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一件落着。そして、波乱の予感


「え、エリス!? ど、どうしたのその火傷……!」


 一行を出迎えたミリアは青ざめながらエリスに駆け寄り、その火傷の様子を確かめていく。


 息も絶え絶えで、苦しむ顔をするエリスを見て、涙がボロボロこぼれ落ちた。


「うわーん! やっぱり無茶してた! あんなに無茶しないでって言ったのに!」


「ご、ごめんなさいミリアさん……ですが、生きて、戻ってきましたので……」


「私、医療術師を呼んでくる! みんなは休んでて!」


 ミリアは猛スピードでその場を離れ、向かう先は医療術師の場所。


 回復術を得意とする熟練者を連れてくるべく、脇見も触れずに向かう姿に、一行は呆然するのであった。




◇ ◇ ◇ ◇




 医療術師の治療を受け、祝杯をあげた後のこと。


 魔法都市アルカディアの西門前、夕暮れの光が石畳を優しく照らし出している中で、一行は静かな別れの時を迎えていた。


「本当に……お別れなんですね」


 サリーアが涙ながらにエリスに抱きついた。

 その肩は震え、声には嗚咽が混じっている。


「ええ、怪我も思った以上に回復が早いようなので、明日にでも通常通りの生活ができそうですしね」


 医療術師による治療を受けたエリスは、頭と左腕の一部に包帯を巻いている。


 客観的に見れば、全身大火傷だったとは思えないほどの姿であった。


 医療術師曰く、ここまで回復力が高い人は初めてだ。一体何者なんだ、と困惑していたらしい。



 陽光が彼女の黒髪に柔らかな光を宿し、どこか儚げな印象を与えている。


 他の仲間たちも、古代遺跡での壮絶な戦いを経て、今ではエリスに深い敬意と感謝の念を抱いていた。


「改めて言うのも、なんだか変かも知れないですが……助けてくれて、本当にありがとうございました。そして、ごめんなさい。貴女があんな怪我をしてしまったのは、私がもっと役に立てなかったからです。苦しかったし、痛かったでしょう?」


 サリーアの言葉に、ハールも重い口を開いた。


「本当にすまなかった。俺がもっと強ければ、お前があんな大火傷を負うことはなかった……」


 彼の拳はわずかに震えていた。


 肉体強化の魔法に頼らずとも、己の力で戦える戦士を目指してきた男の矜持が、今回の一件で大きく揺らいでいたからだ。


「ごめんね、エリス。私が魔法をもっと上手く操れていれば……本当に、ごめん」


 アーシャは悔しそうに拳を握りしめながら付け加える。

 エリスが望んだとはいえ、自分の魔法が原因で大火傷をさせてしまったからだ。


「エリスさん。貴女の勇気と、判断によって私達はあの危機から脱することができました。感謝してもしきれません」


 フレイは多大な感謝を伝えるべく、深々と礼をした。



 しかしエリスはあっけらかんと答えた。


「気にしないでください。あの程度の火傷では私、絶対に死にませんでしたから」


 そのあまりにも自然な言い方に、メンバーたちは一瞬にして静まり返った。


 まるで、それ以上の重傷を日常的に経験しているかのような、慣れっこな響きがあった。


「……まるで、以前もっと酷い火傷を受けたことがあるみたいだね」


「えっ!? いや、まあその……あはは……」


 アーシャの突っ込みに誤魔化すことしかできないエリス。


 まさか、『清浄なる豪炎』という高位魔術師の極大魔法によって、身を焼き尽くされそうになった経験があるだなんて、言える訳ないのだ。


 魔王のみ、その下手くそな誤魔化しに、呆れた顔をしている。


「と、とにかく! ……いま無事でいることは、皆さんが全力を尽くしてくれたおかげですから、気にしないでください。私一人では絶対に無理でしたから」


 エリスの瞳には深い感謝の色が輝いていており、包帯を巻いた腕をそっと撫でる。


「この傷は、皆さんと共に戦った証です。一生の誇りに思います」


「エリスさん……」


 サリーアは涙を拭いながら、上目遣いをして尋ねる。


「でも、あの大火傷が『あの程度』だなんて。……エリスさん、いったい今までどんな人生を送ってきたんですか?」


「――いろいろあったんです。ただ、それだけですよ」


 少し困ったような笑みを浮かべ、エリスは曖昧に答えるのであった。




◇ ◇ ◇ ◇




 別れ際、ハールが一歩前に出ると、エリスの肩を軽く叩いた。


「おい、エリス。俺たちにできることがあれば、なんでも言ってくれよ。この都市でなら、多少のコネも使えるからな。金貨の足しにするでも、新しい装備を調達するでも、好きに言って欲しい」


「え、そんなこと言われましても……うーん……」


 エリスは少し考え込むように俯いた。


 棒は爆炎に飲まれ、焼失してしまった。

 これを機に、新調するのも良いかもしれない。


 だけど、今まで使用していたのは、鍛治の街で作られた性能の良いもの。

 特製の棒であったため、ここでは満足できるものは手に入らないかもしれない。


 そしてエリスは決断した。

 ハールの勧めたものとは別な内容で、恥ずかしそうに言った。


「そ、それでは……もしよろしければ、一つだけ」


「もちろんだ! 何でも言ってみろ!」


 エリスの口から出たのは、誰も予想しなかった願いだった。


「アーシャさんとフレイさんに特別な、綺麗な魔法を見せてほしいです。あの……戦いのための魔法じゃない、ただ美しいだけの魔法を」


 その願いに、魔王が心中で呆れる。


《世界を救った元勇者が、魔法の見世物を所望するとは……》


(で、でも、私にとっては一番大事なことなんです!)


 心の中で魔王に反論するエリス。


 そのやり取りを知らないアーシャとフレイは、エリスの願いを決して軽んじず、引き受けてくれた。


「了解よ! 最高の魔法を見せてあげる!」


「喜んでお見せします。――感謝の気持ちを込めて!」


 二人は息を合わせるように手を構える。


 アーシャからは燃え盛る炎の鳥が飛び立ち、フレイの水の蝶がそれに続く。


 炎の鳥と水の蝶が空中で絡み合い、融合し、やがて炎と水が織り成す見事な光の演劇が展開された。


 光の粒子がゆっくりと舞い落ち、エリスの黒髪にきらめきのように降り積もる。


「わあ……すごい……」


 エリスは瞳を輝かせ、子供のように無邪気な笑顔を見せた。


「魔法、すごく綺麗ですね……いつか私も、こんな魔法を使えたら……」


 願い事をするように遠い目をするエリスに、ハールとサリーアが温かい言葉をかけた。


「お前には魔法よりも強力な索敵能力と、的確な判断能力があるじゃないか! 自信を持て!」


「そうです。魔法なんて使えなくても、エリスさんにはもっと素晴らしい才能がありますもの!」


 エリスはその言葉に、目を潤ませながら深くお辞儀をした。


「ありがとうございます。――皆さんと出会えて、本当によかった」




◇ ◇ ◇ ◇




 こうして、温かい別れを交わしたパーティーは、それぞれの道へと旅立っていった。


 ハールは再び実地調査へ。

 アーシャとフレイは今回の報告をしに、魔法学院へ。

 サリーアは薬草の知識を更に高めるため、薬師協会へ。


 エリスは皆の背中を見送りながら、静かに微笑んでいた。



《――此度は余の力に頼らず、お前の知恵と判断力を持って、窮地を脱した。誇れ、お前は本当に強い》



 魔王は珍しく、エリスの才能を賞賛した。


 彼女に対し、仲間の真価を最大限に引き出す才能を持っていることを。



(咄嗟の判断でしたが、うまくいって何よりでした。今後も、できる限り魔王の力に頼らずにいこうと思います)


《ああ、それでいい。あの力は『切り札』だと思え。――そして、『敵』がいつ襲撃してくるかを常に警戒しておくのだ》


 結果的には生き延びられたが、次はこうもいかない。

 いつだって命懸けの旅をしていることを、エリスは再び理解し、噛み締める。


「エリス? 怖い顔してるけれど、大丈夫? ……やっぱりまだ体調が戻ってないのかな」


 心配そうに顔を覗き込むミリアに、エリスはハッとし、そして微笑んだ。


「大丈夫ですよ。ちょっと疲れちゃっただけです」


「なら良かった! 怪我が治るまで、私の部屋にいていいから、ゆっくりしていってね!」


 そうして二人と一匹はミリアの寮へと向かう。


 大きな経験と、小さくない不安を胸に抱きながら。






◇ ◇ ◇ ◇






「オルディス教授、ただいま戻りました」

  

 魔法学院アルカナムに戻ったアーシャとフレイは、今回の調査結果を報告した。


 オルディスと呼ばれる老教授は分厚い眼鏡の奥目を細め、二人の語る体験談に熱心に耳を傾ける。


「――成程、これは大変貴重な経験をしましたね」


 オルディスは古代魔法遺跡から持ち帰ってきた書物を眺めながら、感心したように頷いた。


「古代遺跡の調査と守護者の群れとの戦い……これ以上の実戦経験は滅多に得られません。よくぞ無事に帰ってきました」


「本当、死ぬかと思いましたよ! 協力してくれた同い歳くらいの女の子が、本当にすごかったんです! 見た目はただの村娘なのに、状況判断が完璧で!」


 アーシャに続き、フレイも熱心に語っていく。


「ええ、敵の大群を前に翻弄するかのように動き回って。まるで未来が見えているようでした。そして最後は自分を囮にして、大火傷を負いながら勝利を掴んだんです」


「なんとまあ、無茶なことを……」


「不思議なのは、大火傷したのに、『あの程度なら平気』って言ってて……まるでそれ以上の火傷をしたことがあるみたいでした」


 熱を帯びるアーシャの言葉に、フレイが付け加える。


「それに、魔法を使えないと言っていました。珍しいですよね、そんな人がいるだなんて、初めて聞いたかもしれません」


(魔法が……使えない?)


 その瞬間、オルディスの様子が微かに変化した。


 二人に気づかれないように僅かに息を呑み、眼鏡の位置を直すふりをして内心の動揺を隠した。


(魔法を使えない人間は、学説上あり得ない――ただ、一人を除いて)


 オルディスの脳裏には、かつて王都へ出向していた時に出会った、一人の少女の姿が浮かんだ。


 銀髪金眼のその少女は魔法を使いたいと望んだため、オルディスは簡単な魔法を教えたのだ。

 すると、魔法とは異なる異質な力を発現し、凄まじい威力を解き放った。


 あまりにも衝撃だった為、呆然としながら、自分らしくない言葉を呟いたような記憶がある。



 その少女は、民衆からはいつしかこう呼ばれていた。



 ――『勇者』と。



(まさか、あの勇者が……?)


 オルディスは思考を巡らせる。


(大火傷の経験……あの『永劫回帰の儀』の後なら、あり得る)


 表面は平静を保ちながらも、オルディスの心は激しく高鳴っていた。


 もしやこれは、世界中が死亡したと信じる『勇者』の生存に関わる重大な発見かもしれない。


「教授? どうかされましたか?」


「いや、何でもない」


 オルディスはわざとらしく咳払いをして、話題を変えた。


「君たちの報告は非常に興味深かった。また何か思い出したことがあれば、いつでも話してくれ」


 そう言って、二人を退出させた。





 バタン、と扉が閉まるやいなや、オルディスは机の引き出しから分厚い古い書物を取り出し、ページをめくり始めた。


「……あの遺跡は、守護者など本来はいないはず。規模も小さかった上、何より守護者が配置されている遺跡は」


 それこそ、名の知れた魔術師が何かを遺すために作ったものしか、守護者の配置はあり得ない。


 そして、彼らが探索した遺跡は、とても名の知れた魔術師のものでもない。


 ここから導き出される結論はただ一つ。

 ――第三者の手によって、守護者が召喚されたということだ。

 


「メフィスト、お前はどう思う?」


 背を向けたまま、背後にいる一人の男に語りかける。

 先程までは気配も何もなく、いまこの場に現れたかのようだった。


「――なんのことだ?」


「とぼけなくて良い。お前の差金だろう? 彼らに守護者を差し向けたのは」


 まるで、知り合いに対する語りかけのようだった。

 メフィストと呼ばれた男は、オルディスの言葉を肯定も否定もせず、ただ黙っている。


「……まあ良い。結果的に命を落とすことはなかったのだからな。ただ……なぜそのようなことをしたのかは教えて貰えるかな」


「……なに、少し気になる人間がいたのでな」


「……今話題に出ていた、一人の少女のことか?」


 メフィストは黙ってしまった。

 そう、メフィストはエリスを『勇者』だと確信しており、その目で勇者の力を発現させるのを確認しようとしたからだ。


 まさか、咄嗟の機転で窮地を脱せられるとは思ってもいなかったが。


(あの娘が『勇者』だとしたら、あの黒猫こそが――『魔王様』な筈。しかし、証拠がない)


 シルフィアを始めとした、魔族で共有している『勇者』と『魔王』の生存報告の情報。

 その情報を元に、ようやく辿り着いたのが、あの一人の少女と一匹の黒猫だった。


 歯噛みをしながら、メフィストは次なる手である策を練り始めている。


「これは仮定の話なのだが――」


 オルディスはメフィストに問いかけた。


「勇者がもし、生きていたとしたら……これからどうなると思う?」


「さてな。……世間に公表でもしてみるか?」

 

 オルディスの懸念に対し、メフィストは提案する。


 しかし、ふっと苦笑しながら、オルディスは反対した。


「まさか。誰も信じてはくれまいよ。それに、仮にあの少女が『勇者』だったとしても放っておく。――何故なら」


 そこまで言って、オルディスは言葉を止めた。


 ――あの、心優しき少女に、再び過酷な目に遭わせることなんて、できやしない。


 そんなことを、内心思いながら。


「しかし、民衆は『勇者』を渇望していると思うぞ。ならば此方から――」



 メフィストの軽い提案を、オルディスの力強い言葉が遮った。




「余計なことはするな」




 突然の言葉に、メフィストは動きを止める。

 怒りがこもった、敵意を覚える声だった。


「我々はあくまで魔法の未来を見据え、協力関係を結んだだけ。それ以外のことに関与するのであれば、その時は――」


 それは警告だった。

 オルディスはメフィストに、見えない言葉の刃が向けている。


「……了解した」


 そして、メフィストは姿を消した。

 部屋の中には、オルディスのみが取り残され、大きなため息を吐き、深く目を瞑った。


 その瞼の裏には、『勇者論』にて誰よりも印象に残った、一人の少女の姿があった。


 髪の色、目の色こそ、『勇者』とは違う。


 だが、それでもきっと、あの少女は――


「――『勇者』様は、この平和な世でも、相変わらず人のために生きている、か」


 それはきっと、勇者としての彼女の存在意義なのだろう。


 そんな少女に対し、オルディスは微笑みながら想いを馳せるのであった。



 


 こうして、エリスの平穏な旅路は、知らぬ間に新たな波乱の予感を帯び始めていく。


 ――『勇者』と『魔王』の正体を現状を知る者達が、いよいよ本格的に動き出す狼煙が上がったのであった。











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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

作者の観葉植物です。


長きに渡った魔法都市編は、波乱の予感を持って幕切れとなります。

作品のプロット的にも、ようやく折り返し地点に辿り着いた形になれました。


ここまで来れたのも、読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございました!

引き続き、エリスたちの旅はまだまだ続きますので、今後もよろしくお願いします!


読んでいただいた中で、応援、励まし、評価、フォローをしていただく方、大歓迎です!

作者は何か反応をもらうたびに泣いて喜びます。大泣きします。


どうぞよろしくお願いします!

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