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領主、現る


 使用人としての生活は予想以上に大変なものだった。


 朝早くから夜遅くまで、掃除や洗濯、庭仕事など、ありとあらゆる家事を任された。

 館は広く、仕事量も多い。


 しかし二人とも戦士としての体力があり、そつなくこなしていく。

 

「エリス、そろそろ休憩しない?」


 ミリアが箒を置き、縁側の日陰に座り込む。

 エリスもそれに続き、水筒の水を一口含んだ。


「毎日忙しいですね」


「でも、悪くないよね。ご飯も美味しいし、寝る場所もちゃんとしてる」


 ミリアは伸びをしながら、遠くの庭園を眺めた。

 そこでは以前と同様、年老いた庭師が黙々と草花の手入れをしている。


「ところでさ、エリス。あのパメラって子、気にならない?」


 ミリアが突然、声を潜めて尋ねる。


「パメラさん……ですか?」


「うん、なんかずっと一人でいるよね。食事の時も、休憩の時も。それに、夜中にこっそり歩き回ってるのも見た」


 エリスの心がざわついた。

 パメラ――あの妖しげな雰囲気のメイドは、魔族の気配を微かに放っている。


「もしかして、私達と同じような目的があるのでしょうか」


「わかんない。でもあの子、音も立てずに移動してるのを見たんだよね。絶対に普通じゃない」


 それはエリスも気づいていた。

 夜、静まった館の中で気配を殺しながら探索しているなんて普通ではないことを。


 しかし、エリスは慎重に言葉を選ぶ。

 

「でも、パメラさんが何を考えているか、私たちにはわかりません。ですので、まずはお互いを信じて仕事に励むのが大事じゃないですか?」


「まあ、そりゃそうなんだけどさ……」


 ミリアは少し不満そうな顔をするが、エリスの言うことはご尤もだ。

 そしてミリアは、別の角度から見たパメラに対する感情を曝け出す。


「でも、謎めいた美少女メイドとか、みてるとワクワクしてくるよね! 私も言葉数少なくすればあんな感じになれるかな?」


「あはは……ミリアさんは今のままが一番素敵ですよ」


「えっ本当? もーエリスってば! そういう遠慮なく言ってくれることが大好きだよー!」


 エリスにぎゅっと抱きつきながらミリアは戯れ付く。

 一応仕事中なのですが、と思いながらも真っ直ぐな好意を向けてくれるミリアの存在に救われているのも確かである。


 だからエリスは、その頭を撫でながら微笑んだ。



「――お二人共、楽しそうですね」



 しかし、急に第六感が強烈な警戒を促したかと思うと、突然、オズワルド執事の声が背後から響いた。

 気配をほぼ感じさせない登場に、エリスとミリアは思わず飛び上がる。


「わっ!?」「ぎゃあっ!?」


《こ、この執事……いつから背後に……》


 あの魔王ですら勘付くことができなかったことからも、相当な手練のようである。

 

「おしゃべりはほどほどに、仕事に集中してくださいね」


 オズワルドの目は鋭いが、口元はわずかに緩んでいる。


「それと本日、領主様が使用人の皆さんに直接ご挨拶に来られます。午後の休憩時間に、大広間へ集合してください」


「了解しました」


 去っていくオズワルドの背中を見ながら、ミリアは興奮している。

 

「領主様に会えるんだって! 一体どんな方だろうね!」


「ええ、楽しみですね」


 エリスの心は複雑だった。

 領主こそが、あの勇者の剣を手に入れた張本人だからだ。


 王都から直接譲り受けたのか。

 そして、その目的は。


 思うことは多いけれど、今はただ領主がどのような人物であるかが一番気になっていた。 



◇ ◇ ◇ ◇

 


 午後、大広間には使用人達が整列していた。

 エリス、ミリア、パメラをはじめ、全部で20人程のメイドが横並びとなり、領主の到着を待つ。


 パメラは相変わらず隅の方に立ち、俯き加満だった。


「お待たせしました、皆さん」


 オズワルドに続いて、若い男性が大広間に入ってくる。

 その姿を見て、エリスとミリアは息を飲んだ。


「わあ……綺麗な方……」


 ミリアを始めとした使用人達から、感嘆の声が漏れる。


 ――ローウェン領主アーサー。


 その容姿は、二十代前半と思われる整った顔立ちの青年だ。

 金色の髪は太陽の光のように輝き、碧眼は優しさに満ちている。


 若いながらも、誰よりも民を気にしており、誰よりも民を愛していると言われているため、領地の民の信頼は非常に厚いらしい。


「皆さん、はじめまして。私はこの地の領主、アーサー・ローウェンと申します」


 アーサーの声は柔らかく、温かい笑顔を浮かべている。


「毎日のように働いてくれている皆さん、そして、新しく働き始めた人。――遠くからわざわざ参加していただき、本当に嬉しいよ」


 その振る舞いに、エリスとミリアを除く使用人達は見惚れていた。


 無理もない。

 整った容姿から放たれる丁寧な言葉遣いと礼儀正しい所作は女性の心を奪うのは当然であったからだ。



 しかし、アーサーはそこまで真面目に話した後、一つ咳払いをした。


 そして、急に満面の笑みになり、先ほどまでの優しい顔が明るい好青年のようになった。


 

「それにしても皆さん、本当に可愛いね! 無理しないで頑張ってね!」



 軽快な口調になった姿に、エリスとミリアの目が点になる。


 周囲の使用人を見ると、苦笑いをする者や、順応している者、そしていつものことだと微笑んだままの者など多種多様である。


 中には「これさえなければね……」と落胆する者すらいるくらいだった。


 

 しかし、使用人を気遣うその言葉は、明らかに心からのものに見える。

 アーサーは一人一人の使用人と目を合わせ、丁寧に挨拶をしながら信頼の証のように手を両手で握っていく。


 そしてついに、エリスの目の前にやってきた。 


「あなたがエリスさんですね。とても優秀だと、オズワルドから聞いていますよ」


「は、はい! 領主様、お会いできて光栄です」


「ふふ、そんなに緊張しないでいいよ。今度暇があった時に紅茶でも飲もうね!」


「あ、ありがたき光栄でございます……」

 

 エリスはうつむきながらお辞儀をする。

 内心では複雑な思いが渦巻いていた。


(こ、これはきっと……騙されて買ったやつですね……)


 アーサーのあまりの純真で善良そうな様子に、エリスは逆に確信してしまった。


 あの剣を購入する時、過大に高い価値があると聞かされて買わされたのを。


 勇者の剣を持つことで、妙な悪事や地位を高めようと画策するような人物ではないのは確かであった。


《確かにこの男からは悪意は感じられん。というか阿呆なのでは?》


(そ、そういうこと言っちゃ駄目ですよ)


 アーサーは次にミリアの前に立つ。


「ミリアさんですね。庭のお手入れが特にお上手だと聞きました。これからもよろしくお願いします」


「はい! 任せてください、領主様!」


「うんうん、元気があってよろしい! 今度一緒に花植えでもしようねぇ!」

 

 ミリアが元気よく返事をすると、アーサーもそれに応えるかのように明るい笑顔を向けた。


 意外とこの二人、似た者同士かもしれない。

 そんなことを思いながら、エリスはアーサーの振る舞いを眺め続けていた。



 最後にアーサーはパメラの前に立ち、少し心配そうな表情を浮かべる。


「パメラさん……お体の調子は大丈夫ですか? もし気分が悪いようでしたら、休んでいても構いませんからね」


「……大丈夫です」


「君は優秀だ。けれど、無理してはその綺麗な顔が台無しになる。気軽に言って欲しいな」


「……はい」

 

 パメラは微かな声で答えるだけだった。



◇ ◇ ◇ ◇ 



 挨拶が終わると、アーサーは再び使用人全員に向き直る。


「実は今回、皆さんにお願いしたい特別なことがあります」


 場の空気が一瞬で緊張する。


「この館には、ある大切なものが保管されています。『伝説の勇者の武具』と呼ばれるものです」


 エリスの心臓が高鳴る。

 まさに知りたかった核心だからだ。


「私はこの武具を、領地の平和の象徴として大切に守り続けています。皆さんには、この武具が納められている東棟の管理もお願いしたいと思います」


(東棟……)


《――目的としている物の場所がわかったな》


 魔王の声に緊張が走る。


 ようやく在処がわかった。

 後は、どうやってそこに辿り着くかだ。 


「――ただし、東棟の一番奥の部屋には、決して入らないでください。とは言っても厳重に鍵がかかっているので、よほどのことをしない限り入れません」


 アーサーの表情が厳しくなり、オズワルドが補足するように続ける。


「武具はそこに厳重に保管されております。鍵はアーサー様と私だけが持っています」


 成程、盗まれないように厳重に管理されている、ということなのだろう。


「了解しました、領主様」


 使用人達が一斉にお辞儀をすると、アーサーは再び笑顔に戻る。


「では、これからもよろしくお願いします。この館が、皆さんにとって居心地の良い場所になりますように」


 領主が去った後、使用人達はそれぞれの仕事に戻っていった。


 ようやく話が終わり、エリスも床磨きに再び戻りながら頭の中を整理していく。



 そして、決意した。


 ――必ずや、勇者の剣の在処に辿り着くことを。

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