少女の才能は、窮地にて萌芽する。
「よし、これで扉が開くはず」
ひと仕事終えたアーシャはフレイと共に額の汗を拭う。
魔法陣に通した魔力が扉全体に広がり、鈍い音を立てながら、解放されていく。
ようやく、一行は最深部へと足を踏み入れることができたのだ。
「さてと……行くとするか……!」
「大丈夫! 何が起きたって私の魔法で燃やし尽くしちゃうんだから!」
ハールの気合を入れた一言に、アーシャが胸を張りながら自信満々に主張する。
その様子からは、恐怖などは全く感じさせなかった。
冷静なままに見えるフレイも、おどおどしているサリーアも、同様の様子を見せており、魔法学院の学徒という立場をエリスは改めて突きつけられる。
(皆さん……本当にお強いですね)
魔王の言っていた「選別」は真実なのだろう。
この人たちは、それでもこの探索を通じて経験を得たいと思っている。
だからエリスも、絶対に守ろうとする意志を強めた。
◇ ◇ ◇
「ここが……最後の部屋の姿か!」
アーシャが期待に胸を膨らまし、一回転しながら周囲を見渡すと、そこには広大な空間が広がっていた。
祈祷する祭壇が一つ置かれているだけで、他には何もない部屋。
四方八方に入り口が設置されており、かつては集会が開かれていた場所のように思えた。
他の者も周囲を見渡しながら祭壇へと向かう。
自分たち以外には誰もいない。
そうとしか思えないほどの静けさに、声も木霊するくらいに響き渡っていた。
「何だか拍子抜けだな。てっきり何かいるのかと――」
だが、その言葉とは逆に、エリスの表情が硬くなった。
「いえ、違います……ここは、何かがおかしい」
エリスの第六感が最大限に警告を発していた。
しかし、敵の存在を感知できない。
空気の流れも、殺意すらも。
それは今まで覚えたことのないほどの違和感だった。
《――エリス!》
魔王の声が、鋭く響く。
《部屋の端、全方位に魔法陣が発動している!……くるぞ!》
エリスの背筋が凍りついた。
先程まで魔法陣はなかったはず。
魔王ですら、この場所に来るときに、気づくことができなかった。
何かがおかしい。
何が起きている?
――その時、エリスの第六感が邪悪な魔力を察知した。
(……魔王!)
《……ああ、わかっている。――配下の気配だ》
そのあまりにも懐かしい魔力に、瞬時に己の配下だと理解する魔王。
しかし、それが誰なのかは不明であった。
(……姿を見せず、こちらを監視しているのでしょうか? だとしたら、何を目的に?)
《わからぬ。――ただ、何を考えているかわからない以上、余の力を無闇に付与することだけは避けたほうがいいのは確かだ》
以前シルフィアから聞いた「勇者と魔王の現状が、魔王の配下に共有されている」ことを思い出す。
それが事実であったとしても、ここにいるのは黒猫を引き連れた一人の少女。
勇者と確信するには、別に証明が必要である。
だからこそ、魔王の力を付与せざるを得ない状況を作ったのではないか。
そう仮定したエリスは、魔王の指示に従うことにした。
――つまり、魔王の力を頼りにすることはできないということである。
「な、なんですか、これ……!」
部屋の端、全方位に敷き詰められている魔法陣から、無数の光の線が立ち上がるのを見た、サリーアの悲鳴が響き渡る。
「これはまさか……守護者の魔法陣!?」
ハールが叫ぶ。
アーシャとフレイも、慌てて周囲を見回した。
そして、魔法陣から次々と現れたのは――無機物でできた人形たちだった。
石でできた兵士や金属の鎧をまとった騎士。木でできた獣が直立している。
その数は、数十、いや、それ以上。
守護者。
――古代の魔術師たちが、遺跡を守るために残した、最後の砦。
エリスは小さな悲鳴を上げるサリーアの前に立ちはだかり、棒を構える。
「エリスさん、これって……」
「守護者です。恐らく、侵入者に向けた罠でしょう」
エリスの声は、冷静だった。
しかし、その心臓は激しく鼓動している。
人形の一体が、鈍い音を立てて動き出した。
続いて、二体、三体と動き出す。
その目には、人間の感情など欠片もない。
ただ、侵入者を排除するという命令だけが刻まれているように見えた。
「皆さん、ひとまずこの部屋から撤退を――!?」
そうしてエリスは振り返る。
しかし、来たはずの入り口が視線の先にあったはずなのに、そこには壁しかなかった。
扉に刻まれていた魔法陣も消え失せ、大きな石の板があるのみである。
「まさか……閉じ込められた!?」
「くそっ! ならやってやるよ!」
ハールは逃げることはせず、戦うことを選んだ。
肉体強化の魔法を発動しながら、最前線の石兵に剣を叩きこむ。
鈍い音が響き、石兵の胸板が大きく凹む。
しかし――それだけだった。
石兵は怯むことなく、重い腕でハールを打ち返した。
「が……はっ!」
ハールの身体が、大きく吹き飛ぶ。
「皆さん落ち着いて! 混乱しては敵の思う壺です!」
「こ、このぉ……!」
アーシャが炎の魔法を放ち、フレイが水の刃を飛ばす。
魔法が命中した人形は、ただ糸が切れたように倒れ、そのまま消滅する。
しかし、多くの人形を狙ったのに、ごく少数にしか命中していない。
人形たちはその攻撃を見た目によらない素早い動きで回避し、あるいは受け止めながら、着実に距離を詰めてくる。
《……物理攻撃はほぼ効かぬようだな。魔法もある程度は回避するか》
魔王は平静を務めるが、その声には多少の焦りが混じる。
サリーアが震える声で言った。
「あの、『焔草』を使えば、少しは……」
「駄目だね。こんなところで使っても、誘爆する恐れがある。この数では、かえって状況を悪化させるんじゃないかな」
アーシャが冷静に反論するが、その額には焦りによる汗がびっしりと浮かび上がっている。
(――考えなければ)
エリスは深呼吸しながら、状況を確認していく。
広大な空間の中で、囲まれるように配置された魔法陣から、続々と現れる守護者達。
意志の感じない人形ではあるが、ただ侵入者を排除するかのように攻撃を仕掛けてくる。
物理攻撃は効かない。
一方で魔法攻撃は通用する。
しかし、ある程度の回避能力を持ち、多勢に無勢である。
間違いなく、自分達は窮地に陥っている。
だが、脱するための手立ては、必ずある。
(――考えなければ。この状況で、誰にも犠牲が出ないやり方を)
エリスの思考が高速で演算されていく。
深呼吸をしながら、向かってきた守護者の関節を棒で強く撃ち、外して身動きを取れなくする。
迎撃と同時に、考えて、考えて、考えていく。
「え、エリスさん……どうしましょう……!」
震えているサリーアが腰を抜かし、身動きが取れない状態になってしまっている。
「大丈夫、何とかしますから」
そう言いながら、仲間の現状を確認する。
傷を負いながら、なんとか守護者を突き飛ばし続けるハール。
魔力の枯渇が見えながらも、必死に攻撃をして守護者の数を少しずつ減らすアーシャとフレイ。
そして、薬草袋を抱えながら、涙を溢しているサリーア。
皆、絶対に失いたくない仲間だ。
だからこそ、全てを駆使して助けるべきなのだ。
――たとえ己の正体を明かし、その生存が知られても、だ。
《……エリス》
魔王は尋ねる。
力を望むのか、と。
魔王の配下が監視していて、もしかしたらこの時を待ち望んでいるのかもしれない。
得もしれぬリスクは、間違いなくある。
しかし、他に方法はない。
エリスは歯を食いしばりながら、覚悟を決める。
(魔王、私は――――ッ!)
今一度、魔王の力を望むと表明しようとした。
その時だった。
――雷のような閃きが、エリスに迸った。
そして、叫んだ。
「皆さん! 周囲の守護者をできるだけ遠ざけて、こちらに集まってください!」
そう叫んだエリスの顔は、何かを確信した表情だった。
仲間達は、それを見て気力が湧き上がった。
「……へっ! ようやく良い手段を閃いたってか!」
ハールが守護者の背後を取り、剛力で抱えながら大きく横に振り回し、その身体を放り投げた。
巻き込まれた石兵は、ともに大きく吹き飛んで行った。
「さっすがエリス! 信じてたよ!」
「今そちらに向かいます……よっと!!」
アーシャは周囲に炎の陣を展開し、木でできた獣を焼き尽くす。
その攻撃から逃れた鎧騎士をフレイは圧縮した水を操り、砲撃のように飛ばすことで、重そうな鎧ごと吹き飛ばした。
「アーシャさん! 床の魔法陣を!」
「任せて!」
エリスの指示を受け、アーシャは向かう場所の足元に刻まれた魔法陣を火球で焼き切った。
その場所とは、元入口のあった、今は石板と化した壁の前。
その壁を背中に、前方広範囲から迫る守護者を見ながら立ち尽くす。
「今から皆さんに、準備していただきたいことがあります」
余裕を持った口調で告げるエリスの言葉に、他の4名は顔を見合わせる。
そして、エリスは順番に指示を出していった。
「サリーアさん――」
サリーアに、とある指示をした。
博識な貴女なら、必ず完璧にこなせると。
「えっ……? わ、私が!?」
エリスは無言で頷きながら、肯定する。
「ハールさん――」
続いてハールに、とある指示をした。
先ほど見せてくれた素晴らしい技術を持つ貴方なら、必ず完璧にこなせると。
「……勿論、問題なくできるが……それで何をしようとするんだ?」
ハールはその指示に疑問を呈すが、エリスは無言のまま微笑んだ。
「アーシャさん――」
続いてアーシャに、とある指示をした。
貴女のなら、火の魔法を指示通りに、そして完璧に操れると。
「で、でも……そんなことをしたら……」
エリスは無言で頷きながら、「大丈夫」とアーシャを安心させる。
「フレイさん――」
そして最後にフレイへ、とある指示をした。
貴方の水の魔法をもって、この作戦を成功に導いてほしい、と。
「可能ですが……上手くいくのでしょうか」
エリスは微笑みながら、「任せてほしい」と己の胸を叩いた。
そして、エリスは皆の前に立ち、背を向けたまま宣言する。
「この作戦を実行すれば、必ずこの窮地を脱することができます」
そして、深呼吸をして、この作戦の要となる自分の行動を告げた。
「そのために私は――皆さんの囮になります」
棒を構えながら、迫り来る守護者を眺めるエリス。
その背中に向けて、ハールが叫んだ。
「そんなの無茶だ! 確かにお前は強い! だが、あの数を一人で捌くなんて……!」
「私以外の皆さんは、作戦遂行に欠かせない役割があります。むしろ私の役割は、囮になることだけですから」
寂しく微笑みながら、エリスは仲間に対して振り向いた。
覚悟を決めた眼差しだった。
これしか方法がない、と言いたげだった。
しかし、とハールは食い下がらないでいるが、その時である。
――サリーアが、薬草袋をひっくり返してその手を高速で動かし始めたのだ。
「……私にできること、全力でこなします!」
複数の薬草を並行してすりつぶし、素早く薬品を調合し始める。
その姿は、並々ならぬ気迫を感じさせた。
その姿に刺激されたのか、アーシャは低い声で詠唱を始めた。
その周囲に熱風が沸き起こり始め、紅き光が迸り始めた。
「……なら私も、全力でやる。けどエリス、絶対に死んじゃダメだからね!」
「ええ、約束します」
アーシャは安心したように微笑み、そして深く目を瞑りながら、再び詠唱を始めた。
残った魔力を、全て使い切るかの如く。
「――わかりました。私も使命を全うしましょう。エリスさん、どうかご無事で!」
フレイも同様に、詠唱を始めた。
蒼の光が迸り始め、爽やかな風が吹き渡る。
「はい。勿論です」
そして最後に――ハールが歯噛みしながら、納得し難い顔のまま、エリスに告げた。
「――こんな無茶なこと、本来お前にさせるべきじゃないことはわかっている。……すまない」
「いいんです。むしろこれが、私が皆さんに一番貢献できることですから」
「……貢献したいのなら、まずは生きて帰ってこい! それを忘れないでくれよ!」
ハールはエリスの背中を小突く。
この旅の当初、友好の証として行ってくれたものと同じだった。
「――はい!」
その言葉と共に、ハールは己の役割を果たすため、サーリアのそばに移動した。
準備は整った。
あとは実行するのみだ。
《――エリス》
魔王は低い声でエリスに尋ねた。
その声には、心配した色がこもっている。
(大丈夫ですよ、魔王。――私を信じて)
サーリアのそばに座る魔王に微笑みながら、エリスは決意が宿った瞳を向ける。
その瞳は、あの時勇者として、魔王の前に立ちはだかった時と同じ、死をも恐れない瞳だった。
《――ならば余は、お前を信じる。行ってこい!》
(――はい!)
そしてエリスは真正面を向き、他の者に背を向ける。
その背中は華奢なはずなのに、今はやけに広く感じた。
エリスは、不敵な笑みを浮かべた。
それは、初めて魔王に力を貸してほしいと願った、初めての契約の時と同じ表情。
「では――参ります!」
そして、エリスは駆け出した。
勝利へとつながる、唯一の道を。




