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潜入、領主の館


「エリス、大丈夫? もう痛くない?」


 ミリアが隣に座り、ベッドに横になったままのエリスの火傷痕を心配そうに見つめる。

 包帯はもう取れていたが、新しい肌はまだ薄桃色で、少し敏感そうだった。


「はい、おかげさまで、もう大丈夫です」


 エリスは微笑んで答えた。




 ――古代魔法遺跡から帰投して、数日が経過していた。


 エリスは大火傷を負った後、医療術師による回復術を受けたものの、完全に治るまでは数日間の安静が必要だった。


 その間、ミリアが自分の部屋を提供してくれたのである。

 その献身的な看護のおかげで、予想よりもずっと早く回復した。


「それでね、エリス――」


 ミリアの声が、急に真剣なものに変わる。

 彼女は立ち上がり、机の引き出しから一枚のメモを取り出した。


「エリスと知り合ってからずっと調べてたことがあるんだ」


「調べ物、ですか?」


「うん。エリスが使っていた剣って『永劫回帰の儀』の後、どこに行ったんだろうって、ずっと気になってたんだよね」


 エリスの心臓が高鳴った。


 記憶に残っているのは、魔王討伐後の王都凱旋時、城の客間で壁に立てかけたところまでしかない。


 しかし、陛下自身、あのまま勇者の剣を城に置いておけるはずがない。

 なにせ、陛下自身が勇者をこの世から消したのだから。



 心が痛み、目を瞑りながら陛下の決断による心苦しさを想う。


 そんなエリスの姿を見て、慰めようとしているのか、魔王は尾を腕に絡めた。


「それで――これなんだけど」

 

 ミリアはメモを広げ、エリスの前に差し出す。

 そこには簡易的な地図と、幾つかの走り書きが記されていた。


「私、ようやく確信を持てる情報を見つけたんだ。アルカディアから少し離れたローウェン領の領主の館に、なんと伝説の勇者の剣が収蔵されているらしいんだって!」


 エリスの手が、膝の上で微かに震えた。


「……領主の館に?」


 その心に、複雑な想いが広がる。

 勇者の死と共に処分され、この世から既に消えていたと思っていたくらいなのに。


 領主の館にあるということは、誰かが譲渡、または売却したということ。


 何か理由があってのことなのだろうか。


 正直、その理由を聞いてみたい。

 しかし、真実を知った途端、聞かなければ良かったと後悔思想でもある。


(……現存しているはずがないと思ってた。けれど、何かの間違いや誤解かもしれない。――ならば、確かめなければ)


 エリスは心の中でそう呟き、否定も肯定もしなかった。


 自分の認識が正しいとは限らない。

 それだけの慎重さが、エリスにはあった。


「それでね、どうやって確かめるかだけど――」


 ミリアは机の上に別の紙を広げる。

 そこには求人票と、簡単な応募条件が書かれていた。


「館が住み込みの使用人――いわゆる「メイドさん」を募集してるんだって。短期の仕事だから、怪しまれずに中に入れると思うんだよね」


「潜入する、ということですね」


「そう。私も一緒に行くよ。二人でなら何かあっても安心でしょ?」


 ミリアの目は真剣だった。

 彼女は鍛冶の街で出会い、エリスの実力を目の当たりにし、勇者の正体を知る数少ない親友だ。


 だからこそ、この話がエリスにとってどれほど重いものか、理解していた。


「わかりました。一緒に行きましょう」


「本当!?」


「はい。ただし――」


 エリスはミリアの目を真っ直ぐ見つめて言った。


「危険を感じたら、すぐに撤退します。それは約束してください」


「もちろん! 約束するよ!」


 二人は固く握手を交わし、顔を見合わせて微笑んだ。


 そんな呑気なエリスに対し、魔王が低い声で尋ねた。


《おい、エリス》


 魔王の声が、エリスの心に響く。

 ベッドの上で丸まっていた黒猫が、顔を上げてエリスを見つめていた。


《本当に行くのか? 罠かもしれんぞ》


(はい。それだけの価値はあると思いますから。それに――)


 エリスは心の中で微笑んだ。


(もし勇者の名が貶められるようなことがあったとしたら、貴方も許せない。――そうでしょう?)


《……ふん。お前はいつもそうだな》


 エリスは不敵な笑みを浮かべ、片目をパチリと閉じた。

 魔王の声には、呆れがあったが、同時に深い信頼が込められていた。


《いいだろう。ただし、何かあったときは遠慮なく余を頼れ。決して無理はするな》


(はい、約束します)


 ミリアが手を叩き、決定の合図をした。


「そうと決まれば、早速馬車の手配をしなくちゃね!!」


「馬車、ですか。初めて利用しますね……」


「ローウェン領までは結構距離があるからね。歩きで行こうと思えば行けるかもしれないけれど、求人の募集が終わっちゃうかもだし」


 つまり、急ぎの要件ということだ。

 エリスは財布の中身を心の中で数える。


 古代遺跡探索の報酬でかなり余裕ができたが、無駄遣いはできない。


 

「大丈夫、手配は私がするよ! 知り合いの馬車屋さんがいるんだ」


 ミリアは任せて! と胸を張って言った。


「重ね重ねすみません、ミリアさん。本当に助かります」


「いいのいいの! 私とエリスの仲なんだから、気にしないでってば!」


 そう言ってエリスに抱きつき、ミリアは戯れ始める。


 持つべきものは友達だ、とエリスは改めて思いながらその元気な振る舞いをしている頭を撫でるのであった。




◇ ◇ ◇ ◇



 

 翌朝、エリスとミリアはローウェン領へ向けて出発した。

 ミリアが手配した馬車は中が広く、荷物も十分に積める大きさだった。


「いやー、それにしても楽しみだね!」


 ミリアは身体を大きく馬車外に出しながら外の景色を眺め、子供のように目を輝かせている。


「あまり浮かれていると、落ちちゃいますよ」


「大丈夫だって! むしろエリスこそ、初めての馬車なんだから楽しまなきゃ! ほらほらこっち来て!」


「え? ちょ、ちょっと……危ないですよ!」


 ミリアに誘われ、エリスも同様に馬車外に身体を大きく出し、外を眺める。


 程よい風が身体を通り抜けていき、爽快な感覚がエリスを覆い始めた。


「……確かに、これはいいものですね」


「でしょ? まだまだ先は長いんだから、目一杯楽しまなきゃ!」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。



◇ ◇ ◇ ◇


 

 馬車は順調に進み、昼過ぎにはローウェン領の入り口に到着した。

 窓から見えるのは、白亜の壁が築かれた立派な館。

 

 周囲には整備された庭園が広がり、遠くからでもその格式の高さが伺える。


「すごい……」


 エリスは思わず呟く。

 これまで見てきたどの建物よりも、荘厳で美しかった。


《ふん。見た目だけは立派だな》


 魔王が不機嫌そうに呟く。


 勇者との頂上決戦の時、己を討ち果たす決め手となった武器がこんな場所にあることが、ひどく不愉快だったのだ。


(大丈夫ですよ、魔王。あなたは猫として、堂々と一緒に入れますから)


《……誰もどんな心配はしておらぬ》


 苛立ちの原因が中に入れないことだと思ったのか、エリスはフォローする。

 しかし、見当違いの言葉に魔王は尻尾をばしりとエリスの手に叩きつけた。


 エリスは苦笑しながら、馬車を降りた。

 ミリアも続いて降り、二人は深呼吸を一つする。


「さあ、行きましょう」


「うん!」


 互いに微笑み合い、気合を入れる二人。

 その一方、肩の上では魔王がエリスの顔を上目遣いで眺めており、そして目を瞑った。



(……わからぬ。このざわつくような胸騒ぎは一体)



 覚えたことのない奇妙な感覚に、魔王は少々動揺していた。


 そう、彼は気づいていない。


 その感情の正体──それは「不安」という名のものだということを。



 緊張と期待、そして不安が入り混じる中、二人と一匹はローウェン領主の館へと足を踏み入れるのであった。

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