望郷の望遠鏡
空の上で龍とダークエルフが死闘を繰り広げていた時、地上ではルクス達とワイバーンとの交戦が続いていた。
「ほぉ!はっ!皆、耐えるんじゃ!」
法術師たちの戦いぶりは洗練されていて美しかった。法術によって身体能力を強化し、拳法を主体として舞うように戦っている。空を飛び回るワイバーン相手にはかなり相性が悪いものの、なんとか耐え忍ぶことはできていた。
「くっ…全然当たんない!一年ぐらい練習しとけばよかった…!」
木製の小弓を引き絞っては放つルクス。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、というが下手すぎてお話になっていない。
「俺ももっと触手伸ばせるように訓練しとくんだったぜ…!」
ヒットアンドアウェイで体力を削ってくるワイバーン達。彼らも上空で行われている頂上決戦の決着を待っているのか、本格的には攻めてこない。
その時、空が突然眩い赤さに包まれた。その場の全員がバッと見上げた時にはもう赤さは消え、雲一つない青空に戻っていた。その空から、小さな小さな点がヒューッという音を立てながら、次第に地上に近づいてきている。
「…み、みんな離れろっ!落ちてくるぞ!」
真っ先に気づいた町民が叫ぶと、何が落ちてきているのか他の者たちもすぐに察した。人もワイバーンも一目散に予測落下地点から離れる。ドーン!と大きな音と衝撃を発しながら墜落したそれは、頭にぽっかりと綺麗な穴が空いた、煙塵龍ナヴァルディークであった。
「お待たせー!」
階段を駆け下りるように空を踏みながら降りてくるサミュエル。歓喜の声を上げる町民達。拍手するルクス。安堵のため息を漏らすゲル。そして去りゆくワイバーン。なんとか死者ゼロ名で危機を脱した。
「ありがとうございます…村を、我々を救っていただいて」
長老が深々と頭を垂れるのを見て他の町民たちも続く。サミュエルは少し気まずそうに笑った。
「あはは…やめてよ長老さん。俺は英雄扱いされるのは苦手なんだ。でも、俺も貸し借りを作るのは好きじゃないからさ、法術、教えてよ」
「そ、そんなことでよいのですか…?財宝の蓄えならまだ少しはありますが…」
「いいってば。ほら、怪我してる人も居るみたいだから早く帰って休んで、ね?」
長老はもう一度深々とお辞儀をした後、町民たちを連れて町へと帰っていった。
「…あ、そうだ。おーい!ルクスー!ゲルー!実は、二人に謝んなきゃいけないことがあってさ…とりあえず、後であの宿屋で合流ってことで」
座って休んでいる二人の所へ駆け寄ってくるサミュエル。謝らなきゃいけないといいつつ、その顔はまったく申し訳なさそうではない。
「なんだよ、謝ることって。気になるじゃねぇか」
「まぁまぁ、後でちゃんと話すからさ、今は町に帰んなよ」
「サミュエルは?一緒に行こうよ」
「俺はちょっと…やりたいことがあるから」
「ふーん…まぁいっか。疲れたし先帰っちゃお〜」
ルクスとゲルはサミュエルを置いて山を降りていった。一人残されたサミュエルは動かなくなったナヴァルディークに歩み寄る。胸のあたりを探るように撫でる。
「ここら辺かな…ふんっ」
ズボッと肉の中に手を突っ込む。ぐじゅぐじゅとかき回し、何かを探している。腕を伸ばすだけでは届かなかったようで、体ごと侵入して肉をかき分ける。
「ぷはっ…ふぃー…体デカすぎなんだよなぁ。毎回血塗れだよほんと…」
全身鮮血に染まったサミュエルの手には、サミュエルの五、六倍はある巨大な心臓が乗っていた。サミュエルは闇魔法を使ってそれを極小サイズに圧縮すると、パクっと一口で飲み込んでしまった。
「ん…やっぱゲロマズだ…さて、と…アイツなんて言ってたっけな…たしか…《すべからく塵と化せ 煙塵》」
空に向けて手を掲げ詠唱すると、ナヴァルディークが使っていた炎魔法と全く同じ、禍々しくも美しい炎が魔法陣から放たれた。
「よし…うーん、火力は悪くなさそうだけど…使い勝手は悪いかな…詠唱長いし…」
真っ赤な姿のままブツブツと独り言を言うサミュエル。傍らに置いておいた戦鎚を椅子代わりにしながらしばらく詠唱の練習をした後、水魔法で全身の血を洗い流して町へと向かう。
ルクスとゲルの二人が町に着き宿屋へ向かい扉を開けようとすると、また宿屋の中から話し声が聞こえた。幸せに満ちた泣き声だった。
「うっ…よかった…よかったねぇ…」
「お母さん…もう、泣かないでよ…私まで…うぅ…ぐす…」
「…あのダークエルフの御仁に感謝しなくてはのぉ。かわいいかわいい孫娘を守ってくれたんじゃから。ほっほっ…」
「…外で待とっか」「だな」
生贄として捧げられかけた娘は長老のお孫さんだったらしい。家族水入らずの時間を過ごしているようなので、二人は宿屋の前でサミュエルが来るのを待つことにした。少しして、若干水が滴っているサミュエルがやってきた。
「…なんで濡れてるの?」
「汗かいちゃったからちょっとシャワー浴びてきた。ごめんね待たせちゃって。さ、入ろ入ろ」
宿屋の扉を開けた瞬間、幾つもの美味しい匂いが混ざりあった、それはそれは温かい空気が三人を包み込んだ。繋げられた机の上にずらりと並ぶ豪華な食事の数々。分厚いステーキ、小麦色の鯛めし、照り照りの七面鳥、デカすぎるアップルパイ。三人前と言うにはあまりにも多すぎる料理たちが、龍狩りの英雄を出迎える。
「あ!お客さん!おかえりなさい!…聞いたわ、お客さんがみんなを助けてくれたって。うちの娘も、もう生贄になんてならなくていいって。本当に…ありがとうね。私にはこんなことしかできないけど、言われた通り美味しいご飯たくさん作っておいたから、じゃんじゃん食べてちょうだいね!お代はいらないから!」
「わお…マダム、ありがとう。早速いただくよ。ほら、二人も座って」
「僕たちも食べていいの?じゃ、いただきまーす!」
「うまそ〜」
遠慮を知らない二人はすぐ椅子に座りパクパクと食べ始める。疲れた体に温かい美味しさが染み渡り、死地を乗り越えたというのがじんわりと現実味を帯びる。
「ん〜…やっぱ龍狩りのあとは美味しいもの食べないとね…」
「ん…そういや、さっき言ってた謝んなきゃいけないことってなんなんだよ」
「あ〜…えっと、四百歳くらいって言ったじゃん?本当はさ、六百歳くらいなんだよね」
ルクスの手からフォークが滑り落ち、皿に当たってカランと軽い音がした。
「…え?てことは…魔王軍にいたの…?」
「…そう。魔王軍だったし、人もたくさん殺した。本当は、いつまでも隠し通そうと思った。久しぶりにできた友達だから…失うのが怖かった。ただ…それでも、隠したくなかったんだ」
祝勝会の空気が一変、お通夜ムードになってしまった。三人ともが沈黙し、何を言えばいいのか迷っている。食べる手も全く進まない中、ルクスが意を決して言葉を発した。
「…サミュエルが根っからの悪人じゃないってのは、なんとなくわかってるよ。だからさ、魔王軍にいた時の話、聞かせてよ」
「…そうか…正直、嫌われることも覚悟してた。でも、君は汚れた俺を受け入れてくれるんだな。ありがとう。よし…それじゃあ、昔話といこうか。魔王軍にいた時の俺には、感情がなかった。自我もぼんやりとしたものしか無くて、ただ魔王の言う事を聞くだけの人形だった。前線に出ては、目についた人間を、獣人を、ドワーフを、エルフを…片っ端から殺してた」
ゴクリと生唾を飲むルクス。いつからそこにいたのか、あの少女と母親もカウンターの向こう側から静かに耳を傾けている。
「そんな殺戮の日々を過ごしてたら、ある時勇者パーティが俺の担当する前線に来た。戦ったけど、全く歯が立たなくてさ。何が起きたか気付く前に、俺は地面に倒れてた。俺はその時『死ぬんだな』って、それはもう淡白に思ったんだけど、勇者は俺にとどめを刺すどころか、なんと治療し始めた。で、傷が治ると同時に勇者パーティの美しい女性がなにやら呟いたかと思うと、頭の中の霧が晴れて、魔王の声も聞こえなくなった。察するに、俺にかけられた洗脳を解いてくれたんだろうね」
「…そうか、それでお前は正義の心に目覚めたってわけか」
「ふふ…そうだね。正確には、勇者パーティのみんなと話してからだけど。彼らは本当にいい奴らでさ…俺が『俺みたいな最低な人殺しなんかが、のうのうと生きることが許されるのかな』って言ったら『たくさん人助けをして生きていけばいい。君はもう殺戮兵器じゃないんだから』ってさ。そんなカッコいい勇者に憧れて、俺は悪い龍を狩るドラゴンスレイヤーになったんだ」
「へー…勇者って本当に心まで勇者なんだね…んぐ…」
もぐもぐと七面鳥を頬張りながら。暗い話が終わるやいなや食欲に負けてしまったようだ。あるいは暗い雰囲気に耐えられなかったのか。
「しかし…サミュエルより強いって、勇者ってどんなバケモンなんだよ」
「ふっ…今なら俺の方が強いかもよ〜?」
「もう確かめられないからってテキトー言うなよな」
そうして再び団欒の食事会が始まった。三人で食べるにはあり得ない量だったが、サミュエルが異次元の食い意地を披露したおかげで綺麗に完食することができた。作ってくれたマダムもそれを見届け、カウンターの向こう側で満足げに頷いていた。
翌日から龍仙町に活気が溢れ始めた。町民が龍の支配からの解放を記念して祭りを開いたようだ。中にはまだ包帯が取れて居ない者もいるものの、みんな楽しそうに酒を飲んでは歌って踊っている。
「元気なもんだな…」
「仙人って感じだね…あ、あっちでなんか配ってるみたい!行こ!」
何やら配布しているようなので覗きに行く二人。そこではあの宿屋のマダムがステーキを焼いては配っていた。
「わ〜、美味しそう!ね、おばさん、これ貰ってもいい?」
「いいよ〜!はい、どうぞ」
「どうもな〜」
紙皿に乗ったステーキを二人前受け取り、近くのベンチに座ってのんびりと町民たちを眺めながら食べようとしていると、知った顔がこれまたステーキを持ちながら隣に座った。
「おはよう、昨日あんだけ食ったのに、まだ食うんだね」
「あ、おはよー。ってか、サミュエルにそれ言われたくないんだけど?」
「んぐ…言えてらぁ。てかこのステーキ…なんの肉だ?食ったことないな…」
早速ステーキを食べているゲル。体内にズズズと取り込んでいるのを食べると形容するべきかは怪しいが。
「あれ、知らないで食べてるの?ナヴァルディークの腹の肉だよ、それ。お祭りやるって言うから俺がバラして運んできて、マダムに焼いてもらったんだ。美味いでしょ?」
「龍の肉?どうりで知らない味なわけだ…てか…美味いな」
「へー、こんな機会じゃないと食べられないし、ラッキーだね。ん…んー!ちょっと硬いけどこの歯ごたえがいいね、美味し〜」
二人が美味しそうに食べる姿を見て微笑むサミュエル。彼も口に運んだかと思うと豪快に噛みちぎる。生の心臓と比べてあまりにも美味しいようで目を見開いて驚いている。
「いやぁよかったよ、みんなが美味しく食べてくれて。いつもは俺一人で食べてるからさ、一番良い部位以外は食いきれなくて腐らせちゃうんだよね」
「こんなに美味しいのに…まぁ大っきいからね〜」
「しょうがねぇよな〜、んぐ…」
「あ!ちょ!僕の!」
そうして祭りは夜まで続き、町に訪れた平和と安寧を皆が存分に享受した。翌日からは町はすっかり日常に戻り、ルクスとサミュエルは長老から直々に法術を教わり始めた。人型でないゲルには教え方がわからないということでゲルは見学。十日間の厳しい修行を終えた二人は、程度の差はあれど法術を扱えるようになっていた。
「おめでとう。よくぞ十日間耐え抜いた。二人はワシの誇りじゃ。師として教えることはもう何もない。行けぃ!飛び立つのじゃ!」
「「ありがとうございました!師匠!」」
バッと直角に頭を下げ、キビキビと道場を後にする二人。入口でゲルが待っていた。
「お、来たか。お別れは済んだのか?」
「うん。いやぁ…師匠からは多くのことを教わったけど、僕はほとんど会得できなかったなぁ。サミュエルはぐんぐん成長して僕を置いていくし、さすがの僕でも凹んじゃうよ」
「ははは…まぁいいじゃないか、少しでも会得できたんだから。確かに俺は天才だけど、ルクスも十分すごいよ」
実際サミュエルは天才だった。ルクスはせいぜい身体能力や自然治癒力が微増した程度だが、サミュエルは気弾でお手玉をしたりかすり傷程度ならすぐ塞げたりと、それはもう熟達していた。長老も「百年…いや…千年に一人の逸材じゃ…」と一筋の涙を零していた。
「『確かに』って、別に天才とは言ってないけど…あ、そういえば、サミュエルはこれからどうするの?また悪い龍を退治しに?」
「そうだね、と言ってもそうそういるもんじゃないから、情報を集めに王都にでも行こうかな。君たちは?」
「俺らは…どうすっかな。結構ノリで決めてるからな〜」
「ね、なんか面白い物とか事とか知らない?僕、面白い物を集める旅をしてるんだけどさ」
「ほー、そうなんだ。んー…」
サミュエルはそれを聞いて少し思案すると、懐に手を突っ込み、ずるっと古びた望遠鏡を取り出した。手持ちタイプで、真鍮の筒にレンズが付いたシンプルなもの。
「あ、それ、修行中にたまに覗いてたよね。なになに〜、面白い物?」
「ご名答。ま、覗いてみて」
言われるがまま覗いてみるルクス。望遠鏡の先の景色は、目の前の龍仙町ではなく、焼け落ちる森だった。その場でぐるりと回って見てみると、四方が燃え盛る炎に囲まれているのがわかる。
「それはね、自分の生まれ故郷の景色を見せてくれるんだ。俺たびたびホームシックになっちゃってさ、その度にそれを覗いて気を紛らわしてるんだよな〜」
「…これ、景色ってリアルタイム?」
「ん?あー、そうだよ。俺の場合は取り壊された魔王城跡地が見えるんだけど、ルクスは?」
「僕のは…なんか、燃えてる。森が」
「…故郷、燃えてんじゃねぇか…」
「あらら…」
気まずい空気が流れる。友人の家が燃えているという時に何も言えなくなるのは無理もない。しかしルクスの顔に映る感情は悲しみや怒り一色ではなかった。複雑な感情が渦巻いているが、一番大きいのは――
「…決めた。僕、次はここに行くよ」
――好奇心だった。
「賛成。俺もお前の故郷気になってたし、ちょうどいいや」
「それじゃ、その望遠鏡あげるよ」
「え!いいの?大切なものなんじゃ…」
「うん、いいんだ。正直もう見飽きてたし。その代わり、次会ったときにはその故郷の話聞かせてよ」
「うん!ありがと、サミュエル。でも…どこに行けばいいのかな…」
目的地は定まったが肝心の場所がわからない。森なんてどこにでもある。エルフが住んでいるという情報だけでは特定しきれない。
「うーん…ここからずーっと南に行った所に、学者たちの科学都市があるから、そこに行ってみたら?賢い人たちに聞けば何か手がかりが見つかるかもだし」
「ふーん…ありだね、行ってみるよ。それじゃあ、またね〜」
「じゃあなー。あんま無茶すんなよー」
「ははっ、そっちこそ、次悪い龍と会ったらちゃんと逃げるんだよ〜」
そうしてサミュエルと別れた二人は南へと進み始めた。次なる目的地は学者たちの科学都市。燃えさかるルクスの故郷、その謎を解き明かす手がかりを求める、長い長い旅路が今始まった。
その先に待っている真実は、絶望か、悲劇か、或いはなんてことはないものなのか、到達するまでは誰にもわからない。




