少女は領主の館にて、使用人採用試験に挑む
館に入ったエリス達が応接室へ通されると、そこには既に使用人の仕事を希望する、数人の女性たちが並んで座っていた。
それぞれ緊張した面持ちで、時折小声で会話を交わしているのが見える。
「皆様、ようこそお集まりくださいました」
やがて、一人の老執事が現れた。
白髪交じりの髪をきっちりと撫で付け、背筋はしっかりと伸びている。
「私はオズワルドと申します。――この館で執事をしておりますので、以後お見知り置きを」
丁寧にお辞儀をしながらも、まるで隙のない動き。
その眼光は鋭く、一見しただけで只者ではないがわかった。
「それでは早速、面接を始めます。一人ずつ個室に入ってきてください。そして入室後、名前とこれまでの経歴を簡単にどうぞ」
老執事オズワルドは抑揚のない口調で言い、面接室という名の個室へと姿を消していった。
「じゃ、じゃあまずは私から……!」
最初の女性が立ち上がり、震えながらその足を面接室へと向けていく。
しかし、明らかに面接を通らないと予測される姿は、エリスにとって不憫に映るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「も、もう嫌だ!」
「こんなところ、こっちから願い下げだよ!」
応募者たちが順番に呼ばれていき、そして不合格となっていく。
中には泣き出して飛び出す者や、オズワルドの鋭い質問に逆上し、吐き捨てて帰る者もいた。
エリスはその様子を待合室の片隅で見守りながら、心の準備を整えている。
――そして、ついに己の出番が回ってきた。
「次、エリス様」
エリスは深く息を吸い、面接室へと足を踏み入れた。
ミリアが「頑張って!」と声をかけるのが後ろから聞こえた。
面接室は思ったよりも広く、調度品は少ないが清潔感があった。
オズワルドは机の向こうに座り、紙と筆を手にしている。
「おや?」
オズワルドの視線が、エリスの肩の上の魔王へと向けられる。
「その猫は?」
「あ、これは……私の相棒のマオです。子どもの頃から一緒で、どこに行くにもついてくるんです」
エリスはできるだけ自然な笑顔で答えた。
魔王は状況を理解しているのか、おとなしくじっとしている。
オズワルドは片眉をわずかに上げた。
「……気性が荒そうですね」
「す、すみません……でも、とても従順で、お利口なんです」
エリスは慌てて言い訳をする。
魔王はそれに《好き勝手なことを言う》と内心で冷笑したが、もちろん表情には出さない。
「ふむ」
オズワルドはしばらく魔王を観察してから、ようやく頷いた。
「館にはネズミや害虫が時折出没します。飼い猫の帯同は通常認めておりませんが、害虫駆除の役目を果たしてくれるのであれば、考慮しても良いでしょう」
「ありがとうございます!」
「――ただし」
オズワルドの声が厳しくなる。
「館内で問題を起こさないこと。また、厨房には立ち入らせないこと。これらの条件を守れるのであれば、です」
「はい、約束します!」
エリスが安堵の息をつくと、オズワルドは早速面接を始めた。
「では、経験についてお聞きします。使用人、いわゆるメイドの仕事をしたことはありますか? また、どのような業務に従事していましたか?」
「ええと……小さな領主様の館で、掃除や洗濯、簡単な料理などを……」
エリスはかつて王城で見たメイドたちの仕事を思い出し、あり得そうな経験談をでっち上げる。
実際にメイドの仕事をしたのは、魔法都市アルカディアで2日間依頼を受けた時のみ。
しかし、料理に掃除に洗濯は全て、旅の中で行ってきたこともあり、全てこなせる自信がある。
オズワルドは頷きながらメモを取る。
「では、実技試験を行います」
オズワルドはエリスを厨房に連れて行く。
野菜の切り方から始まり、銀器の磨き方、洗濯物の畳み方、裁縫まで、ありとあらゆる家事技能を試してきた。
しかし、エリスの動きは文句一つ言えないような完璧なものだった。
勇者としての鍛錬が、旅人としての経験が細かい手先の作業にも活かされていた。
野菜は均一な厚さに切れ、銀器は光り輝き、洗濯物は皺なく揃って畳まれていく。
裁縫に至っては、針の通し方が精密すぎて、専門業者のような完成品となっていた。
「……驚きました」
オズワルドが珍しく感嘆の声を上げる。
「ここまで完璧にこなせる方は、そうはいません。あなたはどこでこのような技能を?」
「ええと……故郷で、厳しい師父に仕えまして……」
《……よくもまあ、でっちあげがこうもスラスラ出てくるものだ》
エリスは曖昧に答える。
魔王が内心で呆れながらも感心していた。
「ふむ」
オズワルドの目に、わずかな疑念が浮かぶ。
「――では、最後の試験です」
執事はエリスを大広間の中央に立たせ、ゆっくりと周りを回りながら説明する。
「メイドにとって最も重要なのは、どんな状況でも平静を保ち、微笑みを絶やさないことです」
「はい」
「突然の出来事にも動揺せず、お客様に安心感を与えられるか――これが本当の資質です」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、オズワルドの動きが変わった。
電光石火の速さでエリスに接近し、いつの間にか手にした短剣の鋒をエリスの首元に当てた。
「……!」
エリスの体が一瞬硬直する。
しかし、瞬時にオズワルドから殺意を感じていないことに気づく。
――これは単なる試し行動。
エリスは深く息を吸い、ゆっくりと微笑みを浮かべた。
「……お手柔らかに、オズワルド様」
オズワルドの目がわずかに見開かれる。
短剣を下ろし、一歩下がると深々と頭を下げた。
「ご無礼を失礼いたしました。……お見事です」
「いえ、とんでもありません」
「……このような試験を行ったのはあなたが初めてですが、まさかこれほど完璧に平静を保てるとは。並大抵の戦士ですら、こうはいかないはず」
「ええと……故郷で、よくイタズラされまして……」
《おい待て、その言い訳はあまりにも弱すぎて逆に怪しまれるぞ》
エリスは必死に誤魔化すが、あまりにも下手くそすぎたのか、魔王が警告を飛ばす。
しかし、時すでに遅し。
「…………」
オズワルドはエリスをじっと見つめる。
あまりにも長い沈黙のため、エリスの背中に冷や汗がたどっていった。
しかし、その口がようやく開くと、突然空気が緩やかになった。
「わかりました。採用とします」
「本当ですか!?」
「ただし」
オズワルドの目が鋭く光る。
「何か問題が起きた場合は、即時解雇とします。また、館の決まりは厳格に守っていただきます。理解できましたか?」
「はい、ありがとうございます!」
エリスはほっと胸をなでおろす。部屋の外に出ると、ミリアが待ち構えていた。
「どうだった!?」
「なんとか、合格しました」
「やった! さすがエリス!」
ミリアが嬉しそうに跳びはねる。
その様子を見て、エリスも自然と笑顔になった。
◇ ◇ ◇ ◇
その後、ミリアも合格したとのことで、二人喜びながらとある部屋で待機をし始めた。
どうやらこの後、既にこの屋敷で働いている人達からの説明を受けるとのことだ。
「まだかな、まだかな!」
「ミリアさん、楽しみなのはわかりますがもう少し落ち着きましょう?」
「でもさ、エリスも楽しみでしょ?」
「それはまあ……そうですけれど」
二人は和やかに会話しながら、雑談のネタが尽きるくらいまで待ち続けた。
その後、急に扉が叩かれ、一人の女性が部屋に入ってきた。
「わっ……綺麗な人……」
ミリアが反応したのは、痩身に灰色のドレスをまとった、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる女性だった。
紅の瞳が、心を透かされるような光を放っていて、エリスの第六感がぴくりと反応した。
「パメラと申します。此方で数ヶ月程、働いている者です」
無表情で、必要なことだけを簡潔に話すタイプらしい。
エリスも微笑み、挨拶をした。
「パメラさんですね。よろしくお願いします」
パメラは微かに頷いただけで、すぐに目を逸らした。
再びエリスの第六感が反応した。
――パメラから発せられる、微かな『魔』の気配に。
(……でも、決めつけるのは早計ですね)
エリスは心の中でそう呟き、警戒しつつも、決して表には出さなかった。
その後、部屋の中に大勢の使用人が入ってきて、明日からの仕事の内容と、振る舞い方を徹底的に教え込んでいった。
しかし、そんな中でも、エリスがパメラに抱いた警戒を解くことは一度もなかった。
◇ ◇ ◇
「お二人には、同じ部屋を使ってもらいます」
オズワルドが穏やかな声で言いながら案内したのは、二階の角にある小部屋だった。
ベッドが二つと、簡素な机、窓からは庭園が見える。
「エリス、お外がすっごい綺麗だよ!」
ミリアがエリスを手招いて、窓辺へと誘うと、エリスも荷物を置き、辺りを見回した。
必要なものは一通り揃っており、しばらくここで暮らすには十分だった。
《――あのパメラという女に気をつけろ。何かを隠している》
いつの間にかベッドの上で身体を伸ばしている魔王が、エリスに告げた。
姿こそ微笑ましいものであるが、その声色は真剣そのものだ。
(はい。私も感じました。でも――)
エリスは窓の外を見た。
庭園では、年老いた庭師が黙々と草花の手入れをしている。
(……決めつけるのは、まだ早いと思います。もう少し様子を見ましょう)
《……油断するなよ》
魔王は呆れたような声をするが、その中にはしっかりと信頼が込められていた。
「エリス、明日から頑張ろうね!」
ミリアがベッドに寝転びながら言う。
エリスは微笑んで頷いた。
「はい。よろしくお願いします」
窓の外では、夕日が沈み始め、一日の終わりを告げようとしている。
勇者の剣を巡る館での暮らしが、こうして始まった。
――エリスの胸に、一抹の不安と警戒を抱えながら。




