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事故死した元世界王者、全盛期に戻ったので伝説を塗り替えます~大場政夫のやり直しボクシング人生~  作者: 勇氣


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WBC世界フライ級王者ミゲル・カント(メキシコ)「写真」

 1975年1月8日(水曜日)にミゲル・カントが小熊正二(日本)を15回判定で破り、王座を獲得した。


 1975年3月15日(土曜日)ミゲル・カントがメキシコで大場政夫が活躍している話を耳にした。


 「彼ジャパニーズの癖に強いね!俺は彼と試合したくなってきた!マッチメイクしてくんね?彼が階級を下げてくれたら試合するよ!」


 その瞳には強者と試合したくてうずうずしている少年のような輝きがあった。


 「でも相手はバンタム級だぞ!わざわざ階級を下げてくれるかどうか分からない...それでもまぁ交渉してみよう。」


 そうしてトレーナー兼マネージャーを務めているヘスス・リベロ(愛称:チョライン)が交渉する。


 プルルルルルルルルルル!プルルルルルルルルルル!ガチャ!


 「はい、こちらは帝拳ジムの桑田勲です。ご用件は何でしょうか?」


 「私の育てているボクサーWBC世界フライ級王者ミゲル・カント(メキシコ人)が貴方の育てているボクサーWBA世界バンタム級チャンピオン大場政夫とマッチメイクしたがっています。どうか大場政夫の階級をフライ級迄下げて試合して下さいませんか?」


 余りにも難しい提案だった。一度体重を上げた後また体重を下げるなんて身体にとても負担のかかる行為だ。桑田勲は隣で筋トレしていた大場政夫に訊く。


 「受けるか?この試合政夫君が圧倒的に不利だぞ!」


 「最強選手が俺を待っててくれるならやらない手はないでしょう。受けます!それにこれに勝てば実質フライ級統一王者に成れます!」


 その闘志に燃えた目はボクシングが人生とでも言いたげな眼差しだった。そしてマッチメイク日が決まった。


 「どうやら、1975年7月12日(土曜日)に首都メキシコシティにあるアレナ・コリセオ(Arena Coliseo)で試合が出来るらしい。因みに対戦相手の顔はこんなだ。」

挿絵(By みてみん)

 「やってやりますよ!過酷な水抜きもこなしてみせます!ミゲル・カントカッコイイですね!倒し甲斐がありそうです!」


 1975年3月16日(日曜日)対ミゲルカント戦の概要を桑田勲から助言を貰った。

 「ミゲル・カントは史上最高のディフェンシブ・スペシャリストだ。ミゲル・カントの弱点と隙をこれから教える。カントは完成されたボクサーだが、付け入る隙がないわけではない。まず決定的な強打の欠如だ。カントはKO率が非常に低く、相手を一撃で沈めるパワーはない。そのため、打たれ強さに自信があるならば、多少の被弾を覚悟して強引に距離を詰めるリスクを取ることが可能だ。それから体格の小ささも弱点と言える。フライ級の中でも小柄(約154cm)であり、リーチもそれほど長くない。懐に潜り込まれることや、逆にロングレンジからフィジカルを活かして押し込まれる展開を嫌がるぞ!」


 「メモしました。」


 「後はこのノートに全て書いてあるからちゃんと読み直すように!」


「待ち」の姿勢

 相手の動きを観察してカウンターを合わせるのが彼の真骨頂だ。そのため、フェイントを多用されたり、予測不能なタイミングで飛び込まれたりすると、リズムを崩す傾向がある。


カントを倒すための3つの戦略

 「打たせずに打つ」を徹底するカントを崩すには、以下の戦術が鍵となる。


1. ボディへの徹底した集中打

 カントの頭部へのパンチは、数ミリ単位のスウェーやダッキングで空を切らされる。

 しかし、フットワークを支える腹部ボディは頭ほど動かせない。


効果

 ボディを叩くことで、後半10ラウンド以降の彼の生命線であるフットワークを鈍らせ、ガードを下げさせる。


2. 「リングをカット」して逃げ場を奪う

 カントは円を描くように動いて相手を翻弄する。彼を追いかけるのではなく、進行方向を先回りして塞ぐ(リングカット)必要があるぞ!


ポイント

 ロープやコーナーに詰め、彼の得意な中間距離を作らせないこと。密着した状態での泥臭い乱戦に持ち込むのが理想だ!ここよく読んどけ!


3. ジャブの差し合いで後手に回らない

 カントは正確な左ジャブで距離を支配する。ここで負けると、一晩中彼のペースで試合が進んでしまう。左ジャブに要注意だ!


対策

 彼のジャブの打ち終わりに、さらに長い左を被せるか、あるいはジャブに合わせて右のカウンターを合わせる勇気が必要だ。大熊選手の場合、前回の対戦よりも一歩踏み込んで「手数」で圧倒し、ジャッジに攻撃性をアピールすることが重要になるぞ。


結論としての攻略法

 判定まで行けば、カントのテクニックが評価される可能性が極めて高い。倒すためには、「序盤から徹底したボディ攻めでスタミナを削り、中盤以降、動きの止まったカントをロープ際で連打にさらす」という、消耗戦への引きずり込みが唯一の勝機と言える。


 カントのボクシングをさせない、泥仕合に持ち込む胆力が求められるぞ。それから、大場政夫は食事制限と過酷な水抜きを余儀なくされた。その結果無理な減量が祟り意識朦朧状態になった。それでも大場政夫に撤退の二文字はない。


 1975年6月12日(木曜日)に大場政夫は桑田勲と一緒に首都メキシコシティにあるアレナ・コリセオ(Arena Coliseo)に向かった。


 1975年7月11日(金曜日)体重測定の日になった。大場政夫の体重は49.1kgでミゲル・カントの体重は50.2kgだった。この時も大場政夫は倒りそうになりながらも何とか測定終了した。

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