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事故死した元世界王者、全盛期に戻ったので伝説を塗り替えます~大場政夫のやり直しボクシング人生~  作者: 勇氣


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腐敗した協会と伝説のボクサーWBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコ「写真二枚」

 ボクシング協会は腐敗していた。それは日本のアンチドーピング協会が2001年になる迄ほぼ機能していない事に起因する。このボクシング業界はドーピングボクサーの温床と化していた。1970年代のドーピング検査はザルだった。それでも尚腐りきったボクシング業界で、大場政夫はナチュラル(自然な肉体)として試合をして行く。それが茨の道と知っていたとしても彼は歩みを止めない。


 ※アマチュアボクシングを統括する日本ボクシング連盟(JABF)は、日本のスポーツ界全体を統括する「日本アンチ・ドーピング機構(JADA)」の加盟団体です。JADAの設立は 2001年(平成13年)体制は アマチュア競技はオリンピック競技であるため、2001年のJADA設立当初から、あるいはそれに準じる形で、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)の基準に沿ったアンチドーピング体制の中に組み込まれています。連盟内にも専門の委員会が存在し、長年活動を続けています。プロボクシング(JBC)では日本のプロボクシングを統括する日本ボクシングコミッション(JBC)において、正式な「アンチ・ドーピング規程」が施行され、独自の「アンチ・ドーピング委員会」などの機構が整備されたのは 2024年(令和6年) です。施行日は 2024年6月15日背景はそれまで日本のプロボクシングにはJBC独自の明確なドーピング検査規定がなく、世界タイトルマッチなどで興行主プロモーターが任意で行う検査に協力する形にとどまっていました。これにより、国際基準に準拠したルールと、調査・裁定を行う委員会の設置が急務となり、2024年に本格的な機構が整いました。


 大場政夫は腐敗したボクシング業界で何度もドーピングボクサーと試合するハメになる。それでも大場政夫はボクシングが大好きだから試合をし続ける。


 

 1976年3月12日(金曜日)大場政夫は帝拳ジムでスパーリングをしていた。


 「シュ!シュ!シュ!シュシュ!シュ!シュ!シュ!」


 大場政夫の「シュシュ!」という音はとても速く音を置き去りにした。


 「たまげたな....こんなに速いパンチが打てるなんて....これはパンチ力はそれ程ではないが速さだけならモハメド・アリ(Muhammad Ali)に匹敵している....!」

 桑田勲氏は口をポカーン( ゜д゜)と開けていた。


 ※ボクシングの歴史において「史上最速のパンチ」を出すボクサーについては、何を基準にするか(単発の時速か、連打の数か、試合でのハンドスピードか)によっていくつかの名前が挙がります。主な候補と記録は以下の通りです。 伝説的な「ハンドスピード」を持つボクサー公式な時速測定がすべての選手に行われているわけではありませんが、専門家やファンの間で「史上最速」と称されるのは以下の選手たちです。モハメド・アリ(Muhammad Ali)ヘビー級でありながら、軽量級並みのスピードを誇りました。1969年の測定では、彼のパンチが相手に届くまでの時間はわずか0.04秒だったと言われています。まばたきよりも速い速度です。


 1976年3月13日(土曜日)桑田勲氏は帝拳ジムで大場政夫に提案する。


 「なぁ政夫君!ジュニアフェザー級に転向しないか?」

 それは更なる熾烈な試合の幕開けを意味していた。


 「やりましょう!俺達なら勝てます!これから増量しますね!」

 その言葉は何処迄も力強く闘気に満ちていた。


 ※1976年3月13日(土曜日)の時点で、当時はスーパーバンタム級の事をジュニアフェザー級と呼称していました。日本ボクシングコミッション(JBC)は、1998年5月1日からジュニアフェザー級の事をスーパーバンタム級と言うようになりました。


 そして1976年6月13日(日曜日)大場政夫は会場に行き記者の前に座り階級転向を宣言した。

 「私はバンタム級からジュニアフェザー級に転向します!」


 その言葉により会場の記者達は歓喜した。


 「大場政夫選手は誰と試合したいですか?」

 ウキウキになり乍ら記者は質問した。


 「俺は...WBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコ選手(パナマ人)やロイヤル小林選手(日本人)と試合したいですね!」

 それは強者なら誰でも試合したがる真のボクサーを体現していた。


 ※1976年時点では、WBA(世界ボクシング協会)はこのジュニアフェザー級という階級をまだ公認していませんでした。WBAが初代王者を認定したのは翌年の1977年11月です。


 会見は終了しその話が新聞やテレビのニュースに持ち切りになった。今や大場政夫は日本人のスターと化していた。


 「見ろよ!見ろよ!大場政夫とかいうボクシング選手がこんなにも活躍しているぜ!同じ日本人として誇り高いなッ!」

 一般人が大場政夫を讃えていた。


 そして1976年6月14日(月曜日)伝説のボクサーWBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコのトレーナーにマッチメイクをしたいと桑田勲氏が黒電話で言った。それを聞いて伝説のボクサーWBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコは嘲笑った。

挿絵(By みてみん)

 「おいおい、ジャパニーズやば過ぎだろ!階級上げていきなり世界王者と試合したいとかwww」

 伝説のボクサーWBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコは笑いのツボに入った。トレーナーであるルイス・スパダもつられて笑った。


 「そうだよなッ!幾ら破竹の勢いで勝利していてもいきなり階級上げてチャンピオンと試合したいとか頭可笑し過ぎるよなッ!」


 「そうだッ!可哀想だから試合しないでやろうぜ!」

 伝説のボクサーWBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコは意外と優しい。


 「へい!Isao Kuwataァ!お前のプロボクサーが可哀想だから試合しないでやるぜッ!俺の神ィイ選手であるWBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコに階級上げた瞬間にボコボコにされてジャパニーズ達の夢が醒めてもいいなら話は別だがな!それにもし試合をしたいならファイトマネーは5万ドル(現代換算で約4,125万円)用意しろッ!それが出来ないなら却下だッ!」

 そう言い終わるとトレーナー兼指導者であるルイス・スパダは黒電話を切った。

 「底辺が幾ら頑張った所で俺達無類の強さを持ったプロ王者選手は倒せないッ!それを証明してやろう!」

 その言葉にWBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコの闘志は漲りシャドウボクシングを始める。

挿絵(By みてみん)

 「勿論だ!ボクシングこそ黒人至上主義のスポーツだって所を理解させてやるぜッ!」

 彼の瞳には日本人がとても小さく見えた。


 一方その頃桑田勲氏はWBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコとの試合に向けてファイトマネーの件でプロモーター(興行主)と話し合い大場政夫と試合が出来るように執り成しを図った。


 しかし、プロモーター(興行主)高木秀夫たかぎ ひでお氏は苦言を呈する。


 「そんな事して大場政夫選手が負けたらどうする?日本中の大場政夫フィーバーが消失し、大場政夫フィーバーによって齎されていた経済効果が激減するかも知れないのだぞッ!私はその試合を執り成す事は出来ない。」

 国際ボクシングジムの会長であるプロモーター高木秀夫たかぎ ひでお氏の苦言は至極当然の帰結だった。


 「でもあと少しでビッグマッチが出来るかも知れないのですよ!」


 「くどい!私は大場政夫君の力を信じていない。これまでは勝ちあがってこれたのはまぐれだ。実際に試合して負けたら全てが水泡に帰す。その責任が勲君に取れるのか?ああ?取れないだろ。」

 高木秀夫たかぎ ひでお氏の発言は極めて消極的で現実的だった。


 「もう何を話しても無駄のようですね。失礼しました」

 桑田勲氏は心の中で自らの非力さを嘆きながら部屋を後にした。その後桑田勲氏は他のプロモーター(興行主)とマッチメイクの提案をしていた。さりとて全て契約マッチメイクの契約が出来なかった。そして桑田勲氏は大場政夫にその事を話した。


 「すまんね。WBC世界ジュニアフェザー級王者リゴベルト・リアスコと試合をするのは当分出来ないらしい」


 「まぁいいですよ!他のプロボクサーと試合する期間がなければ傷を癒すのに専念出来ます。」

 大場政夫はポジティブだった。

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