表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/117

決着、そして顛末


 轟音が遺跡全体を揺るがし、巨大な炎の渦が広間を支配した。


「エリスさん!!」


 サリーアの悲鳴が、爆発の残響に消え、その顔から血の気が一瞬で引いていった。


 

 涙が視界を滲ませるが、それでも炎の中に消えたエリスの姿を必死に探す。


 アーシャもフレイも、魔法の枯渇による疲労で立ち上がるのも困難な中、言葉を失っていた。


「くそっ……!」


 ハールが歯を食いしばる。

 こうするしかなかった、というのはわかっている。


 しかし、理解はできても納得はできなかったのだ。

 自分の無力さに拳を強く握りしめ、爪が掌に食い込んでいく。


 ――その時だった。


 炎の渦の中から、一つの影が飛び出してきた。


「――エリスッ!」


 ハールの叫びに反応はせず、吹き飛ばされたかのように炎の外へと姿を現した。

 そのまま地面に転がり、力無く横たわる。

 

 身体にはまだ炎が纏わりつき、服は所々焦げ、髪は焼けていた。


 

 エリスは豪炎が巻き起こる直前、爆発の発生を先読みしていたのだ。

 

 焔草の火薬袋が散らばった位置、アーシャの魔法が着火するタイミング、そして爆風の向き。

 

 全てを瞬時に計算し、爆風を利用して炎から脱出できる最適な位置へと移動していたのだ。


 

 しかし――炎に巻かれることだけは避けられなかった。



 エリスは全身大火傷を負い、皮膚は所々爛れている。


 特に腕と背中は酷く、服の焦げた布が傷口に張り付いていた。


 その凄惨な姿を見たハールは、無意識にフレイへ指示していた。


「フレイ! お前の外套を……!」


 ハールが声をかけるが、フレイから返事はない。

 

 ――すでに自分の外套を脱ぎ、最後の魔力を振り絞りながら、水魔法をかけていたからだ。


「フレイさん、これも一緒に!」


 サリーアがすりつぶした薬草をフレイに渡す。

 火傷に効く薬草であり、冷たい水と共に外套へと染みこませていく。


「わ、私の外套も!」


 アーシャもフレイと同じ行動を取っていた。

 自分の外套を脱いでフレイに渡し、水魔法と薬草を染み込ませる。


 そして、水を吸って重くなった外套をハールに投げた。


「ハール、君だけが頼りだ! ……どうか、エリスさんを!」


 フレイの声に、外套を受け取ったハールは無言で頷いた。


「――任せろ!!」


 二枚の濡れた外套を抱え、ハールは肉体強化の魔法を全身にかける。


 そして次の瞬間、その姿が消えた。


 通常の人間では決して出せない速度で、ハールは炎の残る広間を駆け抜ける。

 

 瓦礫を飛び越え、まだ燻る地面を蹴り、一瞬でエリスの元へと到着した。



「エリス! すぐに――」


 

 ハールはエリスの華奢な身体を抱き起こし、濡れた外套で包み込む。


 冷たい水と薬草が火傷に染み込み、エリスの身体がびくりと震えた。


「っ……!」


「すまない、我慢してくれ」


 ハールはもう一枚の外套も重ねて巻き、必死に炎を消し、火傷を抑えようとする。

 

 その手は震えていた。


 戦士として多くの戦場を経験してきた彼でも、これほどまでに無茶な作戦は初めてだった。


「――ぷはぁっ!…………ぁ……ぅ……」


 肺を焼かれないよう、エリスは止めていた呼吸ができるようになると、痛みを耐えながら苦しげな声を発する。

 

 ――まだ死んでいない。生きている。


 あまりにも華奢な身体なのに、その行動はどんな者よりも豪胆だった。

 そんなエリスを、ハールは苦笑しながら抱きしめる。

 

「……こんな小さくて、軽い身体で、よくぞあそこまで……」


 エリスは朦朧とした意識の中で、声を聞いていた。


「俺達が今生きているのも、お前のおかげだ。だから生きろ。絶対に、生きて戻るんだ」

 

 ハールはエリスを抱きかかえ、再び駆け出した。


 二人の外套に包まれながら、全身を焼き爛れた痛みに襲われながらも、エリスは薄らと微笑んだ。


 ――大丈夫、私は死にませんから


 そう言ってるかのように。


 

◇ ◇ ◇ ◇ 


 

「ハールさん!」


 ハールは無事に仲間の元へと帰投した。

 エリスを地面にそっと横たえ、サリーアに引き渡す。


「ひ、ひどい火傷……いま楽にしてあげますね」


 サリーアは待っていたと言わんばかりに、何種類もの薬品と擦り潰した火傷治しの薬草をもって、エリスに治療を施し始めた。


 その手の速さは、今までにない速度になっていた。


 まず傷口を消毒する薬品を染み込ませた布で、エリスの火傷をそっと、丁寧に拭う。


「ぐっ……うぅ……」


「ごめんなさい、エリスさん。もう少しだけ頑張って……!」


 痛みに震えるエリスに、謝罪しながらもその手は止めない。


 空いた片手で薬瓶を開け、中身の軟膏をエリスの身体に指先で塗っていく。


 薬瓶に目を向けないまま素早く、そして的確に、火傷部分全てを覆うように処置をしていく。


 その姿は、熟練した技術を持った者と同じ姿をしていた。


「うっ……ふ……ぅ……」


「痛みを和らげる薬をふんだんに使いましたから、これで多少はマシになったはず……ですが、一刻を争いますので、早く戻らないと……」


 サリーアは涙を拭うこともせず、薬草と一緒に包帯を巻き始めた。

 火傷を覆い、傷口を保護するための処置だ。


 その手は震えていたが、巻く速度は決して落ちなかった。


「どうかそれまで、頑張ってください……!」


 祈るような声が、広間に響く。


 アーシャとフレイも、無言でその様子を見守っていた。



 

 ハールは三人にエリスを任せながら、瞬時に台座へと向かった。

 古代魔法遺跡を探索した証を取得するためだ。


 広間の床に刻まれていた魔法陣は、アーシャの豪炎によって全て焼き切れていた。

 機能を完全に喪失し、かすかな残り香だけを残して消え去っている。


 元あった入り口も、石の板が消え去り、元通りに復活していた。


 

「――これが、この遺跡の宝物」


 

 ハールは台座の奥に安置されていた一冊の書物を手に取った。


 分厚い革装丁の表面には、見たことのない文字が刻まれている。


 読めないが、それがこの遺跡に残された唯一の遺産なのだろう。


「よし! 撤退するぞ!」


 ハールの声に、アーシャとフレイが頷く。


 サリーアはエリスの傍らを離れないまま、その言葉を聞いていた。



◇ ◇ ◇ ◇

 


 こうして一行は遺跡探索を終え、脱出した。


 

 ハールがエリスを横抱きにし、残りの三人は後ろを走っていく。



 外に出ると、冷たい空気が彼らを包んだ。

 空は夕暮れを過ぎ、暗くなり始めている。


 

 無事に生還できた安堵と、エリスの負傷に対する悔しさが、胸に広がった。



 ――その時、魔王は一匹、振り返った。



 何もないはずの空間である遺跡の入り口を、じっと睨みつける。

 深い闇に閉ざされた空間には、何も見えない。


 魔王の赤い瞳が、鋭く細められた。


《――かつて余の配下であった召喚士よ》


 空間が、微かに歪み、誰かがそこに立っていたことを証明した。


 

 姿を現さないが、確かにそこに何者かが存在していたのだ。



 監視者は、最後まで姿を現さなかった。


 ただ、エリスたちの戦いを見届け、そして――静かに闇へと溶けていった。



 魔王は、その背中を見送りながら、小さく呟いた。


 

《なにが目的だ。もし今後、あの娘に危害を与えるというのであれば――》


 目を細めながら、鋭く睨み付けた。

 黒猫の姿でもわかるような、強烈な殺意と共に。


 

《――余自ら、全力で貴様を排除する》



 その言葉に、反応はなかった。



 ただ、風だけが遺跡の入り口を吹き抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ