バールのようなもの殺人事件
「やっと着いたー…上から見た時は小さく見えたけど、こうして見るとちゃんと町だね」
「そうだな…あっぢぃー」
長く暑い砂漠の旅を耐え抜き、二人は超巨大ダンジョンの上に作られた欲望と遺物で成り立つ町、ナバールについに辿り着いた。当然王都と比べると発展はしていないが、ここで日々を営む者の大部分が冒険者たちであるということもあり、活気という部分では王都にも負けていない。
店の前で店主と激しく言い争っている者、昼間から酒を飲んで騒いでいる者、なぜか腕相撲をしている者など、どこに行っても喧騒がついて回る。
「こんな暑いってのに、元気ありすぎだろ…」
「この環境に慣れてるんだろうけど、信じらんないよね…」
二人はこれまでの旅で砂漠というものを経験したことが無かった。この環境でも元気満々という様子の人々を信じられないという目で見ながらトボトボと歩く。地下に伸びるダンジョンの中ならきっと地表より涼しいだろうからそれまでの辛抱だ。
「ふぅ…とりあえず今日は羽を休めよっか。英気英気〜」
基本的に船の上でダラダラしているだけでここまで来たのだが、それでも暑さでクタクタになっている二人は、とりあえず宿屋に行って休むことにした。
「宿屋も結構たくさんあるな。これなら安宿探しも簡単だぜ」
「えー、安宿?エアコンついてなかったら嫌だなぁ」
「今まで散々無駄遣いしてきたんだから、仕方ないだろ?」
やだやだーと駄々をこねるルクスはゲルに引きずられるままボロめの宿に泊まることになった。ちょっと怖い雰囲気のスキンヘッドの宿の主人に料金を払い、階段を上がって二階の部屋に行く。
二人で銀貨二枚の格安宿屋の部屋は、二人分のベッドが並ぶだけでパンパンの驚きの狭さだが、幸いにもエアコンは着いていた。壁のボタンを押して起動するとひんやりとした風が吹いてきた。風と氷の魔法の合わせ技だ。
「エアコンついててよかったぁ、生き返るー」
ルクスはリュックを踏み台にエアコンの空気の出口にできる限り近づこうと背伸びする。ゲルはベッドの上で弾んで硬さチェックをしている。と、その時――
「うわぁぁぁ!!」
男の絶叫が聞こえてきた。声の方向からしておそらく向かいの部屋だろう。それを聞いてルクスは急いで部屋を飛び出し、扉の前で腰を抜かしている若い男に駆け寄る。
「…?」
扉は明け放たれており、部屋の中を男の視線に沿って見やると、そこには大きさの異なる二つの靄――というよりぼかしがかかっているかのような物体が転がっていた。大きい一つは人のようで、小さい方は棒状、何かしらの武器のようにも見える。その人のような物体を中心に、赤黒い液体が床に広がっている。
「…これ…なに?」
顔が青ざめたまま何も言わない男にルクスが尋ねる。
「…な、仲間が…殺された…」
「え!?」
「…つまり、あれが仲間で、そして死んでる、と?」
いつからいたのか、ゲルも様子を見に来ていた。
「ジョン、どうしたの!?」
三人して部屋の中に入れずいると、隣の部屋からへそ出しファッションの涼しそうな格好をした女性が出てきた。部屋を覗くと「ひっ」と小さな悲鳴を喉から漏らした。顔は青ざめている。
「あ、あんた…これどういうこと!?ねぇ!」
女性が茫然自失となっている男に掴みかかり、ヒステリックに激しく揺さぶる。ジョンと呼ばれた男は何も言わずされるがままだ。
「…何事ですか?やけに騒がしいですが」
今度はさっき健康的な女性が出てきた部屋から、清廉な空気をまとった女性が少し気怠そうに出てきた。部屋の中を見ると、少し目を見開いて驚いているようだった。そのままゆっくりとその大きな物体に歩み寄り、脈を確認するように首元らしき場所に手を伸ばした。どうやら、もう脈はないらしい。険しい顔をしていて、眉間にはしわが寄っていたが、どこか別の感情も感じる、そんな顔をしていた。
時刻は十四時、モザイクに包まれた死体が発見された。
少しして皆が落ち着いた後、その場にいた五人全員はとりあえず一番広い部屋である四号室に集まっていた。五人は円を作るようにそれぞれが微妙な距離感で座り、緊張と恐怖をかき消すようにそれぞれ自己紹介をした。
被害者を含めた彼ら四人は、この町のダンジョンに日々潜っている冒険者パーティーらしい。パーティー唯一の男でハンサムな騎士のジョン、へそ出しの女性が戦士のレオニア、清廉な空気の女性が僧侶のエリシア、そして被害者であり、今なおモザイクに包まれているのが魔法使いのメルだった。彼らは三日ほど前からここに泊まっているらしい。
ちなみに、ルクスとゲルの部屋が一号室、ジョンの部屋であり、メルが殺害されていた部屋が二号室、レオニアとエリシアの部屋が四号室、そしてメルの本来の部屋が三号室だ。一号室と三号室は二人用の部屋で、二号室は一人用、四号室の部屋は三人用だ。
「…それで、どうするの?この町って自警団とかいるよね、多分。通報しないの?」
五人で円のように座る中、重苦しい沈黙を切り裂いてルクスが発言する。それに答えたのは未だ顔に生気が戻らないジョンだった。
「もちろんするが…この事件を真に解決するなら探偵にも依頼したほうがいいだろうな。不可解な点が…多すぎる」
「事件を解決…それなら俺たちが力になれるかもしれないぞ。なぁルクス?」
「え?なんで?」
急に話が変な方向に行って驚くルクス。それもそのはず、彼は探偵でもなければ、頭脳明晰でもなんでもない。ただここに居合わせただけのエルフなのだから、下手な手は打つべきではないだろう。そんな風に思案するルクスにゲルが耳打ちをする。
「…状況を見れば、この三人のうちの誰かが犯人で間違いない。探偵を探してる間に証拠を隠滅するかもしれないし、俺たちが監視しつつ調査するのがいいだろ。結論が出せなくても、情報を集めて探偵に引き継ぐでもいいしな」
「…なるほど。たしかに、無念を晴らすためにもやる価値はあるね。とりあえずゲルはここでみんなと居て。僕は少し調べてくる」
ヒソヒソと話している怪しい二人についに我慢できなくなったのか女戦士レオニアが怪訝そうに口を開いた。
「な、何こそこそ話してるのよ。よく落ち着いてられるわね、人が一人死んでるってのに…」
「こういう時こそパニックになっちゃだめだよ、レオニアさん。第三者として僕たちが情報を集めるから、少し待ってて」
「…待ってください。そもそも、あなた方が犯人という可能性もあります。情報収集と称して証拠隠滅するつもりでは?」
僧侶エリシアが猜疑心を隠そうともせず指摘する。
「エリシアさんはあの時そばまで行ったからわかると思うけど、血が乾いてたよね。つまり、出血してから時間が経ってる。僕たちは来たばっかりだから犯人じゃないよ」
エリシアが「…なるほど」と引き下がった。レオニアが少し不満そうにしながらも「頼むよ」と言ったのを聞いて、三人をゲルに任せ四号室を後にした。
「まずは…事件現場を見ないとね」
手始めにメルが殺害されたと思われる二号室を調査することにした。服を透過させたり色々見えるモノクルを着けてメルを見てみるが、ぼかしを貫通することはできない。凶器と思しき棒も同じだ。
「随分協力な認識阻害魔法だ…いや呪いかな。にしても目的はなんだろう…結局メルであることはパーティーメンバーのみんなにはわかったみたいだし」
モザイクの下は見えないが、とはいえそれが誰かはわかる程度の認識阻害、どんな意味があるのかは今のところ不明だ。
他に調べるところもないからと、今度は宿の主人に話を聞いてみることにした。軽く事情を説明し、解決の鍵になるような情報はないか尋ねる。
「出入りした人?うーん…俺は朝八時からここにいるが、あんたら二人と、あのハンサムな兄ちゃんだけだな」
「なるほど…その男の人はいつ出ていったか覚えてる
?」
「たしか…十二時頃だな。それでついさっき帰ってきたんだ」
「ふむ…ちなみに今日、何か不審な音は聞こえた?」
「不審な音ねぇ…それで言うと、人が倒れた音とか、悲鳴とかは聞こえなかったな。ついさっきの男の声は聞こえたんだがなぁ」
「おっけー…ありがと」
ルクスは店主に感謝を告げ、一度四人が待つ部屋に帰る。
「ただいま〜」
「おう」
ゲルだけが返事した。当事者達は返事を返す元気は無いようで、全員が出る時と同じ姿勢で静かに座っていた。
「少し情報は集まったけど、今のところ犯人は見えてこないかな。とりあえず次はみんなに話を聞いたいんだけど…いい?」
言葉は帰ってこないが、ジョンが頷いた。レオニアとエリシアは何の反応も示さないが、否定もしないのでおそらく聞いたら答えてくれるだろう。
「よし…じゃあ一人づつ聞きたいから、ジョン、いいかな?」
ゲルにその場を任せ、ジョンを連れ出し、ルクス達の部屋、一号室に向かう。ジョンは三号室を見たくないのか、俯いたままさっと一号室に入った。
「それで…そもそも、なんで三号室にメルが?鍵はかけてなかったの?」
「あ、あぁ…昼飯を食いに出たとき、かけ忘れたのかもしれない」
「今のところ、ジョンが一番怪しいけど…」
ルクスがそう言うと、ジョンはすぐさま怒りを露わにして答える。
「俺が殺したって!?そんなわけない!俺は…俺はメルが好きだったんだ…なのにこんな…くそっ…」
肩をガクッと落としてブツブツと呟く。状況が状況なだけあって情緒が不安定になるのも無理はない。
「ご、ごめん…よく知らずに適当なこと言っちゃって…それじゃあ、他の二人だとしたらどっちだと思う?」
「…わからない。エリシアはメルとはあまり仲良くない気がするが…殺すほどじゃなかった」
「なるほど…あの凶器らしきものに心当たりは?」
「よく見えなかったから正確にはわからないが…触った感じ、どこにでもある鉄のバールみたいだった。ヒントにはならないかもな」
ジョンの証言の気になる所をノートに書き留め、次は女戦士レオニアから話を聞くことにする。
「最初に言っとくけど…私はエリシアがやったんじゃないかと思ってる」
「それはどうして?」
「あの子、ジョンのことが好きなんだ。ジョンには上手く隠してたけどね。でもジョンはメルが好きなのは見ればわかる。だから邪魔だったんじゃないか…ってね…」
悲しそうな目をして語るレオニア。きっと今まで四人で仲良くやってきたのだろう。友人が一人死に、それを殺したのが別の友人という状況、かなり辛いというのは想像に難くない。
「そっか…でも同じ部屋だよね?出ていくのを見たとか?」
「私は昼寝してて…ジョンの叫び声で飛び起きたから、エリシアがその間にやることは可能だよ」
「いつから寝てたの?」
「たしか…十三時頃からかな」
ノートに書き留める。情報の断片から少しづつ仮説が出来上がっているがまだ仮説にすぎない。
「ちなみに、あの変な認識阻害魔法、エリシアがかけたものだと思う?」
「さぁね…エリシアは回復とかバフとか、デバフもできるけど、あんな魔法使ってるのは見たことないよ。まぁ使えてもおかしくないけどね」
「うーん…動機もやる力もある、と…」
最後に、最も怪しいエリシアに話を聞く。疑っている様子はなるべく見せず、あくまでも他の二人と同様の態度で接する。
「エリシアさんは、十二時から十四時までの間、どこに居たの?」
「レオニアと一緒に部屋にいて、本を読んでいました」
淡々と答えるエリシア。二人と違いかなり落ち着いている。僧侶だからか、あるいは。
「エリシアさんは、認識阻害魔法は使える?」
「…あのぼかし、私がやったと?」
エリシアが冷たい目でルクスを射抜く。猜疑心が込められた、冷徹な視線。
「…三人の中で他に魔法が使える人はいないからね」
「…そもそも、私が人を殴り殺せると思いますか?隣の部屋のレオニアや下の店主さんに気づかれることなく?」
肝心の魔法が使えるのか、という質問には答えなかった。しかしたしかに、エリシアはかなり細身で、静かに一撃で仕留めるという芸当は難しそうだ。
「じゃあ…エリシアさんはメルさんのことどう思ってたか聞いてもいい?」
「…正直、邪魔だとは思っていましたよ。私とは真逆で、明るくて可愛くて…ジョンさんが好きな人はそういうタイプなんだぁって、少し絶望しましたし」
エリシアはどこか楽しそうに語った。まるでもう相手ではないというように。
「そ、そう…とりあえず一旦おっけー…」
エリシアと一緒にみんなの元へ帰る。レオニアは一瞬エリシアを見て気まずそうにすぐに目をそらした。ジョンはというとまたうなだれていた。
「…わかったかよ、犯人」
ゲルが耳打ちをする。
「…それなんだけどよくわかんなくなっちゃって…とりあえず証言を整理しようか」
――――
店主
・今日出入りしたのはルクスとゲル、ジョンだけ。
・不審な音は聞こえなかった。
ジョン
・十二時から十四時まで外にいた。
・メルが好き。
・エリシアはメルと仲良くはない。
レオニア
・エリシアがやったんじゃないかと疑っている。
・エリシアはジョンが好き。
・十三時から寝ていた。
・エリシアなら認識阻害魔法も使えるかも。
エリシア
・十二時から十四時の間部屋にいた。
・非力で撲殺は不可能と主張している。
・メルのことを邪魔だとは思っていた。
――――
「…って感じなんだけど…」
「…共犯なんじゃないか?レオニアとエリシア。そしたら辻褄が合うし」
「ちょっと!私は関係ないから!」
レオニアの耳に届いてしまったのか、声を荒げて抗議してきた。
「ま、まぁまぁ落ち着いてよ。どうしたものか…こうなったら死体を調査するしかないかなぁ…」
「…下手に触るのはよくないと思いますが?」
エリシアが制止する。たしかに現場保全的観点から言うと被害者の死体を素人が触るべきではない。とはいえこのままではこれ以上情報を集めようもない。
「そうだね…あ!そういえばまだ見てないところがあった!二号室行ってくるー」
ということで、二号室、メルの部屋を調べることにした。鍵を店主に開けてもらい中に侵入する。部屋を一見してすぐに気になる物を見つけた。
「…これ、あの靄と同じ…」
床に広がるモザイクに触れてみると、それは土だった。点々と散乱するモザイク付きの土くれ、それがなぜかメルの部屋にある。
「…まさか!」
急いで三号室に向かう。まだ二つのモザイクはそこに佇んでいた。ルクスはバールのようなものを手に取り、そのまま外に飛び出す。宿屋の横に転がる石をそのバールで少し力を込めて打ってみると、その石がモザイクに包まれた。
「やっぱり!とすると…」
また三号室に帰り、今度はメルの死体に触れる。最初の感触は人のようにも感じられたが、少し力を入れて押すと、ポロポロっとその部分が崩れた。
「土…」
その土をバラバラにすると、内側にモザイクがかかっていない手紙が出てきた。それを読んだルクスは、皆を呼んで、今回の事件の顛末を話すことにした。
「まずはこれを読んで。三人に宛てた手紙みたい」
その手紙にはこう書いてあった。
――――――――
おめでとー!
この手紙を見つけたってことは、事件を解決できたみたいだね。
簡単だった?ちょっと触れば分かるし、簡単だよね〜。
このパーティーを抜けるために、全部私が仕組んだんだ〜。
ぶっちゃけると、好きでもない人に向けられる行為に耐えられなくなっちゃったんだよね。
ただ愛想振りまいてるだけなのに、勘違いしちゃってさ。
だからバイバイ。
ごめんだけど、魔法使いは別で探して?
三人ともこれから仲良くね〜。
レオニアちゃん、エリシアちゃん、好きだよ♡
メルより
追伸:あのバールはダンジョンで見つけてこっそり懐に忍ばせといたやつだから皆に返すね〜。
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これを読む限り、メルはかなり腹黒なタイプなのだろう。ただ去るだけならこんなことをせずとも部屋に手紙を置いて出ていけばいいものを。おそらくジョンへの嫌がらせのためだけにこんなことをしたのだ。ちなみに後で判明したことだが、店主はメルに買収されていたらしく、メルは十三時頃に宿屋の入り口から悠々と出ていったらしい。
「うっ…ひぐっ…なんでこんな風に言われなくちゃいけないんだ…」
ジョンは泣いていた。好きな人にめちゃくちゃ言われたのだから仕方ない。レオニアが背を擦って慰めている。
「まぁまぁ、少なくともメルは生きてるんだし、それはよかったろ?人殺しもうちのパーティーにはいなかったってことだしさ…」
「…あのさ、エリシアさんは気づいてたんだよね?」
ルクスがヒソヒソとエリシアに聞く。
「えぇ、最初に脈を確認しようと触れたとき、土人形だなと気づきました。彼女は土魔法が得意でしたから、すぐ思い当たりましたよ」
「じゃあなんで言ってくれなかったの?僕無駄にめっちゃ頑張ったんだけど」
「ふふ…ジョンにメルを諦めさせるにはいい機会だと思いまして」
仲間が一人パーティーを抜けたというのに、それを自分の恋に活かす強かな人だった。横で聞いていたゲルが「恋する女ってのは恐ろしいな…」と呟いていた。
「あ、それと、そのバール、処分しといてもらえますか?私たちには不要なので」
ルクスの目がこれ以上ない輝きを得た。
「うん!任せてよ!」
「…お前絶対処分しないよな」
こうして事件を解決し、モザイクバールを手に入れたルクス。結局答えはすぐそこにあったわけだが、目の粗いベールによって秘匿されたそれは、少しの悪意と確かなイタズラ心を備えていた。
今回の事件で最も子供に見せられないのは、偽りの凶器でも、土人形でもなく、彼らのドロドロの人間関係であったことは言うまでもないだろう。




