貪食のオニキスと不死のボルツ
「やっぱりたくさん食べたみたいだね」
凶暴な歩き回るミミックを倒し、干からびた死体を漁るルクス。食べられた冒険者の装備や、おそらく餌として使ったであろう宝石などの金品が大量に出てきた。かつては冒険者ランクを表していた、そして今や色を失ったクリスタルも何個かあった。冒険者のクリスタルはそれぞれの冒険者に紐づいており、冒険者としての実力を表す他に、ドッグタグのしての役割も持つ。これを持ち帰れば、死んでいった者たちも少しは安らかに眠れるだろう。
諸々の収穫をリュックに詰め、ルクスとゲルの二人は一度地下墓を出ることにした。ジョン、レオニア、エリシアの三人はもう少し下まで潜ると言うのでお別れだ。新しい魔法使いを探すための資金調達をしたいらしい。
地下墓を出て、モザイクに包まれているルクスに少し驚いている受付嬢に異変を解決したことを伝える。
「動いて襲ってくるミミックですか…そんな個体もいるんですね。とにかく、ありがとうございます!…正式な依頼じゃないので報酬とかは出せないんですけど…」
受付嬢が俯いて申し訳なさそうに言う。別に解決しろと頼まれたわけでなく、ルクスが勝手にやったことなのでそもそも報酬なんて無くて当然の話だが。
「大丈夫だよ〜、報酬のためにしたんじゃないし。あ、それと、クリスタル渡しとくね。ミミックから回収したやつ」
「…何から何までありがとうございます。こちらで丁重に弔わせていただきますね」
お辞儀をし、絹のタオルに筒んでカウンターの中に優しくしまった。受付嬢として、冒険者の死には何か思うところがあるのだろう。
ギルド会館を後にし、回収した装備などを売るために古物商へと向かう二人。金品の中には価値の高そうなジュエリーなどもあったため、半分あの男に渡してもきっといい儲けになるだろう。
「しかし、あの地下墓って何階層まであるんだろうな。まだ一番下まで行ったやつって居ないんだろ?」
「うん。六十階までなら到達した人がいるらしいけど、やっぱ深くなれば行くのも帰るのも大変になるし、踏破までは相当時間かかるんじゃないかな。てか、一番奥には何が待ってるんだろ?宝物か、キングスケルトンか…」
「気になるなら行ってみるか?最奥まで」
ゲルがからかうように言う。当然だが行く気など微塵もない。
「もー、僕のこと好奇心の奴隷かなんかだと思ってるわけ?自分の実力くらいちゃんと弁えてるよ…はぁ、僕らがめちゃくちゃに強ければ、速攻カチコミに行くんだけどなー」
いやお前まさしく好奇心の奴隷だろ、とゲルは思いつつも、口に出したら喧嘩になりそうなので心に留めておくことにした。
そうして小一時間ほど町をフラフラしていると、良さそうな古物商の店を見つけた。『高価買取!鑑定のプロが厳正に査定します』と書かれた張り紙が店の壁に貼ってあり、小さな窓を覗くと、片眼鏡をつけ、黒い短髪をオールバックにした四十代の男が宝石をまじまじと見ていた。スラッとした細身で、かなり背が高く見える。座っているから分かりづらいが、恐らくルクス二人分ほどはあるだろう。
ドアの建て付けが悪いのかなかなか開かず、思いっきり力を込めるとバキッという音を立てて開いた。壊していないか不安になりながらも店に入ると、店主が顔を上げて話しかけてきた。
「いらっしゃい、小さなお客さん。買い取りかな?」
子供に話しかけるような声音。エルフということには気づいているだろうが、それでもこのように話すのは、きっとルクスの精神年齢が幼いことを見抜いているのだろう。古物商らしい慧眼だ。
「うん、剣とか鎧とか、あと宝石も見てほしくて」
「なるべく高めに頼むぜ〜」
ちなみにルクスは子供扱いされるのは嫌いではなく、むしろ好きである。ただし、子供だからと軽視されたり舐められたりするのは嫌っている。なんとも面倒な二百歳だ。
男が椅子を二つ出し、机の上の宝石を片付けながら座るように促す。ルクスはリュックを下ろして、中から回収してきたものを次々机の上に置いていく。ゲルは横に座って「でけぇなあんた」と男を見上げている。
男は並べられた物の細部を一つ一つ確認しながら、見積もり額を書いたメモを貼っていく。少しひしゃげた鎧も溶けかけている剣も、全てを真剣に観察してその価値を見極めようとしている。
「お…?これは…!間違いない…この異質な魔力…」
絹の手袋を着けた手で慎重に摘み上げたのは、黒い宝石があしらわれた指輪。銀のフレームに、長方形に加工された黒い宝石がはめ込まれたシンプルな物だ。
「もしかしてそれ高いの?綺麗だけど、でも普通すぎない?」
「いいや…高いとかそういう次元ではないよ、お客さん。この指輪、『貪食のオニキス』だ」
男の声は震えていた。歓喜しているようにも恐怖しているようにも聞こえる。
「なんだよそれ。ご存じみたいに言われても」
「あぁごめん、少し興奮しちゃってね。それじゃあ説明がてら、昔話を始めようか」
そう言うと、カーテンを閉めて雰囲気を作り、ゆっくりと語り始めた。
「昔々、あるところに村があった。何の変哲もない村だ。そこに羊を放し飼いしている男が居た。そこである日、異変が起きた」
息を呑むルクス、溜める男、うずうずと落ち着きがないゲル。
「昨日までは青々としていた草原が、一夜にして草一つない荒野になっていたんだ。男はおかしいと思いつつ、羊たちに被害が無かったら気にしないことにした。しかしその翌日…今度は一匹を除いて、羊たちが食い荒らされていた。残った羊は、口の周りに血を付け、不気味な薄ら笑いを浮かべていたという」
ルクスはひえっと声を上げ、ゲルは意外にも少し青ざめていた。男は淡々と続ける。
「怖くなった男は、その羊を処分することにした。町にいた冒険者に助けを求め一緒に牧場に戻ろうとすると、人の悲鳴が聞こえては消えた。急いで様子を見に行くと、村民たちが惨殺された凄惨な光景が広がっていた。牧場主と冒険者も、同じ末路を辿ったんだと…」
「それで、その後はどうなったんだよ」
もったいぶる男にゲルが詰め寄る。
「どんどん大きく成長して、隣の国が異変に気づいた頃には山程の大きさになっていたらしい。国を挙げて討伐したが、多くの犠牲を払ったと聞いたよ。そして、その羊の死骸の中から出てきたのが、この指輪、『貪食のオニキス』なんだ」
「…結局その指輪がなんなのかよくわかんないんだけど…魔道具ってこと?」
「というより、呪いのアイテムさ。この指輪は『魔の宝石商ロスト』によって作られたジュエリーの内の一つで、本来はここにあるはずはないんだけど…。あ、ちなみに、他に有名なのは『虐殺のガーネット』かな。ネックレスでね、それをつけると、殺人衝動に支配される代わりに、同族を殺すことで力を高められるんだとか。あまりに危険だからと、もう破壊されてしまったらしいけどね」
男が聞いていないことまでペラペラと饒舌にまくし立てる。どうやらオタク気質なところがあるようだ。宝石のことが好きなのか、あるいはその魔の宝石商とやらが好きなのか。
「ふーん…つまり、この指輪をつけたらお腹が空いちゃうってことか」
「そうなるね。…試しに、少し付けてみてもいいかな?」
目がギラギラと輝き、辛抱たまらんという様子。
「大丈夫なのか?その羊の話といい、そいつを持ってたミミックといい、つけたら最後、食欲に支配されちまうんじゃねえの?」
「大丈夫、少しだけなら、多分ね」
まるで自分に言い聞かせるかのような言い方だ。
「…おじさんが大丈夫って言うなら、いいよ。でも危なそうならすぐ外してね?」
「ありがとう!それじゃ早速…」
恐る恐るそーっと人差し指にはめる。固唾を呑んで見守る二人。
「…ちょっと腹が空いてきたかもなぁ。うん、やっぱり貪食のオニキスで間違いなさそうだ。いやー…生きているうちにお目にかかれるとはね」
まじまじと手を掲げて指輪を眺めている。相当に嬉しいのか、誕生日プレゼントを貰った少年のような幸せな顔をしている。
「それ、いくらになるかな?」
「ふむ…買い取れないね、これは」
そっと指輪を外して答える。
「え。いらないのか?」
「欲しいさ、個人的にはね。ただ…『ロストの宝石は災いを呼ぶ』って言うし。それに、これに見合った値段も俺には払えないから」
ははは、と乾いた笑いを漏らす男。彼の心の内の少年は今も欲しいと叫んでいるのだろうが、大人の彼は夢より現実を見ているのだろう。
「そっか…そういうことならわかったよ。でもありがとうおじさん、この指輪が魔道具だって教えてくれて」
指輪を受け取り、リュックの中に放り込む。
「いやいやこちらこそ、良いものを見れたよ。お礼に他の物は少し高く買い取らせてもらうよ」
「ひゅ〜太っ腹だな〜」
そうしてもはやガラクタとも言えるものも含めて買い取ってもらい、金貨三十枚ほどを受け取った。ウハウハ気分で財布に金貨を詰め込むルクスに、男が忠告する。
「さっきも言ったけど、あの指輪は災いを呼ぶ。気をつけなよ」
「うん、ありがとうおじさん。僕たちまだ当分はこの町に居るから、多分また来るよ。じゃあねー」
そうして店を出ると、大通りの方からなにやらざわざわと喧騒が聞こえてきた。砂と熱と冒険者の町ナバールらしからぬ陰鬱とした騒ぎだった。
「…見ろよあれ…オリハルコンクラスの…」「あいつ、悪魔に魂を売ったんだって?」「…人間をやめた女だ」「…化け物め」「…恥知らずだな」
大通りに様子を見に行ってみると、野次馬らしき者たちが道の端に集まっていた。彼らの冷ややかな視線と罵りの声が、道の真ん中を歩く女性に注がれていた。
渦中の女性はというと、灰色の長く美しい髪を風に靡かせながらランウェイを歩くように悠々と歩いている。意に介していないことをこれでもかとアピールするように。背は百五十センチほどで体形は平均的、年齢は二十代後半といったところだろうか。砂漠に適しているとは思えない黒いゴスロリファッションに、申し訳程度の日傘を差しているのがかえってチグハグで、異様な雰囲気を醸している。
「なぁ、なんでみんなして女の子をいじめてんだ?」
ゲルが側にいた静かに酒を飲んでいる男に尋ねてみる。
「あ?知らないのか?あの女、フィアとかいうオリハルコンクラスの冒険者なんだが、どうやらそれが呪われた道具のおかげらしい。なんでも不死身になれる指輪を持ってるとかなんとか。要するに嫉妬してんだよ、あいつらは。…まぁ、俺に言わせりゃあ、オリハルコンクラス相手によくもまぁ喧嘩を売るような真似できるなぁって思うがな」
そう言ってまた酒をクピッと煽る。口振りからしてこの男もあの女性のことを良くは思っていないようだ。道具の影響で不死、若い女性、冒険者の頂点、そしてあの傍若無人ぶり。気性の荒くプライドの高い冒険者たちからは目の敵にされても無理はない。
ヒソヒソと悪口を言い続ける冒険者達を気にも留めず、フィアは悠々と去っていった。それを見届け、二人はもう一度深淵なる地下墓に潜るべくギルド会館へ向かうことにした。
「なんかやな感じだね。悪いことしたわけでもないのにあんな風に言われるなんて」
「そうだよな〜。道具なんて使ってなんぼだろ」
珍しく素直に同意するゲル。理不尽に虐げられているのを哀れに思っているのか、あるいは単にゴスロリお姉さんが好きなのかはわからないが、少し怒っている。
「うんうん、ノブレスオブリージュってやつだよね。あんなに言われても人族の敵になったりしないで、冒険者としてちゃんと仕事してるなんて、ちょっと尊敬だよ」
「てかさ、お前も有名になったら色々言われんのかな。『道具が強いだけの雑魚』とかって」
「…え、そう思ってるの?」
「ははっ、さぁな〜」
和気あいあいと話しながら歩いていると、角を曲がったところで人にぶつかってしまった。
「痛っ…ご、ごめんなさ…あー!」
顔を上げると、さっきまで話の種にしていた女性、フィアが居た。
「んー?ダイジョブですか?」
腰を折って中腰になりながら、転んで尻もちをついているルクスに手を差し伸べる。ギョロッとした大きい目からは感情が読み取れず、なかなかに不気味だ。
「だ、大丈夫…ごめんなさい、前よく見てなくて」
フィアの青白い手を取って立ち上がる。砂漠の気温に反してひんやりとしていて、人間味がない。
「いいんですよー。前を見てなかったのはコチラも同じですから」
「…意外と寛容だな」
ゲルがつい声を漏らす。耳に届いてしまったのか、フィアが「ん?意外と?」と笑顔で首を傾げている。首の角度がほぼ直角でいちいち怖い。
「…それじゃ、僕たちはこれで」
パンパンッとズボンについた砂を払って立ち去ろうとすると、フィアがルクスの肩をつかんだ。
「ちょっと待ってくださいよー。ワタシ、深淵なる地下墓に行きたいんですけど、道がわかんないんですー。道案内してくれません?」
「え…この町の真ん中に行けばそこが地下墓だけど…?」
「フフッ…何を隠そう、ワタシ、方向音痴なんですよ。どこにあるのかは知ってますけど、辿り着けないので助けて欲しいんですー」
どこか自慢気なのは意味不明だが、見た目に反してお茶目な性格をしていることはわかった。
「…なぁ、これオリハルコンの冒険者と仲良くなるいいチャンスじゃないか?なんか良いやつそうだし」
ゲルがにゅるっと囁く。それに対して小さく頷くルクス。まだ不気味さは払拭されてはいないが、それでも共に行くと腹を決めたらしい。
「よし、案内するよ。僕はルクス、こっちはゲル。二人で冒険者やってるんだ。よろしくね」
打算的な考えがフィアに伝わっていないことを祈りつつ、向き直って自己紹介する。
「フフ、ありがとうございますー。ワタシはフィア。冒険者で、わりと有名人なんですよー」
「あー…知ってるぜ、あんたのこと。オリハルコンクラスで、不死身なんだろ?」
聞きたかったことをゲルが流れでさらっと聞く。本当に不死なのか、そして強いのか、気にならないわけがない。
「オォ、知ってますー?なんだか嬉しいですねぇ。そうですよー、この『不死のボルツ』の呪いでワタシ、死ねないんです」
フィアが左手の中指に付けている指輪を二人に見せる。金の美しいリングに、ボルツ――別名ブラックダイヤモンド――が据えられている。黒く鈍い輝きを放つそれには、精密なラウンドブリリアントカットが施されている。
「まさかそれ…魔の宝石商のジュエリー?」
「鋭いですねー。エルフは物知りって言いますけど、頭も良いんですねー」
フフフとどこか優雅に笑うフィア。賢いというか、ついさっき魔の宝石商についての話を聞いたからなんとなく思い当たっただけだが、わざわざ否定する必要は無いだろう。
「えへへ、まぁね~。ちなみにさ、それは副作用とかないの?」
「副作用ですか?んー…強いて言えば、取れないってことですかねー。あと、年は取っちゃうんですよ。おばあちゃんになっても死ねないなんて、イヤですよねー」
呑気に語っているが、実際かなり重い話だ。おばあちゃんという年齢を超え、例えば三百年後にはどうなってしまうのだろうか。肉体が衰え、もはや生きているとは言えない状態になっても死ねないとすれば、それはなんとも『ロストの宝石』らしい呪いと言えるだろう。
「そうなんだ…あ、それさ、広めたらいいんじゃない?そしたら、妬んでる人達もフィアさんに対する見方が変わって、悪口とか言われにくくなるかもしれないし」
「アァ、いいんですよ。ワタシ、罵倒されるの好きなんです」
「…え?そうなの?」
「はいー。なので、歩いているだけで罵ってもらえるこの町、ワタシけっこう好きですよ、フフッ…」
うっとりと陶酔した顔をして語るフィア。大通りで罵声を浴びせられながらも顔が全く曇らなかったのは、つまり彼女がマゾヒストだかららしい。不死身だからドМになったのか、あるいはドМ故に不死のボルツに選ばれたのかは不明だが、不死者にこれほど向いた癖もないだろう。
「へ、へぇー…ならいい…のかな?」
「強い奴ってのはやっぱ変わってんだな」
かくして、災いを招くという『ロストの宝石』二つが、偶然かあるいは運命か、一所に集まってしまった。この後本当に災いに見舞われることになるというのを、三人はまだ知る由もない。




