取った瞬間に急いで懐にしまい込んだ。本当に金欠らしい。
「よかったなおっさん、これで風呂入れるぜ。…入るよな?」
「へっ…考えとくよ。さて…せっかくだし、何か買っていくかい?気分が良いからな、少し安くするかもしれないぞ?」
今さっき大金を手に入れたというのに、それに胡座をかかずまだ同じ相手から絞り取ろうとするあたり、この男は根っからの商人だと言える。そんなマインドを持っているのに金欠なのは、やはり常軌を逸して汚いからだろうか。
「いいの?じゃあ見てこっかな〜」
るんるんのカモである。しかし不幸中の幸いと言うべきか、財布に余裕がないおかげであまり散財する心配はないだろう。
「今からもっかい地下墓行くんだけど、オススメの安い商品とかある?」
「ふーむ…ちょっと待ってくれ。アンデッド対策になるやつが…」
背負っていたボロボロの大きなリュックを下ろし、中をガサガサと漁る。ガラクタにしか見えない品々を取り出して積み上げながら、何かを探している。
「お、あった」
男の右手には、香水程度の小さな小瓶と、チープな十字架が握られていた。
「これは聖水の原液。十字架はおまけだ」
「原液?聖水ってそんな感じだったっけ…」
「珍しいだろ?普通に売られてる薄いやつと比べたら、百倍くらいの濃い祈りが込められてる。水で薄めて使うタイプだから、この量でも長く使えるし、場所も取らないコンパクトサイズだ。悪くないだろ?」
濃い祈りというのも意味がわからないし、聖水を薄めて使うというのも聞いたことないが、この男が放つ言葉は胡散臭ければ胡散臭いほど賭けるに値する。生きた鍵の一件で、この男の商品は摩訶不思議な力を持つというのを身を持って実感したルクスは、彼の品に既に心奪われているのだろう。
「ふむふむ…たしかに、魅力的だね。それで、いくらで売ってくれるの?」
「金貨二枚ってとこだな。出血大サービスだ」
「…怪しいな。百倍の濃度でその量なら、普通の聖水十本は作れる。金貨十枚が適正価格だろ」
ゲルが猜疑心を隠そうともせず口を挟む。金が無いと言っておきながら珍しい品を破格の値段で売るなんて、何かしら裏があるんじゃと疑わないほうがおかしい。
「へっ…お客さんのおかげで、今気分がいいんだ。それだけじゃ理由にならないかい?」
「はぐらかしやがった…タヌキおやじめ」
「まぁまぁ、いいじゃん。金貨二枚なら高くないし、大して損しないからさ。てことで、買うよ、おじさん」
その言葉を聞いて男がニヤリと不気味な笑みを浮かべた。この男はとにかく含みを持たせるのが好きなんだろう。
「へっ…まいど。お客さん、これから地下墓に行くんだったな…幸運を祈っとくよ」
「ふふ、ありがと、おじさん。またね〜」
準備が整いった二人は、ついに地下墓の底に触れるため、フィアを追いかけて潜ることにした。前回同様に受付嬢に潜ることを伝える。
「一番下まで、ですか…お二人のことは信じてますけど、無茶はしないでくださいね!」
「はーい。ちゃんと戻ってくるから大丈夫。最奥に何があるか…ふっ…見てくるよ」
「カッコつけんなよ」
その頃一方、フィアは前人未到の七十階まで来ていた。右手には黒く重そうなメイスを持っていて、ゴシックドレスにはホコリ一つ付いていない。
「フゥ…思ったより大変ですねー。モンスターも多いし」
背後から襲ってくるスケルトンを、焦ることなく振り向いてメイスで叩き潰す。一撃で粉砕していて、その細い体躯からは考えられないほどの膂力だ。
「おやおや…?他にも冒険者の方が居たとはー」
フィアの視線の先には、上の階に続く階段のそばに、フィアの方をコソコソと覗いている二人の男がいた。右目に大きな傷跡がある男と、ガリガリで弱そうな男。町中でフィアのことを付け狙っていた奴らだ。
「あ、あぁ…モンスターが減ってたからよ。少し下に潜ろうと思ってな。そしたら人が居たもんだから…」
尾行がバレるとは思って居なかったのか、動揺しているのが丸わかりな程声が震えている。
「ヘー。じゃあ一緒に下まで行きますかー?ワタシ疲れちゃって、ちょっと協力してくれたら助かるんですけどー」
「…そうか。そうだな、手伝おう。冒険者は…助け合いだからなぁ」
二人の男は、フィアの後ろに付いて下の階へ降りる階段を一緒に降りていく。
「そういえば自己紹介がまだでしたねー。ワタシはフィ――」
ザンッという音ともにフィアの首が飛んだ。生首が階段の下までドンッドンッと転がり落ちていき、体も力なく倒れ込んで階段を滑り降りていく。
「へ、へへっ…何が不死だ…死ぬじゃねぇか!」
「あ、アニキ…ほんとにやっちまった…」
男は剣についた血を拭い、『不死のボルツ』を奪うために階段を降りていく。フィアの冷たくなった死体の指を切り取って、指輪を抜きとる。
「アノー、やめたほうがいいですよ。悪いことは言いませんからー。今ならまだ間に合います」
「へあっ!?アニキ!あれ!」
少し先まで転がっていったフィアの生首が喋っていた。不意打ちによって首だけになってしまったというのにどこか余裕がある。状況が分かっていないのだろうか。
「…落ち着け!この指輪さえ俺のものになれば、あいつも完璧に死ぬはずだ。じゃあな!道具だよりの雑魚!」
男がフィアに向けて中指を立て、そこに指輪をはめる。フィアは「アァ…」とどこか虚しそうに最後の声を発し、体も首も泥のように溶けてしまった。
「や、やりましたね、アニキ!」
「ヘ、ヘヘっ…これで俺が、最強だ!…ア…オォア…?」
「あ、アニキ…?」
指輪をつけた男の様子がおかしい。目の焦点があっておらず、口を大きく開いている。
「アガッ…オアアッ!」
男の口の中から、唾液に塗れた白く細い指が出てきた。メキメキっという音を立て、その手が男を縦に裂き、ベキョッと完璧に真っ二つになる音ともに、中からフィアが現れた。
「フゥ…すみません。もっとちゃんと伝えるべきでしたー」
出てきたフィアは、どういうわけか死ぬ前と同じ服装をしている。前衛的なオブジェクトとなってしまった男の指から不死のボルツを回収し、自分の左手の中指に着け直す。
「あ、アニキ…なんで…なんでお前が…」
「ワタシの…本体とでも言いましょうか?それは、体でも頭でもないんですよねー。ワタシの本体は、この指輪なんです。この指輪から、ワタシは離れられないんですよ。森に投げ捨てたこともありましたが、気づいたら森のなかに居ましたし、今みたいに他の人が着けちゃうと、その人を殺して生き返っちゃうんですよ。だから…わかってくれましたか?…アラ?」
その説明を聞いてか否か、気づけばガリガリの男は半狂乱で上の階へと逃げ出していた。フィアは申し訳なさそうに死んだ男の冒険者クリスタルを回収し、また一人モンスターを狩りながら下を目指し続ける。
ルクスとゲルの二人は、予想通りモンスターがほぼ狩られていたため数十分で七十階まで来ていた。
「やっぱフィアさんすごいね。モンスターの死骸の多さたるや、恐ろしいくらいだよ」
「この感じなら、フィアはとっくに最下層まで行ってるかもな」
下へ続く階段を降りていこうとすると、不吉なことに気づいたルクス。
「…血だ。おそらく、人間の」
階段に点々と血の跡が付いており、下まで続いている。ここに来るまで人が出血した形跡などはなかった。何かがあったと考えるのが妥当だろう。警戒しながら下へ進む。
「…っ!…なんだこれ…」
グロテスクに引き裂かれた男の死体を発見した。あまりに残虐な殺し方だ。普通のモンスターのやり方ではない。
「これは…気をつけていかないとだね。ヤバイやつが居るみたいだ」
気が緩んでいた二人にはちょうどいい薬になったことだろう。この死体がフィアによるものだとはつゆ知らず、二人は警戒を強めながら下へと向かう。
しかし肩透かしというか当然というか、道中はやはりモンスターの死骸があるのみで大きな脅威と会うことはなかった。そうして階段を降り続け、ついに百階に降りていった時、激しい戦闘音が聞こえてきた。
何かが待っている、そんな雰囲気の真っ直ぐとした道を進むと、かなり広く天井の高い空間で大量のスケルトンとミイラが一点に集まっていた。その中心にはおそらくフィアと思しき肉塊があるが、再生が追いついていないのか延々とされるがままに引き千切られている。
「あれ…多分フィアさんだよね…」
「…不死の弱点突かれてるな。あんな数俺たちには到底無理だし…どうするよ?」
「うーん…一応聖水と十字架は用意してきたし、これで何とか…あ、ゲルさ、聖水飲んだらどう?」
スライムは液体を取り込むことで、その液体の性質を再現することが出来る。今までも、ゲルに樹液を取り込ませてカブトムシを乱獲したり、汚水を取り込ませて疫病を撒き散らす毒スライムにしたりなど、その性質は活かされてきた。
「あー…確かに、聖水の原液飲んだらかなりアンデッド特効にはなるだろうが…それでもあいつらを全員相手取る勇気は無いぜ?」
「だよねー…あ、そうだ!…良いこと思いついたよ〜。取り敢えず、これ半分飲んでー」
聖水の原液をゲルに半分飲ませると、少し神々しい雰囲気が滲んできた。しかしそれはあくまでちょっとしたパワーアップ。フィアがいくら死なないとはいえ、このままでは勝算がない。窮地を脱する鍵となるもの、それは――
「あった…よい…しょ!」
リュックから引っ張り出したのは、例の曰く付き加湿器。別名、過湿器。誰かに止められるまで、際限なく、そして勢いよく水蒸気を吐き出す道具。
「なるほど、聖水の原液をその中にぶち込んで、霧にして充満させるって魂胆か。考えたな」
「ふふ…理解が早いね。原液を入れて、と…それじゃ、起動するよ。多分アンデッド達の動きが鈍るはず。その隙にフィアさんを救出して、そのまま三人で全部ぶっ飛ばすよ」
加湿器のダイアルを最大に設定し、水蒸気となった聖水が噴出する。それに気づいたアンデッド達が一斉にこちらを向くが、既に空間は霧で満たされつつあり、動きが鈍くなっていた。聖水がめっぽう効いているのか、中には倒れ込んで動かなくなるものもいた。
「効果てきめんだな!このままフィアを助けるぞ!」
「うん!」
やはりセイントスライムのパンチはアンデッドに効くらしく、次々塵に返していく。ルクスは十字架を空裂――投げても帰ってくる投げ槍――の先に貼り付けて聖なる槍で応戦している。
何とか中心に辿り着き、フィアらしき肉塊を回収して逃げ回る。全てはフィアが再生しきるまで耐えるために。しかし、一向に再生する気配がない。
「はぁ…はぁ…フィアさん全然治んないよ!どうしよ!」
「どうしよったって…耐えるしかねぇよ!」
死に物狂いで広い空間を駆け回って時間を稼ぐが、どこらともなく湧き出すアンデッド達に次第に追い詰められていき、ついに囲まれる。
「はぁ…はぁ…お前との旅、悪くなかったぜ…」
「はぁ…諦めないでよ…!」
ジリジリと包囲網が狭まっていく、その時、バゴーンという音ともに、遠くのモンスターが吹き飛ばされるのが見えた。
「…来たか!」
「え!?でもフィアさんは…あれ…?」
ルクスが必死に運んで守っていた肉塊は、いつの間にかドロっと溶けてしまっていた。どうやら指輪は別の肉塊の中にあったようだ。
「なにはともあれ…反撃開始だ!」
聖水の霧も濃くなり、フィアも復活した。形勢逆転。そこからは早かった。死霊軍団をどんどんと浄化し、あっという間に全滅させた。
「フィアさーん!お疲れ様ー」
「フゥー…久々にピンチでしたー。ありがとうございます、来てくれて助かりましたよー」
フィアはやはり服ごと再生するのか、戦闘後だというのにそれを感じさせない優雅な姿で歩いてきた。口ではピンチと言うが、生粋のマゾヒストである彼女はきっとあの状況も楽しんでいただろう。
「ったく、あんたも無茶するよな。一人であの軍勢に突っ込んで行くなんて」
「いやそれが…ワタシが来た時はあんなに居なかったんですよー。探索してたら、変なスケルトンの号令で湧いてきて…あ、そうだった。王冠を被ったスケルトン居ましたー?」
「いや、夢中だったからなんとも…でも、倒してたらそこら辺に王冠落ちてるんじゃない?探そうよ」
さっきとは打って変わって静まりかえった広い空間を探索する三人。と言っても、広いだけで大したものは無さそうだ。王冠も見つからない。そうして探索しながら、後で売れそうなスケルトン達の装備を回収していると、不自然な程綺麗な壁があった。その場所だけ年月を感じないほどに綺麗だった。
「…二人とも、こっち来てー!」
ルクスは、やることも無くぷらぷらと遊んでいた二人を呼び集め、壁を慎重に調べる。叩いてみると中身がスカスカらしき音がする。
「…この奥、空洞っぽいね。フィアさん、ぶち開けてもらえる?」
「オッケーです。行きますよー…」
フィアが思いっきりメイスをスイングしようと構えると、中から声がした。甲高い男の声だ。
「ま、待ってくだせぇ!今開けやすから!」
ゴゴゴと重い音を立てて石壁が動き、中から王冠を被った小さなスケルトンが出てきた。ルクスよりも幾分小さく、だいたい百センチくらいだろうか。
「…なんだお前。王様って雰囲気じゃねぇけど」
「へへ…あっしは盗賊のスケリーと申しやす。色々あって、ここの王をやっておりやす」
王冠を外して、紳士がシルクハットでよくやるような丁寧な挨拶をする。普通、王冠はそういう扱い方はしないだろうが、盗賊であるスケリーはそんなこと分からないのだろう。
「ふーん…ねぇ、君がフィアさんを襲うようにあのアンデッド達に命令したの?」
「えぇ…まぁ…身の危険を感じやして、仕方がなく。失礼ですが、そちらの方は…ちょっとオーラがやべぇですよ」
フィアは褒められていると思ったのか嬉しそうに微笑んで「死んでませんから、気にしないでくださいー」と寛容なセリフを吐いている。
「まぁ…フィアさんがそう言うなら良いんだけど…」
「…あっしを許してくれるですかい?なんと…懐の深いお方だ。あっしにできることなどありやせんが…せめてものお礼です。どうぞ、こちらを」
そう言ってフィアに王冠を差し出すスケリー。その空っぽの眼窩から、あるはずのない涙が流れるのが見えたような気がした。
「ンー…ワタシ、財宝には興味ないんですよー。持ち物が増えても困りますしー。だから、ルクスさんにあげます。スケリーさん、いいですかー?」
「あ、えぇ…まぁ…あっしは構いやせんが…」
スケリーは拍子抜けした顔をしながらも、ルクスに王冠を手渡す。まさかこれほどまでに呆気なく、右から左へと自分の畏敬と感謝の証が流れていくとは思っていなかったようだ。
「え…ありがとうフィアさん!あとスケリーも。うわー…これ、売ったら一生お金には困らなくなるレベルかも…宝石もたくさん付いてるし…」
「で、できれば売ったりしないで大切に保管してほいんでやすが…」
「諦めろ、こういう奴なんだよ、こいつ」
スケリーの王冠には大小さまざまな美しい宝石が散りばめられていて、金でできたそれはズシリと重い。未踏破の遺跡の最深部にあったという背景も考えれば、金貨千枚ほどはくだらないだろう。
深淵なる地下墓の底に待ち受けていたのは、王冠をかぶる盗賊のスケルトンと、それに使役された大量のアンデッド達だった。地下墓の最奥に秘められたものとしてはなんとも意外性が無くつまらない。しかし、そういう結末があってもいいだろう。
期待すればするほど意外と大したものは手に入らず、思いがけないところで面白い物が手に入る、それが冒険というものである。この話は、そう括ろうと思う。




