たった一つの冴えたやり方
サリアの手が、恐るべき速度で動いていく。
薬草袋をひっくり返し、取り出したのは、特徴的な形の葉を持つ月見草。
すぐさま擦り潰していく中で、同時に複数の小瓶から薬品を滴下していく。
その手つきは、これまでの様子からは想像もつかないほど自信に満ちていた。
やがて、乳鉢の中の月見草は、新緑色の粘状になった。
そこに追加で別の薬品を数滴垂らすと、みるみるうちに輝きを増し、強い香りを放ち始める。
「では――参ります!」
そう言ってエリスが守護者の集団に向けて駆け出したあと、サリーアが叫んだ。
「できた!――フレイさん!」
「ええ、いつでもいいですよ!」
魔法で水球を作りながら、フレイはサリーアを待っていた。
水球は次第に薄く伸ばされ、まるで一人の人間を包むくらいの大きさへと変化していく。
その水球に、サリーアは新緑色の粘体――調合した月見草を器ごと放り投げた。
すると、水は真緑に染まっていき、強烈な香りを周囲に放ち始めた。
「これでよし!――水よ、彼の者を包み込め!」
フレイはエリスに向けて、緑色の水体を発射する。
水は駆けるエリスを一瞬で追い抜き、そのまま彼女の頭から覆い被さり、全身を包み込んだ。
(――ッ! すごい香りです。ですがこれで……守護者達の注意は私に集中する!)
守護者達の動きが一変した。
侵入者全員に向いていた無機質な目が、一斉にエリスへと向けられる。
予測通り、調合した月見草の香りが、エリスを「最も狙うべき標的」へと変えたのだ。
石でできた兵士、金属の鎧をまとった騎士、木でできた獣。
――全ての敵意が、エリス一人に集中した。
「私が、お相手しましょう!」
広間の中央へとたどり着いたエリスは棒を構えた。
身体から湧き上がる熱き闘志が、構えと共に守護者達に放たれる。
その闘気は無機物であれど、恐れを感じさせた。
「…………」
やがて、守護者の一体がかろうじて動き始める。
――石兵が恐怖に駆られながらも、エリスに襲いかかってきたのだ。
「甘いっ!!」
迫り来る石兵の腕を棒で受け、そのまま勢いを流して別の石兵に衝突させる。
続いて鎧騎士が走りながら剣を振り下ろすが、エリスは半身を逸らして回避し、そのまま下方を薙ぎ払い、鎧騎士を転倒させる。
死角である後方から飛びかかってきた木の獣は、振り向くこともせず、ただ棒を後方に突き出した。
木獣の頭部を棒が貫き、そのまま動かなくなった。
一撃一撃を、相手に対して変えていき、最大の効果を発揮するよう無駄なく攻撃していく。
殺傷力は低いが動きを封じ、体勢を崩し、時間を稼ぐ。
――それが、エリスがこの場でできる唯一のことだった。
(頼みましたよ、皆さん)
◇ ◇ ◇ ◇
フレイの魔法によって守護者がエリスに集中し始めた時。
既にサリーアは無言のまま、次の作業へと移っていた。
言葉は不要だった。
やるべきことは、もうわかっていたからだ。
「……ハールさん、アーシャさんにこれを!」
それは、月見草を調合して作成した魔力向上薬。
サリーアは強い光を宿した瞳でハールを見つめ、小瓶を差し出した。
ハールはそれを受け取り、アーシャに渡す。
「アーシャ、これを」
「うん!」
アーシャは小瓶を受け取り、一気に飲み干す。
そして、数秒たった後に、身体を巡る魔力の流れが一段と強まった。
「サリーア、ありがとう! これなら、きっとやれる!」
アーシャが深く息を吸い込み、再び目を閉じた。
その周囲に、更に熱風が渦巻き始める。
今一度湧き上がった強き魔力をも、一つの魔法に注ぎ込むために、再び長い詠唱が始まった。
アーシャを見届けると、サリーアは次の作業へと移る。
「次は……焔草!」
薬品と一緒にすり潰すことで、爆発力を数倍に高められる薬草だ。
しかし、今回はペースト状ではなく、細かく乾いた粉末状に仕上げる必要があった。
粒子が細かいほど空気中に拡散しやすくなり、爆発範囲も広がる。
「専用の薬品は……これと……これを……」
サリーアは複数の小瓶を手に取り、何のためらいもなく調合していく。
その手つきは、調合するための薬品の比率を感覚で理解しているような、ためらいが全く見えないものだった。
普通の薬師では、こうはいかない。
長年の経験と、そして――サリーアの才能が、それを可能としていた。
「エリスさん! 袋の中身、貰います!」
エリスの道具袋には、遺跡に着く前に共に摘み取った焔草が大量に詰め込まれていた。
それを全て惜しみなく使用し、粉末にしていく。
粉末が完成すれば、薬品を混ぜ合わせる作業だ。
均一になるよう、臼を回す速度を微調整する。
時には速く、時には遅く。
薬草の状態を見極めながら、最適な感覚でひたすら手を動かし続けてから数秒後――
「できました! ……ハールさん!」
サリーアはその名を呼びながら息を吐き、粉末を手早く小さな布袋に詰めていく。
――その数、十数個。
「これを、エリスの周りに投げ込めばいいんだな」
ハールは小袋を受け取り、それぞれに正確に投擲するための重しを装着させていく。
細かい作業だが、ハールは体躯に似合わない器用さを見せ、あっという間に爆薬袋を完成させた。
サリーアは、ようやくその手を止めた。
その指先には、薬草の跡や薬品で荒れた跡が幾つもある。
それでも、サリーアの目は満足そうに輝いていた。
「――お願いします! エリスさんが、無事に戻ってこれますように……!」
◇ ◇ ◇ ◇
エリスの戦いは、激しさを増していた。
月見草の誘引効果で、守護者達の注意は完全に集中している。
石兵たちが鈍い腕を振り回し、金属の騎士が剣を振るい、木の獣が牙を剥く。
全ての敵意が、エリス一人に集中していた。
(まだです……まだ……!)
エリスは歯を食いしばりながら、棒を振るう。
迫り来る石兵の腕を避け、その関節を強く突いて攻撃をできなくする。
鎧騎士が剣で切り裂こうとするのを、棒を利用して高い跳躍をし、回避しながら全体重を込めた振り下ろしを頭部にお見舞いする。
木の獣が大きな口を開けて噛みつこうとするのを、口内を棒で貫くことで阻止した。
しかし、守護者達の数は減らない。
倒しても倒しても、魔法陣から新たな個体が生み出される。
まるで無限に湧き出るかのようで、エリスにも細かい傷が突いていった。
しかし、その時――
「エリス、下がれ!」
ハールの声が飛んだ。
エリスは直感的にその場から飛び退く。
次の瞬間、彼女が立っていた場所の周囲に、十数個の小袋が弧を描いて投げ込まれた。
重しのついた小袋は、正確にエリスを中心とした円を描くように落ちていき、魔法陣が刻まれている端まで続いていた。
「アーシャ!」
ハールの叫びと同時に、アーシャが目を見開いた。
「――出来た。悪いけれど、手加減はできないからね」
アーシャの全身から、全ての魔力が放出されていく。
翳した手の先に光が収束していき、紅き輝きが周囲を照らしていく。
側にいるだけで、高すぎる魔力が肌に刺さるような痛みを生じさせるくらいだった。
「全てを焼き尽くせ!」
アーシャの翳した手から放たれた光は紅蓮の奔流となり、エリスのいる中心に向かっていく。
広間を端から包み込む勢いで、豪炎が広がっていった。
エリスは、迫り来る紅蓮の炎を見つめていた。
それは美しく、そして――恐ろしい。
命を奪う力を持つ、純粋な破壊の塊。
「――ありがとう、皆さん」
エリスは棒を強く握りしめ、覚悟を決めた。
そして、ハールたちに向かって微笑んだ。
「エリスさん!!」
サリーアの悲鳴が上がったのと同じタイミングで。
次の瞬間――轟音が、遺跡全体を揺るがした。
アーシャの放った炎が、地面に散らばった焔草の粉末に引火したのだ。
それは一瞬の出来事だった。
十数個の小袋が同時に爆発し、大きな爆炎がエリスと守護者達を丸ごと包み込んだ。




