表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/120

少女は領主の館にて、使用人採用試験に挑む


 館に入ったエリス達が応接室へ通されると、そこには既に使用人の仕事を希望する、数人の女性たちが並んで座っていた。

 それぞれ緊張した面持ちで、時折小声で会話を交わしているのが見える。


「皆様、ようこそお集まりくださいました」


 やがて、一人の老執事が現れた。

 白髪交じりの髪をきっちりと撫で付け、背筋はしっかりと伸びている。


「私はオズワルドと申します。――この館で執事をしておりますので、以後お見知り置きを」


 丁寧にお辞儀をしながらも、まるで隙のない動き。

 その眼光は鋭く、一見しただけで只者ではないがわかった。


「それでは早速、面接を始めます。一人ずつ個室に入ってきてください。そして入室後、名前とこれまでの経歴を簡単にどうぞ」


 老執事オズワルドは抑揚のない口調で言い、面接室という名の個室へと姿を消していった。


「じゃ、じゃあまずは私から……!」

 

 最初の女性が立ち上がり、震えながらその足を面接室へと向けていく。

 

 しかし、明らかに面接を通らないと予測される姿は、エリスにとって不憫に映るのであった。

 


◇ ◇ ◇ ◇


 

「も、もう嫌だ!」


「こんなところ、こっちから願い下げだよ!」


 応募者たちが順番に呼ばれていき、そして不合格となっていく。

 

 中には泣き出して飛び出す者や、オズワルドの鋭い質問に逆上し、吐き捨てて帰る者もいた。

 

 エリスはその様子を待合室の片隅で見守りながら、心の準備を整えている。


 ――そして、ついに己の出番が回ってきた。

 

「次、エリス様」


 エリスは深く息を吸い、面接室へと足を踏み入れた。

 ミリアが「頑張って!」と声をかけるのが後ろから聞こえた。



 面接室は思ったよりも広く、調度品は少ないが清潔感があった。

 オズワルドは机の向こうに座り、紙と筆を手にしている。


「おや?」


 オズワルドの視線が、エリスの肩の上の魔王へと向けられる。


「その猫は?」


「あ、これは……私の相棒のマオです。子どもの頃から一緒で、どこに行くにもついてくるんです」


 エリスはできるだけ自然な笑顔で答えた。

 魔王は状況を理解しているのか、おとなしくじっとしている。


 オズワルドは片眉をわずかに上げた。


「……気性が荒そうですね」


「す、すみません……でも、とても従順で、お利口なんです」


 エリスは慌てて言い訳をする。

 魔王はそれに《好き勝手なことを言う》と内心で冷笑したが、もちろん表情には出さない。


「ふむ」


 オズワルドはしばらく魔王を観察してから、ようやく頷いた。


「館にはネズミや害虫が時折出没します。飼い猫の帯同は通常認めておりませんが、害虫駆除の役目を果たしてくれるのであれば、考慮しても良いでしょう」


「ありがとうございます!」


「――ただし」


 オズワルドの声が厳しくなる。


「館内で問題を起こさないこと。また、厨房には立ち入らせないこと。これらの条件を守れるのであれば、です」


「はい、約束します!」


 エリスが安堵の息をつくと、オズワルドは早速面接を始めた。


「では、経験についてお聞きします。使用人、いわゆるメイドの仕事をしたことはありますか? また、どのような業務に従事していましたか?」


「ええと……小さな領主様の館で、掃除や洗濯、簡単な料理などを……」


 エリスはかつて王城で見たメイドたちの仕事を思い出し、あり得そうな経験談をでっち上げる。

 実際にメイドの仕事をしたのは、魔法都市アルカディアで2日間依頼を受けた時のみ。


 しかし、料理に掃除に洗濯は全て、旅の中で行ってきたこともあり、全てこなせる自信がある。


 オズワルドは頷きながらメモを取る。


「では、実技試験を行います」


 オズワルドはエリスを厨房に連れて行く。

 野菜の切り方から始まり、銀器の磨き方、洗濯物の畳み方、裁縫まで、ありとあらゆる家事技能を試してきた。


 しかし、エリスの動きは文句一つ言えないような完璧なものだった。

 勇者としての鍛錬が、旅人としての経験が細かい手先の作業にも活かされていた。


 野菜は均一な厚さに切れ、銀器は光り輝き、洗濯物は皺なく揃って畳まれていく。

 裁縫に至っては、針の通し方が精密すぎて、専門業者のような完成品となっていた。


「……驚きました」


 オズワルドが珍しく感嘆の声を上げる。


「ここまで完璧にこなせる方は、そうはいません。あなたはどこでこのような技能を?」


「ええと……故郷で、厳しい師父に仕えまして……」


《……よくもまあ、でっちあげがこうもスラスラ出てくるものだ》


 エリスは曖昧に答える。

 魔王が内心で呆れながらも感心していた。


「ふむ」


 オズワルドの目に、わずかな疑念が浮かぶ。


「――では、最後の試験です」


 執事はエリスを大広間の中央に立たせ、ゆっくりと周りを回りながら説明する。


「メイドにとって最も重要なのは、どんな状況でも平静を保ち、微笑みを絶やさないことです」


「はい」


「突然の出来事にも動揺せず、お客様に安心感を与えられるか――これが本当の資質です」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、オズワルドの動きが変わった。


 電光石火の速さでエリスに接近し、いつの間にか手にした短剣の鋒をエリスの首元に当てた。


「……!」


 エリスの体が一瞬硬直する。

 しかし、瞬時にオズワルドから殺意を感じていないことに気づく。


 ――これは単なる試し行動。


 エリスは深く息を吸い、ゆっくりと微笑みを浮かべた。


「……お手柔らかに、オズワルド様」


 オズワルドの目がわずかに見開かれる。

 短剣を下ろし、一歩下がると深々と頭を下げた。


「ご無礼を失礼いたしました。……お見事です」


「いえ、とんでもありません」


「……このような試験を行ったのはあなたが初めてですが、まさかこれほど完璧に平静を保てるとは。並大抵の戦士ですら、こうはいかないはず」


「ええと……故郷で、よくイタズラされまして……」


《おい待て、その言い訳はあまりにも弱すぎて逆に怪しまれるぞ》


 エリスは必死に誤魔化すが、あまりにも下手くそすぎたのか、魔王が警告を飛ばす。

 しかし、時すでに遅し。


「…………」


 オズワルドはエリスをじっと見つめる。

 あまりにも長い沈黙のため、エリスの背中に冷や汗がたどっていった。


 しかし、その口がようやく開くと、突然空気が緩やかになった。


「わかりました。採用とします」


「本当ですか!?」


「ただし」


 オズワルドの目が鋭く光る。


「何か問題が起きた場合は、即時解雇とします。また、館の決まりは厳格に守っていただきます。理解できましたか?」


「はい、ありがとうございます!」


 エリスはほっと胸をなでおろす。部屋の外に出ると、ミリアが待ち構えていた。


「どうだった!?」


「なんとか、合格しました」


「やった! さすがエリス!」


 ミリアが嬉しそうに跳びはねる。

 その様子を見て、エリスも自然と笑顔になった。



◇ ◇ ◇ ◇



 その後、ミリアも合格したとのことで、二人喜びながらとある部屋で待機をし始めた。

 

 どうやらこの後、既にこの屋敷で働いている人達からの説明を受けるとのことだ。


「まだかな、まだかな!」


「ミリアさん、楽しみなのはわかりますがもう少し落ち着きましょう?」


「でもさ、エリスも楽しみでしょ?」


「それはまあ……そうですけれど」


 二人は和やかに会話しながら、雑談のネタが尽きるくらいまで待ち続けた。


 その後、急に扉が叩かれ、一人の女性が部屋に入ってきた。

 

「わっ……綺麗な人……」


 ミリアが反応したのは、痩身に灰色のドレスをまとった、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる女性だった。


 紅の瞳が、心を透かされるような光を放っていて、エリスの第六感がぴくりと反応した。


「パメラと申します。此方で数ヶ月程、働いている者です」

 

 無表情で、必要なことだけを簡潔に話すタイプらしい。

 エリスも微笑み、挨拶をした。


「パメラさんですね。よろしくお願いします」


 パメラは微かに頷いただけで、すぐに目を逸らした。


 再びエリスの第六感が反応した。

 ――パメラから発せられる、微かな『魔』の気配に。


(……でも、決めつけるのは早計ですね)


 エリスは心の中でそう呟き、警戒しつつも、決して表には出さなかった。



 その後、部屋の中に大勢の使用人が入ってきて、明日からの仕事の内容と、振る舞い方を徹底的に教え込んでいった。


 しかし、そんな中でも、エリスがパメラに抱いた警戒を解くことは一度もなかった。

 


◇ ◇ ◇

 


「お二人には、同じ部屋を使ってもらいます」

 

 オズワルドが穏やかな声で言いながら案内したのは、二階の角にある小部屋だった。


 ベッドが二つと、簡素な机、窓からは庭園が見える。

 

「エリス、お外がすっごい綺麗だよ!」


 ミリアがエリスを手招いて、窓辺へと誘うと、エリスも荷物を置き、辺りを見回した。

 必要なものは一通り揃っており、しばらくここで暮らすには十分だった。

 

《――あのパメラという女に気をつけろ。何かを隠している》


 いつの間にかベッドの上で身体を伸ばしている魔王が、エリスに告げた。

 姿こそ微笑ましいものであるが、その声色は真剣そのものだ。


(はい。私も感じました。でも――)


 エリスは窓の外を見た。

 庭園では、年老いた庭師が黙々と草花の手入れをしている。


(……決めつけるのは、まだ早いと思います。もう少し様子を見ましょう)


《……油断するなよ》


 魔王は呆れたような声をするが、その中にはしっかりと信頼が込められていた。


「エリス、明日から頑張ろうね!」


 ミリアがベッドに寝転びながら言う。

 エリスは微笑んで頷いた。


「はい。よろしくお願いします」


 窓の外では、夕日が沈み始め、一日の終わりを告げようとしている。


 

 勇者の剣を巡る館での暮らしが、こうして始まった。

 ――エリスの胸に、一抹の不安と警戒を抱えながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ